030418 暗号→+暗号
すっかり忘れていた。
伊賀の家に帰ってきた鮎魚女さんからホームルームで配られた物を渡された時に、その中にあった冊子を見て、思わず天を仰いだ。
そして、仰いだ天の主の中の1人になるであろう鈴蘭は、私の手元のプリントを覗きこんで、そのタイトルを読み上げる。
「野外活動?」
そう、野外活動である。
今では入学したての5月か6月に『クラスメイトと共に行動して親愛を深める』事を目的として多くの高校で行われる行事。普通なら、大きな宿泊施設に行って、そこで大縄跳びなどのスポーツなどをして1泊2日の日程で動く。
しかし、今年の野外活動は例年の燈川学園高等部の他と一緒な野外活動とは違い、2泊3日に及ぶ物だった。これを聞いただけでは、休みが長くなると寧ろ喜ばしい事なのだろうが、流石は燈川学園と言うべきか、その内容は普通の物と違うものだった。
クラス毎に協力して、中継ポイントを経由しながらゴールに向かう。
交通手段は寝台急行or各停で、ゴールは日本列島の何処か、だ。
しかも、そのゴールと中継ポイントに関する暗号も、明日のホームルームの時に発表され、列車と宿泊施設の予約、監視役を除いて教師の手伝い無しという制限つきだ。
それを聞いた鈴蘭は目を輝かせたが、私達にとっては前の課題が『魔方陣を解け』で、その前が『歴代内閣の中の6人の人物の出身地に、この暗号を解いて、誰か突き止めてから行け』という物だったらしいから、正直に言えば憂鬱な気分だった。
ちなみに、プリントには『課題は明日に発表される』と書いてある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
4月18日金曜日、鮎魚女さんからの依頼の最終日でもあるこの日の大阪の天気は、快晴とまでは言えないが晴れ渡っていた。
しかし、私達7組ーーいや、100回生の殆どは、朝に黒板に貼り付けられていた紙を見て、もやもやとした気持ちになっていた。
「さっぱりわからん」
時々見ては首を捻る木菟が遂に音を上げた。
『明るい火の年に織物の神が祀られし国の名を持つ者達の一人が現れる。それは、島を変える号令となり、その島にありし国々はこれで滅び、そして次なる暗号の道筋になるであろう』
明日までに解かなければ3日京都を歩き回る、という注釈つきでその暗号文が貼られていた。
先生に聞いて、クラス委員長である仙南さんが紙を預かり、授業中も考えていたりするのだが、中々これといった案は出てこない。なので、昼休みに中庭の大円卓に集合となる。
「1回分けてみますか? 会長」
「そうだね」
1年生の生徒会長になった5組の太地竜一を筆頭にして、1年生各クラスの委員長・副委員長に有志が集まっていた。
仙南さんの案で、中等部の時は書道部だったという3組のクラス委員長の渡會美幸さんが模造紙に書いた文字に、その渡會さんが線を引いていく。
明るい火の年、織物の神が祀られし国、その国の名を持つ者達の1人が現れる、島を変える号令、その島にありし国々、そしてその国々が滅び次の暗号の道筋になる。そういった風に分けてみてもーー。
「んっ?」
「どうかした?」
仙南さんの依頼で部長の河尻さん以外が集った部活の部員である薫さんに、ふと疑問に思った事を話す。
「確か、教室にはこれ以外に変な物がありましたよね?」
「変な物?」
「ええ。今朝、後ろのロッカーの上に置かれてたやつ」
「これの事?」
いつの間にか隣に立っていた仙南さんが、岸田先生に言われて回収していた物をポケットから出す。
それは様々な絵と名前が書かれた1枚の簡素な紙だった。
「鬼と豆と水滴と羊の絵、そして粟津の文字か」
私の呟きが聞こえたのか、隣にほっぺたに墨を付けて立っていた渡會さんが「私のクラスにもこれがあったわよ」と、1枚の紙を出してきた。
場所は同じく後ろのロッカーの上に無造作に置かれ、紙の材質も感触的には7組に置かれていた物と同じだった。
そのあとから、渡會さんの隣に立っていた太地さん、6組クラス委員長の恵比寿さん、4組クラス委員長の御嶽さんが、同じような紙を出してきて、1組クラス委員長の成羽さん2組クラス委員長の中津江さんは紙があったが捨てたらしい。
後ろのロッカーにあった事、担任の先生から回収しておくように言われた事が同じ7枚の紙には、以下のような物があった。
1組:アメリカのポピュラー・ソングの1つである『Take Me Home, Country Roads』のCDの写真
2組:新宿、南京、死海、ウィーン、ロンドン、マイアミ、ブリスベンの写真とブリスベンの写真に『now』と矢印
3組:呉に展示されている戦艦比叡の主砲の写真
4組:オリバー・クロムウェルの肖像画と石鹸の写真
5組:シドニーと満天の星空の写真
6組:ジュネーブの国連本部の写真
7組:犬と水滴と羊の絵と、粟津の文字
……ヒントになるかな、とは思ったけど余計混乱してきた。
『…………………………』
会話も途切れて、そのまま昼休みは終わりを迎える。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
予鈴が鳴ったために三々五々散っていく一団を見る教師と生徒がいた。
「やはり通じませんでしたか」
「まあ、わかってなきゃ伝わるのは難しいだろうな」
女子生徒が目線で追いながら呟き、その横に立つ眼鏡の教師が答える。
開かれたままのドアから入る木漏れ日が、少女の長い黒髪を写し出した。




