閑話:多分卒業後の秋くらい
卒業後の秋頃、里帰りした公爵家での一幕。
「おかえりなさい!ギーゼラ様!」
「会いたかったよ、会いたかったよ最愛の妹!!
その愛らしい姿を見れない日がこれ以上続くものなら僕は自らの首を断っただろう」
「愛しいお兄様の命の輝きをこうして目にできて、妹は嬉しいです」
「ああ!そうだとも!
キミの瞳が!キミの吐息が!キミだけが!僕の乾きに軋んだ身体を潤してくれる!」
「義兄上も、夫人も元気そうで何より」
「チッいらんのまで付いて来やがった、城に帰れ仕事しろ」
「エカード様、相手は殿下です」
歓迎に咲き乱れたエカードの面持ちは耳に留まってしまった声に急転直下で冷え込んだ。
愛しい妹だけを目に入れたいし腕の中に囲いたいのに、横から邪魔をするように彼女の腰に手を回す男を憎々し気に蜂蜜色が睨む。
反して黄金の瞳は堪えもしないのか、挨拶はすんだと隣の最愛を愛おしそうに見つめている。
窘める聖女の言葉を聞き、控えめな笑みを浮かべるのはギーゼラだけだった。
「比較的身体を鍛えていたからといっても、こればかりはね。
エミリアの方はどう?身体は辛くないかしら?」
談話室へと向かう最中、身重の身体を優しく撫でながらギーゼラがエミリアに問う。
二人とも結婚してすぐに新しい命を授かった身。
嬉しいことも似た点が多いが、体調ばかりは流石に個人差だ。
以前からよく運動をしていたギーゼラでもつわりは重かったし、今も時折具合が優れない。
一方エミリアは随分楽なのか、つやつやとした頬に笑顔を浮かべて見せる。
「ありがとう存じます!私の元気をギーゼラ様に分けたいくらいですよ!」
「我が最愛に妙なものを混ぜようとするな」
「お兄様、エミリアの献身を私は嬉しく存じますわ」
「聖女の祝福を受けたのだ、良かったなギィ」
「ええそうね、お父さん」
公爵家であろうと、もうそれはいちゃいちゃとする二人を血の涙を流さんとばかりにエカードが恨めしい顔をして見ているのもいつもの事だ。
可愛い妹が最愛の人と幸せそうにしているのが可愛くて尊い。
だがその男が自分よりも近くで妹を愛でているのが憎いし、笑顔を引き出してるのが悔しい。
相反する心情に言葉も出ないであろう夫の背を軽くエミリアが撫でて宥める。
「お前はそっち座れよぉ!公爵家ではギィの隣は僕の席だ!!」
「自分の嫁の隣に座れ!外で見せてる愛妻家のツラはどうしたエカード!」
「そりゃ外で見せる為のツラですからねぇ」
「夫人はそれで良いのか?!」
部屋に入ったら入ったで、誰が誰の隣に座るのかで喧しい。
ちゃっかりギーゼラはエミリアの隣に腰掛け、ゆったりと優しい手つきで彼女の腹を撫でる。
穏やかな一画に、男達はそっと暴言を収めて言葉なくソファーに隣り合って座った。
一人掛けは前以て外されているのは、流石公爵家の使用人たちである。
「楽しみね、早く逢いたいわ。
エミリアとお兄様の子ならとても美しくて愛らしいでしょう」
「ギーゼラ様と殿下の御子もきっと相当美しいでしょうけど!
男の子か女の子か、もう分かりました?」
光の魔力持ちに頼れば胎児の性別を判別することが出来る。
エミリアは何となく自分で性別が分かってはいるのだが、エカードが気にしていないので言ってない。
「実はまだ聞いていないの。
どちらでも変わらず愛しい我が子だもの、騒がれるのはまだ先で良いわ」
ギーゼラも敢えて聞いていないそうだ。
アーデルヘルムも嬉しそうに、静かに頷いてみせる。
王族は殊更男児が喜ばれ騒がれる傾向にあるのは、流石に物語でも現実でも同じだ。
誕生する前から下手な言葉を胎教にしたくないと気を配るのは、流石というか殿下の寵愛も深い。
こうした様子を見せつけられているからこそ、エカードも強く里帰りを求められないのだろう。
公爵家でも十分ギーゼラの身を守り休ませる事は出来るのに、と卒業後もギーゼラと仲良くさせてもらっているエミリアも思うが、我を通さない夫の愛情深さを尊んだ。
その分通い、通わせるのが正しいかと問われると答えづらい問題ではあるのだが。
ここ最近になって、やっと妹不在を一週間は我慢できるようになったのだ。
大した成長であるとエミリアは喜んでいたのだが、大聖堂での教育期間はそれより長かったことをギーゼラに思い出されてちょっと遠い目をしていた。
まぁ今は任務でも命でもなんでもないのだ。
今後ゆくゆくは外交で王太子夫妻が国外へ向かう場合は一週間では間に合わないのだ、早めに慣れさせておかなければいけないだろうとギーゼラも思ってはいる。
「それにしても、ロイヤルベイビーですねぇ」
「ろいやるべいびー」
「んぁ可愛い!
