王妃に謁見をした王女と王女に真実を告げた側妃
夕方の捜査会議を終え、部屋でマレーナが寛いでいると、支配人がフランカが来ていると知らせに来たので急いで部屋に案内させた。こんな時間に来るのだから何かあったのだろうと思ったのだ。
案の定是非聞いて欲しい話があるということで、会う時間を決め場所も教えてもらった。二人は頑張っているようだ。しかし、自分より危険な場所にいるのだから心配でもある。
「フランカ様もラウラ様も、無理はしてはいけませんよ。私心配ですわ」
「気を付けているわ。それにね、これは私たちの未来に繋がることだもの。傍観者でいられないわ。この国の為でもあるの。これでもこの一年、王女として成長したつもりよ」
そう言ってフランカが笑っている。実際そうなのだろう。人は失敗から学ぶことができる。そこから学ぶか学ばないかの違いなだけで。二人は学び成長したのだろう。今は考え方もしっかりとしている。15歳のマレーナが言うことではないが、以前と比べればずっと二人の顔が良い顔になっているのは事実だ。
人を羨んでばかり、妬んでばかりでは顔は知らず知らずのうちに歪むものだと母が言っていた。もちろん、悪いことばかりを考えている人や悪いことをした人も同じだと。だから良い人そうに見えても、ちょっとしたことに対しての一瞬の表情からその人の性格がわかるからそれを見逃すなとも教えられた。
だからマレーナは人を見るのが好きだ。国にいる時もお忍びでカフェに行き、ずっと窓際の席で外を行く人々を見ていたり、王城を侍女姿でかつらを被り変装をして歩くこともある。意外な発見もあり時々やっているのだ。真面目だと思っていた文官が、侍女をあちこちで口説いていているのを見た時は一瞬同一人物に見えなかった。既婚者なのに何をしているのかと憤った覚えがある。
くれぐれも無理をしないようにと約束しマレーナはフランカを見送った。
「フランカ王女殿下とは親しいのですか?」
支配人がマレーナに話しかけてきた。マレーナにとっては誰がどこに繋がっているかわからないので安易に答えられない。
「ええ。親しいと言うほどではないけど、先日は王女同士お茶会をしてお話したんです。今日もそのお誘いでした。今度美味しいお店を紹介したいと言ってらしたわ」
「それは何というお店ですか?」
マレーナはそこでこの人は危険だと思った。自国の王女と他国の王女の行く店を知りたがるには何か理由があるのでは?と。ただの好奇心かもしれないが、素直に答えるわけにはいかないと感じたのだ。
「忘れちゃったわ。部屋でメモをしたから確認しないとね。だけど日にちも決まってないのよ。お互い忙しいから。ちょうど近くを通ったからお寄りになられてお誘いの言葉をいただいたの。
そろそろ夕食の時間ね。近くにお薦めのお店はあるかしら?ここのレストランのお料理も美味しいけど、長く滞在するからたまには違うものが食べたくて」
「ええ、もちろんそうなさってください。そうですね、ここを出て左に少し行くと卵料理専門店がありまして、今王都で人気があるんですよ」
「まあ!そうなの?でも人気店なら入れるかしら?」
「調べさせましょう。しばらくお待ちください」
支配人がそう言って近くの使用人に何か指示している。
「外務大臣も誘ってくるわ。その間によろしくね」
マレーナは支配人に笑いかけると部屋へと戻った。そしてテーブルにあったメモ用紙に、今朝移動中に馬車から見かけた店の名前を書いた。看板にナイフとフォークの絵が書いてあったので飲食店であるのは間違いないだろう。これを書いておけば万が一の時に難を逃れられる。そしてメモ用紙を裏返して机に置いた。
その後外務大臣を連れて支配人に紹介された店へと向かい、美味しい卵料理を食べ部屋に戻ると、案の定メモ用紙の位置が変わっていた。空調で動いたと考えるには無理がある程変わっていたのだ。
マレーナは机に置いたメモ用紙の一部を、机にあった小さな花瓶の下に挟んで置いたのだが、その花瓶がメモの横に置かれていたのだ。
どこもかしこも手が回っていると思うしかなさそうだ。
マレーナは明日の王妃の謁見は戦いだと言い聞かせた。絶対に腹の中を見せない。少し我儘で、それでいてそれが許される雰囲気の王女として振る舞う。
マレーナは一人で湯に浸かりながら作戦を考えた。このお風呂に入るのだって、急遽一人で全てやれるようにしたのだ。
絶対に手ぶらで帰らない。どんな理由であれ、インデスター王国に手を出したことに変わりはない。必ず後悔させる。それがマレーナの今回の目的だった。
