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触れることが  作者: Kadoma
第2章 憂鬱
11/11

王女様のキス

『火葬』

一般的には、葬儀の方法は火葬が主流である。

それも、『力』で生み出した炎などではなく、燃料等で用意した炎で行うのが望ましい。

(中略)

また、火葬が行われないものもいる。

重罪人と、フーラである。

(『葬儀、葬送、墓標の基礎知識』より一部分のみ抜粋)

身体中が疼く。そして、それが収まる様子は無い。

疼きを感じてからまだ数分程度だが、既に全身に伝播したそれは十二分に不快だった。

洞窟はまだ続く。目の前を歩く女は、歩みを止めそうにない。

『ほら。ついてきなよ』

数分前、そう言った女に従ってしまった自分を後悔し、かといってここで歩みを止めることも出来ず、セレンは言い知れぬ不安と不快を耐えるしか無かった。

レンも連れてくればよかった。本当に数分前は、全て狂っていたのかもしれない。


「苛立っているのかい?」


突然、女が振り向いた。不気味な笑みだ。返事を待たずして、女は続ける。


「君はまあ、そうなるのかな?ハはははハ…いや、よそう」


セレンから見ても違和感のある笑いを、女は唐突に止めた。

その表情と視線が不気味で、セレンは思わず目を逸らした。


「普通の話し方の方が自然か、君にとっても。…やるものじゃないな、こういうのは」


セレンには--いや、誰にでもかもしれないが--この女の言うことの意味がわからない。

最初とその次会った時は、どこまでも無表情だったその顔は、数分前には嘲笑で染まり、油切れの笑い声を発し、そして今はまた無表情だ。

この女は何だ?小さな疑問にセレンが至ったところで--


「さ、到着だ」


至極淡白な声と共に、女は立ち止まった。

そこは、見たこともない鉄塊--機械の一種だろう--が、不気味なほど整然と並んでいた。

それらのひとつひとつは静かに唸り、辺りには異様な感覚が立ち込めている。人間の匂いとでも言おうか。


「観察器」


女の言葉は、変わらず唐突だ。


「愛称はカスパー。ある仕事をこなす為に、比較的大きな役割を持つ機械だ」


「…仕事?」


「そう。名前の通り、あるものを観察する機械だ。それが何か分かる?」


当然、分かるわけがない。


「…だろうね。ただし、君は知っていた。過去形だが」


「…何を言っている?」


「まあ私の仮説が正しければだけどね」


会話が成り立たない。一瞬の沈黙の後、女は呟く。


「μελαγχολία」


全く未知の単語が、耳元を通り過ぎていった。


「意味は憂鬱。古い言語だよ。…遥か昔のね」


その言葉の中のある種の含みは、その実それを伝える相手にとって、何ら意味を持たなかった。

セレンはさして興味を持つ様子もなく、未だに全身を這い回る感覚に憂鬱と疑問を感じているだけだった。


「あれ。…どうでもいいんだ。少し拍子抜けした」


「だから何なの」


思わず、声まで苛立った調子になる。


「いや、言ってみただけだよ。()()君もこういうの、すごく好きだったからね」


「…前?」


「そう、前。今はそんな感じみたいだけどね」


前。私の前。記憶にはない。

私が物心ついてから--何か高尚な事柄に関心を抱くような歳になってから、この女に会ったことは断じてない。あの日までは。


「だろうね。君が知るはずはない。…だからこうなってるんだ。こんなことに」


小さなその声は、この女にしては、やけに暗い声だった。


「さて、話を変えよう。ここからは本題だ」


女の声色は、またも唐突に変わった。


