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第130話 コンドルの朝日に輝く純白の聖域。限界を超えた聖騎士の微笑み

【視点:シスター・ミンクス】

旧ビックサム学園の、広大な敷地。


かつて若者たちの希望と夢、そして淡い恋心が交錯したであろう学び舎の跡地は、今はただ崩れた壁や瓦礫の山を晒し、時間の墓標のように静かに……そして物悲しく、コンドルの赤い朝日を浴びていた。


微かに漂うのは、埃と、錆びた鉄と……そして、私がこの空に刻み込んだ、凄惨な硝煙と血の匂いだけ。


私は、エンジェル・オブ・アンドロメダのコクピットの中で、戦い続けていた。


「はぁっ……はぁっ……くぅっ……!」


全身の神経が、灼熱の鉄を押し当てられたように焼け焦げ、悲鳴を上げている。


フォワードの限界解除――トローネス・システムの代償は、あまりにも重すぎた。


視界はノイズにまみれて明滅し、指先はとうに感覚を失っている。


呼吸をするたびに、肺の奥で血の味がした。


純白のシスター服は噴き出した冷や汗で肌に張り付き、ひどく不快だ。


だが、私の周囲には、ブラックナイトやコンドル軍の戦闘機の残骸が、無残な黒い山を築いている。


コンドル軍の増援は、絶望的な波状攻撃となって幾度となく押し寄せてきた。


しかし、その(ことごと)くを……私はたった一機で、ただの一歩も退かずに退けてみせた。


退かせるわけには、いかないの。


私は、愛する人を守るための、絶対に砕けない盾にならなければならないのだから……!


ただ、ベレットのため。


そして、あの紅蓮の女狐やミューさん、ユウキさんが、無事に任務を終えて帰還するための退路を、私はたった独りで死守し続けたのだ。


「フォワードの御力において、罪深き汝らに……鉄槌を!」


もはや何度目になるか分からない、断罪の宣告。


私のフォワードと完全に同期したエンジェル・オブ・アンドロメダの背部から、神の怒りの顕現たる超大型実弾砲『デュナミス・ハンマー』を重々しい駆動音と共に展開し、撃ち放つ。


ドゴォォォォォォォォン!!!


