1章:3話「美少女軍団」
「わあー! おっきいね! それに、とってもキレイ!」
保健室を追い出され、騎士学校の広場を歩いている美少女軍団。
レオンを中心に、彼を囲むように歩く六人の少女。
先頭にはエリザが歩いており、否応なしに目立つその集団は特に目を引くものだった。
いつもは喧騒で賑わう広場の学生達も、今はその集団に視線を集めており、ひそひそと囁く声だけが響く中で彼女達の足音だけがよく響いていた。
その中の一人、ノエルが聳え立つ白亜の塔――エレオス教会騎士学校を見上げながら、その明るく快活な声を響かせる。
「ねえねえ、レオン! あの白い塔の上にいる、おっきいのは何!?」
「⋯⋯エレオス様を、知らないのですか⋯⋯?」
塔の頂上に鎮座する、塔と同じ白亜の“竜“を指差しながらノエルは無邪気に質問した。
――その質問に、レオンは絶句しながらも、彼女の質問に答える。
「⋯⋯あれは、“聖竜エレオス“様の像です。遠い昔、この“アエテルナ大陸“が闇に包まれた時、その偉大なる力を人々に分け与え、戦う力を与えたとされる神竜が一つ」
「ほえー! なんか凄いんだね! その、エレオス様っていうのが、ここにいるの!?」
「⋯⋯昔は、あの塔の頂上でお眠りになられていたそうですが、今は“聖都コンスタンティア“の塔に移られたそうです。⋯⋯人々の“感謝“と“永遠の平和“への祈りが、よりエレオス様に届くように」
「はえー! すごい人なんだね! レオンみたい!!」
「そ、そんな! 恐れ多いことを⋯⋯!!」
ノエルの無邪気な質問に、レオンはたどたどしく答えていく。
――ノエルの無自覚に振り撒く美貌が、彼をさらに固くさせていた。
「じゃあ、もしかして今はレオンも、エリザも、あそこに住んでるの!?」
「⋯⋯いや、あれは学校です。僕たちが住んでいるのは、あっちですよ」
そんなノエルに、レオンは白亜の塔から少し離れた、二つの塔を指差しながら返した。
「へえ! あれもおっきいね! すごい! ねえ! 学校って何するところなの?」
「学校を、知らないのか? 勉強したり、訓練したりするところだ」
「勉強!? うえー、勉強キライ!」
エリザが訝しむように学校について説明すると、ノエルは快活な顔が珍しく歪み、舌を出してイヤイヤしていた。
「そんな事言うな。勉強は大事だ。ここには、同盟国に加えて、色々な国から“騎士“になるために留学生が来る、この大陸で一番権威のある学び舎なのだから」
「大陸中の強者達が、集まるという事ですか?」
エリザが呆れつつも誇らしげに答えると、話を聞いていたルナが鋭い瞳を光らせて興味を持ったように質問する。
「ああ。それで間違いないだろうな。この学校を卒業できれば、晴れて騎士として誰かに仕えたり、国の騎士団に入ることができる」
「そんなに多くの国から学生達を集めて、騎士として育てたとしても、卒業したら国に帰られてしまうのでは、メリットがないのではないですか?」
今度はシルフが指を唇に触れながら、疑問そうにエリザに質問した。
「そうだな。だが、ここに学びに来る学生達は、基本的には同盟国や、友好国の人間だ。最近統一された南の“ソルン連合“や、北の大国⋯⋯“ベルクト“。そんな大きい国から攻められないように、個々で育てるより一括して騎士を育てる方が都合がいいのだろうな」
「ふぅん。難儀なものね。攻められないために、強くなるとは」
ヒルダが、嘆息しながら、心底呆れたように吐き捨てる。
「⋯⋯仕方の無いことだ。古来より、弱いものは虐げられ、奪われてきた。国や家族、恋人や友人達を守るためには、強くなるしかないのさ」
「いつの時代も、人間とは愚かなものですねぇ〜?」
エリザが憂いたような表情でヒルダに返すと、今度はクロラが甘ったるい声で似つかわしくない言葉を告げた。
ノエルはというと、もう話に飽きたのか、「あ、ちょうちょだー!」と言って蝶を追いかけていた。
「ああ。だが、嘆いていても仕方がない。私たちは、出来ることをする、しかないのだから」
「⋯⋯話の途中で、申し訳ないのですけれど⋯⋯」
エリザが決意したかのようにそう告げた後、話を遮るようにしてレオンが口を開いた。
「⋯⋯ええと、ルナテイシア、さん。ノエルさん、シルフさん、ヒルデガルダさん、クロラさん」
「あら、レオン様。どうなさいました?」
レオンが口を開くと、シルフが脳に響くような甘い声で返事をする。
「ルナ、とお呼びください。レオンだけの、ルナですから」
「私も、ヒルダでいいわ。そう呼びなさい」
「そうですよぉ〜、私たちに、さん付けは、いりませんよぉ〜?」
「そうだよ! “ですます“も、ダメだからね!!」
レオンは迫る少女達に怖気付く。
皆彼よりも背が高く、その中でも一番低いシルフでさえ彼より頭一つ分は高い。
五人の彼女達の影がレオンを覆い隠し、それぞれが放つ異なる甘い香りが混ざり合って彼を酔わせる。
そんな彼女達の熱い視線を華奢な体に一身に受けながら、彼は続けた。
「⋯⋯ええと、ど、努力、します。⋯⋯で、みなさんは、どこまで、ついてくる⋯⋯の?」
もごもごと口を開いたレオンは、彼女達の言う通りにさん付けをやめ、敬語もやめた。
――心の壁を無理矢理取り払われ、一気に距離を詰められる恐怖を感じながら、彼は言い慣れない口調で告げると、彼女達は一斉に口を揃える。
「「「「「一生、ずっと!」」」」」
「⋯⋯え?」
聞き間違いか? と思う様子のレオン。
だが、彼女達の視線は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えなかった。
(⋯⋯一生? 一生、ずっと、って言った? なんで?)
