新しい事実を知って怒りが満ち溢れる捜査会議と視察という名の束の間の休息をとる王女
「では報告会を始めましょう」
今日もマレーナの言葉で捜査報告が始まった。
「では私から」
そう言ったのはインデスター王国の責任者だ。話したくてしょうがないようだ。
「王都の外の市を手分けして探して来ました。結果から申しますと、ドューザは売っていました」
そこでガーナット王国側から驚きの声が上がった。そんな危険なものが王都の外で売られているとは思っても見なかったのだろう。
「私も驚きました。とても堂々と売られていたので。店主は薬品店として店を出していました。自由に中を見られたので商品を見ていたら、普通の薬等は手前に、奥には怪しい薬がたくさんありました。興奮剤や酩酊する薬、そして色々な毒物です。その中にありました。
私がこれがドューザかと手に取ったら店主に話しかけられました。『最近一本売れたがまた買う人間がいるとは思わなかった』と。買った人がいるのかと聞くと、店主が言うにはどう見ても貴族だったと。庶民の服を着ていたが話し方や振る舞い方が庶民ではないというのです。
貴族には色々あるものなんだねと言いながら、私は研究で必要なんだと言うと、その貴族もそう言っていたと言うので、私は本当に研究所に所属する研究者なんだ。ドューザを無効化する薬の研究をしようかと思って。軍事利用されたら困るからね。
ところどんな人だった?と聞くと、くるくるとした茶色の髪に大きな目はまつ毛が長かった。その左目の下に大きなほくろがあった。小太りで持っていた懐中時計には3羽の小鳥が彫られていたと。私は研究所にそんな人はいないと言うと、それなら怖いことだと言っていました。
こちらがドューザです。値段も特別高くはありませんでした。少しお金があれば手に入る金額です」
責任者は小瓶を見せた。しかしガーナット王国側はそれどころではないようだ。
「買った人を知っているの?」
「これは、予想にしか過ぎませんが、ブランク侯爵ではないかと」
「ブランク侯爵?」
「はい。王太子殿下の側妃に今度なられる方のお父様です」
「え!本当に?」
「はい、容姿も似ておりますし、懐中時計の意匠はブランク侯爵のものに似ています。どう3羽の小鳥が彫られていたかわかりませんが、ブランク侯爵家の家紋はホオジロという小鳥が3羽円を描くように飛んでいるのです」
「王妃の機嫌を取っているのかしら?娘の為に。でもそれだけだと証拠が足りないわね。自分ではないと言えば終わりだわ。似ている誰かだろうとね。
しばらく見張りを付けてくれる?インデスター王国では何も起こっていないことになっているからまた買いに行くかも」
「わかりました。つけましょう。ではこちらの報告も始めます。
典医の遺族に会ってきました。今も変わらず同じ邸に住んでいました。私たちが行くと夫人がほっとしたような表情をされました。
ご子息は独立して開業医に、ご息女は王都の商家に嫁いだそうです。夫人が言うには、開業医の頃からそれなりに収入があり、また典医であった義父も城からの収入で生活が楽だったそうです。貯金もそこそこあったようで。しかし、夫が亡くなった後、銀行口座に大金が入っているのに気付き驚いたそうです。それらのお金のおかげで夫を亡くしましたが夫人は働かずに子どもたちを育てることができたそうです。
しかしこのお金はどうしたのか?という疑問が湧いたそうです。このお金のせいでもしかしたら夫は殺されたのかもしれないと」
「夫人は殺されたと思っているの?」
「はい。亡くなる半年ほど前から様子がおかしかったそうです。強くもないのにお酒を飲んで眠るとか、時折何処を見ているのか?と思うほどぼうっとしていたり。
極めつけは一人で旅行です。前々から夫人や子どもたちにまとまって休みが取れたら近場で良いから旅行に行こうと言っていたそうです。それが急にまとまった休みが取れたから一人で出かけてくると言って出かけ、その先で亡くなった。