翌朝はとても目覚めが良かった。マレーナは支度をすると、扉の外の護衛の一人に近くのパン屋でパンと飲み物を買ってくるように頼んだ。今は見たくないものを視界に入れたくない気分だったのだ。
護衛が買ってきたパンは焼き立てで中にはカスタードクリームが入っていた。甘く良い香りがして美味しい。もう一つはイチゴジャムが入っていた。少し酸味のあるイチゴジャムはレモンが搾って入っているのだろう。一緒に買ってきてもらった果実水もなかなかの味だ。
「わかってるわ。私の好み。さすが私の護衛。明日からこれで良いかも。ここの朝食はちょっとゴテっとしてるのよね」
そう独り言を言いながら朝食を終えると一人で謁見の準備を始めた。コルセットを使ったドレスは一人では着れない。しかしマレーナはまだ子どもとして扱われる年齢で、体も細いのでコルセットなど必要ないドレスを着れば良い。
そう判断して持ってきたドレスは、可憐なマレーナが纏うのにぴったりのデザインだ。淡いピンクのドレスの胸元には白いレースが、裾にも同じレースが着けられている。パニエを履いてドレスのスカートを膨らませた。
ドレスは膝下でレースの靴下を履いている。その靴下はソックスガーターで太ももまである。靴はドレスと同じピンクだ。少しだけあるヒールの後ろにはダイヤが刺してある。これはいざという時に逃げ出す為の道具の一種だ。どこかに閉じ込められた場合、ダイヤを抜くと細いピンが付いている。それで鍵を開けるのだ。もちろん鍵開けの方法も習得済みだ。
首には敢えて国が誇る金や銀を使わず一連パールにした。耳飾りもパール。これは海を挟んだ隣国フランディー王国から技術交流で教えてもらった、アコヤ貝の養殖技術が最近実を結び、パールも特産品に向けて進めていることをアピールする為だ。
インデスター王国とフランディー王国の関係が良好なら同じ近隣国のガーナット王国は容易に動けない。
髪はハーフアップにし、そこで漸く銀の髪飾りを着けた。化粧も軽く白粉をはたき、薄っすらと艶のある淡いピンクの口紅を塗った。その唇はまるで桃のようだ。
その姿は美しい人形のようで、大きな紫の瞳は人を惹きつける。
準備が終わるとかなり何があるかわからないので早目に城へと向かった。一緒に行く外務大臣も正装をしている。
城に着くと謁見の間に直ぐに通された。時間は予定の三十分前。中々王妃が出て来ない。早目に来たのだから当たり前だが、それでも時刻を確認すると少し過ぎている。それなら用意が整うまで一旦控室に通してくれても良いだろうに、謁見の間に立たせたまま待たせるとは、ある意味如何にインデスター王国を恐れているかを表しているとマレーナは思った。
上に立ちたい思いが強過ぎるのでは?と。人は時に優位に立ちたいが為に約束より遅れてくると家庭教師の講義で聞いた。だがマレーナはそれを理解したくなかった。人を不快にさせてまで優位に立つというのは、本当は優位ではないのではないかと思ったのだ。
そんなことを考えていると、どれだけ待たされたのかわからないが鐘が鳴った。
やっと王妃のお出ましだ。
奥の扉から出てきた王妃は椅子に腰掛けマレーナを見た。マレーナはカーテシーをした。
「インデスター王国王女マレーナでございます。この度は急な来訪でご迷惑をおかけし誠に申し訳ございません」
マレーナは王妃の機嫌を問うでもなく、来訪についての謝罪だけをした。
「本当に急なことでしたね。もう少し早くに連絡をくれれば我が城に部屋を準備しましたのに」
我が城。マレーナの母ならそのようなことは口にしない。王城は王家の為のものではないのだ。その言葉にムッとしたが顔に出さずに笑顔を浮かべた。
「私はせっかちだとよく言われるのです。ユリアナお義姉様から美しい小さな時計とオルゴールを見せてもらい、一瞬で魅入られたのです。
どうやってこの素晴らしい芸術作品ができているのかこの目で見たくて堪らなくって、父に頼んで視察の許可をもらったのですが、少しでも早く見たいと我儘を言って出てきてしまったのです。
ご迷惑をおかけしてしまうことはわかっていたのですが、衝動が止まりませんでしたの。
ガーナット王国の技術は素晴らしいですわ!もう視察を始めているのですが、あんな繊細な作業をなさっているのですね。私、ずっと職人の方の指先ばかり見ておりましたの。
繊細なのに作業がとても早くて目まぐるしく作業が進み、気付いたら完成してましたの。本当に素晴らしいですわ」
