第十三話 八卦良い!
しばらく花火に目を奪われていると、猫神様が前方に体重をかけてゆらゆらと頭を揺らしてきた。
(?…前に行けって事なのかな?)
右手の方に土手の下へ続くコンクリート状の階段を見つけてそこから降りることにした。
人混みの中を僕は悠々と通り抜ける。
どうやら、裏の世に来る時に身に付けていた物や持っている物は僕と同じく現世に干渉はされない様だ。手に持ったお茶が、男の人の身体に入り込み、抵抗もなくすり抜けた。
(誰かと手を繋ぎながら裏の世に来たらどうなるのだろう?)
そう考えながら進む。
依然、花火はドンドンと音を鳴らし上がっている。
爆発を繰り返す度に地面が照らされる。
しばらく歩いていると、1番先頭まで来てしまった。
「何も無いよ?」
しかし、猫神様を見上げると矢作川の方をじーっと見ていた。
「川の方に行けばいいの?」
そう問いかけて川に向かって歩き出す。
茂みの前にはカラーコーンとバーが掛かっていたが、今は周りから認知されていない状態なので、僕は跨いで越えた。
背の低い茂みを通る。何本か木が立っている。
その木を越えると楽しげな話し声が聞こえてきた。
僕は声の方は歩く。
ガサガサと僕の歩く音に3人組の内の1人が振り向いた。
目を凝らすとそれは、《河童》だった。
「おろろ?猫神様じゃないかい?こんな所まで珍しいね〜。ありがたやありがたや。」
河童は猫神様に駆け寄り手を擦り合わせた。
そうして視線を落として僕を見る。
目が大きく見開かれる。
河童は僕を指差して、パクパクと何度か口を開け閉めしていた。
3人組の内の2人とこちらに来て、猫神様に挨拶をした後に僕を見て目を大きくして、動きが止まる。
残りの2人も河童だった。
僕は沈黙が続きそうだったので、最初に挨拶をする。
「こんばんは。初めまして。人間です。」
こんな挨拶をする人なんて居ないだろうなと思いながら少し可笑しくて口角が上がりそうになった。
「おお…。え?ええ!!?」
「人間か!?オラ最初陰陽師かと思ったで!」
「どひゃー!兄ちゃん!すげぇぞ!人間だってさ!」
遅れてリアクションが飛んできて、
やっぱりみんな最初はこうなるのだなと思ったが、
陰陽師という言葉に引っかかる。
「陰陽師?」
そう聞くと、1番最初に駆け寄ってきた河童は、僕の匂いを嗅ぎながら上に下に顔を動かして、
「いや、猫神様の香りに隠れているがちゃんと人間の匂いがする。」
そう言った。
「猫神様の香りが強いな。さてはお前さん猫神様に乗られるのは初めてじゃねぇな?」
河童が僕にそう聞くと、
残りの2人は驚いていた。
「なんだって!?」
「兄ちゃん!そんな事あるのか!?」
「5、6回程…。陰陽師って言ってましたけど、何か人間とは匂いが違うんですか?」
「猫神様と陰陽師の匂いってのはそっくりなんだ。そもそも陰陽師達は、唯一猫神様と生活を共にできる存在だからな。」
僕は驚いた。
以前、一つ目小僧さんに
・飼い猫は猫神様になれない。
そう教えられていたからだ。
「それって飼い猫とは違うんですか?」
僕は聞いてみた。
「どうなんだろうな?そこまではオイラも分からねえ。」
河童はそう言って頭の皿を掻いた。
「でも、詳しいですね。」
「昔こっぴどく叱られてな…。その時に聞いたんだ。」
「なるほど。悪さしてたんですね?」
「今はしてないしてない!妖力も無いし、あんな目に遭うのは懲り懲りだ!」
そうして河童は頭を抑えてガタガタ震え出した。
後ろの2匹も抱き合って震えている。
相当酷い目に遭ったのだろう。
しかし、僕の手にあるきゅうりを見て河童は元気になる。
「あぁ!オメェきゅうり持ってるな!?くれねぇか?」
「え?あぁ。良いですよ?」
僕はきゅうりを差し出した。
すると後ろの2匹が喚く。
「あー!兄ちゃんずるいぞ!オラも欲しい!」
「俺だって欲しいぞ!」
そうして2匹はきゅうりに向かって駆け寄る。
「兄弟ですか?」
先ほどから兄ちゃんと呼ばれている事が気になって聞いてみた。
「そうだ。オイラが長男。嘴が欠けた方が次男で、このちっこいのが三男だ。」
長男の河童は僕に答えながらもきゅうりを取られまいと高く掲げる。
すると三男河童が言った。
「相撲だ!相撲で勝ったやつがきゅうりを食べる!これでどうだ!」
河童達はぴたりと動きを止めた。
「よし!そうしよう!人間!これ持っててくれ。」
