2章:29話「レオンの戦いⅢ【“白化の剣“】」
ベオウルフが、その大剣を地面へと叩きつける。
瞬間、岩を砕く破壊の音と舞い上がる土煙。彼によってもたらされた必殺の一撃。だが、ベオウルフは首を傾げた。
――手応えが、無い。
無論、あの者の体の小ささであれば、それを捉えるのは至難の業であるのだろう。
手で直接潰すのであれば感覚は残るかもしれないが、この大剣で“虫“を殺す感覚など、捉えるのは難しい。
彼はレオンの“いた“であろう場所を見つめる。あまりの恐怖で“漏らした“のか、そこには液体の跡が残っていた。
「――これで、終いか。⋯⋯戦うのが、早すぎたか」
ベオウルフは僅かに後悔していた。少なくとも、彼が初見で自身の斬撃を“受ける“でもなく、“かわす“でもなく、“逸らす“という行動を実践していたのを見て、間違いなく“戦いの才能“がある事を直感していたのだ。
あの少年の進化に心を踊らせ、次に何を見せてくれるのかとの期待を――レオハルトは最悪の形で裏切った。
――痛みに絶叫し、情けなく蹲り、あろう事か失禁さえした。期待値が大きかったが故のその落差に、ベオウルフは酷く失望したのだ。
「致し方ない。気分は乗らぬが、あの“女ども“の所へでも向かうか」
「――どこへ行くつもりだ、ベオウルフ」
その声が聞こえた瞬間、ベオウルフは即座に振り返る。その視線の先にあったのは、
――背後にある灼熱の心臓を脈打たせ、その身を炎に包んだ“紫色の眼“をした魔神――否、燃える糸で体を包み込んだ、宙に浮く“レオハルト“の姿であった。
少年はその瞳を紫色に激しく輝かせながら、ベオウルフに向けて続ける。
「まだ、僕との戦いは終わってないぞ、ベオウルフ」
「⋯⋯ほう、面白い。まだ立つか。まだ、やるのか?」
ベオウルフの心が少し踊る。その少年の進化――成長を、楽しむように。
「次は無いぞ、小僧。先程のような醜態を見せれば、次は必ず殺す」
「⋯⋯さっきも、そのつもりだったのでしょう? そして、出来なかった。現に、僕はまだここに居る」
「⋯⋯グハハ、言うではないか。面白い。⋯⋯もう、先程のような手加減はせんぞ、レオハルト」
「ご自由に。⋯⋯楽しませてあげるよ、ベオウルフ」
ベオウルフは、少年とのやり取りに違和感を覚えていた。先程の醜態とも、戦う前の様子とも違う。
どこか、自信に満ちた言動。怒りに震えているような様相。身に余る激情を、必死に押しとどめているような相貌。
――だが、そんな逡巡をベオウルフはすぐに振り払った。彼は戦えれば、なんでも良いのだ。
「――いくぞ、レオハルト」
彼はそう呟くと、少年に向けて大剣を構える。
レオンはその言葉に全く動じる事なく、ベオウルフが瞬く間に“折れた左腕“で魔法陣を空に刻むと、
――右手の“魔剣“で、無造作に叩き割った。
硝子が割れたような硬質な破砕音が“コロッセオ“中に響き渡る。
幾何学の破片が明滅しながら、それは空に溶ける事なく――地上へ向かう事すらなく、レオンの握る“魔剣“へ向けて集まっていく。
