消えた入居者、退去費用相談、シナリオゲーム
またしてもいなくなる入居者。失踪するサバゲゲーマー達はいったいどこへどんな目的でいなくなるのか。
賃貸退去でいまだにトラブルが絶えない高額退去費用の問題。
サバゲーでは新しい企画物のシナリオゲームが動き出す。
忙しい日々を進藤麻耶が仕事に、謎に、サバゲーにと奮闘する。
第十四話(消えた入居者、退去費用相談、シナリオゲーム)
〈消えた入居者〉
✖✖コーポ105号の小岩井から連絡が来なくなって一週間が過ぎた。
あの部屋で感じる「視線」。
内ゲバ事件の古いメモ。
窓の外に一瞬見えた人影。
そしてサバゲーマー達の不可解な失踪。
麻耶の胸には、ずっと嫌な引っ掛かりが残っていた。
その日の昼過ぎ、幸栄不動産のメールソフトが受信音を鳴らした。
件名
【退去通知】
送信者
小岩井圭介
麻耶は眉を寄せながらメールを開いた。
『✖✖コーポ105号を退去致します。
退去日は明日。
賃料は一カ月後まで支払います。』
「……明日?」
麻耶は思わず声を漏らした。
普通、賃貸借契約では一カ月前予告が原則だ。
急な退去も稀にはある。
だが、入居してまだ二カ月程度。
明らかに異常だった。
急いで電話を掛ける。
――プルルル。
――プルルル。
繋がらない。
何度掛けても同じだった。
仕方なくLINEを開く。
『小岩井さん、退去の件確認しました。急なお話ですが何かありましたか?』
十分後、短い返信が来た。
『海外出張が急に決まりました』
それだけだった。
麻耶はスマホを見つめる。
また海外。
葛城裕太も海外へ行くと言って消えた。
そして今度は小岩井。
偶然にしては出来過ぎている。
『退去立会いはどうしますか?』
『立会い不要です。
鍵はドアポストへ入れておきます』
淡々とした文章。
まるで感情がない。
麻耶は椅子にもたれた。
小岩井の部屋を訪ねた日のことを思い出す。
ロフトの磨りガラス。
窓の外の人影。
そして壁に並ぶエアガン。
あの時、小岩井は確かに怯えていた。
演技には見えなかった。
「……本当に海外出張?」
独り言が漏れる。
その時だった。
龍崎からLINEが入った。
『黒木さん情報。
山猫こと澤登亮、完全に音信不通らしい』
麻耶は息を呑んだ。
澤登亮。
かつて龍崎のタクティカルトレーニングを受けていた男。
そして素性がよくわからない噂もある人物。
偶然なのか。
それとも失踪事件と繋がっているのか。
小岩井の退去メールを見ながら、麻耶は背筋に冷たいものを感じていた。
その夜。
窓の外では春の風が静かに吹いていた。
〈退去費用相談〉
午後三時を過ぎた頃だった。
幸栄不動産の自動ドアが開き、五十代半ばくらいの男性が入ってきた。
くたびれたスーツ。
疲れ切った顔。
「あの……ちょっと相談いいですか」
「はい、どうぞ」
麻耶は応接テーブルへ案内した。
男性は鞄からクリアファイルを取り出した。
「実は……退去した部屋の請求なんですが……」
差し出された請求書を見た瞬間、麻耶は眉をひそめた。
請求総額――八十四万七千円。
「……高いですね」
男性は涙目になった。
「やっぱりそうですよね……?」
明細を確認する。
畳撤去、全面フローリング交換。
壁紙全面張替え。
キッチン流し台交換。
浴室交換。
建具交換。
ハウスクリーニング。
まるでフルリフォームだ。
「何年住まれてました?」
「七年です」
麻耶はため息をついた。
「七年なら、かなり減価償却されてますね」
男性は不安そうに身を乗り出した。
「払わなくていいんですか?」
「全部ではありません」
麻耶は紙に図を書き始めた。
「まず賃貸では“通常損耗”という考え方があります」
