2話:時間のミカタ ~ VS機獣オーバード・ハイドラ(後編) ~
機獣オーバード・ネメアTYPE2が真紅の光を発する。
「あ、赤いッ……! 俺に、俺に、その光を向けるなぁッ!」
己の身に降りかかるであろう危機を敏感に察知した暴漢がトリガーを引く。
機獣オーバード・ハイドラの口内に搭載された機関砲から、弾丸の雨が地上に向けて降り注いだ。
その先にいるのは機獣オーバード・ネメアTYPE2ではない。何の罪も無い、無垢なる子供たちだ。
「卑劣なッ!」
咲子は考えるよりも先に動いていた。機獣オーバード・ネメアTYPE2は彼女の意志に従い、子供たちの盾となる。
「うわぁっ!?」
「グォォォッ!」
全長20メートル、全高8メートルの巨獅子が子供たちの前に立ち塞がり、弾丸を食い止める。
「ぼくたちを守ってくれたッ……!?」
「ちぃッ!」
「グルル……!」
まさに事態は三者三様の状況であった。
混沌と化した状況を打開するべく、喋る剣ことセーフティデバイス01Dが咲子に助言した。
『今です、正義の味方さん! セーフティデバイスのスキルを発動して下さい!!』
「了解! スキル発動!」
勝手に体が動き、セーフティデバイスの柄に手を当てる。セーフティデバイスから光が漏れ、咲子に生命の脈動を感じさせた。
(どうして? 私、初めてなのに知ってる気がする。けど――)
咲子は深く悩まない。自分の時間を守る、そのために異世界を生きると決心したのだから。
「――クリムゾン・チャージ!」
咲子は操縦桿を思い切り前に押し倒した。深紅の光をたなびかせて、機獣オーバード・ネメアTYPE2が空間を貫く。
――パリィィィィン!
赤い閃光と化した機獣オーバード・ネメアTYPE2に貫かれ、機獣オーバード・ハイドラのバリアが音を立てて破砕した。
「ぐがッ!? バリアがッ!?」
機獣は皆、体表にバリアを展開している。このバリアには、機獣に搭載された次元動力炉の暴走を食い止める作用があった。
「ク、ククク! 馬鹿めッ! 機獣のバリアを破損すれば、次元動力炉が暴走して爆発する! この街が吹き飛ぶぞッ!!」
暴漢の言う通り、バリアを失った機獣オーバード・ハイドラは暴走し始めた。
装甲の隙間から深紅の光が漏れ出し、稲妻を発生させる。
荒れ狂う機獣を前にして、咲子は迷わなかった。
「だったらこうするまでよ!」
操縦桿を引き、再び倒す。ただし、今度は頭上へと。
「グォォォォッ!」
機獣オーバード・ネメアTYPE2は機獣オーバード・ハイドラを咥えると、思い切り宙に放り投げた。
瞬く間に、機獣オーバード・ハイドラは遥か彼方の青空にまで放り投げられた。最期に向かう一瞬の中、暴漢は称賛とも取れる雄叫びを上げた。
「なッ……! 一瞬の決断力ッ! 見事なまでの機転ッ! 貴様、まさか“2週目”か――!?」
――ズドォォォォォォォン!!
その言葉を最後として、機獣オーバード・ハイドラは空中で爆発四散した。
★ ★ ★
「出ていけ……! この疫病神が!」
機獣オーバード・ネメアTYPE2から降りた咲子を待ち受けていたのは、歓声でもなければ声援でもなく、罵倒の嵐だった。
ぼろぼろの布切れと言っても差し支えない簡素な服を着た街の住民は、怒りも露わに、咲子に詰め寄った。
「見ろ! お前らが暴れたせいでこの有様だ! もう一度交易できるようになるまでに、どれぐらいの金と歳月がかかると思ってるんだ!」
咲子は黙って罵倒を受け入れる。
「でも、おじちゃん、この人はぼくたちを守ってくれたんだよ」
「アントニー! お前は黙ってろ!」
子供たちの抗議は黙殺された。
この場で余所者をかばえば、かばった者が村八分の扱いになる。それは、この場にいる大人全員が承知していることだった。
「大体、なんなんだ、その恰好は……! 鎧かと思ったら全然違うし、こんなもん、見たこともねぇよ……!」
「金属の悪魔だ」
「魔族だ」
住民がひそひそと噂を立て始める中、案内人の声が響き渡った。
「通して下さーい! 市長のお通りでーす!」
年のほどは50代半ばだろうか。
明らかに場違いな雰囲気の、燕尾服を身に纏った男性が、人混みの向こう側から現れた。
市長と呼ばれる男性は、渋面を作って咲子に告げた。
「過ぎた力は必ず災いをもたらすもの。
市長としては、貴女がこれ以上この街に在留することを許可することは出来ません。
速やかに、この街から退去して頂きたい」
★ ★ ★
「二度と来るんじゃねぇぞ!」
最後の最後まで城塞都市ヘキサ・ゴートの住民は心を開くことはなかった。
「行こう、ネメア」
「グォン」
市長と交わした約束は、街が見えなくなるところまで退去することだった。それが確認できるまでは、徹底抗戦する。彼らはその選択肢を選んだのだ。
(なんだか、ちょっと疲れたな)
初めての街。初めての戦闘。挙句の果ての追放。
けれども咲子は、こうなるのが分かっていたような気がした。
分かっていても、咲子は街を守ろうと動いた。多分、この性根は変えられないものなのだろう。
(バカみたい)
本当に、自分はバカだ。
機獣オーバード・ネメアTYPE2と一緒に草原を歩く咲子に、後ろから近づく影があった。
「誰?」
「ご、ごめんなさい! でも、ぼく、どうしてもお礼が言いたくて!」
振り返った咲子の視界に映ったのは、先ほど街で守った子供たちの1人だった。
少年は、白い花を咲子に渡した。
「――ありがとう! ぼくたちを、守ってくれて!」
いい香りのする花だった。
なんていう花なのだろう。そうだ、私はまだ、この世界の全てを知らない――。
「……私は、私だけの時間を守りたいだけ。
私の時間とあなたの時間が重なったから、あなたを守っただけよ」
「難しいことはわかんないよ!
お姉ちゃん、名前は? ねぇ、名前を教えてよ!」
「サキ。私の名前はサキよ」
「サキお姉ちゃん! ぼくは、アントニー・フランシスっていうんだ!
また、ここに来てね! ぼくがこの街を、ずっと、もっと良くしていくから!」
「ええ。さようなら」
「ばいばい! ばいばーい!」
少年は涙を零していた。街を守ってくれた英雄の行く末を思っての涙だった。
咲子――いや、サキは振り返ることなく草原を行く。機獣オーバード・ネメアTYPE2もまた、彼女と共に歩む。
そんな彼女らに、いつまでも、いつまでも、アントニー少年は手を振り続けたのだった。
時間が空き次第、次話を更新しますm(_ _)m