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触れることが  作者: Kadoma
第1章 あなたと
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鍵と扉

セレンには、かなり昔から話し相手となってくれる人がいなかった。物心ついたときから、既に父親はいなかった。10歳の時に、母親は死んだ。そして、山の麓に住む人も対等に接してくれる人は殆どいなかった。

彼女がフーラだからだ。

幼い頃は、子供が山に入った時に、一緒に遊んでいた。その子供たちも、いつしか山に来なくなった。

理由は知らない。だが、来なかった。12歳の時には、1人だけで遊ぶようになった。

彼女が友達と確かに呼べたのは、家の書物と森の動物だけだった。

彼女は、「力」が欲しかった。

「力」があれば、自分は普通の人間で、人とも普通に仲良くできるから。

彼女は、1人でいいから対等に接してくれる人が欲しかった。

対等に接してくれる--仲良くしてくれる人の存在は、彼女にとって、とてもとても重かった。

だから彼女は、倒れている人がいたら、自分の家に運んで看病する。

たとえそれが、フーラの母や知人を殺した軍人の仲間であろうと。

セレンの家に居候してから16日。レンは家から少し離れた森を散策していた。

この森、というよりこの山自体が人里離れた山のようで、ところどころに日用品や武器に似た異質物(イレギュラー)や、まるで正体不明な物も放置されていた。レンは、それらを眺め、興味を失ったように目を離し、メモをして別のものを眺めるということを繰り返していた。


「あ、いたいた。大丈夫なんですかレンさん?そんな動き回って。」


「もう16日したんだ。動けるぐらいにはなってるよ。まだまだ身体中痛いけどね。」


「本当に大丈夫ですか…。ところで、どうしてその体でこんな所まで来たんですか?」


「あ、あー…。うん。第1は仕事だね。それとは別で自分の事もあるけど。」


「というと?」


急にレンの表情が曇る。失礼なことを聞いたかなとセレンが思った直後、まあいいかという表情でレンは口を開いた。


「実はさ。親の顔を知らないんだよ。」


「え、それは初耳です。」


「そりゃそうだろうね。今初めて言うんだもの。いや、育て親はいるんだよ。本当の親みたいに俺は思ってるし、人間としても尊敬してる。でもね、物心ついてからしばらくの間、その人達が拾ってくれるまでは親はいないんだよ。はは、言うのを躊躇うものではなかったかもね。」


乾いた声でレンが笑った。


「でもね…ルーツを知りたいんだ。自分の親が--生みの親がどんななのか知りたい。死んでいるなら、弔いたい。何故だかさ、森とそこのいろいろに懐かしさを感じるんだよ。それで関係があるんじゃないかと思うんだよ。」


レンの目は、どこか遠くを見つめていた。


「果てしないですね…。」


「それに、さ。俺、見つかったのはハースラーの向こうの森だったそうなんだよ。そこって一定以上の階級の人じゃないと入れないんだ。だから、入れるように真面目に仕事して、その内に行けたらなって思う。…悪いね。こんな話に付き合わせちゃって。」


レンの目は、今度はちゃんとセレンが写っていた。セレンは、しばらくの逡巡ののちに、これぐらいしか思いつかないというように、レンを抱擁した。


「大丈夫ですよ。生きてるんですから。あなたは普通の人なんですから…。」


「…ありがとう。」


最初から警戒心を抱かなかったのは育て親とセレンぐらいだなと、レンはふと思った。




-----



レンが居候して21日。セレンは1人で外出していた。レンは珍しく、まだ寝ている。なんとなく--なぜか散歩がしたくなったので、少しの時間外を歩く事にした。

静かな朝だ。小鳥のさえずりすら珍しく聞こえない。朝の冷たい空気があちらこちらに立ち込めていた。

いつもより早い時間なせいもある。が、本当にに静かだった。

それが気になっていたせいか。何か硬いものにつまずいた。気が逸れていたので、丸みを帯びたそれの上に思い切り転んでしまった。


「いてて…。」


起き上がろうと手を置いて、気づいた。感触が違う。植物ではどうあっても感じられないあの感触。ふさふさした、まるで毛皮のような--

反射的にそれをみる。


「ス、ロイネ…?」


熊--スロイネが、目の前で横たわっていた。焦げ茶色の毛皮が大きく削がれ、()()()中身が剥き出しになり、そこから人間の血とは明らかに違う半透明の液体が流れ出ていた。

強い、とても強い気配を感じる。顔を上げると、少し離れたところに、見たことのない女性がいた。

異様に無表情なその女性は、無言で奥の方に歩き出す。セレンは思わず走って追いかけていた。

奥に、奥に、奥に。

向こうは歩いている。こちらは走っている。なのに、距離が縮まない。速度を上げる。まだ追いつかない。

いつの間にか、普段殆ど来ない場所に来ていた。

周囲には、巨人の鎧としか形容できない巨大なモノが転がり、その隣にはそれが使う武器のようなモノが転がって、奥には祠のようになった岩場がある。その前で、女性は止まり、追いついたセレンに、振り向いて言った。


「あなたは扉」


その瞬間、セレンの意識に映像が雪崩れ込んできた。燃える家。軍の男達。レン---。

セレンは、反射的に走り出した。来た道を引き返す。近くの森へ、家へ、レンの所へ。

その足が突然止まる。 スロイネが転がっていた。しかし、さっきと違って、燃えている。小さな火だが、当然広がり出す。ここで燃えれば、ここで燃えれば--。

近くの池に走り昨日置き忘れた桶に入るだけ水を汲む。その真水を、スロイネにかける。大惨事になる前に、火は消え--なかった。それどころか、さらに激しく、さらに大きく燃え上がった。スロイネの遺体が、あっという間に消炭になる。だが、止まらない。どうしようもできず、セレンは再び走り出した。

セレンの中で、あらゆる思考が渦巻いていた。

あの女性は何?扉って何?

