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回想:第一話:語り部の宣言(あるいは、深夜のつまみ食い)

■ ビジュアルリンク一覧

【00】アムネシア外観

https://www.pixiv.net/artworks/143621910

【01】いおりとゆめ

https://www.pixiv.net/artworks/143622038

【02】いおりとゆめ(幼少期)

https://www.pixiv.net/artworks/143622191

【03】いおり

https://www.pixiv.net/artworks/143622530

【04】ゆめ

https://www.pixiv.net/artworks/143622446

【05】ユウリ

https://www.pixiv.net/artworks/143622588

【06】セシリア

https://www.pixiv.net/artworks/143622964

【07】ステラ

https://www.pixiv.net/artworks/143623298

【08】リナ

https://www.pixiv.net/artworks/143623436

【09】ラヴァ

https://www.pixiv.net/artworks/143623526

【10】すず

https://www.pixiv.net/artworks/143623581

【11】もか

https://www.pixiv.net/artworks/143623864

【12】オールキャスト

https://www.pixiv.net/artworks/143624032

『アムネシア・アフター・レコード:銀色の余韻と、焦げたプリンの匂い』


第一章:静寂を破る「サクッ」という音

アムネシア中央資料室の深夜は、世界の終わりよりも静かだった。

かつては人類の存亡を懸けた演算が火花を散らし、幾千もの感情データが濁流となって流れ込んでいたこの場所も、今では整理されたサーバーの駆動音が微かに「……コー、……コー」と、規則正しい寝息のように響くばかりだ。


その無機質な闇の中で、コンソールの淡い青白い光に照らされているのは、すずの横顔だった。彼女は彫刻のような不動の姿勢で、空中に浮かぶホログラム・ウィンドウを凝視している。


「……記録、第百四十七層。ノイズの除去、完了。次は、情動スペクトルの再分離……」


すずの細い指先が、空を撫でるように滑る。彼女が今取り組んでいるのは、本編の激闘で混濁し、消えかかっている「少女たちの記憶」を一つずつ丁寧に解きほぐし、修復する作業だった。それは気の遠くなるような、けれど彼女にしかできない「戦後処理」だ。


「すずちゃん、またそんな難しい顔して。眉間のシワがそのまま結晶化して、ダイヤモンドになっちゃうよ?」


静寂の膜を破ったのは、およそこの神聖な資料室には相応しくない、弾んだ声だった。

すずが視線を動かさずに溜息を吐く。


「もか、何度も言っていますが、生体組織が炭素同素体へ瞬時に変質する物理的根拠はありません。それに……」


「それに?」


「……その、手に持っているものの『匂い』が、資料室の空調規定値を大幅に超えています」


すずがようやく振り返ると、そこには園児服の胸元を緩めたもかが、両手で大事そうに袋を抱えて立っていた。袋の中には、コンビニの新作「黄金のメロンパン」が鎮座している。


もかは、すずの小言などどこ吹く風で、袋から取り出したパンを大きく頬張った。


「サクッ、ザクザクッ……」


静かな部屋に、小気味良い、けれどどこか暴力的なまでの「日常」の音が響き渡る。香ばしいバターの香りと、砂糖の甘い匂いが、古びた機械油の匂いが漂う資料室を一気に侵食していく。


「んふふ、これ最高! 外はカリカリで、中はふわっふわ。すずちゃんも一口食べる? ほら、このへんの『幸せの匂い』がする部分」


「……遠慮します。資料のホログラムに糖分が吸着するイメージが拭えません」


すずは再びコンソールに向き直ったが、その指先は先ほどまでの完璧なリズムを失っていた。もかが隣に腰を下ろし、もぐもぐと口を動かしながら、すずが見つめるウィンドウを覗き込む。


「ねぇ、すずちゃん。それ、いおりちゃんたちの記録でしょ? 数字ばっかり並んでて、全然おいしくなさそう」


「記録とは、客観的事実の集積です。おいしさは必要ありません」


「うーん、でもさ」


もかは、最後の一欠片を口に放り込むと、指先についたザラメをぺろりと舐めた。そして、少しだけ真面目な顔をして、青白い光に透ける古いログを指差す。


「ここ。第3話の、リナちゃんがラヴァと戦った時の記録……すずちゃんのデータだと『温度上昇、損耗率、何パーセント』って書いてあるけどさ。私の鼻には、この時、すずちゃんの手汗の匂いが混ざってたよ」