同時に、彼の持つ魔剣が炎の刀身を模るように燃え上がっていく。
その色は赤から橙と色を薄くしていき――やがて白化するように、真っ白な刀身へと変化したのだ。
「――『白化の剣』」
燃える刀身は激しく輝き、その高温を証明するかの如く、刀身の周りには魔力を帯びた“陽炎“が揺らめいている。
――極度に圧縮された白い炎から漏れ出すように、そこからはぱちぱち、と小さな雷が走っていた。
瞳を妖しく輝かせたレオンは、その剣の切っ先をベオウルフへと向け、構えた。
「――勝負だ、ベオウルフ」
+
地上から忘れ去られた地下の“コロッセオ“で、先程以上に激しい戦いが火花を伴って繰り広げられていた。
「――ふん!!」
「――はあっ!!」
ベオウルフの大剣と、レオンの白化の剣が打ち合われ、激しい音を立てながら互いに強撃を放ち合っている。
少年の体には燃える糸が何重にも巻かれており、それらはすべてレオンの力を限界以上に引き出す“呪われた鎧“のようにも見えた。
レオンはその糸で自身の体を強制的に動かし、ベオウルフの膂力から繰り出される圧倒的な斬撃をいなしていく。
右腕を鞭のようにしならせ、剣自体に遠心力を込めるように振り回しながら弾き返すその剣技は――愛しい“彼女“が光剣を使用する際に行う動作。それを少年は見よう見まねで行っていたのだ。
「――グハハ! 面白い! 面白いではないか! 先ほどよりも良い打ち込みだぞ! レオハルト!!」
「――どうも!!」
「グハハ! そうだ! その調子だ! どんどん打ち込んで来い! レオハルトぉっ!!」
ベオウルフは、楽しくて仕方がないという様子で、その凶悪な顔に笑みを浮かべている。
対するレオンの表情に余裕はない。両腕の感覚はとうになく、あるのは折れた左腕の激痛のみであった。
にも関わらず、レオンの一撃は一度打ち込む毎に威力を増していく。少年は自らが行っている魔法がどのような効果を発揮しているかすら、すでに考えている余裕はなかったのだ。
――あるのは、一つだけ。それが、少年に残された最後の“策“であった。
その隙を生み出す為、少年は必死になって“白化の剣“を打ち込み続ける。
「――やあぁああ!!」
「ふん! いいぞ、レオハルト! 貴様の“進化“、もっと我に見せてみろ!!」
「――はあぁああ!!」
――一撃ずつ、一撃ずつ。より強力になっていく斬撃は、ついにベオウルフの大剣を止め、鍔迫り合いへと持ち込む。彼の動きが止まった。
(――今だ!!)
刹那、レオンを縛る糸が少年の小さな体を浮かせ、ベオウルフの顔目掛けて飛んでいく。
力を込めていた相手が急に消えたことで、体勢を崩すベオウルフ。そんな彼の目前へと、レオンは迫っていく。
「――むん!!」
「!!」
――だが、そんな少年の動きを読むように、レオンの体より大きな“裏拳“が迫り来る。
魔神の人形により空中で体を移動させ、鼻先を掠めながらかわすレオン。
着地した少年は、先ほど自身が蹲っていた場所とは反対の方向へと駆け出し、ベオウルフと距離を取る。
(――くそっ! ダメか⋯⋯! じゃあ、最後の手段だ⋯⋯!)
