2章:28話「レオンの戦いⅡ【“魔神の人形“】」
崩れた大地の最下層。観客の姿が見えないのが不思議に感じる程、コロッセオのように整った円錐状の洞窟で。
――剣を打ち合う硬質な打撃音と、不意に現れる重厚な笑い声が響き渡っていた。
「――どうした! こんなものか!? レオハルト!!」
「――くっ!」
(――目論見が甘かった⋯⋯! 僕の体じゃ、剣を受けきれない⋯⋯!)
レオンは心の中で呟きながら、ベオウルフの動き――ひいては、魔力の流れに全神経を注ぎ込んでいた。
ベオウルフの大剣が持つ、圧倒的な質量。それを枝のように軽々と振り回す彼の膂力。繰り出される斬撃の風圧だけで壁まで吹き飛ばされそうになるような状況で、レオンは必死に剣を振るっていた。
(イングリッドさんのように受けられない! もし受けたら⋯⋯!)
――剣ごと大地に埋められる。あるいは、双月の元まで吹き飛ばされるであろう。そもそも、人の形を保てないかもしれない。
そんな想像を脳裏に走らせながら、レオンは彼の振るう剣の“力の方向“を変えることに尽力していた。
振り下ろされるベオウルフの剣の腹を、レオンは自身の握る魔剣で叩き、繰り出される斬撃を正確に逸らしていた。
正面から受ければ即死の斬撃も、左右から少し“押して“やるだけで方向を変えて逸らす。騎士学校の座学で学んだ力の仕組みを、彼はこの土壇場で行っていたのだ。
「ふん! よく見えておるではないか! ならば、これはどうだ!!」
「――!!」
ベオウルフはそう叫ぶと、今まで叩きつけるか振り上げるかのどちらかであった斬撃を、地を這うほどの横薙ぎで繰り出す。
(――まずい! 下も上も逸らせない!!)
迫る斬撃を飛び上がる事でかわすレオン。その身を空中に投げ出し、ベオウルフへと向き合う。
大剣が地を這いながら彼の“いた“場所を斬る。――が、飛び上がったレオンの様子に彼は口角をあげると、宙で身動きの取れないレオンに向けて再度大剣を薙ぎ払う――
「っ!! 『魔神の人形』!!」
――その瞬間、レオンの体を縛る“燃える糸“が、少年の体を地面へと叩きつけた。
燃える糸の残り火が大剣の餌食となり、かき消される。――風前の灯。少しでも判断を見誤れば、あのように吹き消される。少年はその様を自分に重ねた。
レオンは背後にある灼熱の心臓から伸びる燃える糸で、自身の体を再び“立ち上げる“。
――その姿は、まるで“魔神の操り人形“。背後の心臓に貌は無いはずなのに、笑うように脈を打つ。
「――なるほど。面白いではないか、その魔法。自身の体を筋肉では無く“糸“で操る事によって、縦横無尽に動き回れる訳か」
「⋯⋯そう、言って、貰えて⋯⋯。よかった⋯⋯です⋯⋯!」
息を切らせながらベオウルフに答えるレオン。いくら糸で体を操っているといえど、その負担は尋常ではない。
魔剣を握る両手はすでに肘から先の感覚は無く、心臓は破裂しそうな程にどくどくと脈打っている。
ぽたぽた、と濃厚な液体が地面に落ちる音。――レオンの鼻から、血が滴る。
(魔法陣を描く、隙がない⋯⋯! 斬撃が“速すぎる“⋯⋯! これじゃあ、やられるのも時間の問題だぞ⋯⋯!)