マレーナはうっとりとした表情を浮かべた。
「そうですか。我が国が誇る技術ですからね。それは素晴らしいことでしょう。
ですが、もう少し早く連絡をくれれば歓迎式典もできましたのにね」
「いいえ。そのようなことは必要ではありません。私的に来訪しただけなのですから。
始めは連絡せずに来て、誰でも見学ができる工房だけを見て帰ろうと考えていたのですが、父に叱られましたの。
何かあった時に迷惑をかけるから、必ず挨拶をするようにと。王家として恥ずかしくない行動を取るようにとも言われましたわ。
物事を知らずお恥ずかしい限りです」
「そうですか。恥ずかしいとは思ってらっしゃるのね。子どものうちに気付いて良かったです。そのまま育てば、私どもの王女たちと同じようになっていたかもしれませんから、早い段階で学べて今回は良かったと思われたら宜しいわね」
「まあ!そうですの!何事も経験ですわ!失敗しながら学んでいくものですものね。私の家庭教師が言っておりました」
笑顔を振り撒きながら言うマレーナに、同席していた人たちが段々にこやかになっていくのが肌でわかった。マレーナはまだまだ踏ん張らないとと手をぎゅっと握り合わせた。
「まだ行ってないのですが、オルゴール工房も楽しみですの。あの素晴らしい音色。まるでいくつもの楽器を使っているようですわ。
私がユリアナお義姉様から見せてもらったのは、とても可愛い人形が付いてましたの。ガーナット王国を離れる前に城下で買ったものだとおっしゃってましたわ。国を離れる前に国との思い出になるものを選ばれたそうです。
オルゴール工房も本当に楽しみですの。それから王都の大聖堂にはとても大きなオルゴールがあるのですってね。とても長い曲を奏でるとか」
「ええ、そうです。全てユリアナから聞いたのですか?」
「はい。とても可愛がってもらっています。王太子宮にい過ぎて兄から王宮に戻れと叱られたこともあるんですのよ」
周りから少し笑い声が聞こえた。もちろん好意的な笑い声だ。
「仲が良いことは素晴らしいことですね。両国の友好にも繋がりますからね。
マレーナ王女は大袈裟なことは嫌だということですから、王家の晩餐会に招待します」
「まあ!そんなお気遣いなく。申し訳ありませんわ」
マレーナの銀色の髪が首を振ったことで揺れてキラキラと煌めき感嘆の声が聞こえた。
「そういうわけには参りません。王女たちとはお茶会をしたと聞いています。それなら晩餐会にも是非来てください。我が国が誇る食材で饗させていただきます」
王妃の声は一定で感情が読み取れない。しかし、先ほど一瞬見てしまった。マレーナに好意的な笑い声を上げた貴族と思われる男性たちを睨んだのを。
あの貴族たちは王妃の派閥なのだろう。好意的な態度を取ったのが許せなかったのかもしれない。
「ではお言葉に甘えてよろしくお願い致します。是非出席させていただきますわ」
にっこりと笑ったマレーナは、その場にいた誰もを魅了した。美しくそして愛らしく、少し我儘だが我慢できないようなものではなない。可愛い我儘の部類に入る範囲だ。しかもまだ十五歳。これくらい許されるというものだ。
そんな風に王妃以外は思った。だが王妃は違った。他国の他人の娘でも、自分が産めなかった王女だというだけで憎しみが湧く。
本来なら晩餐会などしたくない。顔を合わせた瞬間に顔も見たくないとさえ思ったのだから。それくらいマレーナは美しく品があり、洗練された所作だった。自分に娘がいたらもっと素晴らしい王女になっていたことだろうと思うだけで苦しいのに、自分の味方のはずの周りが好意的な反応を示しているのがより許せないと感じてしまう。
「日程は後日連絡させます。では失礼。仕事がありますので」
シーラがそう言って立ち上がった時だった。
「あ、そうだ忘れてましたわ。国王陛下にもお伝えするのを忘れてましたが、ユリアナお義姉様が素晴らしい贈り物をありがとうございますと伝えて欲しいとおっしゃってました。ガーナット王国からメリッサおば様にお祝いの品が届いたとのことで。すっかり忘れてました」
そう言ってマレーナは微笑んだ。
「そうですか。ですが私は何もするなと陛下に言われたので何もしておりません。お礼なら外務大臣にでも伝えなさい。では仕事がありますので」
そう言って今度こそシーラは謁見の間を後にした。
悔しい悔しい悔しい。何故自分は王女を産めなかったのか。さっさと産めていればメリッサが入宮して来ることもなかったのに!