「ひとつ問題。『力』って何だと思う?」


突然何だ、この女は。セレンはそろそろ、ここに来たことを後悔し始めていた。

だが、女の呟くような一言は、間違いなくセレンの心を引き留めていた。


「本当に、元々は知ってたんだ。君も、…多分レン君も」


-----


「足痛い…」


若干息切れ気味に足を引き摺りながら、ベルチカは憂鬱な気分を抱き出していた。

足跡すら残っていない乾いた土では大量の落ち葉が妙な模様を作っていた。

歩くのはともかく、走るのはそこまで慣れていない。

考えてみれば、自分と同じくらいの体格で、男1人を担いで歩けるような女の子に体力が無いわけない。

その女の子に追いつこうとして走った結果、ベルチカは今一身に走り終わりの疲労を感じているのだった。

そんな折、急に消え失せた木陰が、一瞬ベルチカの視界を麻痺させた。…森が途切れていた。


「…あれ」


途切れた視界のせいだろうか。目の前には急に--あくまでベルチカにとってだが--単色の壁が広がっていた。岩壁だった。

ただ、その中心にはひとつだけ、明らかに岩ではない色があった。


「この人…」


群青色の服、空きっぱなしの傷。いつもセレンが抱えていた、あの男だった。

そう、セレンが大切にしている、何日経っても腐りもしない、青年の死体だ。

ただ、肝心の、これの持ち主はどこにも見当たらない。


「何でこれだけ…?」


それに答える者は、当然いない。その代わりのように、足音がした。

ベルチカは思わず振り向く。そして、思わず声を漏らした。それは、目の前の足音の主も、同様だった。


『!』


目の前のその女性は、ベルチカとその後ろの死体を見やり、ベルチカは、ただ彼女を見つめていた。


「ラナさん…?どうしてこんなとこに…」


「私も聞きたいよ、ベルチカちゃん。どうして君が…」


そうまで言って、突然言葉が止まる。そのハッとした表情には、余りに前触れがなかった。


「まさか、あなたとレン君は…」


「レン?」


「…そっか」


こちらの返事が届いているのかいないのか、彼女--ラナと呼ばれた女は、何かを悟ったように静かに微笑んだ。


「久しぶり。少し、お喋りする?」


「はい。だけど、随分と変わりましたね。髪も、目の色も」


「…色々あってね」


髪をつまみ、ラナは呟くように言う。

金髪混じりの白い髪。青い片目と、色のないもう片方の瞳。死人のような白い肌。

ラナの姿は、今セレンと対峙している女と寸分違わなかった。


-----


「知っていた…?レンが…?」


一切の動作を止めて女を見るセレンの声には、明らかな疑問の色があった。

女は、実に憂鬱そうな所作で観察器に腰掛ける。


「『いた』に過ぎないけどね。まあ、それは別の話だ。」


そう言って溜息を吐く女の表情は、前髪に隠れて見えない。


「改めて問題だ。何が力を作り出してると思う?」


「…分からない」


「だろうね」


予想通りの答えのようだ。女はつまらなさそうに腰を掛け直す。


「君だけじゃない。多分殆どの人間がそうだ」


「だったら何なの」


その声は、もう既に無関心の冷たさを持っていた。


「つれないなぁ。君も連中と一緒だ。自分の身体だとか、そんなのは考えもしない。()()()を力だのと勝手に崇めて…。結果だけがあればいいんだ」


「…不具合」


「おお、やっと気にした」


嘲るような、軽んじるような声だった。


「まあ厳密には個体差だがね。食物と似てるよ。どれを取っても、各々好き嫌いがあり、嫌いの中でも差がある。人によっては発作まで起きる。ただ食べただけで。…君は知らないだろうけどね。要するに、人体には個体別に食物ごとの適合率がある訳さ」