「ずっと、一緒です。もう、離れませんから」
ルナは眉一つ動かさず、万感の想いを込めた、鈴が鳴るように綺麗な声を静かに響かせる。
「もう、離さないからね! ずっーと一緒だよ! レオン!!」
ノエルも明るく元気な口調で、彼に告げる。
「はい。私は離れませんし、私から離れる事も許しません」
シルフも、甘く優しい声音――しかし、“鳥籠“の小鳥に話しかけるように、湿度の高い何かを含ませる。
「ええ。貴方は私のもの。どこへ行くのも許さないわ」
ヒルダは、気怠く、にも関わらずもう二度と離さないという執着の熱を含んだ、女王の如き圧を含めながら告げる。
「そうだよぉ〜? クロラはレオン様の“下僕“だからねぇ〜? ぐへへ!」
クロラは鼻にかかったような甘い声で、とんでもないような事を言い放った。
五者五様の言葉に、レオンはさらに混乱し、さらには恐怖した。
――エリザの、訝しむような視線に気付かずに。
「⋯⋯な、なんで、僕なんかに⋯⋯? 人違いじゃ、ないの?」
「ありえません。ルナの魂が、レオンと添い遂げると強く訴えてます」
「そうだよ! レオンじゃなきゃダメなの!!」
不安そうなレオンに、ルナとノエルが返す。
「⋯⋯い、いや、だって、僕には、何もないよ⋯⋯? お金も、名声も、実力も⋯⋯」
「そんなの、いりません。私が欲しいのは、レオン様ですから」
「ええ、そんなの。貴方に比べれば取るに足らないものよ」
困惑し続けるレオンに、シルフとヒルダは返答する。
「⋯⋯ぼ、僕は、落ちこぼれで⋯⋯無価値な、人間なんだよ。⋯⋯とても、みんなに、吊り合わない⋯⋯」
「レオンさま。それは言っちゃダメだよ? これからは〜、レオンさまがいかに偉大で〜、優しくて〜、カッコ良くて〜、××××(あまりに蕩けきった、人前では口にできない言葉)なのかを、その、“ちいちゃい体“に刻んであげるからさぁ〜、ぐふふ!」
「な、なんて事言うんだ!」
卑屈にものを言うレオンに対して、クロラはその灰色の瞳を優しく、時折熱を帯びながら告げた。
(⋯⋯こ、怖い。とっても。なんで、こんな綺麗で美しい人たちが、なんで僕の事を⋯⋯。僕は、騙されているの? 揶揄われているの?)
レオンが一人、彼女達の無垢な思いに恐怖しながらも顔を赤らめた、その時だった。
「――おいおい。昼間っから盛りのついた雌猫に囲まれて、楽しそうだな? “落ちこぼれ“」
その声は、広場の喧騒を一瞬で凍りつかせた。
粘り気のある悪意。レオンの鼓膜を不快に震わせる、聞き覚えのある声。
「隊長を任された任務で、部下を見捨てて逃げ帰ったって? 相変わらず、逃げ足だけは一流だな」
レオンの体が、びくりと跳ねる。
彼の怯えた目線の先には、豪華なマントを羽織った三人組の男子生徒。
その中心にいる、赤髪の大柄な男が、歪んだ笑みを浮かべて彼らを見下ろしていた。
「その細い腕じゃ、剣の重さにも耐えられねえもんなぁ! 魔力もない、剣技もない。あるのは、その“女みたいな顔“だけか?」
「違いない! 今回の任務も、敵に“体“でも売って見逃してもらったんじゃないか!?」
「ははは! さすが、騎士学校が誇る最高の“美少女“様だ! 剣よりも、ベッドの上の方が役に立つとはな!」
下品な嘲笑が、広場に木霊する。
レオンの視界が、急速に灰色に染まっていく。
(⋯⋯違う。⋯⋯僕は⋯⋯。)
「おい、そっちの美女たち! そんな“欠陥品“より、俺たちの相手をしないか!?」
「そいつといたら、いつか“裏切られて“、置き去りにされるぞ! “疫病神“と関わると碌なことにならねえ!」
(⋯⋯ごめん、なさい。⋯⋯ごめん、なさい⋯⋯。⋯⋯生き延びて、しまって⋯⋯。⋯⋯ごめ⋯⋯なさ⋯⋯。)
耳鳴りのような嘲笑が、逃げ場のない広場で反響する。
膝の震えが大きくなり、彼は冷たい石畳に崩れ落ちた。
彼の瞳には、灰色の世界で彼の“覚えていない“記憶、光景が浮かぶ。
――燃える故郷で、最期まで自分の手を引いていた、“血まみれの優しく、暖かい、手“。
震える手で耳を塞ぐ。だが、悪意は指の隙間から入り込み、彼の心を抉り続ける。
「ほら見ろ! またそうやって蹲って! 被害者ヅラするな、卑怯者!!」
(⋯⋯ごめん、なさい。⋯⋯ごめんなさい⋯⋯! ⋯⋯生きて、しまって⋯⋯! 本当に⋯⋯!)
「おい、貴様ら! いい加減に――」
エリザが言い切るよりも早く、その嘲笑は止んだ。
急激に広場全体が、凍りつくような冷気に襲われる。
――ルナが、身につけていた黒い手袋を、三人組のリーダーの顔面に向けて、投げつけていたのだ。




