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触れることが  作者: Kadoma
第2章 憂鬱
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彼女の名前を忘れた。

最近、一緒に歩いている彼女の名を。

大して興味は無かった。彼女が付いてくるなら付いてくれば良い。それだけのことに、名前など再び聞く必要があるのか?


レンを想う--レンの死に囚われたままのセレンに、彼女の名前など、どうでも良いことだった。



それが、とても悲しい事であることも、セレンは知らなかった。

森の中は静かだ。

だが、今日はおかしなほど静かだ。

雲ひとつない青空からさんさんと降り注ぐ陽光を受けてなお、森に生命の音は一つとしてなかった。

その中を、2人の少女は歩く。


同い年に見える2人の少女は、まるで普通の友達のように歩いていた。ただ、その少女の1人は青年の死体を抱えて歩き、そして、2人ともかなり離れて歩いていた。


「…なんか、不気味ですね。せっかくの快晴なのに、こう静かじゃなぁ…」


死体を持たない方の少女、ベルチカはぼやく。

そのぼやきに、もう片方の少女、セレンは霧氷のような表情で答えた。


「確かに、嫌いです。こういうのは。…またあれを見るのかな」


「あれ?」


「死骸ですよ、動物の」


「あぁ〜…犬?猫?」


「熊ですけど。ちなみに名前はスロイネ」


「熊…というかスロイネって…」


ベルチカがボソリと呟いた言葉に、セレンは気付かない。


「あれはおかしかったんですよ。あれは生き物の体では無かったんです、どう考えても。…銀色のお腹が、生き物のお腹な訳がないんです」


「一体何ですかそりゃ…」


「まあ、そうですよね。見れば分かります」


彼女達なりに他愛のない会話をポツポツと話し、彼女達は歩く。


ベルチカの疲れた表情と対照的に、セレンの顔や白髪混じりの金髪には、疲労の色は全く無かった。ただ、その表情は、むしろ何も考えていないようだった。


ここ数日、彼女達は、ある目的地を目指して歩いている。それはレンと直接的な関係は無いが、セレンにとって、結構な重要度を持っているようだった。

事の始まりはこうだ。



『呼ばれている気がする』


ベルチカが旅(?)に同行するようになってから数日後、セレンはそう言った。


『呼ばれた?ってまた何に?』


ただでさえ言うことが曖昧なセレンだが、脈絡なく全く意味不明なことを言うのは初めてだった。

セレンが言うには、遠く離れた所、それも見たことのない場所のことが、頻繁に頭に浮かぶのだと言う。まるで、ここに来いと強く迫るように。

ベルチカは無視して良いんじゃないかと思っていたが、結局セレンに頼まれ(態度こそ全く人に物を頼む態度ではなかったが)行くことになった。お人好し…かどうかは知らないが、自分の押しの弱さというものを密かに後悔した。

そして、それから今に至るわけだが、あれから数日経ってなお、目的地に至るどころか、エーアストからすら出られていない。もっとも、人目に付かない所を通っているのだ。その意味では、数日程度では、エーアストは通り抜けられない場所だった。




「大丈夫です。もう結構近づいてますよ」


最近は、現在地からの距離まで頭に浮かぶらしい。


「そうでないと困ります。いつまでこんな調子で続くんですか」


「さあ…見つけたらまた元に戻るでしょう」


「…いや、聞いているのでなく」


それを言い終わる前に、セレンがいきなりよろめく。倒れそうになるのを、かろうじて踏みとどまった。


「…?」


セレンが足を止め、キョロキョロとあたりを見渡している。何故か、玉のような汗をかいている。


「だ…大丈夫?」


背中を撫でようとして、直前で手を引っ込める。つくづくこの「力」は鬱陶しいものだな、と思った。


「…いや、ちょっと変な感じがして…」


「?…はあ…」


ベルチカはそれ以上は追及しなかった。奇妙な沈黙の中、足音だけが聞こえていた。


-----


一瞬、凄まじい量の何かが。歩けなくなるほどの量の何かが、セレンの頭を駆け抜ける。

目眩と頭痛が、一瞬動けない頭に猛烈に割り込んできた。それを無視して、セレンは周囲を見渡す。セレンは、何か漠然とした、大きな不安を感じた。

その感覚が、「あの日」の感覚と--レンが死ぬ少し前の、あの女と出会った時の感覚と、全く同じだったからだ。


まさか、また?