レオンは、自分の考えの甘さを恥じた。魔神の人形で自分を操れば、魔法陣は描けるであろう。その想像は、鮮明に出来上がっていた。
――自分の行っていた動きを、糸に補助してもらい行う。指先に魔力を込めるだけなら、魔導管の痛みも少ない。出来上がった魔法陣を砕くのも、糸の補助があればそれ程苦ではない筈。それを相手が待っていてくれれば、の話だが。
這々の体で思考を巡らすレオンに対して、期待を込めるような浮ついた声でベオウルフは語りかけて来た。
「――して、レオハルトよ。⋯⋯次は、何を見せてくれるのだ?」
「⋯⋯なにを⋯⋯、だって⋯⋯?」
「⋯⋯まさか、それで“終わり“とは、言うまいな?」
ベオウルフは零すように呟くと、再度その大剣を横薙ぎに踏み込む。
レオンの左側から迫る斬撃。明確な“死“を伴う、死神の大剣。
「――くっ!」
「ふんっ!!」
レオンは、先ほどまでと同様に、下から切り上げて斬撃の軌跡を逸らそうとした。
――その瞬間、ベオウルフの斬撃の速度が更に上がる。
(――速い!!)
軌道を逸らしきれない。“魔神の人形“で操りながらも、そう直感しながら僅かに斬撃を受ける。
――刃同士が接触し、火花が生まれる瞬間が見えた。
煌めく火花を一つ一つ知覚する極限の集中。感覚を失った両腕からも確かに伝わる、死を伴った圧倒的な質量と衝撃を上へと逸らすその瞬間。
――ばき、と。
レオンの左腕から、鈍い音が響いた。
+
ベオウルフの放った斬撃が、上へ逸らされ岩壁へと突き刺さる。
同時に、直撃は免れながらも僅かに受けた事で吹き飛ばされたレオンは岩壁へと叩きつけられた。
「――ふんっ!」
ベオウルフが突き刺さった大剣を握り直し、岩壁へ深々と潜り込んだそれを豪快に引き抜いた。
――そこから、暫しの静寂の後。
「――うわあぁあああ!!」
観客のいない“コロッセオ“に、レオンの絶叫が響き渡る。
少年は自分の左腕を見た。――明らかに、おかしい方向へと曲がっている。
それを知覚した瞬間に訪れる、激しい痛み。骨の切っ先が、腕の筋肉をずたずたにしていく感覚。
少年は腕を抑え、蹲る。目からは涙、開かれた口から唾液が落ちるのも構わずに。
「――やかましい!! 男であるなら、腕の一本二本でぎゃあぎゃあ喚くな! 軟弱者!!」
未だ絶叫を続ける少年に向けて、ベオウルフは激昂した様子で声を上げる。
その言葉が届いたのか、少年の絶叫は収まる。――が、次に響いたのは啜り泣く声であった。
(――痛い! 痛い! こわい! こわい! 痛いよぉ!!)
小柄な体躯で蹲りながら啜り泣くレオンは、幼い子供のようにしか見えない。
彼の足元が徐々に湿り、液体が広がっていく。――粗相でもしたかのように。
そんな少年を冷めた瞳で眺めていたベオウルフは、ため息を吐きながら、呆れたように言葉を零した。
「⋯⋯我の、見当違いであったか。情けない。少しは、楽しませてくれると思ったのだがな」
蹲るレオンは、ベオウルフが呟きながら上段へ大剣を構え直したのを見ていない。
――だが、感覚としては“視えて“いた。自身に訪れる絶望。絶対的な“死“を――
(――いやだ! いやだ! いやだ! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!!)
「――かはっ! ⋯⋯誰か⋯⋯。誰か、助けて⋯⋯!」
「⋯⋯もう、よい。助けなど来んよ。消えろ、小僧」
レオンは、その大きな瞳をきゅっ、と瞑り、頭の中で何度も唱えた。
――助けて、と。
彼の瞼の裏側に流れる、鮮明な“彼女たちの笑顔“。
――そして、先程見た夢。少女が大男に襲われている“未来“。
(――!! こいつを、“逃せば“⋯⋯、誰かが⋯⋯! こいつに⋯⋯!!)
少年の頭上から聞こえる、重厚な“ため息“。
「⋯⋯時間の、無駄であったな――」
「――!!」
そう言い放つと、ベオウルフは蹲る少年へ向けて、無慈悲に大剣を振り下ろした――




