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【第1章完結】落ちこぼれ騎士の「花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》」  作者: 茶毛
2章:「フィデリアの鬼退治」

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2章:5話「旅は道連れ」


「――ずるい」


 

 (ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい!!!!)


 

 ――ルナの脳内を埋め尽くす呪詛。

 

 ガラガラとした音がする移動中の馬車の中で、ルナは眉一つ動かさないまま、ずるい、と思っていた。

 彼女は大太刀の鯉口を切ってはしまい、切ってはしまっていた。キン、キンといった甲高い音が車内に響き渡る。


 

 蒼穹の盾(アズール・シルト)が用意してくれた六人乗りの箱馬車は、大層乗り心地が良かった。

 揺れは少なくなるように細工してあるらしく、椅子にはクッションが敷かれており、長時間乗っていても痛くならないように工夫されている。


 そんな思いやりの塊のような馬車の中で、ルナ、ノエル、シルフ、ヒルダ、クロラ、そしてミーナの六人が揺られていた。

 御者はエリザが務めており、彼女が外で馬を操っている。


 御者台のエリザは、側から見れば冷静だ。

 だが、その手綱捌きは殺気に満ち溢れている。

 レオンとライチが乗る馬車の後方に、ぴったりと――それこそ、馬の鼻息がかかるのではないかと感じさせる距離で張り付き、無言の圧力をかけ続けていた。


 もちろん、イライラを抱えていたのはルナとエリザだけでは無かった。

 ノエルは口を風船のように膨らませながら足をぶらぶらさせ、ヒルダは親指の爪を噛みながら足を揺すっている。

 シルフとクロラに至っては無言でレオン達が乗っている馬車を凝視しているのだ。

 ――本当に、馬車に穴が開くのではないかと思えるほどの力強さで。


 

 そんな恐怖の車内で、ミーナは縮こまっていた。怖い。本当に怖い、と。

 


 (本当に怖い。どうしよう。私、レオン団長を守り切れるのかな⋯⋯?)

 


 ミーナは震える手で、腰のポーチから回復薬――厳密には、胃薬を取り出し、お守りのように握り締めていた。

 

 レオン団長を守るのは私しかいない! そう息巻いていたミーナだったが、本気で殺気立っている彼女達に囲まれていると、自分には無理ではないかと考え始めている。

 


「あの泥棒猫めぇ〜。レオン様を奪いやがってぇ〜!」


 

 クロラが珍しく恨めしそうに馬車を見つめながら呟いた。


 

「レオン様も、レオン様です。満更ではない表情を浮かべて⋯⋯」

「本当だわ。後でしっかりと、“誰がご主人様なのか“をしっかり教えてあげなきゃね」

「同感です。レオンは、ルナ達のものです。誰にも渡しません」

「私も、一緒に教えてあげなきゃ!」


 

 彼女たちが一人ずつ口を開くたび、ミーナはドキッと体が跳ね、握り締めた胃薬により力を込める。

 


「⋯⋯レオン団長。申し訳ありません。ミーナはきっと、彼女達を抑えきれません⋯⋯!」


 

 ミーナは祈っていた。まずは自分の平穏を。そして、フィデリアに着いた後のレオンの無事を。



 +



「――へくちっ」

 

「あら、大丈夫? 寒い? お姉さんが暖めてあげようか?」

「⋯⋯だ、大丈夫です」


 

 ライチ団長と共に馬車に乗るレオンは一瞬、恐ろしいほどの寒気に襲われた。


 

 (⋯⋯もしも、僕の“噂“をしているのだとしたら、彼女たちではありませんように⋯⋯!)


