ヒホンジン、したくないご供物ライフ
不思議な香りが体のそこまで染み込む。
この香り……異世界に来た直後に匂ってた……
なんで……なんで身体が動かないんだろう?
やはり、ご供物たわわに実ったものでなければいけない。
ワタクシは納得できない、こんなひんそうなものに時空の扉を開ける力など……
時空の扉? それなんだろう?
頭がぼーっとしている。
ねぇ、あんた……身体起こすわよ。
低い小さな声が耳に聞こえてゆっくりと身体がおこされる。
背中に回ったすごく筋肉がついてる腕になんか中年傭兵王子ならいいのにと思った。
ぼんやりとした目に映るのは最後に見た部屋と違う汚れかけた壁だった。
なんかにくるまれてるみたいだけし手足になんか絡まってるし……背中が硬い……
天井が高い……ここどこなんだろう……
少し危ないハシ渡るわ、覚醒してもぼんやりしてるふりしなさいと再び男性の声がして唇の隙間から錠剤が放り込まれた。
出そうかどうしようかと考える間に錠剤は舌の上で溶け切った。
OD錠かぁとぼんやりと思うのは危機感なさすぎ……あ、なんか意識が戻って来てる?
支えてくれてる人を見るとがっしりとしたオレンジ色に近い赤毛とオレンジ色の目のグーレラーシャ人の男性だった。
「あ、あ」
すぐに口を手で塞がれ静かにしてとささやかれた。
そっと寝かされると大丈夫だからとささやいて男性は離れていった。
不思議な不快な匂いを避けるように目をつぶる。
なんかコンテナ箱を並べた上に乗せられてるみたいだ。
ゆっくりとした杖をつく足音が聞こえる。
「豊潤な実りを捧げてこそ時空の力がいただけるのです」
「ワタクシが時空の御方の元へ旅たちたい」
聞き覚えのないやや高めの男性の声と中性的な例の巫女姫とやらの声がそばで聞こえた。
あなた様はこちらで儀式の要をしていただかねばなりませんと男性がなだめてる。
「ねぇ、それよりもどうやってグーレラーシャから出るのよ」
さっき私に薬を飲ませてくれたオレンジ色の瞳の男性の野太い声が聞こえた。
「アカツキの君は随分気が短いことですな」
「あら、大導師様、私を世界の王にしてくださるのでしょう? 」
オレンジ色の男性がさりげなく私の前に立ったのに気がついた。
「ワタクシは、もっと凛々しいオノコが好みだ……グーレラーシャの黒猫軍師王子はワタクシの方がその醜女よりふさわしい」
「あら、あんたよりよっぽどたわわじゃないの、この鶏ガラ巫女姫サマ? 」
ワタクシのスレンダーな魅力がわからないなんてこの女男〜きぃーと巫女姫サマ? が騒いでるのをまあ、ごめんなさい、鶏ガラが可愛そうね、ミミズ巫女姫サマ? とからかうオレンジ色の目の男の声になんか疲れを感じたときにゆっくりした杖をつく足音が聞こえてきた。
「時空の御方に捧げるには豊潤で豊満なものでなくてはならぬのです」
巻かれてた布を勢い良く剥がされた。
声が出そうになったけど手を握って抑えた。
シワのよった指が私の胸を触るか触らないかの位置まで来た。
薄目で見ると眉間にシワがたくさんある笑ったことが無さそうな70代か……80代の老人だ、灰色の髭があるらしい。
「この豊満にして豊かな山と谷が我らに豊かで素晴らしい暮らし、そして強大な力を約束してくれている……つまり、約束の地なのですな!! 」
トンっと杖をついて大導師とやらが宣言した。
べ、別に普通のちょっとでっかいだけの胸だもん。
夏のあせも製造機なだけだもん。
全然、豊潤じゃないもん。
捧げるために、異界より偉大な御方が時空より呼んだのですな。
その身体のすべてを捧げ尽くすと良いのです。
陶酔の様子で大導師な変態が頭の方を見た。
やっぱりこの人たちが異世界に召喚したんだ、この人さらいー。
この変態嫌い、嫌だ、家に帰る〜帰るの〜イェティウス王子の腕の中に帰ってナデナデしてもら……ヤバい……ヤバすぎる……小動物稼業が板につきすぎてる……わーん。
