0-1 令和の女子大生・碧唯の朝
6月の梅雨空。朝から空気が湿ってる。窓を開けると部屋の中まで湿ってきそう。下手こいたーっ! 自分のアホを悔やみつつ、テテテっと階段を降りていく。
埼玉県川口市の住宅街、ちょっと縦に細長い3階建ての一軒家。ここが私の家。
あ、川口といっても鳩ケ谷のほうね。治安いいから!
「おはよ……」
ダイニングキッチンのドアを開け、私は髪を掻き揚げた。
スラッとしたモデル並みのスタイル(自称)に、ショートのウルフカット、くっきりとした目鼻立ち。われながら男前だと思う。
男の子かって? いえいえ、女子大生ですって、私!
私、大工原碧唯、令和の時代を駆け抜けるピチピチの18歳だお☆ こら、そこ笑うな!
まあ、今の恰好はダブっとした太めのデニムに、シンプルな黒のカットソーと白いTシャツを重ね着してるだけ。飾りっ気もなけりゃ、化粧もしていない。男だって言われても仕方ない。認めるよ、おっぱい小さいし!
「おはよう、碧唯。今日も一段とイケメンだな」
食卓でコーヒーを飲んでいたパパ・真治が微笑んだ。
私と違って本物のイケメンだ。身長170㎝の私と並んでも頭半分くらい高いから、185㎝くらいあると思う。もう40代も後半なのに筋肉質のナイスバディ。私が男なら「やらないか?」って誘っちゃうね。
パパは私が通っている大学を25年くらい前に卒業した大先輩。今はIT系企業を経営してるよ、えっへん! まあ……社員3人しかいない零細企業だから、ウチはけっこうビンボーなのよ。お年玉少なかったしね……。グッすん。
「おはよー、パパ、真依は?」
「あそこに転がってるよ」
パパがコーヒーカップで示した先、ソファの上で妹の真依がスマホをいじっている。高校に入学して2カ月の15歳。私と違って可愛い系だ。近所の高校の微妙にダサい制服が似合っているので、微笑ましい。
「ねーちゃんはパパに似ていて、いいよねー」
「フフフ……うらやましいか!」
「うらやましかねーよ、真依だってママに似てるよ!」
「似てる? おっぱいのデカさだけじゃん」
「あによー、洗濯板の貧乳ねーちゃんよりマシよ!」
チーン。
トースターや電子レンジの音じゃない。
ダイニングの隅、ひっそりと佇む小さな仏壇の前で、ママ・唯依が静かに手を合わせ、おリンを鳴らした音だった。
パパがカップを置いてママに語りかける。
「そうか……。今日は、君の親友の命日だったね」
「ええ。もう……26年になるかしら。時の流れは早いものね」
ママの「親友」。パパがママと知り合う前に亡くなった人、パパも詳しいことは知らないらしい。でも、何かあるとママはお仏壇に手を合わせている。ママにとって本当に大事な人だったんだと思う。
私も手を合わせておこう。南無阿弥陀仏……。
「さあ、朝ごはんにしましょ」
いつもの明るい声。でも、振り返ったママ、どこか遠くを見るような目で微笑んでいた。
ママの目は二重でキリっとしている。年相応にフケてはいるけど、けっこうな美人だ。それになんといっても、おっぱい! アンデスメロンを二つ並べたみたいな大きさなのよ。なんで私に遺伝しなかったのだろうか、メンデルの法則間違っているじゃん!
「あ、ママ。私、今日は友達と学校帰りに新宿に寄って買い物してくるね。ご飯も食べて帰るから、夕飯いらないよ」
「ねーちゃん、新宿行くのー? ルミネでコスメ買ってきて」
「私、化粧品わからないから」
「メイクくらいしなよ、ねーちゃん。彼氏できないよー」
「妹よ……私はノーメイクでもモテモテなのだっ!」
「オタサーの姫なだけじゃん」
「え、彼氏がいるのか、碧唯?」
「いないよ、パパが一番好き」
「ねーちゃんのファザコン、キモいわー」
いつもの大工原家の朝だった。
「じゃあ、行ってくるね~」
「碧唯、気をつけてね、新宿は危ないから」
カバンを肩にかけ、玄関へ向かう私にママが声をかけた。
ママは今どき希少種の専業主婦。あまり出歩かない人だから新宿を魔界都市か何かだと思っているのだろう。心配しなくても、エスパーもサイボーグも出ないって。まあ、ゴジラは鎮座しているけどね。
「うん、大丈夫だよ。いってきまーす」
私は、苦笑いしつつドアを開けた。
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