レンはまだ家?家は大丈夫?

あの炎は何なの?何で、どうして?

待った。あの炎。あの燃え方。まさか、お母さんやみんなを燃やした、あの炎?-----レン‼︎


「セレン!」


レンの声。安堵に顔を綻ばせ、振り向いて、また凍りついた。

傷だらけになり、あちこちから血を流し、ヨロヨロと歩いていた。


「セレン…逃げろ…グリス少尉が…奴らが来た…。」


何?どういうこと?何を言っているのレン?


「逃げろ!」


思わずビクリとする。だが、走ろうとするその直前、それは来てしまった。


「全く、通信途絶の上で、フーラと生活していたとはな。どういうつもりだ?」


そう話し出した小柄な男は、セレンに取って見覚えのある人間だった。いや、そんなものではない。この顔は、目に焼き付いている。この顔は。この顔は。7年前に、母親と知人を皆殺しにしたこの顔は。

洗濯から帰ってきた時に、物陰から見えたその顔が、今目の前にいる。

セレンは男に飛びかかろうとした。だが、羽交締めにされて押さえつけられてしまった。レンだった。


「離して!離して‼︎あいつは…!」


「駄目だ!殺される!一旦落ちつ--」


言い終わる前に、レンは彼女を横に押しのけ、反対に動く。それと、さっきまでレンの頭があった場所に赤い光が燃え盛るまでの間はは一瞬だった。

ふてぶてしく男が話し始める。


「全く、お前には失望した。お前には高い集中力があり、高い才能があった。だからフーラを殺さぬお前でも拾ってやった。だが、フーラ共に加担するようなら話は別だ。恥知らずめ。」


男--グリスはぶつぶつと呟き続け、部下らしき男達とともに剣を構えレンに迫る。

部下の一人が一閃。姿勢を低めて回避し、そのまま肘でその男の腹を打ち、手の甲を振り上げ相手顎に当てた。相手が怯み、その隙に白刃取りで剣を奪い取る。それを瞬時に持ち直し、一閃。男が倒れる。

その剣を振り回し、レンは必死に男達に応戦する。

逃げることもできず、セレンはその様子を黙って見る事しかできなかった。

ふと違和感を感じる。レン一人に、全員が必死の様子で戦っている。なのに、グリスは焦りを見せない。それどころか、不敵に笑ってさえいる。直後、気配を、殺気を感じた。何処からか、誰かが狙っている。

長年この森で暮らしたセレンだから気づけたことだ。木の枝の上に。レンの真上に男が2人いる--


「レンさん離れてッ!」


その時には遅かった。男達が、木の上から、レンを剣で突き刺す。刃が肉を抉り、血を辺りに撒き散らす。

レンがゆっくりと、ゆっくりと倒れていく。なのに、男達はレンにさらに剣を突き立てようと---


「やめてッッ‼︎」


セレンはもうじっとはできなかった。思わずレンのもとに走る。だが、男に蹴りとばされてしまった。

レンがこちらを虚ろな目で見ている。やめて。そんな目で見ないで。何時もの穏やかな目で見て。そんな、別れを告げるような目で、見ないで。そんな思いに構わず、レンは弱々しい声を出す。


「セレン…分かったよ…俺は…」


レンの顔が蹴り飛ばされ、声が遮られる。それきり、レンは何も話さなかった。

男達の笑い声が、遠く聞こえてくる。耐えられなかった。あんな。あんな男のせいで。母さんも。みんなも。レンも。みんな殺された。いいのか?そんなことがあって。良いわけが無い。いいわけがない。イイワケガナイ。許せない。ゆるせ無い。許せ無い。ゆるせない。

うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎」

絶叫。走り出し、レンの持っていた剣を取る。激情に身を任せ、剣を振るう。だが、剣はグリスに弾かれ、グリスは、狂気と快楽に染まりきった表情で、そのままセレンに剣を振り下ろした。


その瞬間。


セレンの体中を未知の感覚が襲う。セレンの中で、「なにか」が目覚める。そんな感じがした。


グリスの剣が虚空で弾ける。


「…な」


次の瞬間グリスも赤い血潮となって弾けた。そして、他の男達も同様に血潮となって弾けた。辺りの木が赤く染まる。セレンは何が起こったのか、まるでわからなかった。


だが、唐突に、セレンはある事を悟った。


自分に、念願の「力」が目覚めたこと。今の現象は、その「力」によるものであること。

そして、自分の「力」の本質も。



拒絶(ディスパイアー)

レン・ハルト・フロイライト

年齢:19歳

住居:リミンクスの郊外

育て親にして恩人:フロイライト夫妻

生涯で最も尊敬する人:ハルト・クレスト・フロイライト

走馬灯の最後に見た人:セレン






次回は設定集にしようかなと考えています。

次回も読んでいただけると嬉しいです。感想とかをいただけたらもっと嬉しいです。

では、さようなら。次に手が触れ合う時まで。

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