「通常損耗?」
「普通に生活して付く傷や汚れです。家具跡、日焼け、経年劣化など。これは貸主負担が原則なんです」
男性は真剣に聞いていた。
「国土交通省のガイドラインでも、壁紙は六年で価値がほぼゼロと考えます」
「ゼロ?」
「はい。だから七年住んで全面張替えを請求されても、借主負担はかなり限定されます」
男性の顔が少し明るくなる。
麻耶は続けた。
「例えば故意に穴を開けたとか、大量のカビを放置したとかなら別です。でも普通に住んでいたなら、ここまで高額には普通なりません」
「実は……タバコも吸わないし、綺麗に使ってたんです」
「ですよね」
麻耶は電卓を叩いた。
クリーニング代。
一部クロス補修。
細かな補修。
概算十五万円程度。
「このくらいが妥当と思います」
「じゅ、十五万……」
男性は絶句した。
七十万近い差額。
「この請求は“言った者勝ち”に近いですね」
「そんな……」
「ただ、払う前で良かったです」
麻耶は管理会社名を見る。
ファインプレイ不動産。
最近急成長している仲介がメインの会社だった。
「ここ、最初の担当者は良かったんです。でも辞めてから酷くて……」
「よくあります」
麻耶は苦笑した。
仲介会社は離職率が高い。
担当者が変わると対応品質が激変する。
「まずは明細の根拠開示を求めましょう」
麻耶はメモを書いた。
・減価償却の説明要求
・国交省ガイドライン確認
・負担根拠の提示要求
「これを伝えて下さい」
男性は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……本当に助かりました」
「困ったらまた来て下さい」
男性が帰った後、麻耶は窓の外を見た。
不動産業界は変わった。
昔は地域密着だった。
だが今は数字優先。
利益だけを追えば、こういう請求も生まれる。
「……世知辛いな」
麻耶は静かに呟いた。
〈シナリオゲーム〉
週末の夜、麻耶は喫茶店Ayuzoroy☕へ向かった。
店の扉を開けると、カラン――と心地よいベルが鳴る。
「お、オセロット来た!」
一番合戦葵が真っ先に手を振った。
既に店内には凛、未来も集まっている。
カウンターには資料や地図、簡単な絵コンテが並べられていた。
「遅くなりました」
「いや、ちょうど今から本題だ」
龍崎が笑いながらコーヒー豆を挽く。
その表情は、完全に“遊びを企画する少年”の顔だった。
「第一回をブラックホークダウン戦にするか、バイオハザード戦にするか、どっちが良い?」
「ブラックホークダウンって何?」
凛が首を傾げる。
未来が資料をめくりながら説明した。
「1993年のソマリア、モガディシュの戦闘が元ネタ。米軍特殊部隊が市街地で孤立して、民兵に包囲されるっていう有名な戦闘よ」
「へー……」
凛は難しそうな顔をする。
「つまり、四方八方から敵が出てくる地獄絵図って感じね」
未来が淡々と補足した。
「うわ、怖っ」
葵が笑う。
「バイオハザードなら映画見たことある!」
「ブラックホークダウンの方が大掛かりな仕掛けが必要なんだ」
龍崎が資料を指差す。
「車両移動、制圧エリア、無線連携、包囲戦……かなり人手がいる」
「バイオハザードは?」
麻耶が聞く。
「細かな仕掛けが多い。謎解き、ゾンビ役、感染演出、暗号解除、脱出イベントとかだな」
「誰もが知ってるバイオハザードの方がイメージしやすいんじゃないかしら?」
麻耶が資料を眺めながら言った。
「スリリングなのはブラックホークダウンよね」
未来は少し残念そうに呟く。
「でもバイオハザードなら初心者も入りやすそう!」
葵が身を乗り出した。