「……は?」


すずの動きが完全に止まった。


「すずちゃん、この時すっごく怖かったんでしょ? 自分の手が、自分の回路じゃないみたいに熱くなって、汗がいっぱい出て……『消えちゃえ!』って思いながら、必死にキーボード叩いてた時の匂い。この数字の中には、そんなの一個も書いてないんだもん」


「それは……記録に残すべき不要な生理現象ですから。……第一、手汗など、私は……」


すずは反論しようとして、自分の掌を見た。今は乾いているはずなのに、もかに指摘された瞬間、あの時の焦燥感と、逃げ出したくなるような熱が、指先から蘇ってくるような錯覚を覚えた。


「……それは、記録に残さないでください。科学的ではありません」


「えー、いいじゃん! そういう『変な匂い』こそが、私たちがそこにいた証拠なんだよ。数字だけじゃ、いつか誰かが読んだ時に『あぁ、機械が戦ってたんだな』って思われちゃう。もったいないよ、そんなの」


もかの言葉は、メロンパンの甘い匂いと共に、すずの硬い思考の隙間に入り込んでいく。

すずは、隣で笑う少女の「直感」という名のインデックスが、自分の「論理」よりも遥かに深く、あの戦いの本質を突いていることを認めざるを得なかった。


「……もったいない、ですか。あなたの語彙は、時として論理的な結論を飛び越えますね」


すずは小さく笑みをこぼすと、作業中の「公式記録」のウィンドウを隅に追いやり、新しい真っ白なファイルを立ち上げた。


「わかりました。もか、あなたの『嗅覚』による補足を採用します。ただし……」


「ただし?」


「食べかすをコンソールに落とさないこと。これが、この非公式記録――『残響記録』の開始条件です」


「やったぁ! じゃあ、最初のページには『すずちゃんの手汗、実はすごかった事件』って書こうね!」


「却下です。……まずは、もっとマシなタイトルを決めましょう」


深夜の資料室。青白い光と、甘いパンの匂い。

二人の少女の、少しだけ不純で、けれど最高に純粋な「物語の再構築」が、ここから始まった。


第二章:きっかけは「もったいない」から

メロンパンの最後の一欠片を飲み込み、もかが満足げに喉を鳴らす。資料室の空気清浄機が、糖分とバターの飽和攻撃に必死の抵抗を試み、ブォォォという重低音を響かせていた。


「ねぇ、すずちゃん。なんでそんなに必死に、その『真っ白なデータ』を直してるの?」


もかがコンソールの光に透けるすずの横顔を覗き込む。すずは、空中に展開された複雑なグラフの一点を、ピンセットで神経を抜くような精密さで操作しながら、感情を排した声で答えた。


「これは『アムネシア戦後処理規定・第十二条』に基づく義務です。私たちの戦いは、システムの崩壊によって多くのログが断片化しました。これを完全に修復し、歴史の正典としてアーカイブすること。それが、管理者からこの演算機能を継承した私の責務……いえ、生存戦略です」


「せいぞん……? むずかしいなぁ。でもさ、それって『義務』でやってるの? 楽しいからじゃなくて?」


「楽しさ、という主観的報酬は作業効率を阻害します。私はただ、記録の完全性を期したいだけです」


すずの指先が止まる。ホログラムには、第8話の激闘の最中に記録された、いおりのバイタルデータが表示されていた。そこには、極限状態での心拍数の跳ね上がりと、結晶化の進行を示すエラーコードが無機質に並んでいる。


「……でもさ、それじゃ『もったいない』よ」


もかが、ふわりとした足取りですずの背後に回り込み、その細い肩に顎を乗せた。もかの体温と、微かに残るパンの甘い匂いが、すずの「境界線」を易々と越えてくる。


「もったいない……? 意味不明です。データの修復に損失はありません」


「そうじゃないの。すずちゃんが直してるのは、いおりちゃんが『何時何分に、何回ドキドキしたか』でしょ? でも、私が覚えてるのは、その時のいおりちゃんの『匂い』なんだよ。……あの時、いおりちゃん、リーダーぶってて、みんなに『大丈夫だよ』って言ってたけど……本当は手袋の下で、指がちぎれちゃうくらい震えてた。その時の匂いは、すごく酸っぱくて、冷たくて……でも、負けるもんかっていう、お日様みたいな匂いも混ざってたんだ」