「……」


セレンは返事をするでもなく沈黙している。


「その『力』の起源も同じだ。()()の率は当然異なる。それは元々体内にいる上に、余計な物まで齎してくれたけどね」


「余計な物?」


女は溜息を吐いた。


「参ったものだね。奇跡だ恩寵だと言って、私の世界まで壊すんだ、連中は。…君もそうなのか?」


何が言いたいのか、セレンには分からない。


「じゃあ何?力は…一体何なの?」


「だから今言ったじゃないか」


セレンの脳裏を、ちらりと不安がよぎる。押し付けられ、当たり前だった価値観。それが壊される不安が。


「要するに『力』なんてね--要らないモノの筈なんだよ、元々は」


「………?」


…理解が、追いつかない。


「どういう、こと…?」


混乱した頭にまた疼きが割り込んでくる。でも、その混乱も、さっきの不安も、消えようとはしない。


「もう一回言おうか?『力』は本来、要らない物なんだよ」


語気を強め女が言った。それでも、セレンには意味が分からない。

ふと、レンのことが思い起こされる。フーラと関わったからと殺された彼。『力』の為に死んでしまった彼のことが。


「まだ分からない?じゃあ言ってあげるよ」


女の声には、最大限の悪意と、それ以上の自嘲、自責の念が含まれていた。そして、セレンはそれに、気付かなかった。


「不要物の為に人間が死んだんだよ。レン君のようにね!」


「!……」


一瞬、完全に思考が止まる。


「じゃあ…じゃあ…」


思考が戻った次の瞬間、セレンは激昂した。


「何で殺したのよッ‼︎」


「殺した?…殺した。レン君か」


セレンと反比例するように女の声に抑揚が無くなる。


「…そう思うか?」


軽い音が響く。それが頬を叩かれた物だと気付いた時には、セレンの身体は反対側の壁に打ち付けられていた。

腕で首を押さえつけながら、女はじっとこちらを見つめている。


「殺すと思うか。自分の家族を。君はそう思うのか」


「かッ…は…!」


その目には愉悦や憎悪ではない、明らかにそれらとは異なる怒りが、静かに渦を巻いている。

そして、手には殺意のこもった本気の力が込められていた。

喉が--気持ち悪い。思考が苦痛に変わる。

--ああ、アタマが痛い。


「君はもう居なくて良かったんだ。ただあそこで穏やかに過ごせたのに。どうしてだ?どうして?どうして?折角君の力は失われていたのに、どうして目覚めてしまった?」


女はうわ言のように話し続けている。内容が、もう理解出来ない。心の、あらゆる思考が止まってゆく。

そんな中で、声が聞こえた。呼ぶような声、セレンを呼び続けていたあのイメージ。

--ああ、カラダが疼く。


『来い』


声が聞こえた。その声はひどく暗鬱で、苦痛と恐怖だけで彩られていた。


『行きなさい』


声がした。自分の中から。何かが惹かれあって。

チカチカとちらつくのは--忘れていようとした記憶。

--ああ、行かなきゃ。

朦朧とした意識の中、セレンは自分を呼んでいた物が何処にいるのかを理解した。

少し離れた機械の中に、『それ』がいる。

でも、届かない。呼んでいるのに、見つけたのに、押さえつけられて動かない。

でも--ああ----いかなきゃ。

でも--いくってどこに?

