第107話 狂王子の悲願。星の遺産と眠れる姉への歪んだ愛
【視点:アルベルト王子】
コンドル本星。
かつて銀河に覇を唱えた、誇り高き我が王国の首都は、今や愚かなる内乱と醜い陰謀の深い影に覆われ、その輝きを完全に失いかけていた。
……だが、それがどうしたというのだ。
玉座に群がる豚どもがどうなろうと、この国が灰になろうと、知ったことか。
そう、どうでもいいのだ。
この壮麗な王宮のさらに奥深く、外界の喧騒から完全に隔絶された『星の遺産』が眠る地下施設。
ここだけが、私にとっての全世界であり、彼女を迎えるための神聖なる神殿なのだから。
磨き上げられた黒檀の床を、私の軍靴が苛立たしげに叩く。
部屋の中央では、巨大なホログラムディスプレイが禍々しい紫色の光を放ち、複雑なエネルギーパターンを映し出していた。
『星の遺産』の稼働データと、計測限界を超えて増幅し続ける不気味なフォワードエネルギーの波形。
それはまるで、これから生まれ変わる新しい神の、産声と心電図のようだった。
「急げ……! 『星の遺産』の、最終調整を急がせるのだ!」
私は、玉座にも似た豪奢な椅子から身を乗り出し、無能な研究者どもに焦燥感を露わにした甲高い声で指示を飛ばした。
「全てを終わらせる! そして、そして、リリーナ姉さんに……! ようやく、また会えるのだ……!」
ぐずぐずするな、無能どもめ。
私の心がどれほどこの瞬間を待ちわび、どれほどの血の涙を流してきたか、貴様らごときに理解できるはずもないがな……!
私の視線は、部屋の最奥に安置された、クリスタル製のまるで聖櫃のようなカプセルへと吸い寄せられた。
その中には、純白のシルクのドレスを纏い、まるで眠り姫のように静かに瞳を閉じている、リリーナ姉さんと瓜二つの最高傑作のクローンが、淡い光を放つ生命維持溶液の中にたゆたっていた。
ああ、なんと美しい。
なんと、神々しい。
「リリーナ……姉さん」
私はカプセルに歩み寄り、まるで最愛の恋人の肌に触れるかのように、震える指でクリスタルの表面をそっと撫でた。
「もうすぐ……もうすぐですよ、姉さん。この私の手で、あなたを完全に解き放ち、蘇らせてみせる。この『星の遺産』の、神にも等しい力で……!」
熱っぽく、そして狂おしいほどの愛情を込めて囁く。
「そして二人で、永遠に、共に生きるのです! 私たちから全てを奪った、この醜く、腐りきった星屑の銀河を討ち滅ぼし、二人だけで、美しく、気高く支配するのです! それこそが私の正義! 私の愛! 私の存在理由なのだから!」
そうだ。姉さんがいない世界など、存在する価値はない。
姉さんを奪ったこの宇宙など、跡形もなく消し飛んでしまえばいい!
そのためならば……どんな犠牲も、どんな神への冒涜も、私は決して厭わない。
私の、姉さんへの歪んだ愛情は、もはや狂乱という名の止めどない奔流となっていた。
しかし。
その歓喜と狂気の絶頂の奥底で、ふと、私の脳裏に忌々しく、どうしても忘れられない男の顔が幻影のように浮かび上がってきた。
燃えるような赤い髪。
私を軽蔑するような憎しみに満ち、けれどどこか悲しげな、剃刀のように鋭い瞳。
ベレット・クレイ。
「…………なぜ、お前には分からないのだ、ベレット……」
私は、消え入りそうな声で、深い憎悪を込めて呟いた。
「私たちは……! 私たちは、いつだってリリーナ姉さんと共にあったはずじゃないか……! あの、輝かしく、眩しかった日々の中で……!」
監獄の冷たく暗い独房で対峙した、あの赤毛の男。
かつてはコンドル王国の希望の星と謳われ、私の右腕として、王国の未来を共に支えるべき最も期待されていた若き騎士。
……そして、何よりも。私の愛するリリーナ姉さんが、心を許し、誰よりも愛していた、ただ一人の男。
許せない……!