忌々しい王女。それがシーラのマレーナに対する感想だ。ユリアナと仲が良いなど聞きたくなかった。他国に嫁いで生活が合わず、向こうの家族とも上手く行かずで不幸になればいいと思ったのに何故なっていないのか。
アレはどうなった?マレーナの様子では何かあったとは思い難い。ユリアナは感謝の言葉を述べている。アレを使って何も起こらないとはおかしい。どういうことだ?失敗したのか?メリッサの話も聞きたかったが名前を出すのも、長く王女と話すのも嫌だった。その口からメリッサを称賛する言葉が出たらと思うと嫌で堪らない。
幸せなどにしたくない。こんなに自分が苦しんでいるのに。一人王女を産んだだけ。しかもそれが王家の色を全て持っている王女だった。たったそれだけでアルベルトやその側近たちが僥倖だと喜んだ。
そして国民も何故か自分よりメリッサが慰問に行く方が喜んでいると知り不思議でならなかった。
自分だって立派な王太子を産んだ。全て王家の色を持つ王太子だ。自分は国母である。それなのに自分よりメリッサが行く方が喜ぶ慰問先が多いという噂を聞いた時は夜眠れなかった。
何が違うのだ?自分とメリッサは。出自は当然自分が上だ。位も王妃の方が側妃より上に決まっている。王太子の母である王妃。自分より第一王女を産んだだけのメリッサが勝っているものなど何一つ思いつかなかった。
それなのに周りの評価が違うのに気付いてしまった。アルベルトの信頼も愛情も。自分は望まれて王妃になったのだ。そんな自分より上に来る者などいないはずだった。
だから二人目は産ませたくなかったというのに、何故今頃になって生んだのか。いや、そもそも何故生まれたのか。アルベルトの子だとほぼ認定されている。金色の瞳だというから。それが事実なら、メリッサは離婚するまでアルベルトの夜の相手をしていたことになる。自分とは共寝するだけなのに。
許せない。自分から奪う者は絶対に許さない。この国は自分を求めている。そうでなければならない。何故なら、自分は王妃なのだから。
シーラは厳しい顔で執務室まで戻ったのだった。
マレーナは城から戻ると急いで着替えた。町娘風のワンピースを着、帽子を被ると少し暑いが薄手の上着を羽織った。そして護衛を一人連れて街並みを見て来ると言って宿泊施設を出た。
二人で歩いて街中を歩く。護衛も私服だ。明らかに護衛の制服を着ていれば店の人間が何事かと思うからもあるのだが。護衛に目で合図すると誰かが後を付けてくるようだと返された。不自然じゃないように店の中に入っては出てを繰り返す。そして一本の路地を入ったところでサッと上着を裏返し鞄からかつらをだすと被った。リバーシブルの上着なのだ。かつらは目立たない茶色。もちろん護衛も上着を裏返し、逆に帽子を被った。そして路地を抜けると人ごみに紛れたのだった。
しばらく歩くと護衛がもう誰も付いてきていないと言うので少し安心しながら目的の店へと向かう。店はもう少しだ。何度も念のため後ろを気にしながら店へと向かった。
店内に入り王女から言われた名前を出すと二階に案内された。二人を信用するしかない。大丈夫というのだから後は無事ここに二人が来るのを待つだけ。フランカたちが来るまであと一時間はある。時間差作戦をしているのだから待つのも苦痛ではない。マレーナは持ってきていた本を取り出すと読み始めた。
「第二側妃ヘルディナでございます」
そう言ったヘルディナの顔色は悪い。それでも目には少しだけ力が見える。
「インデスタ―王国王女のマレーナです。この度はお越しくださりありがとうございます。私に何か話したいことがあるとか」
「ええ」
そう言いながらヘルディナはフランカとラウラを見た。二人が頷き返している。
「インデスタ―王国にいらっしゃるメリッサ様の元にガーナット王国から贈り物が届きませんでしたか?」
「届いたわ」
「どなたも体調が悪くなったりしていませんか?」
「そうね。侍女が一人体調を悪くしたけど、処置が早くて助かったわ」
「やはりそうですか。メリッサ様にはご迷惑をかけてしまきました。でも助かったのなら良かったです。それをお聞きしただけでほっとしました。
