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寿さんの雑記帳  作者: 寿
99/133

そのニ

近代文明のあれこれに驚きつつ、またも私は鬼将軍に連れられて異世界の食堂へ。

今回のお題は「回転寿司」だと鬼将軍は語っていた。

寿司。


まずその食材を私は知らない。

悪魔の申し子とも呼びたくなる男が言うには、酢飯という甘酸っぱいシャリを小さく握ったものの上に、鮮度の高い生魚を載せたものだという。


「生魚というだけでキミは拒絶するかもしれないが、なに、こちらの世界のひ弱な人間が食しているのだ。心配は無い」


衛生管理という面ではまったく心配していない。

それどころかこちらの世界の住人は、私の目から見れば、頭がおかしいのではないかというくらいにキレイ好きなのである。

問題は、魚の臭いである。


我が主ナンブ・リュウゾウがイノシシを捌き、その内容物の臭いに辟易していたが、あれは同じ動物。

地面の上で我々と同じようなものを食べている生き物。

血の匂いも肉の匂いも馴染みがある。


しかし魚の臭いは独特だ。

特に生臭さという点においては格別なものがある。

そのあたりがどのように処理されているのか、そこが重要である。


「ヤハラくん、魚に生臭さがのこっていれば、我々とてノーサンキューだぞ。それに臭いを感じるというのであれば、鼻をつまんで食えばいい」


なるほど、鬼将軍の言うのも道理である。

大体にしてこの男、私を呼び出しておいてマズイものを食わせて喜ぶような小さい男ではない。

ここでひとつ安心をして、私は大きく構えることにした。


未知の文明「自動ドア」を抜けて、店内に足を踏み入れる。

なんともこう、胸を豊かにしてくれる香りに包まれた。

これはやはり、脂の香りであろうか?


獣肉のそれとはまた違い、心をみたしてくれる香りであった。

これは、期待できる!

私の第六感がそうささやいた。


受付を済ませると、すぐに席へと案内される。

私は見よう見まねで鬼将軍の作法に従う。

まずは小皿を二枚。


ひとつには醤油をたらし、いまひとつは生姜を盛り付ける。

そして粉末にした緑茶を小さな匙でスリ切り一杯。

そこに湯呑半分まで熱湯を注ぐ。


備え付けの箸を手にしたら、準備完了である。

注文は私にまかせてくれたまえ。

鬼将軍が言うので、私はそれに任せることにした。


「まず手始めに白身魚、それとタコにイカ」


鬼将軍は光って動く画像の板ッ切れをポチポチと触り、注文を入れてゆく。

待つことしばし。

膳が物凄い速度で走ってきて、私の目の前で止まった。


「受け取りたまえ、皿ごとな。キミの寿司だ」


白身魚……これにはなんとなく見覚えがある。

なにしろ魚の切り身だからだ。

しかし真っ白な切り身はもうひとつ。


すべすべとした外観で光沢を放つイカ。

そしてしっとり感ではまけていない、タコ。

これらの食材、いかなるものか?


「おっと、いかんいかん。ヤハラくん、これを使いたまえ」


鬼将軍は小さなパックを手にした。

わさびと書いてある。

そのパックの端を千切り、ニョロリとした粘土状のものを絞り出す。


「……これが、わさび?」


「左様、これをチビとイカにのせて……」


鬼将軍は寿司をひっくり返すようにつまみ、イカに醤油をつけてひと口でおさめてしまった。


「うむ、コシのある味わいだ」


納得しているようなので、私もひとつ。

わさびをのせて醤油はチョン付け。

イカが舌に乗るように、逆さまにしていただいた。


ツルリとした舌触り。

コリコリとした歯ごたえ。

そしてシャリと切り身のバランスの良さ。


ただの一貫で、私は寿司の虜になった。

タコにもわさびをのせていかせていただく。

こちらはコシコシっとした歯ごたえ。

もちろん美味である。


あっという間に四貫の寿司を胃袋におさめてしまった。

次は白身魚だ。

こちらにはすでに生姜と小口に刻んだネギがのせられている。


口の中に入れると、上品な脂の味わいが広がる。

しつこさがない。

うるさくならない脂の味わい。


私の知らない世界には、私の知らない味わいがあるものだ。

素直に感服する。


「次はサンマにシメサバ、そして寒ブリを頼もう。かなり濃厚になるので、心してかかるように」


「わかりました、総裁!」


生魚に時折ショウガが乗っているのだが、どうやらこれは臭い消しのようであった。

それは小口切りのネギも同じようで、ときにそれは臭い消しだけでなく新鮮な食感を楽しませるアクセントにもなっている。

サンマをいただく。


こちらにはネギとショウガ。

そこに醤油がつくと、ほろ苦い味わいに変貌し脂の旨味を引き立ててくれる。

そしてシメサバ。


鬼将軍の宣言通り、濃厚な味わいである。

しかし軽いゲップが鼻を抜けても、嫌らしい臭いにはならない。

むしろ濃厚な満足感にひたれる。


寒ブリも濃い脂味ではあったが、ツルリと舌を楽しませてくれて、大変にケッコウなお味である。

そして甘美な宴は絶頂を迎える。


「サーモン、山わさび鉄火巻、それにマグロだ」


真っ赤な切り身の乗った握りである。

しかしその色合いとは裏腹に、思いがけずさわやかな脂である。

そしてサーモン。


これはクセになる!

脂は甘い、甘いは旨いを地でゆくうまさであった。

鉄面皮と言われた私の頬も、つい緩んでしまう。


そして謎の食材、海苔。

黒い薄皮に巻かれたシャリと、その真ん中で顔を覗かせるマグロ。

そこに添えられた山わさび。


真っ黒な薄皮を口にするのは勇気がいったが、思い切って頬張ってみる!

……香りは味だ。

私はまったく未知の香りを鼻腔で楽しみ、山わさびのツンとした刺激に涙した。


なんと香り高い食材であろう、海苔。

銀シャリの永遠の友とか恋人とか、そのように形容したくなるような相性の良さ!

私は天にも昇る気持ちであった。


そして、寿司のシメは茶である。

米と脂、甘みをたっぷりと含んだ口の中を、キレイに洗い流してくれる。

……旨かった、心の底からそう思える。


ありがとう、寿司。

ありがとう、未知の食材。

私は感動に包まれながら、デザートのいなり寿司をつまんだ。


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