もかの瞳が、遠いあの日を見るように細められる。


「すずちゃんの真っ白なデータには、その『震え』が書いてない。いおりちゃんがどれだけ怖かったか、どれだけ私たちを大好きだと思って踏ん張ったか……。それをなかったことにしちゃうのは、世界で一番もったいないことだって、私の鼻が言ってるんだもん」


「…………」


すずの指が、ホログラムの空中で力なく彷徨った。

彼女の論理回路は、もかの言う「匂い」や「震え」をノイズとして処理するように設計されている。しかし、今のすずには、そのノイズこそが、自分たちが「ただの機械」ではなく、あの日あの場所で「生きていた」唯一の証明であるように感じられた。


「……公式記録には、個人の主観や嗅覚による情報の混入は許されません。それは歴史を歪める行為です」


すずは、自分に言い聞かせるように、震える声で続けた。


「でも、もし……。もし、この記録が将来、誰の手にも触れられず、ただ冷たいサーバーの中で眠り続けるだけだとしたら。……それは、彼女たちが二度死ぬことと同じなのかもしれません」


「でしょ? だから、二人の『内緒の記録』を作ろうよ。すずちゃんのカッコいい数字と、私のヘンな匂いの記憶を、全部混ぜっこにしてさ」


もかが、いたずらっぽく笑ってすずの頬を指先でつつく。

すずは、不快そうに顔を背けることもせず、ただ静かに、膨大な「正典」の影に、パスワードで守られた新しいディレクトリを作成した。


「……わかりました。あなたの『もったいない』という非論理的な主張を、限定的に受理します。……これは歴史ではありません。私たちが、さよならを忘れるための……ただの『余韻』です」


資料室の片隅で、新しい記録の灯火が静かに灯った。

それは、救世主としての記録ではなく、ただの少女たちが、泣いて、笑って、パンを食べて戦った、泥臭い日々の記憶だった。


第三章:番組タイトル(仮)を決めよう!

「よし、決まり! じゃあ、この『ないしょの記録』に名前をつけなきゃ。すずちゃん、なんかカッコいいのない?」


もかがコンソールの端に腰掛け、ぷらぷらと足を揺らしながら提案した。すずは一度、眼鏡のブリッジを押し上げると、淀みない口調で答えた。


「既に検討済みです。アーカイブのインデックス名は『第17次情報統合思念体による、戦後事象の多角的高精度解析ログ:Appendix』。これで統一します」


「……長いよ。あと、全然おいしくなさそう。却下!」


もかが即座にバツ印を腕で作る。すずは不満げに眉をひそめた。


「精度と客観性を追求した結果です。では、あなたには対案があるのですか?」


「あるよ! えーっとね……『もかちゃんの、クンクン・ミラクル・アドベンチャー! ~あの日のパンの匂いを添えて~』とかどう?」


「……。もか、私たちは歴史の断片を拾い集めているのであって、グルメ紀行を収録しているのではありません。それに『クンクン』という擬音語は、記録の信頼性を著しく損ないます。却下です」


今度はすずが、冷徹な手つきで空中に「REJECTED(却下)」の赤い文字を浮かび上がらせた。


資料室の静寂の中で、二人の幼い——けれど、あまりに異なる感性が火花を散らす。

すずは「事実」を、もかは「体感」を。

すずは「永遠」を、もかは「瞬間」を。

互いに譲らない二人のやり取りは、傍から見ればただの微笑ましい喧嘩に見えるかもしれないが、彼女たちにとっては、あの日救えなかったもの、こぼれ落ちてしまったものをどう定義するかという、真剣な「再構築」の儀式だった。


