第20話 魚屋の記憶
「どうしたんだ……? いきなり泣き出すなんて」
「……?」
どうやら、自分でも意識していなかったらしい。
ハナは困惑しながら、涙を指で掬う。
「何かあったのか?」
「えっと……その……」
自分でも上手く言葉に出来ないのか、何か言おうとするたびに詰まってしまっている。
何度も言葉を留めながら、言葉を紡いだ。
「私、ここを知ってる……かも」
「知ってる? 来た事があるのか?」
「思い出があるような……気がするの」
思い出。つまり、この世界に来てからの記憶ではなく、それよりも前の話。
つまり、ハナは現実にいた時からここを知っている――?
その時、台風が家に直撃したかのような轟音が響いた。
「なんだ?!」
慌てて外に駆け出すと、ケイと鯉が戦っていた。
ケイの右手に握られたナイフには柄の部分に鎖が繋がっていた。反対側は腰のベルトについている。
鯉が飛び込む瞬間にナイフを投げて突き刺し、その場を飛び退く。
一時的に距離が開くが、ナイフの鎖が伸びきり、反動となって再び両者が急接近する。
鯉は振り落とすべく何度も回転するが、刺さったナイフを掴んだケイは動じない。
それどころか、反対の手に握ったもう一本のナイフで攻撃を加える。
鯉は一瞬力を失ったように落ちるが、そのままケイを地面と挟み込もうとその体を降ろす。
ケイは鎖を外し、地面に転がって逃げ込む。
再度浮上する鯉に向かって、拳銃弾をばら撒くように一斉射撃。
手玉に取っていると言っていい、圧倒的な戦いだった。
関心して眺めていると、家の中からハナが出て来た。
「お兄さん、お願いがあるの。麩菓子を持ってきて」
「麩菓子……? 確かに美味いけど、今鯉がいるからまた今度な」
「そうじゃなくて! いや、食べたいけど……」
「……?」
恐らく、何か考えがあるような気もするが……流石にこの近くで麩菓子が売っている所は分からない。
間違いないのは駄菓子屋だが、あそこに行くにも時間がかかる。
「ハナさん、少しよろしいですか」
「!」
ボスの声に反応して、ハナは飛びあがるように驚いた。
「鯉の動きを見ていると、あれはハナさんを積極的に追いかけているように見えます。何か、気付いた事はありますか?」
「…………」
ハナは俯き、否定も肯定もしない。
「では質問を変えましょう。あなたの提案は、鯉との現状を変えるために必要な物品ですか?」
そう聞かれてゆっくりと、だが確かに首肯した。
「ケイ、駄菓子屋の場所は分かりますね。そこに向かい、麩菓子を持ってきてください」
「オッケー! ワカバたちはどうするの?」
「二人はケイが麩菓子を持ってくるまで逃げてください。もはや魚屋にいる必要はありません」
ボスの作戦指示によってケイは鯉から距離を取り、俺たちの元にやってきた。
「二人はまだ走れる?」
「まだ平気だ」
「……ちょっと疲れてる、かも」
流石にハナは体力の限界か。平気そうな顔を見せてはいるが、何となく汗ばんでいるように見える。
「じゃあ、ワカバに秘密の武器を進呈しよう。しっかりハナちゃんを守ってあげるんだよ」
武器。男の子なら誰でも瞳が輝く響き。
スタイリッシュな刀や西洋剣も良いが、やはり一番は銃火器だ。
ガチャガチャ動くのが良い。
理由は無い。強いて言うなら、そういう星の元に生まれた定めなのだ。
「はい」
言われて両手で受け取ったのは、シンプルな両刃で一対のナイフ。
鎖はそれぞれのナイフの柄に接続されている。
「中古品じゃねぇか……」
「そっちはまだ使ってないもん」
そう言ってケイは自分のベルトを指差す。
そこには鯉に刺していたナイフが残っていた。同じデザインらしい。
「投げても鎖を引けば戻ってくるし、弾数制限のある銃よりも使い勝手は良いはずだから、ね?」
釈然としないものを感じつつも腰に鎖を巻きつけ、一緒に貰った鞘にナイフを納める。
……上着の裾から垂れた鎖が、ちょっとカッコいいと思った。
ナイフも装飾の無いシンプルなデザインで仕掛けは無いが、見ているとそれはそれで玄人じみた良さがある気がする。
「……まあいいか」
と、言いながらも内心かなり嬉しいのは内緒だ。
「ニヤニヤしてる……気に入ってくれたみたいだね」
「してないっ!」
前言撤回、隠せてなかった。顔から火が出そうな程恥ずかしい。
「それじゃあハナちゃん、麩菓子を持ってくるね」
ハナの返事を見ると、嬉しそうに手を振って鯉の横を潜り抜ける。
ケイは別れついでに何発か鯉に銃を撃ち込んでいったが、それを気にも留めずに俺たちの方へと飛び出してくる。
「ハナ、俺の背中に乗れるか?」
ハナは首肯し、俺の背に乗る。
見た目以上に軽い感覚に少し驚きつつも、一気に加速して鯉から距離を取る。
――ここからが正念場だ。気合いを入れなければ。