信じていただきたいのですが、私は本当に中に何を入れるか聞いていなかったのです。とにかくガーナット王国の箱を別のところに使うと言って手に入れることと、それを差出人を王国からにして、船便でメリッサ様宛に送ることだけしかしておりません」
ヘルディナの体が少し震えている。
「王妃が命令したのかしら?」
「はい。メリッサ様がお子様を出産されたとのことでお祝いの品を贈ると。それなら堂々と贈れば良いのでは?と言ったら、メリッサ様が何もいらないと言っているとのことで、陛下が何もしなくて良いとおっしゃったそうですが、それでもこっそりとお祝いしたいとおっしゃっるので箱を用意しました。
この時陛下に報告すれば良かったのです。陛下の意志に添わないことはしたくないと言って。けれど、シーラ様が怖くてできませんでした。きっと良くないものが中に入っているのだろうと思って。私たち側妃はずっとそうやってメリッサ様に嫌がらせをしてきましたから。
始まりはメリッサ様が流産されたお茶会でした。居眠りをしてしまう薬を入れてシーラ様に対して失礼だと我々が注意するというものでした。しかし、実際は流産なさった。私の侍女が入れたハーブティーを飲んで。
侍女はハーブを入れそれに湯を注ぎ、飲み頃を見極めてそれぞれのカップに入れました。そして一つだけ印のあったカップの中身を少なめにしたのです。印はすぐさま捨てることになっていました。印はバラの葉だったのです。それなら周りにたくさんありますから落ちていても誰も気にしませんので。
私はそんなことして何になるのかと思いました。メリッサ様を笑い者にして楽しむことの意味がわからなかったのです。けれど他の二人はこの遊びに参加する。あなたもしなさいと言われました。参加しなけば後悔することになるとも。私の実家は伯爵家です。公爵家のシーラ様に逆らうのが怖くて言うことを聞くことにしました。
幸い私がすることはハーブティーを入れる侍女を貸すだけ。他に何もすることはありませんでしたから。
けれどメリッサ様が倒れられて医務室に運ばれて行く姿を見て不安になりました。するとシーラ様がおっしゃったのです。あなたたちは今から共犯者だと。今回の件では誰もが何も見ていない知らないと答えるようにと言われました。一人でも違うことを言えば連帯責任だと。
私はただ眠っただけなのにそこまで言わなくても良いのではと思ったのですが、後から流産をしたと聞いて理由がわかりました。私たちは所謂人殺しです。まだ生まれていないだけで同じこと。
陛下のお子を殺したのです。私たちは。知らないで通すしかありませんでした。しかもメリッサ様は二度と妊娠できないお体になってしまわれた。全て私たちの責任だと思いました。けれど言い出すことはできませんでした。シーラ様も怖かったですし、陛下がお知りになれば酷い罰を受けると思ったのです。
その後に開かれたお茶会では共犯の証としてメリッサ様に嫌がらせをするよう命じられました。その時しなければならないと強く思ったのです。そうしなければ自分や息子が危険だと。もしこれから自分が妊娠したらその子が危険なのではないかとも考えました。全て保身ですが。
そして私たち側妃の嫌がらせは始まりました。私が言っても真実味はないでしょうが、フランカ様とラウラ様のお母様は始めは楽しそうにやってらっしゃいました。思うところがあったのでしょう。お二人は王女をお産みになられたのに、メリッサ様のお子のユリアナ様の方が臣下たちも期待しているのが伝わってきたので。
何故シーラ様がメリッサ様に嫌がらせをするのか、しかも私たち側妃を使ってするのかわかりませんでした。けれど、いつだったかのお茶会でなんとなくわかったのです。私も同じ思いを少なからず持っておりましたから」
そういってヘルディナは持っていたハンカチを握りしめた。
「王女という存在は王家にとってとても大きいのです。こういう言い方は何ですが、王子より王女の方が婚姻面で利用価値があるのです。他国に嫁がせるのはもちろん、降嫁させるのも王女の方が利用しやすい。