そうして僕にきゅうりを渡してきて、河童の三兄弟は四股を踏んだ。
その光景を見ていると、三男の河童はこちらを見て兄達に聞いた。
「人間が持ってきてくれたんだから、アイツも相撲を取る権利があるんじゃないか?」
「え?僕?」
河童はこちらを見る。
「確かに。権利はあるな。」
次男河童が頷く。
「でも、猫神様頭に乗っけてるぞ。落としてしまったら大変だ。」
長男河童は腕を組んで悩んでいた。
すると頭の上の猫神様は、僕の首を跨ぐ様に座り頭を掴む。本当に肩車だ。
「ん?あれ?」
先程より安定している姿勢になった猫神様は、
「ミャー。」
そう鳴いた。
「どうやら許可が降りたみたいだ。」
長男河童がそう言った。
僕は流されるままに、この時代に河童と相撲を取ることになってしまった。
ハンデとして三男河童と相撲を取ることになった。
三男河童は、僕の身長より20センチほど小さく、筋肉のつきかたも小学生ぐらいに思う。
僕はポケットにしまっていたタオルで猫神様ごと頭を緩く縛った。
土俵は無く、どちらかが足の裏以外を地面につけた時点で負けというルールだ。よく見たら3匹ともすでに回しを装着していた。
(いつの間に…。)
僕と三男河童は向かい合わせになった。
次男河童が音頭を取る。
「見合って見合って〜… 八卦良い !」
僕は回しを取りに行く。三男河童は、僕のズボンのベルトを掴みに来る。
「残った!」
僕はひょいと持ち上げられて、ゆっくりと倒され背中から地面に寝転ぶ様に負けた。
一瞬だった。
(ええー!?こんなに強いのか!?)
唖然とした。
そんな僕を他所に三男河童は、
「勝った勝った〜!」
と大はしゃぎだ。
「こんなに強いとは…。」
「まぁ俺達は妖怪だからな。人間と比べたらそうなる。」
長男河童がエヘンと胸を張りながら言った。
僕はタオルを頭から解いて、観戦に回る。
続いて次男と長男の対決は、なかなか接戦したものの長男の勝ち。
最後の長男と三男の勝負は、一度三男が長男のバランスを崩すも、耐えられて投げ返されてしまい、長男が勝利した。
弟2人は悔しそうにしていた。
そして、羨ましそうにきゅうりを見つめている。
長男河童は、きゅうりを一口ガブリと食べると、
次男と三男に向かって投げた。
「後は2人で半分こするんだぞ。」
きゅうりはほんのひと口分しか齧られていないので、ほとんど丸々一本残っていた。
2匹は兄に感謝し、何処がちょうど半分かの議論を始めた。
「ったく。」
長男は軽くため息を吐くが嬉しそうだ。
「優しいですね。」
「まぁ、オイラ達は3人で生きてきたからな。オイラが親みたいなもんさ。」
「カッコいいお兄ちゃんです。」
そう褒めると、長男河童は、少し照れくさそうにしていた。
僕は、ふと思い出して手帳を開き写真を取り出した。おじいちゃんの写真だ。
「この人見たことありますか?」
そう言って河童に渡す。
長男河童は、しばらくじーっと見た後に
「すまない、知らないな。知り合いかい?」と言って丁寧に写真を返してくれた。
「おじいちゃんなんですよ。どうも猫神様に招待されて裏の世に来たことあるみたいで…。」
「へぇ〜。運のいい血筋なんだなぁ。」
そう言って少し驚いていた。
僕は、もう一つ陰陽師について聞こうとしたが、
猫神様がモゾモゾとし始めた。
「お、お前ら。猫神様と人間さんのお帰りみたいだ。」
長男がそう声を掛けると2人ともこちらへ来た。
「きゅうりありがとう!美味しかったよ!」
「人間の兄ちゃん!また相撲取ろうな!」
2人はそう言って手を振る。
長男河童は、最後に
「相撲は四股踏んだ分だけ強くなれるんだぜ!次は俺ともやろうな!」
そう言って四股を踏んだ。
「ありがとうございます。次会う時まで四股踏み日課にしておきますね。」
そうして猫神様が頭の上から跳んだ。
辺りは真っ暗になり、いつの間にか祭りは終わっていた。
時間を確認すると、すでに22時に差し掛かっていた。
「うわっ!早く帰って寝ないと!」
足元に座る猫神様に
「身体に悪いから一個だけね。」
と言って唐揚げの衣を剥がし、中身だけを一つあげた。
「ナム。」
そう言って唐揚げを咥えて茂みの中に帰る。
僕も見送った瞬間に駆け足でバイクへ向かうのであった。
花火が終わった後の会場には火薬の匂いが漂っていて、少し寂しい程静かな広場から、鈴虫の鳴き声が聞こえた。




