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美味しい野菜が食べたいです  作者: 熊沢五月


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4/11

お屋敷での生活の始まり

デリは外が明るくなると目が覚める。母親が亡くなって家の中のことを切り盛りしていたのでそれが習慣になっていた。

時計を見ると5時半。顔を洗い、昨日もらったお仕着せに着替える。ベットを整え部屋の掃除を軽くする。小屋を出て教会の時計台を見て部屋の時計のネジを巻き、時間を合わせる。時間はまだ6時半。

お仕着せのスカートに足がスースーする。


「下働きだっていうのに何でこんなの着なきゃいけないんだろう」


お仕着せは3着。毎日着替えるのと予備。

メイド長のおばさんが

「いずれ着ることになるんだから、早いうちに慣れるように」

と言ってデリが休もうとしたところに持ってきた。笑顔でお礼を言って受け取ってみたが、正直面倒くさい。


時間は7時と言われていたが裏口に行くことにした。お屋敷の庭は広いし見たことのなかった花も咲いている。それをゆっくり眺めながら歩く。それでも早く着いてしまった。

裏口は開いていたがデリは入らず待つことにした。

厨房からだろういい匂いが漂ってくる。庭の奥の畑では庭師のおじいさんが畑にしゃがんで草をむしっているのだろう。


「おや、早いね。関心関心」

メイド長が通りかかりデリに声をかける。

「おはようございます」

デリが頭を下げる。そこへ執事がやってきた。メイド長と執事が何やら話をして最後にメイド長がニヤリと笑った、


「今日はこっちを手伝ってもらうからね」

メイド長は水の入ったバケツを2つデリに持たせた。デリは黙ってメイド長に付いて行く。裏口に近い細い階段を上り3階へ行く。廊下の一番奥の部屋の前に連れて来られた。


「奥様はもう起床されて居間に行かれたんで、まずはこの部屋の掃除だよ」

「はい」

「じゃ、頼むね。あとで様子を見にくるから」

メイド長はサッサと行ってしまった。


いきなり一人にされてデリは茫然としたが、すぐに立ち直った。

「失礼します」

いないとは聞かされても奥様の部屋に入るのに黙って入るのは気が引ける。デリはドアを開けるとそのまま開けておいた。部屋の奥のカーテンも開け窓を開ける。朝の新鮮な空気が入って来る。

その部屋にはリネン室があり、そこには掃除道具が揃っている。ハタキを取り出し部屋の高いところからハタキをかける。窓とドアを開けているので埃が窓から出て行くのが見える。

次はハタキを元の場所に戻すと箒を出し床を掃く。ゴミをまとめリネン室の大きなゴミ箱に入れる。リネン室からシーツを取り出しベットへ向かう。シーツを交換しようと掛け布団をめくるとベットの中から大きな宝石の付いた指輪があった。

「なんでこんなとこに。お金持ちのことはわからん」

デリはつぶやくとベットサイドのテーブルに指輪を置いてシーツの交換をした。何年も使って薄くなったシーツと違い糊のきいたシーツの交換は簡単だった。

「雑に扱うと破けそうなうちのと大違いだ」

デリはご機嫌で作業を終えると、持ってきたバケツに雑巾を浸してよく絞る。それでまずはテーブル、棚、窓と拭いていく。一カ所終えたら濯ぎまた拭く。それを繰り返しているうちに2つのバケツの水は真っ黒になった。


あらかた掃除が終わったところでメイド長がやってきた。部屋の中を見て窓を閉めた。

「なかなか手際がいいじゃないか」

「ありがとうございます」

「その水を捨てたら厨房に行って朝食をとって、洗濯を頼むね。洗濯場にまとめておくから」

「はい」

デリはドアを閉めて細い階段をバケツを持って下りる。裏口から出て井戸の横の排水場にバケツの水を捨てて厨房に行く。

厨房ではハンナが朝食を用意してくれていた。目玉焼きと細かく刻まれた野菜とウインナーが入ったスープ、柔らかいパン。どれもまだ温かい。


「お腹が減ったろ、さあ食べな」

「はい、いただきます」

デリはガツガツと食べ始めた。

「美味しそうに食べるねぇ」

「おいひいです」

デリは頬張りながら答えるとハンナが言った。

「そんな風に食べてもらえるのは嬉しいけど、ここは家じゃなくてお屋敷なんだからもうちょっと上品に食べなよ」

「ふぁい」

デリは食べる速度を少し落としたが直にもとに戻った。それをみてハンナ達親子は笑って見ていた。


「ご馳走様でした」

デリは食器を片付けようと立ち上がった。それを見てハンナがデリに話し掛ける。

「もうちょっと座ってなよ。座って休めるなんて食事の時しかないんだから」

デリはジッとしているのが苦手だ。家で一人でいたときは簡単なものを作り、サラッと食べて動いていた。小さな家だが掃除は毎日したし、一人の洗濯物でも溜めずに毎日していた。古い家だからあちこちガタがきてたので修理もしたし、少ない衣類の繕い物もした。まあ、一人の寂しさを埋めるために動き回っていたのもある。