 

 凄まじい殺気に震えた少年は、包帯だらけの両手を固く結んで聖竜エレオス様に祈りを捧げた。

 ――残念ながら、その願いは拒否されたようだが。

 

 

 蒼穹の盾(アズール・シルト)の団員達は合計二十人程であった。この馬車の御者を務める団員一人と、二台の箱馬車にそれぞれ六人、御者含めれば八人での移動。

 

 残りの三人は馬に乗り、周囲の警戒をしている。

 

 ドワーフの少年――カルッパは馬で移動しているようだ。恐らく、フィデリアからもあの馬で来たようであった。


 

 そして、レオンとライチが乗るこの馬車。ガタガタと車輪が地を滑る音は聞こえてくるが、中は案外振動が少ない。

 

 基本は四人乗りのこの空間は、華美な装飾は少ないが落ち着きのある知的な、まるで“動く執務室“のようだ。

 座席についても、長時間乗っても疲れないように質の良いクッションが敷かれている、濃紺のソファ。

 対面式で、座席の真ん中に小さなテーブルがあり、片方には二人座れるようになっていた。

 

 ――この対面式のソファで、この空間には二人。そんな場所で。


 

 ライチ団長は、レオンの横に座っていた。


 

「無理しないでね。⋯⋯君に何かあったら、僕は悲しいから」

「⋯⋯はい、ありがとうございます」


 

 ライチの顔は、鼻先が触れるほどレオンに近い。

 

 いくら片側に二人座れるといっても、馬車は馬車だ。

 そんなに広くない空間で二人並んで座れば、膝と膝はぶつかり合い、肩や腕は当たったままになる。

 二人は鎧を着たままだが、たまに触れる彼女の柔らかな体の感触にレオンは否応にも反応してしまうのだ。

 


「⋯⋯あ、あの⋯⋯ライチ団長」

「シャルでいいよ」

「⋯⋯え?」

「シャル。僕のことは、そう呼んで欲しいな?」

 


 彼女は首を傾げながら、若干の上目遣いでレオンに言ってくる。レオンは思った。

 


 (なんて綺麗な人だ。この人にこんな顔をされたら、断れる男はいないだろう。)


 

 ――と。しかし、レオンは拳と唇をきゅっ、と締め、新たに思いを巡らす。


 

 (⋯⋯でも、断らなきゃ! ここで断らなかったら、なんか大変なことになる気がする⋯⋯!)


 

 そうレオンは思いながら、話題を変える策を実行した。


 

「あ、あの! 任務の詳細を聞いてもいいですか? 団長!」

「⋯⋯」


 

 レオンは否定も肯定もせずに話を切り替えようとした。――あまりの手際の悪さ。勿論、失敗する。

 


「あ、あの⋯⋯。任務の詳細を⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯」


 

 少年を見続けながら、無言を貫き続けるライチ。

 心なしか、馬車の空気が重くなり、彼女の圧が増したように感じる。

 


「⋯⋯任務の、詳細⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 


 (圧が、凄い。まずい。勝てないかも⋯⋯。)

 

 

 少年がそう感じていると、彼女が少し困った、懇願するような表情で口を開く。

 


「――だめ?」


 

 (⋯⋯⋯⋯⋯⋯。)


 

 彼女は、相変わらず首を傾げながら、囁くような、懇願するような甘えた声でレオンに告げてくる。

 目の前にある美しい光景と、脳を震わすような甘い声。

 

 少年も少年で、その美しい、深窓の令嬢のような白磁の肌を赤く染め、恥を隠すように目を伏せる。

 彼の長い睫毛が強調され、シャルは思わず息を飲んだ。

 

 しばしの沈黙の後。レオンは敗北を悟ったかのように、おずおずと口を開いた。

 


「⋯⋯シャル、団長」

「団長はいらない」

「⋯⋯⋯⋯シャル⋯⋯さん」

「さんもいらない」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯シャル⋯⋯。様?」

「⋯⋯ふざけてるの?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯シャル」

「はい♪」


 

 彼女――シャルの表情は、ぱあっ、と輝き、とても嬉しそうに返事をした。

 ――直後、ゾクっとするような熱い視線でレオンを見つめ返す。

 

 まるで、極上の獲物を前にした肉食獣のように、舌舐めずりをする音さえ聞こえた気がする。


 