あの忌まわしき、リリーナ暗殺事件。
コンドル王国の醜い権力闘争。
愚かな豚どもの陰謀。
その濁流に巻き込まれ、私の輝かしく、希望に満ちていたはずの日常は、一瞬にして崩壊した。
ベレットは国を追われ、彼を追うようにして、ミンクスもまた王国を去っていった。
最愛の姉を失い、信じていた親友たちも、私のもとからいなくなってしまった。
残されたのは、私一人。
私は、光の届かない絶対的な孤独の闇へと突き落とされたのだ。
なぜ、私だけがこんな目に遭わなければならない!?
なぜ、光そのものだったリリーナは、死ななければならなかったのだ!?
なぜ、この不条理で残酷な世界は、私からこんなにも容赦なく、大切なものを奪い去っていくのだ!?
私の心の中に、宇宙の闇よりも深く、冷たく、どす黒い感情が芽生えていった。
太陽だった姉を失ったあの日から、私の鮮やかだったはずの世界は色を失い、星々の光さえも届かない永遠の暗闇へと変わってしまった。
もう、何もかもがどうでも良くなった。
私はただ死に場所を求める傷ついた獣のように、酒と暴力と退廃の底で、荒れるに荒れた。
そんな虚無の日々を送る私の元に、ある日、コンドル王立研究所から一枚の書類が届けられた。
それは、新たな研究実験の許可と、莫大な予算を求める申請書。
識別コード『ステラ・ジェミニ』。
プロジェクト『星詠の巫女複製計画』。
星詠の巫女の、その遺伝子と記憶、そして「魂」までも複製するという――銀河の理をも恐れぬ、禁断の、狂気の研究。
……これだ。これしかない!
そのおぞましい計画は、私にとって、暗闇の宇宙に唯一差し込んだ、一条の狂おしいほどに眩しい北極星の光だった。
地獄の血の池の底で、ようやく見つけた、一本の輝く蜘蛛の糸。
私は、再び生きる目的を見出したのだ。
リリーナを……この手に、取り戻す。
そこからは、まさに狂気の如き邁進だった。
私は、リリーナを蘇らせるというただ一つの目的のためだけに、その類まれなる王族としての才能と権力を、容赦なく使い倒した。
あらゆる汚い手段で資金を掻き集め、己に忠誠を誓う闇の勢力を鍛え上げ、邪魔者はたとえ血の繋がった親族であろうと、容赦なくその首を切り捨てた。
そして、私は出会ったのだ。
私の野望を限界を超えて加速させる、悪魔のようなパートナーに。
惑星企業連合の幹部、ルーナ・ルビントン。
彼女からの莫大な裏金と、他国を凌駕する高度な技術支援。
それが、私の狂った夢を、現実のものへと変えることを可能にした。
あの女が裏で何を企んでいようと関係ない。私が利用して、最後に捨ててやるだけだ。
その裏に、どんな恐ろしい代価が待ち受けていようとも。
それが、魂を売り渡す悪魔との契約であろうとも。
私は躊躇なく、ルーナの冷たい手を取った。
『星詠の巫女複製計画』という禁断の果実を、『リリーナ復活計画』へと昇華させるために。
まさに鬼神が如く、私は血の海を掻き分けて突き進んだ。
ただ、失われた愛しい姉を取り戻すために。
ただ、私から全てを奪ったこの腐った銀河を、自らの手で粛清し、焼き尽くすために。
それが、私の孤独な戦いの意味であり、私の歪んだ生き様だった。
どんな犠牲を払っても、何億の命が消えようとも、もはやこの歩みを止めることはない。
止められるはずもない。
「ベレットよ」
私は、冷たい独房でのあの男の、決して諦めを知らぬ憎々しい瞳を思い出し、再び狂気的な笑みを浮かべた。
お前は結局、何も守れなかった。
リリーナ姉さんを救うのは、他の誰でもない。
この私なのだ!
「私のこの崇高にして、偉大なる愛の行いが、今に、お前の死にゆく魂にも理解できる日が来るだろう。……いや、地獄の底で、理解させてやる。ふ、フフフ……ハハハハハハッ!!」
私の悲願は、もう、すぐそこまで迫っていた。