「大丈夫です。ありがとうございます」

デリは手早く使った食器を洗い、ハンナに聞いて片付けた。

裏口を出て井戸に行く。バケツの水を捨てに来た時にはなかったが、今は洗濯物が積まれている。その横にはデリが両手を広げたくらいの大きさのタライがあった。

「これだけ大きいとまとめて出来そうだ」

デリは袖が濡れないように肘の上までたくし上げた。井戸のすぐ横にタライを寄せて水を汲んで入れる。シャツやズボンのポケットに手を入れて、中に何も入っていないか確認をしてタライに放り込む。その中の1つ、濃紺のズボンのポケットに大銅貨が入っていた。

「これは旦那様が昨日履いていたやつだ。あとでハリルさんに渡そう」

デリはお仕着せのエプロンのポケットに入れた。

洗濯石鹸をよく泡立てて衣類をよく揉む。1つ1つ汚れを確認して絞り、今度は大物を放り込む。手でよく揉んだ後は足で踏み洗いをして絞る。汚れた水(といっても畑仕事をしているわけでもないので、デリには汚れてもいないようなもの)を捨て井戸から何度も水を汲み洗濯物をすすぐ。すすぎ終わったものから物干しに掛けていく。量自体はそうでもないが、タライが大きいので水汲みに時間がかかる。全てを干し終わったのは昼近かった。


時間を見計らったように執事がやってきた。

「どうですか?」

「今ちょうど終わったところです。あっそうだ、旦那様のズボンのポケットにこれが入っていました。旦那様にお渡しください」

デリはエプロンのポケットから大銅貨を出した。

執事は一瞬目を見開き、微笑みながらそれを受け取った。

「デリ、旦那様からお話があるので一緒に来てもらえますか」

「はい」

デリは自分が気付かないうちに何かしていまったのか、と心配になる。昨日の話ならこれから学校に行けるはずなのに。学校に行くことが楽しみでここで働く気になったのに。頭の中でグルグルと心配が駆け巡る。


とうとう主人の部屋に着いてしまった。

執事が部屋をノックして入る。

「失礼します」

デリは一言って執事の後に付いて入る。ドア近くに立っていると、執事は主人に何か耳打ちをして渡していた。

(やっぱり何かしたんだ。ごめんテイ、姉ちゃん1日でクビかも)

デリはすっかり気落ちしていた。それに反して主人はニコニコしている。

「デリ、すまない」

デリはその一言を聞いてクビを覚悟した。


「昨日話した学校の件なんだが、君の試験の成績では学校に通わすことが出来ないんだ」

クビにはならないようだが、楽しみにしていた学校に行けない。それはそれで衝撃だった。

「そうですか、私のような学のない人間には学校なんて高望みだったんですね」

デリは今にも目から涙が零れそうになっていたが、必死で堪えて口元に笑みを作ろうとした。


「そうじゃなくて、昨日の試験の結果が良すぎたんだ」

デリは一瞬何を言われたか理解できなかった。零れそうになっていた涙も引いた。

「君の成績ではこの町の学校では教えることが何もないそうだ。出来ることなら上級の学校で学ばせるほうがいいとまで言われたんだ」

「はあ」

デリはまだ理解が追い付いていない。


「それでだ。今日の働きぶりや態度を見て考えたんだが、やっぱり息子付きのメイドにならないかい?」

なんでそういう話になるのかデリにはさっぱり理解出来ない。

「学校に通わせてあげられない代わりに、息子の家庭教師を1時間君にも付けよう」

学校に行かなくても勉強が出来る、ということは理解した。

「息子の授業が終わった後1時間、どうだろうか?今日は早くからよく働いてくれたから、昼食を食べたら午後は休みでいいから考えてみてくれないか」

「はい.」

デリは何とか返事をして部屋を出た。少し考えた後、デリは執事に聞いた。

「午後お休みをいただけるのなら、家に行ってきてもいいですか?」

執事はこの娘が下働き希望でメイドは避けたがっていたのを思い出した。もしかしたらもう帰ってこないかもしれない、と思った。だがよく働く娘が家の戦力になってからいなくなるのと、今のうちにいなくなるのならその方がいいだろう、と考えた。