夫人はおかしいと思い夫の書斎を確認したそうです。ただ、たくさんの書籍や書類があって、中々これといった情報もなく、気の所為かもしれないと思いながらも、暇を見ては探して1年後、学生時代に使っていた教科書の中の一冊から紙が出てきたそうです。
その紙は教科書の中の妊娠出産の項目について書かれている章の中の、堕胎の方法について書かれているページだったそうです。
その紙には自分は恐ろしいことをした。陛下のお子を殺した。こんなことが典医の仕事ではない。しかしやらなければ家族が被害に合う。守る為にはやるしかない。などや、その次の紙には、家族の安全は守られお金ももらった。だがこれで良いのか?自分は医師だ。人の命を救う為にこれまで学んで来たのに。などと独白が書かれていて、最後に自分の罪がいつか明らかになるようにと結ばれていたそうです。
夫人はやっぱり夫は口封じで殺されたと感じたそうです。手紙を見て直ぐに申し出ようとしたそうですが、義父に止められ諦めたと。今言えば子どもたちの命が危うい。子どもたちが大きくなったら時を見て申し出る方が良いと言われたそうです。証拠はこの紙一枚。王妃の力で捻じ伏せるだろうとも。他に協力者が出てきたら一緒にやれば良いと言われて大切に教科書と一緒に保管していたそうです」
「なるほど。流産ではないのね。意識を失わせる薬でも使って眠っているうちに医師の手で堕胎させたと。それならそもそも毒物は検出されないわね。それで流産と言わせ、二度と子どもが産めない体と言えば、子どもを欲しがっていた国王陛下の訪れが減るとでも考えたのかもね。
そしてもし妊娠したら誤診が疑われ、陛下に問われると医師が口を割るかもしれないから殺したと。恐ろしいわね。そして怒りが湧くわ。堕胎させるなんて!人として間違ってる!堕胎は望まない妊娠をさせられた女性の救済や、妊娠後に妊婦が深刻な病になり、出産を諦めて病気を治す方に力を入れるための手段よ。あくまでも妊婦を守るためのものなのに悪用するだなんて!人の命を何だと思っているの!人は王妃の一存で生かしたり殺したりできるようなものじゃないわ!」
話しているうちに興奮したマレーナが肩で息をしながら叫んだ。
「ごめんなさい。興奮してしまったわ」
マレーナは深呼吸をした。それでも怒りで体が震える。
「実はその医師が殺されるまで半年あったのにはもう一つ理由があります。当時第一側妃のエステル様も流産されています。そちらもその典医のやったことでした」
「え!」
「紙の最後に、自分は殺人犯だ。陛下のお子を二人殺したとありました。当時メリッサ様が流産し、事件性を疑い捜査していましたが、そんな中、エステル様は体調が優れないとよく典医を呼んでいたそうです。
それで典医から薬湯を飲むように言われて飲んでいたそうですが、ある日お腹が痛くて典医の元に担ぎ込まれて、結果流産されたと記録に残っています。典医はメリッサ様のことで気持ちが落ち着かず不安を感じていたのが流産に繋がったのだろうと。それくらい妊娠は繊細なものだと説明していたそうです。
王妃殿下はエステル様のお子も堕胎させたということになります」
「要は王女を産んだ側妃を狙ったということね。メリッサおば様だけじゃなく。それに気付かず、エステル様は王妃の指示に従い嫌がらせをしていたのね。
そんなことをしてまで子どもを産むのは自分だけにしたかったのかしら?そんなことをするから自分だってその後妊娠していない。精霊たちは見ているんだわ。子どもを産み育てるのに相応しいかどうか」
部屋は静けさに満ちた。誰もが思うことがあるのだろう。
「心が痛む話です。この世に生まれるはずだった二つの命が、一人の傲慢で残酷な感情で失われました。それと共にして、奪われた命。真実が明らかになろうとしています。
まずは、インデスター王国側とガーナット王国側、両国で明後日ヘルディナ様が行かれる旅行の後をつける準備をしてください」
