第22話 完遂
ここからが折り返し地点だ。ケイが戻ってくるまで、何としても耐えきらなければ。
想像の根を切り離し、もう一勝負への覚悟を決めた。
とは言え、体力はもう無い。
さっきまでのように逃げ続けては、すぐに追いつかれてしまいそうだ。
最悪はハナを背後に守り、背水の陣を敷く事も考えていた。
「ハナ、俺より前に出るなよ。もし何かあったら……」
「大丈夫ですよ、私がおります」
決意を遮って返答してくれたのは、意外にもボスだった。
「もしかして一緒に戦って――」
「いえ、私はここから指示します」
「…………」
『溺れる者は藁にも縋る』というが、一瞬でもボスに縋ろうと思ったのは間違いだったかもしれない……。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでください。良い策があります」
「はぁ」
「そちらの現在地から駄菓子屋の方向にある工場に向かってください。敷地は決して広くはありませんが入り組んでいるため、鯉から身を隠しながら休めますよ」
なるほど、工場ならば中に入れなくとも機械や配管などが障壁となり、通りにくいバリケードになってくれそうだ。
「道案内を頼みます!」
「勿論です」
終着点が明確になったお陰で気が楽になった。
足にも、もう一走り出来そうな活力が戻ってきた。
改めてハナを背中に背負い、ボスの案内通りに行動を始める。
道を選ぶ負担だけでも自分が思っていた以上に結構な負担だったらしく、ボスの淡々とした声に従って走るだけでも大きな余裕が出来た。
疲労そのものは少しずつ増えていっているが、ボスの落ち着いた声を聞いているとこちらも冷静でいられる。
「――二つ目の交差点、カーブミラーのあるところを右です」
そして地味に、案内が上手い。
タイミングや聞き取りやすさという基本的な点はもちろん、建物や交差点の特徴を教えてくれるので、迷う事無く走ることが出来ている。
「――突進攻撃が来ます。最寄りの角で左へ」
背中の鯉の状況をアナウンスしてくれており、走りながら振り返る必要が無くなった事も大きいかもしれない。
「――三つ目、一時停止の標識で右です」
「鯉との距離はどのくらいですか?」
「十分余裕があります。ナイフを取りに戻りますか?」
「遠慮しておきます!」
ボスが珍しく軽口を叩く程度には余裕があることが分かり、内心ほっとした。
「――そのまま百メートル程進み、右側の塀の内側が工場です。入り口は遠いのでそのまま飛び越えてください」
言われた部分をよく見ると、住宅街のブロック塀とは違う、無機質なコンクリートで塗られた壁が見えてきた。
錆びたシャッターと恐らく換気用であろうダクトが建物の外周を取り囲んでおり、今残っているのはかつて稼働していたと思われる痕跡だけだ。
古い工場は小さな個人経営を思わせる規模で、土地や建物の大きさもそう大きなものではない。
工場に近付くにつれて己の足にムチを入れ、体力を一気に使って全力で加速する。
そして、最大速度に達した瞬間、左足をバネに跳躍し外壁に右足を載せる。
そのまま塀を足場にして二段目の跳躍を行い、己をロケットのように加速させる。
ハナが小さく悲鳴をあげ、手に力が入る。
屋上の柵を僅かに越えた所で上昇が止まり、重力に引かれて屋根の上へと着地する。
膝を曲げて衝撃を殺すつもりが、バランスが悪く膝を突いてしまった。
ハナが慌てて背中から離れ、膝が負荷から解放される。
「ふぅ……鯉は!?」
慌てて振り返ると鯉は工場の配管に阻まれ、憎らしげに浮遊するばかりでなにか行動を起こす気配は無い。
「……助かったぁ」
ハナもここまで緊張通しで疲れ切っていたのだろう。解放され、ぺたりと腰を落とした。
まさしく満身創痍ではあるが、無事にハナを守りながら目的を果たすことが出来た。
「ワカバ、ハナ。お疲れ様です。良くやってくれました」
声の隙間から、僅かにコーヒーを啜る音がした。
……あの決して広くは無い部屋に置かれた、不似合いな大机に缶コーヒーが置かれている様子が安易に思い浮かんだ。
本当に自由な人だ……。
そう思っていると、一際賑やかな風が吹いてきた。
風の先頭を率いるように、黒いゴスロリ服を着た少女。
ケイだ。
麩菓子を見つけて、戻ってきてくれたのだ。
「二人ともー! お待たせ!」