セレンは、その不安を拭い去れない。

また、私は何か大切なものを失うのか?

失うものなどもう無いじゃないか。そう思っていても、不安は消えない。

ふと、目の前の少女を見つめる。少女は、ただ困惑のみを、その表情に浮かべていた。

この少女が?名前も覚えていない、この少女が?まさか。

その不安から逃れるように、セレンは再び歩き出す。そして、少女と共に見てしまった。


「あの女」が--死人のような白い肌を持つあの女が、離れた所に立っているのを。


「な…」


「え…誰あれ」


その声も耳に入らず、セレンは走り出した。

女はあの時のように歩き出した。そして、やはりあの時のように、距離は縮まらなかった。セレンは、無我夢中で走った。

走れと。止まるなと。追いつけと。


走れ。走れ。走れ。


何かが暴れ出す。


走れ。走れ。走れ。


全てを正視させられる。


『構うな。走れ。』


頭にいくつもの記憶がフラッシュバックする。


静寂の森。

スロイネの死骸。

ボロボロのレン。

振り下ろされる直前の刃。

飛び散る血。

レンの死。

『力』

あの女。

血濡れの家。

ズタズタの本。

母の表情。

し。死。シ。


まただ。何かがまた頭を駆ける。

しまった記憶が曝け出される。

忘れた感情が暴れ出す。

知らない思いが蘇る。


落ち着け。

忘れろ。

走れ。

死ね。


『幸せなくせに』

『私と代われ』

『何で私が』

『ああああ』


「自分」と大地とレン以外の全てを壊せる『力』は、いちばん消したいものを消すことが出来なかった。

だから、ひたすらセレンは走った。

そして--

セレンは、森の奥の、洞窟のような場所の前で、足を止める。

目の前の女が、足を止めていたからだ。

こちらを向かない女に、セレンは近寄ろうとした。

その瞬間。

女の姿が、一瞬で消えた。走ったのでも崩れ落ちたのでもなく、一瞬で消えた。

驚きで動きを止めるセレン。直後、目の前の洞窟の奥で大きな音がした。それは、セレンに、『入れ』と言っているようだった。

セレンはレンを洞窟の前に置いて、洞窟に入った。なんとなく、誰かを一緒に入れてはいけない気がしたからだ。

足を踏み入れた瞬間、岩でできているはずの洞窟の入り口が閉まった。

それを深く考えず、セレンは先に進む。


そして、セレンは「そこ」に辿り着いた。同時に、そこが数日間、探していた場所だと気付いた。


そこには、管のいくつもついた、大きな鉄塊--セレンは機械などという言葉を知らなかった--が並んでいた。

そして、その側で、あの女が立っていた。

金髪混じりの白い髪。青い片目と、色のないもう片方の瞳。死人のような白い肌。

その女は、ほとんどラプスの時と同じ姿で、笑っていた。そう、髪の色以外は、何もかもが一致していた。


「来ないのかい?ラプスの時のように。君は人一人余裕で殺せるだろう?」


女は挑発的に笑う。

この女は、何故そんなことを笑って言うのだろう。

セレンは、数日前から思っていた疑問の、その答えをそのまま口にした。


「それで殺せるなら、あの時に殺せているでしょう。」


女は嘲るように笑った。


「ハハ、君でも流石に分かるか。まあ、家にあれほど本があればね」


そう。ラプスで、セレンはこの女に掴みかかっている。

そう。あの時、セレンはこの女に「触れた」のだ。一定距離に近づいたのではなく。


なら、何故あの時この女は死んでいないのだ?


その考えを見透かしたかのように、女は言う。


「ま、考えたって、今の君じゃ分からないよ。今の君じゃあね」


セレンは、不気味なものを感じた。ここは、危険な真実。その一端を、間違いなく持っている。


「提供してあげよう。答えと、新たな謎を」


女は不敵に笑った。

お久しぶりです。kadomaです。

何とか、2章一話間に合いました。

活動報告に書いた通り、私用により2〜3ヶ月ほど執筆投稿が出来ません。

何とかそれまでに投稿しておきたく、何とか間に合いました。

執筆のサポートをしてくれた友人のN君に感謝です。

次本編を投稿出来るのは…そうですね、用事も定期考査もひと段落ついた後になりそうです。

それまで、気長にお待ちいただければ幸いです。

それでは、さようなら。次に手が触れ合う時まで。

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