んんっ、えっと、王家の赤ちゃんって意味です!」
「そうなの。
聖女の赤ちゃんは何か呼び名があって?」
「えー…強いて名づけるなら、ホーリーベイビー、とか?ダサいか」
「べいびーっていうのが赤ん坊って意味かしら?」
「流石ギーゼラ様ですね!その通りです!」
べいびー、と口ずさみながら嬉しそうに己のお腹を撫でる姿が愛らしくも神々しく、エミリアは相貌を崩した。
言わずもがな対面に座す二人の男もでろでろに顔を溶かしていた。
「ん゛っ…夫人、他にも何か興味深い単語はあるか?」
「え?あー…喃語とかですかね?あとはパパ、ママとかは言います?」
「そうですわね、小さい子は口にしますわね」
「喃語ね、うん…喃語話すギィはそれはそれは可愛かったんだよ」
「おっと何かスイッチ入ったぞ」
エミリアが構えるのを尻目に、エカードは恍惚とした表情でギーゼラを見ている。
「ギィは本当に小さい頃、『お兄ちゃん』って言えなくてね」
「赤ん坊ですからね」
「言わせようとしていたのかエカード」
「両親より先に言わせようとしていたエカード様が浮かぶのは私だけです?」
幼少期から一緒だというアーデルヘルムも流石に知らなかったのだろうか。
密かに、同室で佇んでいたブラッツは遠い目をしている。
多分この男はその頃から親友の奇行もとい妹への溺愛を知っているのだろう。
「流石にパパママよりは先に口にしてくれなかったけど、どうにか『にぃ』って呼ばせたくてずっと張り付いて囁いていたんだけども」
「狂気」
「絵面は微笑ましいものでしたよ」
思わず口を挟んだブラッツをエカードが鼻で笑う。
お前は赤ん坊のギーゼラにも呼ばれなかった癖にと。
「でも『にぃ』は難しかったのか、ギィは『みぃ、みぃ』って子猫みたいな声を出すんだ。
それが可愛くて可愛くて可愛くて…この世のものとは思えない、とはまさにこれかと真理に触れた」
「あ゛~~~~~~~~~~」
「それは可愛い~~~~」
両手で顔を覆い俯く夫と友人はさておき、急に幼い頃の未熟さを暴露された妹が唇を尖らす。
「今の私は可愛くなくて?お兄様」
「勿論今この瞬間だって最高に愛しいし可愛らしいよ僕の魂!」
今にも身を乗り出して傍らに行こうとするエカードの裾を咄嗟に引き留め、アーデルヘルムはしみじみ思った。
「成程な、楽しみだなエカード」
からかうような視線に蜂蜜色は怪訝な光を燈すも、どう言い返しても揚げ足を取られると察したのか腰をソファーにそっと落とした。
「それにしてもギィが夫人を気に入った理由も良く分かったよ」
「あら?今更ではない?」
悪戯な視線は、今度はギーゼラに向けられた。
小首を傾げ先を促さす愛しい妻に、彼は肩を揺らして愛おしそうに微笑む。
「よく似てる、エカードも夫人もキミの愛で方がそっくりだ」
今度こそアーデルヘルムはエカードの裾を引き留めはしなかった。
愛情に囲われて幸せそうに笑う、最愛の人の姿をただただ愛でた。
結局ギーゼラはお兄ちゃんっこ。
2025/12/11追記 活動報告にも記載しましたが、更にその後の小話を御礼としてしたためております。