王子が他国の王女と結婚するなど稀ですし、降婿するにしても相手を選びます。大概の場合王家に残り、公務をする以外の使い道は高位貴族の娘を娶ることで縁を結び、貴族たちと良好な関係を構築することです。それも必要なことですが、どうしても第三王子くらいになると扱いが下に見られます。自分で活路を見出すしかないのです。過去には王族でありながら研究者になった王子や、時計職人になった王子もいますから。その点王女は降嫁先に困りません。欲しいと言われることが多いので。
国の方針の関係で子どもが多いので、それぞれ生き抜いて行く為には様々なことを考えます。もちろん本人も母親も。王子しかいなかった頃、陛下が王女がそろそろ欲しいとおっしゃっていたので、皆当時は我こそ王女を産んでみせると思ったものです。しかし、その後王子すら中々生まれなかったのでメリッサ様が第四側妃として入宮されました。
メリッサ様に求められていたのは王女を産むということでした。その為に選ばれた側妃なのです。そして見事直ぐに妊娠され王女をお産みになられました。しかも王家の色を全て持つ王女です。
先程も申し上げましたが、それはもう陛下も臣下も国民も大喜びでした。たくさんの贈り物が貴族たちから届き、当時のメリッサ様の邸は贈り物を片付ける為に王宮から侍女が手伝いに行ったほどでした。陛下もユリアナ様を大変可愛がっておられるとあちこちから耳にしました。
その後フランカ様とラウラ様がお生まれになられて、当然陛下は大喜びでした。しかし、その後シーラ様がお産みになられたのは王子でした。もちろん陛下は喜ばれました。我が子ですからね。陛下は一番年上で頑張って出産したシーラ様を大変労ったそうです。
しかし、シーラ様が求めたのは王女です。もちろん第五王子のデルク様を可愛がってらっしゃいますが、それとこれは別なのです。陛下が求めた王女を産めなかったことで、王妃としての役目ができなかったと思われたのでしょう。
シーラ様は常に王妃らしくあろうとされていました。見事に王家の色を全て持つ王太子をお産みになられたことで、特に高い自尊心をお持ちになられたのでしょう。続々私たち側妃が入宮しても堂々とされていました。王妃の仕事もこなし、陛下を支える王妃としての自信があったからこそ、それが壊れた時の落差が激しかったのだろうと思います。
王女を産むのは自分だとよくおっしゃっていました。陛下の思いに応えるのはいつも王妃である自分が一番でなければならないと。
しかし、メリッサ様がさっとこなしてしまわれた。しかも王家の色を全て持った王女です。シーラ様は王家の血筋が入ってらしてご自身も目が王家の色のエメラルド色です。でもメリッサ様は王家の血筋など一切ありません。だからユリアナ様は全て陛下の遺伝を受け継いだことになり、顔立ちも陛下に似てらっしゃる。王太子殿下では目は陛下かシーラ様かはわかりませんからね。しかもシーラ様に似てらっしゃる。
シーラ様は嫉妬されたのでしょう。王女を産んだメリッサ様を。そして、また産むのではないかと思うと許せないと思ってあんなことをしたのではないかと。
そんな私も王女はおりません。王女を産んだ他の側妃が羨ましかった。私の息子は一色だけ王家の色を持っています。次に生まれてくる子はもっと持っているかもしれない。それが王女だったら陛下がお喜びになると思いましたがダメでした。
シーラ様は私より強い意思でそう思っていらっしゃたでしょうからより悔しい思いをされたのだと思います。
しかし、あの事件の後、側妃の一人は流産し、他の側妃も王妃も誰も妊娠しなくなったのです。けれど陛下はこれ以上側妃を娶るつもりはないとおっしゃってました。たくさん子どもたちがいて賑やかで楽しいとも。
しかしシーラ様は王女が欲しかったようです。結局生まれませんてしたが。そんなことでと思われるでしょうが、シーラ様にとっては陛下の思いに一番に寄り添い応えるのは自分であるのが当然だという考え方の方です。
それが応えられず、しかも平等にしているつもりでも、陛下のお心は一番メリッサ様にあるのが全員わかっていました。全員揃っての晩餐会で一番離れたところに座るメリッサ様に何回も視線をやるのです。気付かない方がおかしいです。自然と出ているのでしょう。それがまたシーラ様の自尊心を傷つけることになるのです。
