ダリとテイ
勇作は音をたてないようにそっと部屋を出た。
居間の横にある台所に行きカマドに火を入れる。何気に使ってきたけれどここにはマッチがある。
「このマッチも大先生が広げたものなんだろうか」
勇作は呟いた。
カマドにかけた鍋にお湯が沸くとカップに汲み、椅子に座ってゆっくり飲んだ。
飲み終わると小さくため息を吐きだすと立ち上がった。
「よし、じゃあ働くか」
勇作は小屋から背負い籠と鎌とを出し、林に向かった。テイと歩くところはなんとなく道になっている。林の中は時々果樹の木があり、前にテイと一緒に取りにきたが道が狭い。勇作は道を広げるように草を刈り、籠に放り込んだ。籠が草でいっぱいになった頃、前に見つけたリンゴの木に到着した。見つけたときはまだ青い実だったので、そろそろかと様子を見に来たら赤くなっていた。リンゴを2個もぎ帰る。
籠いっぱいの草は、ダヒューズが乗ってきた馬の前に置いた。馬は籠に頭を突っ込み草を食べる。
勇作は井戸で水を汲みリンゴを洗う。
台所に戻ると勇作はリンゴをジッと見つめて考えた。
「やっぱり切ったあとは塩水に漬けたほうがいいんだろうか。やっぱり皮は剥いたほうがいいんだよな。
俺は剥かない方が好きだけど」
果物は実と皮の間が一番美味しいと勇作が思っている。子供の頃からの小さなこだわりだ。
「サク、何してるの?」
誰も起きて来ない時間だと勝手に思い込んでいたので、テイに話しかけられてかなり驚いた。
「ああ、目が覚めたんでリンゴを取ってきたんだけど、皮を剥くかそのままにするかどっちがいい?」
「ふふ、どっちでもいいよ。でもサクは剥かない方がいいんでしょ。ならそれでいいよ」
勇作はリンゴをナイフで切って種を取り、さっと塩水にくぐらせて皿にのせた。
テイはしゃがんで冷蔵庫を開けて中を見た。
「姉ちゃん、ヨーグルト作ってくれてる。サクのリンゴとヨーグルトとあとパンで朝ごはんはいいね」
「そうだね」
勇作は返事をしてふと気が付いた。
(冷蔵庫なんて普通に家にあるものだったから違和感を持たなかったけど、電源はどうなっているんだ?)
勇作は冷蔵庫の横、後ろ、下の覗いて見てみた。
「ない」
「何が?何か落としたの?」
「いや、そうじゃなくてコンセントがないんだ」
「コンセント?何それ?」
「この冷蔵庫の中を冷やすための動力なんだけど」
「ああ」
テイは冷蔵庫の天板を開けて見せた。
「ほら、ここに魔石が入ってるんだよ。ちょっと奮発して大き目のを入れてあるからまだしばらくは大丈夫だよ」
「魔石...」
勇作はやっぱり違う世界だと改めて知り立ちすくんでしまった。
「おはよう」
ダリが起きてきて椅子にだらりと座った。
「ダリ、おはよう。ヨーグルト作っておいてくれたんだね」
「ミルクにリモネとビームの蜜入れて混ぜただけだけどねー」
「朝ごはんに出していい?」
「うん、みんなで食べよー」
「ダリー、おっはよー」
キースが部屋から飛び出してダリに体当たりで飛びつく。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
ダヒューズが部屋から出てくるとキースは父親に駆け寄った。いまにも溶けそうな恰好で座っていたダリは背筋を伸ばしている。
「今朝サクが取ってきてくれたリンゴと、ダリが作っておいてくれたヨーグルトだよ。お茶はオレが淹れました」
「おお、これは美味しそうだ」
「サク、早くこっちにおいでよ」
「ああ、うん」
5人が席に着き、朝食を食べ始めた。
朝7時。教会の鐘が鳴る。
テイは鐘が鳴ると時計の時間を確認する。ズレていれば針を合わせネジを巻く。毎朝の日課だ。
「おや、この家にも時計があるんだね。そうか、だからダリは時間をキチンと守れるんだね」
ダヒューズはダリに言った。
ダヒューズの言葉に、時計は普通の家にはあまりないものだと勇作は知った。
「あの時計はテイが作ったんですよ」
ダリの言葉にダヒューズと勇作は驚いた。
「3年の時だっけ?」
「ああ、そのくらいだったかな」
「学校に通う子供達を先生が町の時計塔に連れて行ってくれて見学して、中も見せてくれて。いろんな大きさの歯車が動いてるの見てみんなですごーいって言って帰ってきたんだけど、テイだけは帰ってから自分も作りたいって泣いて」
「そうそう、それで母さんがドワーフのおじさんの工房に連れてってくれて、頼み込んで小さい部品を作ってもらって組み立てたんです」
テイとダリが笑って話しているのに対して、ダヒューズと勇作は驚きが増すばかりだった。
「図面とかどうしたんだい?」
「図面?何それ?だいたい見ればわかるよね?」