「前回の典医殺害と同じ道を使う可能性が高いですね。後から道を確認して、先々に忍ばせておきましょう。同じ人間では気づかれますからね」
「そうですね。後をつける班と犯行があった付近に忍ばせる班にわけましょう」
「そうね。明日はフランカ様のお母様に会いに行った班も帰ってくるし。証言と証拠をまとめて、明後日、私が陛下と王妃に会えるように今日のうちに謁見を申し込んで、その場で明らかにします。
フランカ様とラウラ様を連れて行く班はくれぐれも注意してください。お二人にお怪我などないように」
「かしこまりました」
「では私が退出した方が話しやすいでしょうから、皆さんに任せます。今回が最後の機会だと思って頑張ってください。よろしくお願いします」
マレーナはそう言って退出した。
部屋に戻ると着替えて出掛ける準備をした。如何にも良家のご令嬢という身なりで外務大臣と護衛を連れて歩く。
「お出かけですか?」
支配人だ。この人は暇なのか?と思ってしまう。
「ええ。時計工房と大聖堂に視察に行くのよ。やっと一番行きたかった工房に行けるの。大聖堂も楽しみだわ。きっと大きなオルゴールが荘厳な曲を奏でるのよね。他にも視察先があるのよ」
「毎日お忙しいようで」
「あら、のんびりしている日もあるわ。そろそろフランカ様たちとお茶会をする予定も決まりそうだし。では行ってくるわ」
マレーナはその場を後にした。視察はもちろんするが、今日は休息も兼ねている。大切な人に渡すお土産も買いたい。そんなこともなければ心が持たないのだ。余りにも非道な行いに怒りで爆発しそうな心を落ち着かせたい。
馬車に乗り込むとマレーナは時計工房へと向かった。
その頃インデスター王国の王太子宮では、夫婦が並んで座っていた。場所は談話室だ。
「マレーナは今頃大丈夫かしら?」
「あいつなら大丈夫。しっかりしているし、人を使うのも惹きつけるのも上手い。見習いたいくらいだ。
あの年で父上が司令官に任命したんだから大丈夫。信頼の証しだ。誰か国を代表する者が行かねばならないが、両親や僕ではこうはいかない。前もって連絡しなければならないし、必ず舞踏会や晩餐会に呼ばれて身動きが取れない。しかも目立つ。
マレーナならちょっとした我儘も王女たちに近づくのも容易いからな」
「ですが危険です。私たちの為にこのような、」
「ユリアナ。相手はインデスター王国の国民に手を出した。それをインデスター王国が捕まえようとして何が悪い?
あんなもの、戦争を吹っ掛けて来たのと同じだ。あれは兵器と変わらないんだ。
我が国に兵器を送り、それが作動し国民に負傷者が出た。もちろん対処するに決まっている。
マレーナは勘も鋭く頭も良い。任せておけと言っただろ?」
「早く無事に帰ってきて欲しいです。心配なのもあるけど寂しいわ」
「あまり考えるな。子に障る。元気な子どもを無事に産むことだけを今は考えろ。ユリアナに何かあればそれこそマレーナが悲しむ。
マレーナはまだ15歳だが、王族としてするべきこと守るべきものを理解している。だから父上も任せたんだ。信じて待てば良い」
「マレーナが無事に帰って来ますように」
ユリアナは精霊リューディアとスティーナに祈った。
「ここが老舗の時計工房ね。佇まいも素敵ね」
マレーナは王都の外れにある時計工房へと来ていた。もちろん視察許可ももらっている。
「ようこそ。好きなように見学されてください」
そう声をかけてきたのはヒョロリとした長身のおじいさんだった。
「インデスター王国王女マレーナです。よろしくお願いします」
マレーナはにっこりと微笑んだ。
「これはお美しい王女殿下ですな。私が若ければ求愛してましたな」
そう言って笑っている。
「まあ、おじいさん奥様に怒られますよ」
「怒る妻はおりません。先に旅立ちました。私はこう見えて王家の血筋なんです。父がね先々代の弟なんですよ」
「まあ!そうなんですか?」
