第五話 気狐
「アンタ、猫神様に気に入られるなんて凄いじゃないか。」
気狐はそう言って、僕の太もも辺りをペシペシと叩いた。
「ど、どうも。」
夕方まで、血眼になって猫神様を探していたなんて、恥ずかしくて言えない。
それに、僕は嬉しいのだ。
やっぱり見間違いじゃなく、本当に裏の世があったと言うことが。
幼少期僕は妖怪が好きだった。
なんだか口では説明出来ないのだけど、見ているとワクワクするのだ。
そんな妖怪たちとこんなふうに会話が出来るなんて。こんなに嬉しい事はない。
猫神様に感謝をし、ふとポケットに猫用の餌が入ってる事を思い出してそれを出した。
チューブタイプの物で、封を切って小出しにしながら猫神様にお供えする。
肩の上で美味しそうに食べてくれた。
「アンタやり手だなぁ。」
気狐は、少し驚いた様に僕と猫神様を見た。
「さっき、提灯お化けさんに会いました。認知されると妖力が上がるとか…妖力が上がると何かいい事あるんですか?」
僕はさっき聞けなかった事を聞いた。
「まぁ簡単に言ったら元気になるってこったぁ。俺達は知ってる人が多ければ多いほど力を持てるのさ。だから悪さする妖怪ってのはより凶暴になったまう。」
「気狐さんは凶暴にならないんですか?」
「勘弁してくれよアンタ。ここは京都だぜ?事件なんて起こしちゃ、陰陽師の旦那に封印されちまうよ。」
「本当にいるんですか?陰陽師って。」
「うじゃうじゃって言うと嘘になるが、まあ、まだまだ健在だね。向こう400年は居なくならないと思うぜ。」
「へえー。そうなんですね。」
「ま、今日アンタが来てくれたから、俺はしばらく安泰だよ。」
「僕以外の人は最近誰か来ましたか?」
「喋ったまでは無いな。姿見える奴は何人か会ったけど、あれじゃ弱すぎるな。」
そう言って気狐は、肩をすくめた。
「猫神様とはどういう関係なんですか?」
「質問が止まらないねぇ。俺は嬉しいから良いんだけどよ。」
「すみません。控えましょうか?」
「いいや、大歓迎さ。嬉しくてついね。猫神様の事聞いてないのかい?」
「いえ、聞いたんですけど、よく分からないって言われちゃって。」
「残念ながら俺たち妖怪は猫神様の事について知っている奴は居ないと思うな。俺が思うに、結界の役割を担ってくれてるんじゃねぇかなと思う。」
「結界?」
「猫神様が、特定の地域事に決められているのは、それぞれが結界、境界線の役割をしているんじゃ無いかと思ってる。町の外に出ない事とかもおそらくそうなんだろうよ。」
「なるほど辻褄は合いますね。流石です。」
「褒め上手だねぇアンタ!」
ひとしきり会話が終わると猫神様は伸びをした。
「おっと猫神様の気まぐれが終わりそうだな。
アンタちゃんと生活するんだぜ?人間には見えなくても俺達はアンタらのこと見てるんだからさ。《神様はいつも見ている》ってね」
そう言い終わるや否や猫神様は僕の肩を降りた。
人混みの中に入って行き、すぐに姿が見えなくなる。
僕はさっきまで気狐が立っていた場所にお辞儀をして神社を後にした。
ホテルに戻り、明日帰る準備をする。
(今日たくさんお話し出来たな。)
僕はまるで、アイドルのコンサートでファンサを貰えたオタクの様な気持ちで眠りについた。
次の日、とても上機嫌で起床し、朝のシャワーを浴びる。
お風呂から出て、ドライヤーで髪を乾かし、
服を着替えて、30分早くチェックアウトした。
天気は快晴で、7月の中旬の太陽は絶好調だ。
ジリジリと肌を刺すような日差しだ。
(そうか、昨日は日中山の中に居て、神社は夜だからそんなに感じなかったけど、夏だもんね。)
僕は濡れたタオルを頭にかけて、直射日光を避ける。
斜向かいの和菓子屋さんに入り、少しお高いきんつばを実家に郵送した。
まだ時間があるので、最後に鴨川だけでも見ていこうと、歩き出す。
大きな川だ。
土手下に道があり、反対側でランニングをする人が見える。
日曜日の朝方。まだ街は起きておらず、静かな時間だ。
僕は鞍馬山の方を見た。
(ちゃんと観光できなくて、神様にも、あそこに住む猫神様にも悪い事をしちゃったな。)
そう思った瞬間に、視界がクリアになって彩度が上がった。
「!?」
頭の上に黒猫が乗ったのだ。
周りに妖怪の姿は無かったが、
鞍馬山は、こんなに遠くにいるのに、まるで葉っぱ1枚1枚が認知出来そうなほど鮮明になり、影や光の強弱にメリハリがついた。
空の青さに雲の白さが、より一層山の壮大さを映し出す。
横を流れる鴨川の水の流れがまるでスローモーションの様に細かく認識でき、
風が吹いて草の擦れる音が、オーケストラの様だ。
僕は気付けば泣いていた。
「ごめんなさい猫神様。今度はちゃんと、この土地を楽しむためにお邪魔します。最後に良いお土産をいただきました。ありがとうございました。」
そう呟くと、黒猫は、僕の頭をポンポンと2度踏みつけて、去っていった。
鴨川に掛かる橋の影に重なった瞬間に姿が消えた。