「じゃあさ、歩み寄ろうよ。すずちゃんの『カタイ言葉』と、私の『フワフワした言葉』を半分ずつにして」


もかが、人差し指をすずの鼻先に向けた。


「……半分ずつ、ですか」


「そう。これは、アムネシアが終わった後の話でしょ? だから……『アムネシア・アフター・レコード』。これなら、すずちゃんっぽくない?」


「……『アフター・レコード』。事後記録。……論理的な整合性はありますね」


すずが少しだけ表情を和らげ、空中のホログラムにその文字を打ち込む。


「そこに、私の分も足して! えーっと……『銀色の余韻と、焦げたプリンの匂い』!」


「プリン……? また食べ物ですか。しかも『焦げた』とは、熱力学的な失敗を想起させます」


「違うよ、すずちゃん。焦げてるから、甘い匂いがもっと強くなるんだよ。失敗したけど、そこにあったのは確かだよって、そういう意味。……ダメかな?」


もかが少しだけ小首をかしげて、覗き込むようにすずを見た。

すずは、コンソールの光を反射するもかの瞳の中に、あの決戦の日に自分たちが見上げた、燃えるような夕焼けの残像を見た気がした。

あの戦いは、美しく整った成功例ではなかったかもしれない。泥にまみれ、焦げつき、多くのものを失った。けれど、そこには確かに「熱」があった。


「……。認めます。完全なデータよりも、焦げついた記憶の方が、あるいは人間に近いのかもしれない」


すずの細い指が、キーボードを叩く。

空中に浮かび上がったのは、二人の妥協と合意の産物。


『アムネシア・アフター・レコード:銀色の余韻と、焦げたプリンの匂い』


「……これで、満足ですか?」


「うん! 最高! すずちゃん、やっぱり話がわかるね!」


もかが嬉しそうにすずの背中を叩き、すずは「叩かないでください、演算が狂います」と小声で毒づいた。

けれど、新しく作られたディレクトリの名前の横で、録音開始を示す小さな光が、期待に満ちた心拍のように点滅を始めていた。


挿絵(By みてみん)


第四章:最初の一歩「いおりの寝言」

「タイトルも決まったことだし、さっそく『中身』を入れちゃおうよ。すずちゃん、なんかとっておきの、誰も知らないようなヤバいデータ、隠し持ってるんでしょ?」


もかが期待に目を輝かせ、コンソールの光を顔に浴びながら詰め寄る。すずは一瞬、視線を泳がせ、防波堤を築くように腕を組んだ。


「……『ヤバい』の定義が不明瞭です。私はただ、管理記録として必要な音声を一次保存しているに過ぎません。……ですが」


「ですが?」


「……。これは、本来なら公開すべきではない、極めてプライベートな領域に属するログです。解析の過程で、図らずも抽出されてしまったもので……」


すずの指が、迷うように空中で止まる。彼女の「規律」と、もかに突き動かされた「好奇心」が、演算回路の中で激しく火花を散らしているのが見て取れた。

やがて、諦めたように小さな溜息を吐くと、すずは一つの音声ファイルをアクティブにした。


「……いおりの、就寝時のバイタル異常を検知した際の記録です。第4話、激戦の翌々日の深夜。彼女の精神的負荷を測定するために、意図せず録音された……はずのものです」


スピーカーから、微かなノイズと共に、規則正しい寝息が流れ出す。

そして、その静寂を破るように、少し鼻にかかった、幼く、けれど紛れもなく「いおり」の声が響いた。


『……ん、んぅ……。だめ、ゆめ……。それは、いおりのプリン……。あとで、はんぶんこ……って、約束、したでしょ……』


「ぷっ……! はははは! いおりちゃん、夢の中でプリン守ってる!」


もかがお腹を抱えて笑い転げる。資料室の冷たい空気が、一気に生活感のある温度に塗り替えられていく。

いおりがリーダーとして見せる、あの凛とした背中。迷いのない号令。それとはあまりにかけ離れた、無防備で食い意地の張った声。


「……可愛い、という評価については、否定しません。彼女はこの時、夢の中でさえ『分かち合うこと』を考えていた。……極めて彼女らしい、非効率な優しさの証明です」


すずの口調は淡々としていたが、その瞳には、データを見つめる冷徹さではなく、愛おしいものを見る柔らかな光が宿っていた。

だが、録音はそこで終わらなかった。


笑い声が引いた後の静寂の中、いおりの声が、今度は掠れた、祈るような響きに変わった。


『……ゆめ……。みんな……。お願い、いかないで。……死なないで……』


「…………」


もかの笑い声が、ぴたりと止まった。

スピーカーから漏れる、衣擦れの音。寝返りを打ち、何かを強く握りしめるような気配。

本編では、常に先陣を切って「前だけ」を見ていた少女。けれど、その足元に広がる影の中で、彼女がどれほどの喪失を恐れ、どれほどの夜を、震える指先を隠して過ごしてきたのか。