私はシーラ様を擁護するつもりはありません。してはいけないことをずっと指示し、やらせていたのは紛れもない事実で、どれだけメリッサ様が苦しまれたかと思うとどんな言い訳をしても何にもなりませんから」
マレーナは王妃の執念がここまでさせたのかと思い、その思いの中に愛情はあったのか?と思った。愛する人の一番になれないのは苦しいだろう。だが王妃は愛情だけでこんなことをしたのではないと思ってしまった。何となくだが、もし愛情だけの行為ならもっと他の方法があったのではないかと感じるのだ。憎しみの度合いが異常だ。しかも一人でやれば良いことを、側妃たちを共犯にすることで側妃たちにけん制している感じがする。
マレーナは愛とは怖いなと思った。自分は愛する人がいてもその人と結婚できることはないだろう。国益を考えて父が選んだ人と結婚する。それを理解しているし、相手に多くを求めない。信頼関係さえあれば何とかやっていけるだろうと思っている。自分は愛とは無縁だなと思った。
「それで、なにを贈ったか全く知らないのですか?」
「はい。箱を渡しただけです。贈り物が入った箱を送りに行くのに受け取りに行った時に、何を贈るのか聞いたのですが、仕掛け箱になっているから誤って開けないようにと言われただけでした。それで思ったのです。何か良くないものが入っている。誰かまた体調を崩すような。恐怖でした。早く手放したくて、侍女を連れて慎重に運び、船便の輸送所へ持って行きました。
本当に何も知りません。ですが、先ほど邸に来たシーラ様に言われたのです。
『あなたは少し疲れているようだから、しばらくゆっくり休んだ方が良い。インデスタ―王国の王女も来ていて面倒だろうから、王都の近くのトスタン侯爵領に温泉地があるから休暇を取ってくるように』と。その時ははいと答えましたが、震えあがりました。私にはシーラ様の侍女という見張りが付いています。滅多のことはその場でもシーラ様が退室した後も言えません。
ですが、トスタン侯爵領の温泉地はメリッサ様を診察した典医が事故死した場所でもあるのです。私は殺されるかもしれません。全ての罪を着せられて」
とうとうヘルディナの目から涙が流れだした。相当怖いのだろう。
「どうして殺されると?」
「だって不自然なんです。あの典医が本当に事故死だなんて信じられません。休暇を取るにしても家族を置いていくだなんて。私が診てもらった時に話していたら、とても仲の良いご夫婦のようでした。仕事に慣れて休暇が取れたら家族と旅行に行きたいと言っていたのを覚えているのです。だから当時からおかしいと思いながらも考えないようにしてきました。
ですが、メリッサ様が離婚されて他国に住んでいるとしても、子どもが生まれたと聞いたら憎しみは再燃するでしょう。目の前から消えても、まだ自分を苦しめる相手として。ましてや、陛下の夜の相手を求められていたことがわかってしまった。私たちはもう求められていないのに。
シーラ様の憎しみはどれほどかわかりません。もし、メリッサ様に贈られたものが危険な物で、被害があったとしたら、陛下は捜査に入られるでしょう。その時に私は全ての罪を被って殺されるのです。私はその為の要員だったのです」
マレーナは護衛に冷たいタオルをもらってくるように伝えた。こんなに目を腫らして帰らせるわけにはいかない。見張りが付いているというなら報告されてしまう。
「いつそこに行かれるのですか?」
「2日後です。その前にマレーナ様を招く晩餐会があるでしょう」
「共は連れて行くのですか?」
「いいえ。巻き込むわけにはいかないので。一人にして欲しいと言ってあります」
「護衛はさすがに付きますよね?」
そこでヘルディナは首を振った。
「お忍びで行ったほうが楽だろうからと、近衛をつけずにシーラ様が用意してくださる馬車でシーラ様のご実家の護衛をつけるとおっしゃっていました」
「それはいくらなんでも危険過ぎます」
「はい。だから殺されると言っているのです」
あからさま過ぎる。それほど王妃は追い詰められているのか?
今日会った時にはとてもそんな感じはしなかった。冷静な王妃。他国の王女を皮肉交じりで批難するほど余裕があったように思ったが、実際は違うのか?