 (僕は、負けてしまった。⋯⋯なにも、ありませんように⋯⋯。)

 


 少年の無垢な願いを知らないであろう彼女は、上機嫌な、どこか熱を孕んだ声で話を続けた。

 

 

「ええと、任務の詳細だったね? レオン君」

「⋯⋯はい、お願いします」

「いつかは、敬語もやめてね?」

 


 (⋯⋯とんでもない。これ以上の事は、無理です⋯⋯。)

 


 少年の考えを知ってか知らずか、シャルは普段の穏やかな声音に戻り、続けた。

 


「――フィデリアに最近現れた賊。規模はかなり大きいようで、多くの拠点を持っているそうなんだ」

 

「⋯⋯賊」

「あ、賊と言っても、君が対峙した“賊“ではなくて、もっと一般的なやつ」

「⋯⋯良かったです。あんなのがまた来たら、ひとたまりもなかったから」


 

 レオンは明らかにほっとする表情を浮かべた。

 ――そんな彼の様子を、見たシャルは微笑み、その細い指で顎を触りながら続ける。

 


「フィデリアの傭兵達も対処しているようなんだけど、敵も拠点の数も"異常なほど"多いみたい。⋯⋯それで、聖都に直接応援の依頼が来たんだね」

 

「異常、ですか。⋯⋯魔獣みたいですね」

「そう。まるで魔獣みたいにキリがないようなんだ。⋯⋯そんな大所帯なら、すぐに見つかりそうなんだけどね」

 


 シャルは指先で顎を持ち上げるように突き刺しながら、悩んだ様子で続けた。


 

「続々と現れる手下達。これを率いる賊の首領が厄介でね⋯⋯。どんな奴かは分かってない。分かっているのは、身長“二メルを超えるほどの大男“ってことくらい。それすら、定かじゃないみたいだけどね」

 

「そんなに大きいんですか。それで、“鬼退治“と⋯⋯」

「それに、どうやら若い女性を攫っていっているらしい」

「! どいつもこいつも⋯⋯!」


 

 レオンは不快感を露わにして吐き捨てる。彼女は真剣な表情で続けた。

 


「――本当に、許せない。⋯⋯だから、なるべく早く本拠地を見つけて、叩いてやらないとだね」

「はい⋯⋯!」

「まとめると、僕たちの任務はフィデリアの傭兵とで、奴らの拠点を潰していくのがメイン。それを続けていけば、いずれ大元に届くからね」

「わかりました!」

「他に質問はある?」


 

 レオンはシャルから質問を投げかけられた。

 

 ――敵の数は異常なほど多く、総数は不明。首領の情報は“鬼“と呼ばれる大男のみ。

 フィデリアの傭兵達と一緒に潰していくとなると、彼らとの連携、情報共有が重要。

 速やかに鬼まで辿り着かないと、攫われた女性達が危ない。


 ――そう考えをまとめていた。


 

「⋯⋯ようはさっさとみんなで拠点を一つずつ制圧していけば解決ってことですよね?」

 

「ご名答! 頼りにしてるよ? レオン君」

 

 レオンは、シャルからの返答を待たずに自らの顎に手を添えて思考を整理していた。


 

 (急がないと、また傷付く人が出る。大丈夫。僕の団員達は“さいきょー“だ。それに、シャル達“蒼穹の盾(アズール・シルト)“も一緒だ。僕たちなら、きっとやれるはずだ。)

 

 

 彼が覚悟を決めていると、今度はシャルから切り出された。


 

「そしたら、今度は僕から質問、いい?」

「⋯⋯? はい」


 

 (シャルから僕に聞きたい事? なんだろう?)