でもたとえ迷惑でもあの腕の中が安心できるんだよね。
筋肉がついてるから落とされる心配はないしね。
「時空の御方の供物は清らかでないといけない、この毒婦ならもう」
「あら、あんただってお盛んじゃないの」
護衛のエル君とかミョン君とイチャイチャしてるの見たわよとオレンジ色の瞳の人が巫女姫サマを腰で押した。
大導師とやらが巫女姫サマと一緒に転がった。
「あら、大導師に巫女姫サマ? 体幹がお弱いのでなくて? 負荷をかけてスクワットとかなさったほうが良いですわ」
オレンジ色の瞳の男が両手を腰に当てて笑った。
「ワタクシに筋肉など必要ないわ! このたわけが! 」
「歳を取るとどうも反応が悪いですな」
憤る巫女姫サマはともかくニヤリと舌を出して唇をなめる大導師じいちゃんが不気味すぎる。
目線があっちゃったよー。
「巫女姫〜大丈夫? 」
「大導師、お怪我はございませんか? 」
可愛い灰色の犬耳の少年が巫女姫サマを抱き起こしみどりの髪の長身の青年が大導師を起こそうと腕を引っ張って痛いとたたかれてる。
えーと、お年寄りだから前から脇もって立たしてあげたほうが……敵だよね、敵敵。
目つきは超ヤバそうな大導師じいちゃんはやっと立ち上がってよろけながら椅子に座らせてもらいゴホンと咳払いをした。
「巫女姫の淫行は後々聞くこととして」
「ワタクシはただ労ってただけだ」
巫女姫サマが叫んだ。
姫様、静かにしてくださーい、まだグーレラーシャのハウデュアセの港の倉庫ですよ〜と犬耳少年が巫女姫サマの背中をポンポン叩いた。
エル〜ワタクシを癒やしておくれ〜
巫女姫サマが犬耳少年に抱きついた。
はいはい、ヨシヨシと犬耳少年が巫女姫サマの頭をなでた。
丁度同じくらいでいい感じだ。
「……供物殿の目が開いたと見える」
「ぼーっとしてるわ、それより本当に私が古代アラリスーリ帝国、皇族の末裔なの? 私はたんなるドーリュムの本家の息子なだけだわ」
オレンジ色の目の人が私の目の前に立った。
「あなたの祖父君は神聖オーヨ帝国の王家の血を引く高貴なお方、ライナス•サルティ•ルーカ•オーヨ様、そして伯父君はアカツキの瞳を持つサルティーアス様でございますな」
大導師じいちゃんが髭をしごいた。
ええ、そうよとオレンジ色の目の人が答えた。
「そしてあなた様はライナス様の次男、クーシャルーカ様の血を引き、そのアカツキの瞳をお持ちだ、よって私はこう断定する、ヴィヴィアーヌ様こそ古代アラリスーリ帝国の末裔にして世界を手に入れる方と」
髭老人が杖を手に両手を広げた……後ろに倒れそうになってみどりの髪の青年が支えた。
本当に下肢筋力落ちまくりだなぁ……転倒リスクあるしシルバーカーとか歩行器とかの方がいいような……
なんか現実逃避してきたよ、私。
「さっさと儀式を行うために海を渡らねばならないですぞ」
あの無能共がきちんと供物を確保せぬからわしが苦労するのですぞと大導師じいちゃんがツバをとばして叫んだ。
えーと血圧上がると倒れるよ?
「そのために海賊と取引をなさったのです」
みどりの髪の青年が大導師じいちゃんをなだめた。
まあ、海賊と取り引きしたのねとオレンジ色の瞳のヴィヴィアーヌ様? が私を包み込んでくれた。
この人、味方……なのかな? そうだといいけど。
「デリュスケシの港町の方が近かったんじゃないの? 戦闘文官の唐揚げ弁当食べられるし」
「このいやしい男の巫女姫などごめんだ」
巫女姫サマがヴィヴィアーヌさんをなじった。
戦闘文官の唐揚げ弁当美味しいのよ、偏食巫女姫サマ
ワタクシは揚げ物は食べない、あんな脂っこいもの よく食べられるな 油だって身体に必要なのよと再び二人はじゃれだした。
うーん、この人たちも本当に緊迫感ない。
ヴィヴィアーヌさんの巫女姫ってどういう意味だろう?