その断片が、数秒のノイズ混じりの音声の中に、生々しく刻まれていた。


「……この後、彼女の心拍数は安定し、記録は途絶えています。……おそらく、隣で寝ていたゆめが、彼女の手を握ったのでしょう」


すずが、そっと再生を停止した。

資料室に再び訪れた静寂は、先ほどまでの冷たいものとは違っていた。そこには、言葉にできない「祈り」のような重みが漂っている。


「……ねぇ、すずちゃん。やっぱり、これ、記録して正解だよ」


もかが、少しだけ湿った声で呟いた。


「いおりちゃんがプリンの話をしてるのも、みんなが死ぬのを怖がってるのも、どっちも本当のいおりちゃんだもん。……これを消しちゃうなんて、やっぱり私、耐えられない」


「……。同感です。この『ノイズ』こそが、私たちが守り抜いた世界の、最も美しい欠陥なのかもしれません」


すずは、いおりの寝言データを、大切に「アフター・レコード」の第一ページへと格納した。

笑い飛ばしたくなるような滑稽さと、胸を締め付けるような切なさ。その両方が溶け合って初めて、一人の少女の物語になることを、語り部の二人は、深夜の暗闇の中で静かに噛み締めていた。


第五章:録音開始、タイトルコール

「……ふぅ。いおりちゃんの寝言、強烈だったね。笑いすぎてお腹空いちゃった」


もかが、空になったメロンパンの袋を名残惜しそうに指先で弾いた。カサリ、という乾いた音が資料室の隅々にまで響き、ようやく二人の間に流れていた、あの切ない沈黙が解ける。


「もか。摂取カロリーと消費エネルギーの計算が合っていません。……ですが、記録の『第一歩』としては、十分な衝撃インパクトだったと言えるでしょう」


すずはコンソールのメインモニターをリセットし、録音準備完了を示すグリーンのラインを走らせた。彼女の瞳には、先ほどまでの迷いはもうない。あるのは、膨大な情報の海から「真実」を一本ずつ釣り上げようとする、記録者としての静かな覚悟だ。


「さぁ、もか。……ここからが本番です。この『アフター・レコード』、最初の正式なゲストは誰にしますか? 私の演算によれば、物語の構造を紐解くには、まず中枢に近い人物から呼ぶべきですが……」


「うーん、そうだね……。でもさ、まずは一番『喋らなさそうな人』からがいいな。その方が、私たちが頑張って聞き出す甲斐があるじゃん?」


もかが、いたずらっぽく笑ってモニターの一角を指差した。

そこには、三輪車に跨り、不器用なほど真っ直ぐに前を見つめる少女のアイコンがあった。


「……リナ、ですか。確かに彼女は、戦いの中では一番言葉数が少なかった。けれど……その分、誰よりも鋭い針で、崩壊しかけた世界を縫い繋ごうとしていた人です」


「そうそう! リナちゃん、実はあの日、ラヴァのところへ行く時、すっごく覚悟した匂いがしてたんだよ。……そういうの、本人に直接聞いちゃおうよ。すずちゃんの分析と、私のクンクンでさ!」


「……クンクン、は余計ですが。同意します。彼女が守り抜いた『沈黙』の裏側を、私たちは知る必要がありますね」


すずが深く頷き、コンソールの最終確認を行う。

二人は、マイクの前で姿勢を正した。もかは大きく深呼吸をして、すずは眼鏡の位置を微調整する。

深夜二時。アムネシアの最深部で、二人の少女の「声」が、重なり合った。


「……記録停止、および、本編開始。もか、合図を」


「うん! 任せて!」


もかが、資料室の重い空気を切り裂くような、弾んだ声を響かせた。


「『アムネシア・アフター・レコード:銀色の余韻と、焦げたプリンの匂い』! 最初のページ、めくっちゃうよ!」


「……記録開始レコーディング。これは、さよならを忘れるために、私たちが私たちらしくあった時間の、最初の証明です」


すずの指が、赤い「REC」ボタンを静かに押し込んだ。

インジケーターが、彼女たちの鼓動と同じリズムで、力強く明滅を始める。

かつて絶望が支配したこの場所で、今、新しく温かな「物語」が、静かにその産声を上げた。


第一話:語り部の宣言(あるいは、深夜のつまみ食い)――完。

■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21


■イメージソング収録

https://youtube.com/channel/UCf9Cp8TicaB66IdgbE7wxPQ?si=kFtHO8Jk97tbQuwx

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