 

 そう彼が考えていると、突如、シャルはレオンの耳元で囁いた。


 

「――レオン君の事、教えて?」

 

「ひゃっ!」


 

 彼女は、吐息と共に耳に囁きかける。突然の事で変な声が出るレオン。

 シャルは、その様子をうっとりしたように見つめながら続けた。

 


「たとえば、レオン君の、好きな事。君の、ご家族の事とか、君の事。全部知りたいな?」

 

「⋯⋯はぅ、ぼ、僕の事ですか?」

「そ、君のこと♪」


 

 徐々に熱を帯び、その顔に朱を交えてくる様子のシャル。

 レオンは逃げようと後ろに下がるが、すぐに壁に阻まられた。狭い馬車の中で逃げ場がないようだ。

 そのままシャルはレオンに被さるように体重を預けてくる。

 


 (まずい、このままでは! と、とりあえず、思いつくまま喋ろう!)

 


「⋯⋯名前は、レオハルト・フォン・リヒトホーフェン。グレーネラント諸侯イースクリフ領領主、エドワルド・フォン・リヒトホーフェンの嫡子です。家族は⋯⋯妹が、一人」

 

「へぇ? 妹さんがいるんだ?」

「今は、叔父のアルバート様の元で、従者と共に暮らしています。⋯⋯ひっ」

 

「そっか。それじゃあ、妹さんにもちゃんとご挨拶しないとだね⋯⋯」


 

 (ひっ!? そこは、くすぐったくて⋯⋯!)


 

 彼女はそう言いながら、レオンの華奢な太ももを撫で始める。――内側を、重点的に。

 

 突然の事で、上擦った声をあげてしまうレオン。敏感な場所を的確に攻められ、彼は悲鳴を噛み殺すのに必死だった。

 そんな様子を恍惚とした表情で見つめるシャルは、さらに言葉を続ける。


 

「⋯⋯それで、他には?」

「ほ、他ですか⋯⋯?」

「例えば、趣味とか」

「⋯⋯趣味⋯⋯。ええと、魔法の研究⋯⋯?」

「ふふっ、それって、趣味なの?」

 


 彼女の唇が彼の耳に触れた。――じゅ、という音が聞こそうな程、彼の耳は真っ赤に染まっている。

 冷たく、柔らかい感触をその耳に受けた彼は、我慢できずに甘い声をあげてしまう。


 

「⋯⋯んぁ」

「いい匂い。お日様の香りの中に、どろどろとした、淫靡な匂いが奥にいる。⋯⋯僕を、誘うようにね」

「⋯⋯シャル⋯⋯、これ、以上は⋯⋯!」

「じゃあ、最後の質問。⋯⋯というより、命令かな?」

 


 シャルは、まるでレオンの耳を舐めるように口を開く。

 ――唇を開く音さえ聞こえる程の、超至近距離で。


 

「――君を、僕のものにする。いいね⋯⋯?」

 

「⋯⋯!! やぁ⋯⋯」


 

 そう言って、シャルはレオンの鎧の紐に手を伸ばし、緩めようと片手で器用に結び目を解いた。

 もう片方の手は、少年の首元から服の中に手を入れ、背中を直接撫でてくる。

 ――鎧同士がぶつかる音が響く中で、彼女の吐息だけが彼の耳に届き、甘さを直接伝えるように、脳を揺らしてくる。

 


 (⋯⋯も、もう。⋯⋯耐えられない!!)

 


 ――あまりの官能的な仕草に彼が我慢を堪えきれなくなった、その瞬間。



 

 ――馬車の外で笛の音が聞こえた。

 警笛――襲撃の知らせだ。



 

「――いいところだったのに。⋯⋯邪魔が、入っちゃったね」


 

 シャルの声から、感情の色が消え失せた。

 

 美しい深い蒼穹の瞳は、今は底の無い深淵のように暗く、冷たい。

 車内の温度が一気に凍るほど冷たくなるのを感じながら、シャルはさらに続けた。


 

「ちょっと、行ってくるよ。奴らを片付けたら、“続き“をしよ?」

 

「⋯⋯ふぁい⋯⋯」


 

 (⋯⋯たす、かった⋯⋯。)


 

 少年は、今の言葉が自分の口から発せられたとは思えないくらい、蕩けてしまっていたのだった。


 

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