「いいですよ」

執事が笑顔で答えるとデリは礼を言い小屋へ戻った。

小屋へ戻ると最初に家を出た時の弟のシャツとズボンに着替えた。

裏口にはまだ執事がいたのでペコリと頭を下げて屋敷を出て走った。



村に入るとすぐにテイを見つけた。

「テイ、こんなとこで何してるんだ?」

テイは急に声をかけられてビックリして振り返った。するとそこには昨日住み込みで働き始めたはずの姉の姿があった。


「姉ちゃん、まさかもうクビになったのかよ!」

働き者で頭がいいがガザツな姉だ。気に入られなかったら戻ってくるかも、とは思ってはいた。それでも1日はないだろう。

「違うよ。ちょっとテイに相談があって戻ってきたんだよ」

その言葉を聞いてテイはホッとした。


「それよりテイこそこんなとこで何してるんだ?行商の帰りか?それにそっちのおじさんは誰だよ?」

「ああ、この人は昨日そこの木のとこで倒れてたんだ。それで昨日家に連れてって畑を手伝ってもらうことにしたんだ」

「どうも、佐々木勇作です。よろしくお願いします」

「あっどうも。姉のデリです。弟をよろしくお願いします」

勇作とデリはお互い頭を下げる。今度はテイが驚く番だ。


「やっ、姉ちゃんそれだけ?知らない人をいきなり家に連れてきてとか、なんか無いの?」

「だって倒れてたんでしょ。そんな人テイが放っておけるわけないし、第一あんたの方が腕っぷしが強そうだもの」

デリはカラカラ笑った。すっかり影の薄い勇作が声をかけた。

「お姉さんは何か相談があって帰ってきたんですよね?」

「あっ!そうだ」

「じゃあ、そこの木の下で座って話しませんか?」


勇作に言われ3人で木の下に座る。そしてデリはテイに主人に言われたことを話した。その話に反応したのはテイではなく勇作だった。

「デリさん、すごいですね。たった1日でご主人に見込まれたんですね。知識は財産ですからすごくいい話じゃないですか」

デリは勇作に褒められて顔を赤くして視線を泳がせた。口には出さなかったがテイには姉が照れていることがわかった。そしてデリは勇作の一言ですっかりやる気になった。そしてデリがポツリと言う。

「父さんだったら同じこと言ってくれるかな」


デリとテイの父親は無口で、親子で語り合うなんてことはしたことがなかった。デリもテイも近所や友達の親子が楽しそうに話しているのを見て、羨ましいとは思っていた。ただ父親は口下手なだけで優しかったのは知っている。

「同じように言いはしないけど、思ってはくれたと思うよ」

テイがそう言うとデリは笑顔で「そっか」と呟いた。


「それでテイは何してたんだ?」

デリに聞かれテイは思いだしてデリに謝った。

「姉ちゃん、ゴメン。姉ちゃんのことブラックハンドなんて言ってゴメン」

「どうした?急に」

「昨日この人に畑を見せたら、畑の作り方が悪かったって教えてもらったんだ。だから姉ちゃんが悪かったわけじゃないんだ」

「へえ、そうだったんだ」

「それで畑を良くするためにその材料を集めに行くところ」

「それじゃあこんなとこで引き止めて悪かったね。アタシはお屋敷に帰るよ」

デリは立ち上がった。

「じゃあオレ達も行こうか」

テイと勇作が立ち上げると、デリは勇作に頭を下げた。


「おじさん、テイをよろしくお願いします。体は大きいけど気が弱い優しい子なんです」

今度は勇作が恐縮してしまった。

「オレも知らない場所にいきなり来て助けてもらって、世話になってます。オレに出来ることがあったら力になろうと思います」

その会話を聞いたテイは自分のことを気にかけてくれる人がいることに嬉しくなった。


「じゃあ、テイ頑張って!」

「姉ちゃんも、嫌になったら逃げてきてもいいからクビにはなるなよ」

「おお、任せとけ」

「姉ちゃん!言葉遣い!」

「あはは・・・」

デリは笑いながら走って戻って行った。

テイと勇作も海沿いの町に向かって歩き始めた。










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