レオンは、頭の中で白化の剣の形を思い描く。――大切な“彼女“が使用する“大太刀“を模した、長大な剣を。
瞬間、レオンの剣の形が長く伸びていく。――魔神の人形と同様に、“白化の剣“も彼の思考で操作が出来るのだ。
「――『白化の剣・大太刀』!!」
「グハハ!! 剣が変化したぞ! どう楽しませてくれる!!」
レオンを追撃しようと追ってくるベオウルフ。そんな彼を見ながら、レオンはかつてルナが見せていたように大太刀の切っ先をベオウルフへと向けて構える。――霞の構え。
対してベオウルフはその大剣を上段に構え、振り下ろすように“全身に魔力を奔らせていく“。
「――我が渾身の剣! 受けてみよ、レオハルト!!」
「――『炎の斬撃』!!」
ベオウルフが、その大剣を力一杯レオンへと叩きつけていく。
対するレオンは、ベオウルフの剣が届く前にその大太刀を振り切っていた。
かつて、ルナが見せてくれた“魔法のような剣技“。
――その刀身以上の広い範囲を両断する、神速の斬撃。
レオンをいつでも救い、守ってくれていた技を、少年は模したのだ。
振り切った大太刀の延長線上――その虚空から生まれる“炎を纏った斬撃“。
それはベオウルフが叩きつける大剣へと真っ直ぐに向かい、空中で鍔迫り合いを起こす。
――ベオウルフの巨躯が、動きを止めた。――が。
「――ぬるいわ!!」
レオンの放った炎の斬撃は、ベオウルフの大剣に押し切られ、舞い上がるだけの炎へと姿を変える。
炎をかき消した勢いそのままに、大剣は岩で覆われた大地へ届き、粉砕する。――しかし、レオンの姿は無い。
瞬間。ベオウルフが感じる“頭上“からの凄まじい熱気を伴った殺気――背後に灼熱の心臓を脈打たせながら、ベオウルフの脳天目掛けて白化の剣を振り下ろそうとしている少年がそこにいた。
「――目くらましか! だが!!」
ベオウルフは叩きつけた大剣を再び振り上げようと、“下半身に魔力を注ぎ込む“。――その瞬間。
「――“始めろ“! ――『水の鋭槍』!!」
「っ!!」
レオンがその文言と共に、仕込んでいた魔法を発動させた。――浴場でリリィ達に攫われかけた時、ミーナが使用していた魔法をレオンはその眼で“視た“だけで模倣したのだ。
刹那、先ほどレオンが激痛に悶えていた場所――レオンを追うベオウルフからすれば背後から、水で出来た鋭槍が彼の腹部を貫いた。
「ぐおっ!! ――貴様、まさか"アレ"に魔法を!?」
突如訪れるベオウルフの背後を強襲した、レオンが漏らした液体から生み出した鋭槍。――彼はあの場を離れる瞬間、その液体に“魔法“を仕込んでいたのだ。
完全に不意を突かれた彼はその巨躯を揺るがし、大地に膝をつく。
それだけですら大地を揺らす彼の巨体。剣を振り上げることができないベオウルフに向けて、レオンは言い放った。
「――僕が“粗相“した事は、秘密にしてね!」
「――グハハ! 貴様が勝ったらな!!」
ベオウルフは、心からの笑みを浮かべながらも、脳天を守るように大剣の“柄“を構える。――レオンの握る“白化の大太刀“が、完全に防がれる形で。
(――好機はもう無い! 策も今ので終わり! これで絶対に決めなきゃ!!)
レオンは思考を巡らせながら、“覚悟“を決める。右手に持った白化の大太刀を折れた左手で握り直し、絶対に離さないように燃える糸を幾重にも重ねる。
ベオウルフは牙の生えた口元をこれ以上ない程喜びに歪めながら、レオンに向けて声を上げた。
「さあ、どうするレオハルト!! 次は何を“魅せて“くれるのだ!!」
「さっき、言っていたよね。“腕の一本二本“って――」
レオンもまた、ベオウルフと同様に笑みを浮かべていた。それが勝利の核心なのか、精一杯の強がりなのかは彼のみぞ知る。
「――くれてやるよ!! “腕の一本“ぐらい!!」
「――!!」
ベオウルフは、剣を振り上げたレオンを見て、疑問に思っていたのだ。
――斬撃の始動が遅い。あれでは刃は柄に届かず、“当たるのは腕であろう“、と。
そして、その疑念は現実となる。
レオンの振り下ろした“左腕“は、ベオウルフの大剣の“柄“を直撃した。
"べぎん"、と。鈍い音がコロッセオに響き渡る。
同時に、大剣の柄に“巻きつく“ように、彼の左腕があり得ない方向へと折れ曲がっていく。
――当然、左腕に固定された“白化の大太刀“も。
白い刀身は少年の左腕の導きに従い、
――ベオウルフの巨大な顔を、斬りつけていったのだ――