「グーレラーシャの愚民共があちらへ行くように別働隊を送ってますぞ、あのバカ共も崇高な目的のために犠牲になるなら本望でありましょうぞ」
正式な儀式が必要なのに勝手に送ろうとしたあの未熟者導師もつけて『天上の香』もたっぷりもたせましたしな、おそらくパイナ草原国に渡るまで撹乱できるのではないですかな。
どこか禍々しく大導師じいちゃんが両手を胸につける独特の礼をして私の頭の上を見た。
なんかいるの? 見えないけど、嫌だこわい。
「まあ、嫌だ古代アラリスーリ帝国の紋にまた礼をしてるの? 」
「偉大な力の象徴ですぞ」
大導師じいちゃんが髭を触った。
偉大な力って、そんなもんのためになんで私はこんな冷たい倉庫に転がされてるのさ。
力なんか、巨大な力なんか、なんか知らないけどそんなもんのために私、知らない世界に呼ぶなんて、嫌い、嫌い、大嫌いー。
わーん嫌いだし、怖いよ〜
イェティウス殿下……って優弥兄ちゃんじゃないの? 助け求めるなら……ダメだ、たとえ小動物扱いでも殿下のところに帰りたい。
あの人にとって邪魔で迷惑かもしれないけど……あの筋肉が良くついた腕に抱かれて甘いタルトとか食べさせてもらいたいよ〜
茉莉ってあの甘い声に呼ばれたいよ。
動かない身体に涙が抑えきれない……だめ泣いちゃ。
今までお一人様でやって行けたのに、お仕事頑張って来たのに〜なんで私なのー。
たかだか胸がちょっとでかいだけでなんでなんでなんでなの〜
涙が拭けない……どうしよう。
ちょっと、あんた私を殺す気? ヴィヴィアーヌさんがつぶやいてさり気なく私の涙を拭いてくれた。
なんかされそうなのはこっちだよ。
「……意識が戻ってるのですかな? 」
「ちょっと汚い顔を拭いただけよ」
「そんな汚い毒婦より、ワタクシの方が時空の御方にふさわしい」
巫女姫サマ、落ち着いて〜とエル君? がポンポン背中を叩き、ミョン君? が大導師じいちゃんを支えた。
汚くないもん、毒婦じゃないもん〜
その時、倉庫の扉が開いた。
外の光が差し込んで少し眩しい。
「海賊共が来ましたのですかな? 」
大導師のじいちゃんが日差しを遮りながらみた。
逆行に黒い衣装の筋肉質の影が見えた。
ゆっくりとその人物はあとに続く人物と足を踏み入れた。
「私の大事なものを返していただこう」
美声が倉庫に響きバトルファンが開かないまま前に出された。
イェティウス殿下が冷たい眼差しで悪人共を見回した。
た、助けに来てくれたんだ。
わーん、嬉しいよ~
「く、愚民の王子め、偉大な御方に捧げる大切さがわからぬのですな!!」
大導師じいちゃんがうめいてミョンの後ろに隠れいった。
愚民どもをやってしまえとわめいた。
ミョン君? とエル君? が前に出た。
他のものはどこだと大導師じいちゃんがあわててキョロキョロしている。
「あくまで抵抗するのですね、わかりました」
殿下の冷たく微笑んだその壮絶な色気に私は寒気が止まらなかった。
えーと助けに来てくれたんだよね。
なんか怖いんですけど。
どこか嬉しそうに完全武装らしい格好でバトルファンを広げた筋肉中年王子殿下に少し不安を覚えた。
「さあ、逝く覚悟を決めなさい」
美しい笑顔を浮かべながら中年筋肉王子殿下が攻撃を開始した。
えーと……あのまず助けてからお願いします。
でも、でも、助けに来てくれて嬉しいよ~
良かったよ〜イェティウス殿下大好き〜
本気で助かったら小動物業も頑張るし迷惑かけないように自立するね。
だって本当にイェティウス殿下が好きってわかったから……庶民は殿下の幸せ邪魔しちゃいけないよね……。
読んでいただきありがとうございますm(_ _)m