放たれた純粋なエネルギーの塊――光の形をした『質量』が、増援艦隊の先頭を飛ぶ巡洋艦に直撃し、その巨体をまるで砂糖菓子のように粉々に砕け散らせた。


上空に、美しくも残酷な破壊の赤い花が咲き誇る。


いつしか、エンジェル・オブ・アンドロメダに対して、コンドル軍は一切の手出しをしなくなった。


いや、恐怖で手が出せなくなったのだ。


天使の周りは、まるで不可視の結界が張られたかのように、神聖にして侵すべからざる聖域と化していた。


純白の装甲は、コンドルの赤い朝日を浴びて神々しく輝く。


限界を超えた身体を気力だけで支えながら、私はただ静かに祈り、待っていた。


あの不器用な男が、暗い地下から帰ってくるのを。


……遅いわね。


まさか、あのアルベルトに……。


いいえ、彼なら絶対に……。


不吉な想像を振り払うように目を閉じた、その時だった。


廃ドックの通路の奥から、三つの光がまるで闇を切り裂く流星のようにこちらへ向かってくるのを、私の研ぎ澄まされたフォワードが確かに感じ取った。


『ミンクス!』


スターゲイザー改が、傷ついた機体をいたわりながらも、スラスターを全開にして私に駆け寄ってくる。


「……ベレット」


私は白銀の機体を確認すると、張り詰めていた魂の弦を、ふっと緩めた。


ようやく安堵の息を吐き、汗に濡れた顔に、疲労と歓びが入り混じった柔らかな笑みを浮かべる。


『ミンクス。無事か! 怪我はねえか!』


「ええ、なんとかね。ベレットも、無事だったのね」


私は、スターゲイザー改の……左腕を完全に失った、その痛々しい損傷部位を見て、胸の奥が締め付けられるのを感じた。


やはり、あの黄金の機体との死闘は免れなかったのだ。


彼がどれほど傷ついたか、想像するだけで心が痛む。


『まあな。なんとか、生きてる』


「アルベルト王子は……?」


私が問うと、ベレットは少し目を細め、ひどく苦そうに言葉に詰まった。


『……逃げられちまった。ルーナ・ルビントンとかいう、食えねぇ魔女の邪魔が入ってな』


「……! やはり! 惑星企業連合が!?」


私は、上空で対峙したあの漆黒の戦艦の来襲から、薄々感づいてはいた。


だが、まさか彼女自身が前線に降り立ち、アルベルトを連れ去ったとは。


『そうみてえだな。だが、奴等の本当の真意はまだ分からねえ。アルベルトを、なぜわざわざ連れ去ったのかもな』


「ルーナ・ルビントンが、アルベルト王子を……!?」


私の想像を遥かに超える、異常な事態が水面下で進行している。


「だから、アイツとの決着は……まだ、ついてねぇ」


彼の声には、親友を救えなかった。


あるいは、自らの手で終わらせられなかった、どうしようもない深い後悔と自責の念が滲んでいた。


「そう……。私たちの因縁も、そう簡単には断ち切れないみたいね」


『ああ。だから、俺はアイツを追いかける。どこまでもな』


「ベレット……」


私は、彼の決意に深く頷くことしかできなかった。


彼の背負うその宿命の重さを、私は誰よりも痛いほどに理解している。


でも、私ができるのは……。


『そうだ。星の遺跡の方は、ローズマリーとユウキがなんとか阻止してくれたんだぜ。案外いいコンビかもしれねえな』


…………は?


ベレットのその能天気な言葉に、私の中で、何かがプツンと切断される音がした。


「……そう。私をこんな死地に一人置き去りにして、色々と押し付けてくれた、あのローズマリーさんが、ねぇ……」


私の声は、淡々と、どこまでも清廉としていたはずだ。


ええ、私は聖騎士ですけれど、天使ではないのです。


たった一人で軍隊を相手にするのが、どれほど骨が折れたことか……!


『お、おい、ミンクス……? 』


そこへ、紅蓮のクリムゾン・ローゼス改と、白銀のヴァルキリー・ストライカー改が音もなく優雅に舞い降りてきた。


『ミンクスさん。ご無事で、何よりですわ』


ローズマリーの、絹を滑るような、余裕たっぷりの甘ったるい声。


……ああ、本当に、お顔の皮が厚いこと。


「ええ。おかげさまで、ね」


私たちの間に、目に見えない、時空さえも歪ませるかのような絶対的なプレッシャーが渦巻いた。


『さすがは、アンドロメダ正教会の聖騎士様。どうやら、コンドル軍を追い払い、わたくしたちの退路を確保するという尊い聖務を、見事に果たしてくださったようですわね』


ローズマリーは、優艶と微笑みながら語りかけてくる。


「心にもないおべっかを、どうもありがとう。あなたが考えなしに勝手に単機で突撃していった挙句、敵中のど真ん中に私を置き去りにしてくれた……お・か・げ・で、皆のために「おとり役」という大役を引き受けることができましたわ」


私は悠然と微笑みながら、言葉の端々に聖なる刃を込めてお返しした。


『それはそれは、良かったですわね。わたくしたちの素晴らしいチームプレイによって、銀河の危機を救うことができたわけですものね。ふふふ』


「ええ、本当に素敵な、素敵なチームプレイで、ね。ふふふ」


二人の淑女は、共に美しく微笑み合った。


だが、その笑顔の裏では、互いの魂をその根源から削り合うような、激しい火花がバチバチと散っていた。


『まあまあ! とにかく、無事に合流できたことだし、さっさとこのクソみてぇなコンドルから脱出しようぜ。なっ!』


あまりにも不穏な空気を前に、ベレットが耐えきれずすかさず割って入った。


「そうね。そう……しましょうか……、ベレッ……」


その時だった。


私の声から、ふっと力が抜けた。


張り詰めていた魂の弦が、限界を迎えて、ついに完全に切れたのだ。


全身の筋肉が泥のように重くなり、強烈な睡魔と疲労が私を意識の闇へと引きずり込んでいく。


「あ……れ……?」


純白の機体から神々しいオーラが陽炎のように消え、エンジェル・オブ・アンドロメメダは、まるで糸の切れた操り人形のように力なくその場に膝をついた。


そして、完全に沈黙してしまった。


『おい! ミンクス!?』


スターゲイザー改が、純白の機体に急いで駆け寄る気配がする。


『どうやら、お眠りになられたようですわね。ふふふ。コンドル軍の首都防衛隊を相手に、一騎当千で戦われたのですから、無理もありませんわ』


ローズマリーの声には、いつもの嘲りではなく、限界を超えて戦い抜いた好敵手への、確かな敬意が込められていた。


『そうだな……。本当に、無茶しやがって……』


ベレットの、その優しくて、心配そうな温かい声。


……ああ。彼が、傍にいてくれる……。


『ミンクスの機体を、俺が曳航する。手伝ってくれ』

『了解いたしましたわ』

『わかったわ!』

『りょ、了解!』


機体が、優しく持ち上げられる感触。


私は、愛しい人たちに守られる安心感の中、優しく温かい闇の中へと意識を委ねていった。


……おやすみなさい、ベレット。目覚めたら、またあなたの隣で……。


私はコクピットの中で、深い、深い安らぎの微睡みへと落ちていった。

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