テイがダリに問いかけるがダリは笑ってテイに言った。
「そんなこと出来るのテイだけだよ。なんかこう組み立てるやつ、見たらすぐ覚えちゃうの。紙に書いてあるのは全然覚えないのにね」
「もう、姉ちゃん笑うなよぉ」
ダヒューズが勇作に小声で話しかけてきた。
「サク、実はダリのことなんですが、学校にあまり行けなかったから勉強をしたいって言ってまして。だったらキースの学校に行かせてあげようって試験を受けさせたら、町の学校では教えることがないって言われました」
「それって、どういう?」
「上級学校へ進ませたほうがいいと言われました」
ダヒューズと勇作は思った。この姉弟は地頭がかなりいい。子守メイドと行商をさせておくにはもったいないくらいに。ただ本人達はその事実に全く気付いていない。
ダヒューズは二人に聞いてみた。
「この先君たちはどうしたいんだい?」
突然そんなことを言われ、ダリとテイは顔を見合わせた。そしてすぐにダリがニッコリ笑って答えた。
「父さんが作ったような美味しい野菜を毎日食べて暮らしたいです」
するとテイは
「姉ちゃんが納得する、父さんが作ったような美味しい野菜を作りたいです」
ダリとテイは顔を見合わせて笑った。
ダヒューズと勇作はそのまま考えることも動くことも出来なくなってしまった。
キースは朝食後畑に行き緑色のフログを捕まえて箱に入れて眺めていてご機嫌だった。
8時になった。
「おや、もうこんな時間なんだ。さあ、キース帰ろう」
「えー、まだここにいたい」
「そうか、父様の馬に一緒に乗って帰ろうと思ってたんだけど、キースは乗りたくなかったのかぁ、残念だなぁ」
「馬?一緒に乗ってもいいのですか?」
「ああ、そのつもりだったんだが、キースが嫌なら仕方ない。父様一人で乗って帰るか」
「乗ります。父様と一緒に帰ります!」
馬上からダヒューズは3人に話しかける。
「テイ、ダリ、サク、世話をかけたね。ありがとう。あとダリ、もう1日休みにしてもいいよ」
「いえ、夕方には帰ります」
「サク、また話をしたい、今度ぜひ家に来てくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「テイ、またこれまで通り頼むね」
「はい、こちらこそありがとうございます」
ダヒューズとキースは屋敷に帰って行った。
「さて、働くか」
勇作は気を取り直して畑に行った。ポイ草の育ってきた葉を見てほうれん草だと当たりをつけた。小屋から貝殻の残りを持ってきて砕いて畑に撒いた。
「サク、この前撒いたけど、また撒くの?」
「ああ、キース坊ちゃんのおかげでだいたいのPHの検討が出来たからな。そしてこれはアルカリ性を好む植物だから」
勇作はテイの持つ能力を知ってしまったが、その能力を生かしていないことも知ってしまった。
「なあ、テイ」
勇作はテイに話かけようとしたが、楽しそうにポイ草とフログを眺めている姿を見て言葉を飲み込んだ。
「ん?何?なんか呼んだ?」
「あっいや、この空いたあたりにもう何か植えてもいいと思うんだ。何がいい?」
「ポメト!ポメトがいい!」
「ポメトかぁ、あれは肥料を食うからなぁ。よし、じゃあ今日は林で腐葉土を取って来るか」
「腐葉土?」
「木の葉っぱが落ちて土の上で腐ったものだよ」
「えーっ、それも臭い?」
「もう時期的に土になってるから匂いはないよ。それに俺が取って来るから、テイは苗や種を買っておいで」
「うん」
「あと今度、鶏糞と牛糞と貝殻ももっと用意しとかなきゃな」
「うー、わかったぁ」
テイは顔をしかめて返事をする。
(凄い能力を持っていても、それが本人の幸せに繋がるかどうかは別物だしな)
勇作は笑ってテイを見ていた。
ダヒューズはフログの入った箱を抱えたキースを前に乗せている。キースが馬から落ちないように片腕で抱え、反対の手で手綱を持っている。キースは高くなった視界に目をキラキラさせている。馬はゆっくりと歩いている。
「キースは上級学校に行きたいかい?」
「はい。フログとか虫とかいろんな生き物のことを知りたいです」
「そうか。そうなるとダリはどうするか」
「ダリも一緒がいいです!」
「うん、そうだな。ダリがいいと言ったらそうしよう」
学校の校長ではないが、ダリの能力をこのまま埋もれさせてしまうのはもったいない。あの姉弟はあの草の秘密を知っているし、耐性もある。出来ることなら助手として雇いたい。
キースと一緒に上級学校に通わせて、成長をする様を見てみたい。
ダヒューズはキースが家を抜け出したことに感謝のような気持ちがよぎった。