「ええ。時計に魅了され時計職人に弟子入りしたんですよ。そんな私も魅了されて同じ道を歩んできました。
私が作った懐中時計を現陛下がお持ちです。ちなみにこの工房の創設者は退位した十二代前の国王なんです。時計職人になりたくて工房を作り職人を集め、完成したらさっさと退位されて職人になったそうです。
ですから私の父ように王家から時計職人にという意思を持った王子がたまにやってきたらしいですよ」
「凄いわね!ガーナット王国ならではの話だわ」
マレーナが感嘆する。そこに職人が小さな声で言った。
「内緒ですよ。インデスター王国の王女殿下だからお伝えしますが、陛下の懐中時計と対になっているものをメリッサ様がお持ちですよ。メリッサ様はご存知ありませんが」
そう言って職人は笑った。これはメリッサに伝えろということかもしれない。帰ったら伝えようとマレーナは思った。
「あちらには商品たちが並んでいますから見て行ってください」
「ありがとうございます」
マレーナはにっこりと笑ってお礼を言うと工房内を見学し始めた。
ガラスで仕切られた向こう側に職人が10人程、無心に作業をしているようだ。小さな部品をいくつも組み合わせるているのに手の動きが早い。迷いなく作業が進んでいく。
マレーナはその姿を目に焼き付けた。インデスター王国にはない技術だ。でも欲しい技術でもある。マレーナが見ただけでは何にもならないが、いつか手にしたい技術だ。
インデスター王国の主産業は金銀の採掘だ。だがこれらは資源でいつの日か枯渇する。今のところそんな様子は見られないが、そのまたずーっと先の未来にはありえることなのだ。何か変わるものを残したいといつも家族会議で話している。
そんなことを考えながら工房を見て回り、時計の販売をしている場所までやってきた。
「すみれの花が綺麗ね。これはお母様に。お父様は持っているから別の物にしましょう。
あっ!これ。素敵!針の色が紫だわ。蓋の意匠は、この立派な角は鹿ね」
マレーナは金の蓋を開けたり閉めたりしながら確認する。鹿は雄々しく立っており、その角は強さを示すようだ。マレーナはこれもと言って店番に渡した。
その後大聖堂で定刻になると鳴り始めるオルゴールを聞き感動し、ガーナット王国独自の織り方の布を買ったりとして部屋へと戻った。
途中支配人に声をかけられたが、有意義だったとだけ伝えた。そんな支配人から受け取った王妃からの返信を見る。
出掛ける前に出しておいたのだ。国王陛下と王妃に謁見したいと。視察の途中経過を話したいと書いておいた。それに対して、こちらが指定した通りに会えるようになった。
午後3時だ。その頃はフランカたちがヘルディナを追って、医師が殺害された場所をとっくに越えている頃だろう。
越えられればの話だが。その前に事件が起これば直ぐにこちらに伝令が来ることになっている。全員の無事を願うしかない。
今日の夕方と明日の朝の報告会はない。それぞれが持ち場に付いているからだ。明日の夕刻は第一側妃に会いに行った班が帰ってくるのでその報告を聞く。
正直これだけ早くに証言や証拠が集まるとは思わなかった。難航することも考えていたのだ。他国に来てそう簡単に情報が入るとは限らないから。
だが実際はするすると情報が手に入った。誰もが嫌になっていたのだろう。王妃の派閥は多く、支持者も多い。あちこちに見張りや密告者がいるだろうことも気付いている。
しかしそれ以上に王妃に反発する声が小さいながらも出てきて、マレーナの元に集まってきた。声の主の誰もが苦しんできたのだ。そして、大切な人を守る為に口を閉ざすしかなかった。
それが今、つむじ風から竜巻に変わろうとしている。もちろん王妃をのみ込む竜巻だ。
自由になる為。安全を確保する為。無念を晴らす為。色々な思いが混ざり合っている。
マレーナがすることはただ一つ。
その竜巻をぶつけることだけ。如何に命中させるか。
マレーナは今一度、情報を整理する為に目を閉じた。