セレンの意識が途切れた。


「‼︎」


その瞬間、黒い『それ』が、セレンの背中から噴出し、形を取り--そしてあらゆる物を攻撃した。

『それ』のひとつは女の腹部に激突し、女は弾き飛ばされた。


「…微菌虫(ナノマシン)⁉︎」


『それ』は暴れながら、観察器に突進していく。ふらつきながら、『それ』とともに歩くセレンは、さながら幽鬼のようだった。


「まさか…⁉︎『力』か!」


壁に、天井にひびを入れ、『それ』は観察器に迫り、それをこじ開けるようにへばりついた。

次の瞬間。

観察器は、回転するように部品を撒き散らし、弾け飛んだ。ちょうど、人体が、この『力』で弾け飛んだ時のように。

全ての『それ』がセレンの中に入って行く。そして、光のない目に意識が戻った。


「え…?あ…」


瞬間、セレンを襲うのは、崩落する岩と、無数の『声』。

耳をつんざき、頭を掻き乱す罵声が暴れまわる。

それは、怨嗟の声のような、無念の叫びのような。

余りにも多くのその『声』が、セレンの心に雪崩れ込む。

何かが外れるような感覚。壁が崩れるような感覚。

それは一重に苦痛であり--同時に、見知らぬ記憶の映像を呼び覚ます。

--それに意識を取られ、セレンは頭上の岩に気付かなかった。


「!」


起き上がった女がセレンを突き飛ばす。寸前で、セレンは岩から離れ、女の背に岩が落ちてきた。


「あ…」


異音と共に、尖った岩が女のみぞおちに突き刺さり、片足を押しつぶした。偶然、同時に崩落が止まった。


「どう…して…?」


ポカンとした表情で、セレンが尋ねる。


「こうしないといけないからだ」


女の顔から感情は読み取れない。その体からは、血の一滴すら出てはいなかった。


「こうしないと、彼女は怒るから」


全てが静止したように止まった空間で、声だけが静かに響いた。


「…なぁ、一個だけ聞きたい。どうして、その力が嫌いなんだ?」


セレンに這い寄りながら、脈絡なく女が質問する。

数秒の沈黙の後、セレンが答えた。


「だって…何も出来ないじゃない…。誰とも、何も…」


そう言うセレンの目は、別人のように澄んでいた。


「そう?…そっか」


女は、一人納得したように微笑んだ。

そして、セレンの両頬に手を当て--唇を重ねた。


「⁉︎」


突然のそれに、驚愕し、困惑し、若干不快に感じ、それでも2人とも、しばらく止めることは出来なかった。

その感触は不思議と懐かしく、数瞬だけ、全ての感覚を忘れさせ、苦い記憶を呼び起こした。


「…ぷはっ。…王女様の口づけだ」


女は静かに、投げやり気味に言った。


「…行きなよ」


通って来た道は、這えば、辛うじて進めるぐらいに塞がっていた。


「行かないのか?」


「え…あ」


セレンが這いながら、来た道を引き返す。

それを見ながら、女は1人、ぽつりと呟いた。


「…シアン…」


また、岩が落ちてきた。


-----


『セレンさん…?セレンさん』


アタマがぼんやりする。今がいつで、ここがどこで、私がだれかも、今は分からない。


『…シアンちゃん?』


目の前に誰かいる。今はそれしか分からない。

それが、何となく()()()に似ていて、不思議と懐かしい。


『…大丈夫?』


声が聞こえる。それは誰の声でもあって、誰の声でもない。


(…ねえ)


記憶をなぞる。手を頬に当てて、顔を近づけて--


(ラナ…)


『ちょっと、セレンさん?』


そう、口を重ねて--

あれ?

そういえば、あの時って?


「殺す気ですか?」


意識がはっきりする。セレンは、岩の上に仰向けになっていた。そして、ベルチカが顔を見ていた。


「あれ?私は…」


「その前に手を離してくださいよ!」


そう言われて、手を見てみる。ベルチカに触れそうになっていた。


「あ、ああ…ごめんなさい」


困惑気味に手を離す。さっきまでとまるで違う場所に自分がいる事に、セレンはひどく混乱していた。


「全く、びっくりしましたよ。いきなり走り出すわ、あの死体はどデカイ岩の前に置かれてるわ、その岩は崩れるわ、挙げ句の果てにその中からセレンさんが出てくるし!」


「え。ここって洞窟だったはずだけど」


「いや、ただの岩でしたよ。入り口どころか穴の一つもありゃしない」


「そ、そうなの。…ところで、レン()()は?」


「そこです」


ベルチカが不機嫌気味に指差す。確かにそこにはレンが倒れていた。

ふらつきながら起き上がり、レンの元に歩く。


「…あはは。ごめなさいね。長いこと置き去りにしちゃったかな」


影のある笑顔でセレンは言う。


「なんか、雰囲気が変わった…?」


ベルチカがこぼす。それに構わずセレンは言った。


「じゃあ、行きましょうか。………えっと…あれ?」


「ベルチカですよ。ベルチカ・アンス。忘れないで下さいよ」


「…あなたはベルチカ、私は…違う、私はセレン。そう、私はセレンだ」


「セレンさん?」


「なんでもない。行きましょうか」


「…はい」


あれだけ脳裏に焼き付いていた自分のことを、自分の名前を。一瞬セレンは思い出せなかった。






『…シアン』

大変長らくお待たせ致しました。kadomaです。

色々言いたいことはあるのですが…はい。すごく難産でした。1か月ぐらいかかってます。

1500字(だったかな?)ぐらい書いたところで、一回文章が詰まっちゃったんです。

その間に自分の文に対しての不満点も噴出してきてしまい、一回全部書き直すということをしたんです。

そんなこんながあって、大変遅くなりました。

3月くらいに執筆を再開しましたが、まさかここまでかかるとは…。

ともあれ、何とか投稿できました。今回もこんな駄文ではありますが、楽しんで頂けたら幸いです。

執筆のうえで多大なサポートをしてくれた友人Kさん。

5か月近くこの拙い文を待っていてくださった方々。

本当にありがとうございます。

それでは、また。

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