「確かに、ゾンビならわかりやすいかも」
凛も頷く。
しばらく意見が割れたが、最終的には「誰でもすぐイメージ出来る」「演出で盛り上がりやすい」という理由から、第一回シナリオゲームはバイオハザード戦☣️に決定した。
「決まりだな」
龍崎が満足そうに頷く。
麻耶は資料をパラパラと捲った。
施設探索。
研究所エリア。
ワクチン回収。
感染イベント。
ゾンビ化判定。
かなり作り込まれている。
「ナゾ解きもあるの?」
「ある」
「凝ってるー!」
葵が感心した声を上げた。
未来も資料を見ながら頷く。
「これ、後半かなりドラマチックね」
「だろ?」
龍崎がニヤリと笑った。
凛が資料の終盤を見ながら首を傾げる。
「でもこの後半シーンって、主役になる人がちゃんと動いてくれないと成立しなくない?」
「そうなのよ」
麻耶も気付いていた。
後半の展開は、一人の参加者が“覚醒”することでストーリーが一気に動く構成になっていた。
しかし普通のゲーム参加者が、そこまでノリ良く演じてくれるとは限らない。
そこでだ――。
龍崎は静かに笑った。
「ちゃんと“仕立て上げる”」
「え?」
「参加者の心理を使うんだ」
龍崎は一枚の人物設定資料を広げた。
序盤から特定のプレイヤーにだけ情報を少しずつ与える。
偶然を装って重要アイテムを拾わせる。
無線で秘密指令を送る。
仲間を助ける役割を自然に押し付ける。
すると、そのプレイヤーはいつの間にか「自分が主人公かもしれない」と思い込み始める。
「うわ……」
麻耶が思わず声を漏らした。
「人間ってな、“役割”を与えられると、その通り動き始めるんだ」
龍崎が笑う。
「終盤でその人に“選択”を迫る」
資料にはこう書かれていた。
『仲間を助けるか、自分だけ脱出するか』
凛が目を丸くする。
「へー、それが上手くいったら凄いわ!」
「まんざらでもないかも……」
麻耶は頭の中でゲーム展開を想像していた。
暗い研究施設。
赤い警報灯。
ゾンビ役が徘徊する廃墟。
そして、最後に誰かが英雄になる。
未来が感心したように呟いた。
「こんな人の心理を突いたサバゲゲーム、聞いたことないわ。師匠よく思いつきましたね」
「この通りになれば、その人はヒーローだよ」
龍崎は楽しそうに笑った。
「これ作るの大変だったでしょ?」
麻耶が聞く。
「半年考えた」
龍崎はコーヒーを淹れながら肩を竦める。
「師匠、本当にこういう企画好きですね」
「楽しいからな」
店内には穏やかな空気が流れていた。
だが麻耶の頭には、退去した小岩井のことが引っ掛かっている。
サバゲーマー達の失踪。
海外への転出。
そして謎の繋がり。
春の暖かな夜なのに、どこか胸騒ぎが消えない。
その時、龍崎が大皿をカウンターに置いた。
「新作だ」
ふわとろの卵に、濃厚なデミグラスソース。
湯気が立ち上るオムライスだった。
「感想聞かせてくれ」
「わー、美味しそう!」
葵が歓声を上げる。
「いただきます」
四人がスプーンを手に取る。
春の夜。
喫茶店Ayuzoroy☕には、静かな笑い声が響いていた。
ゴーストスナイパーでサバゲーゲーマーが失踪を追うが手がかりだった澤登亮が音信不通となった。
進藤麻耶は不動産の立場からナゾを追えるのか?
賃貸では他の不動産業者に自分の不動産のクレームを持っていって解決するケースは稀である。
不動産業者も仲間を庇うわけではないがあまり突っ込んだ回答は避ける。
退去の費用は立会の際にしかわからない事象だからだ。
進藤麻耶は悪用する不動産業者は許せなかった。
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