もしかしたら求心力が下がっているのかもしれない。四人いた側妃が三人減った。そこで自分の支持が上がると思ったがそうでもなかった。そこに来てメリッサが子どもを産んだ。しかも一色だが王家の色を持っている。
臣下たちはメリッサを懐かしんだのかもしれない。
「とても危険です。それでも行くのですか?」
「私が行かなければ息子に何をされるか。婚約者も決まって喜んでいるのです。お相手はとても素敵なご令嬢なんです。陛下が決めてくださりました。仲睦まじく邸でお茶を飲んで話している姿を思うと従うしかありません」
親というのは自分の命をかけてでも子を守る生き物なのだ。マレーナは強さとともに悲しみを感じた。確かに子どもは生き残る。けれどその先の子どもを見ることができなくなるのだ。それは果たして子どもにとって本当に幸せか?
どちらも生き延びなければならない。悲しい思いをする人はもういらない。
「私が付いていくわ!」
そこでフランカが言い出した。
「何を言っているのです!私は陛下にだけお伝えして出掛けることになっているのです。そこにフランカ様が付いてくるなんてことをシーラ様はお許しになりません!危険なことをおっしゃらないでください!」
「だってヘルディナ様だけだと殺されるかもしれないでしょ?私が一緒なら相手は手を出せないわ」
「確かにそうかもしれません」
「でしょ?」
「なりません。今回逃れられても別の方法を取るでしょう。それに、本当に形振り構ってられないなら、フランカ様がいらしても二人とも殺されるかもしれないのです。
絶対にダメです。私1人が向います」
これたまけは絶対に譲れないとヘルディナは首を振った。
「わかりました。出発時間がわかったら教えてください。こっそり後をつける分には良いでしょう。貸し馬車を準備しておきますから」
「マレーナ様。巻き込むわけにはいかないのです。我が国の王妃が関わっていることです。それに巻き込むわけには参りません」
「いいえ。私が行くわけではありません。私の連れが行きます。私はちょうどその頃王妃に謁見を申し込みます」
それまでに全ての証言が揃えば良いのだが。
「じゃあその後をつける馬車に私が乗るわ。前の馬車にヘルディナ様が乗っているかインデスター王国の人はわからないでしょ?」
「私も乗る!ヘルディナ様をお助けしないと!」
「なりません。危険です!」
「二人ともとても危険なことが起こるかもしれないのに本当に乗りますか?」
マレーナは問いかけた。確かに危険だが、王女たちの方が他国の人間より色々見極められる可能性が高い。
「乗るわ。サンデルお兄様が可哀想だもの」
「私も乗るわ。何処かでこの歪みを直さないとずっと王妃に支配されてしまうもの」
「わかりました。うちの護衛の精鋭を付けますから、くれぐれも護衛の指示に従い危ないことはしないようにしてください」
「ダメです!もし何かあればお母様も陛下も悲しまれます」
「それは、ヘルディナ様にも言えることではありませんか?ヘルディナ様に何かあれば、ご子息も国王陛下も悲しまれます」
「私など。酷いことをしてきた罰ですもの」
「そうやって死を受け入れてはなりません。ヘルディナ様が生き延びることで事件を解決しましょう。そうすればもう苦しむことはなくなります。もちろんしてきたことを考えればお咎めなしとはいきませんでしょうが。
けれど息子さんには婚約者がいらっしゃる。これから孫も生まれる。それを見守る。その幸せを手放すなんて。
王妃と戦いましょう。このままでは誰も安心して過ごせません」
「シーラ様と戦う。そうですね。私は逃げようとしていたのです。全てが明るみになったら陛下から罰を受けると。それが怖かった。息子の評価にも繋がるのではないかと。
でもそうですね。逃げるより、戦って罰を受けます。自分がしたことですもの。責任は取らないと」
そう言ってヘルディナはスッキリした顔で微笑んだ。
四人で作戦を考える。どうにかしてヘルディナを助けなければならない。
そして作戦がまとまり、三人は帰って行った。
これからが本当の勝負だ。マレーナはまたそこで今度は30分待つと店を出た。そして、またフラフラとあちこちの店に入り、誰も見ていないところでカツラを取り上着を元に戻した。
途中小さなオルゴール工房により見学をすると部屋に戻った。宿泊施設に入ったところで支配人に、どこを今日は見てきたのかと問われ、城下のお店をあちこち見て回って楽しかったと伝えた。オルゴール工房も見れたし、別のオルゴール専門店でお土産も買った。他にも時計店で時計も買ったりと充実した一日だったと伝えた。
もちろんキラキラと目を輝かせ純粋に楽しんできたのだと強調させた。
王妃の手があちこちに回っている。無事に話が進めばいいのだがと思いながら、無邪気な顔で買ってきたオルゴールを支配人に見せたのだった。




