結成された捜査班と捜査を始めた王女たち
翌日、昨日の夕方のうちに結成されたガーナット王国の捜査班と、インデスター王国の捜査班の初の打ち合わせが行われた。
場所はマレーナが泊まっている宿泊施設の一本裏通りにある宿泊施設の一室だ。
そこはマレーナたちより先にガーナット王国に着いていた、インデスター王国の捜査班が泊まっている。
彼らは早馬でフランディー王国を通り、ガーナット王国の手前で旅行者の服装に着替えて歩いてガーナット王国に入国した。その後貸し馬車で王都まで移動し、観光客のふりをして宿泊施設を借りたのだ。
陣頭指揮を取るのはマレーナだ。どちらの国が主導するかで揉めない為には、その場の1番位の高い王女を指揮官として、両方の責任者を副責任者にすれば問題は起こらない。例え15歳と言えども王女なのだから。しかし、マレーナは名目上視察をしなければならないので、実際に捜査をするのはもちろん捜査班だ。
毎朝晩ここに集まり、捜査の進捗状況を報告し合うことになった。マレーナは髪を全て帽子に入れ、良家の娘風の服という変装をしここにやって来た。
「ガーナット王国の捜査班の皆様、インデスター王国の王女マレーナです。一緒に真相を掴みましょう。
では私から昨日得た情報をお伝えします」
そう言ってマレーナは昨日王女たちから聞いた話をした。ガーナット王国の捜査班は一様に驚いていて、それでもやはりと言う顔で、やっと証言が出たと言い合っていた。
「マレーナ殿下。私どもは本日、蟄居されている側妃お二人に直接会って確認します。今なら本当のことを話してくれるのではないかと」
そう言ったのはガーナット王国の捜査班の責任者だ。
「そうですね。王女たちが話してしまったなら色々と話すかもしれませんね。お願いできますか?実際に関わった側妃の証言はとても重要ですから」
「では私たちは薬屋巡りをします。どこかにドューザの花粉を売っている店があるかもしれません」
これはインデスター王国の捜査班の責任者だ。
「お願いします。普通に販売されているのか、闇なのかわからないので気をつけてください。王妃に知られてもいけませんし。
私は朝一番で王妃に謁見の書簡を出しました。いつ返事が来るのかわかりませんが、とりあえず今日は、昨日のうちに許可が下りた時計工房の視察に行ってきます。
皆さんくれぐれも無理をしないように、気を付けて捜査してください。ではまた夕方4時に集まれる方は集まってください。遠方に行かれる方は特に気を付けてくださいね。無理せずあちらで宿泊して戻って来てください。
私は捜査が終わるまでいます。じっくり捜査しましょう。では解散」
マレーナがそう言うと、それぞれが意気揚々と部屋を出て行った。
部屋にはマレーナと外務大臣だけになった。
「やはり、ガーナット王国側は疑っていたのね。あの様子だと」
「そうですね。にしても、これで捜査が進むでしょう。これまでとは違いますからね。
マレーナ殿下。様になってましたよ」
「当然よ。私は王女だもの。如何に相手を動かすかよ。もちろん私も動くけど」
「くれぐれも無理はされませんように」
「わかってる。気を付けるのは王妃との謁見だけよ」
マレーナは外務大臣とともに自分たちの宿泊施設に戻った。視察の準備をしなければならない。
マレーナは王女として気品のあるワンピースに着替え、髪をハーフアップにし金の髪飾りをつけた。今回は侍女を連れて来なかった。仰々しいものではないということと、舞踏会などを開こうとしたら断りを入れるためだ。侍女を連れて来ていないので正装をできないと言い、社交界デビューもしていないからと断れる思ったのだ。
髪を結ぶのくらい自分でできる。もちろん着替えだって。王族だからといって何でも常に侍女任せではない。と言っても今回の為に急遽練習したのだが。マレーナは準備ができると視察班と一緒に視察へと出かけた。
昼過ぎに宿泊施設に戻ったマレーナに王妃から書簡が届いていた。
「早いわね。開けてみるわ」
マレーナは読んでムッとした顔になったのを外務大臣が心配して声をかけた。
「殿下、どうされましたか?」
「仕事が立て込んでいるからゆっくり話はできないけど、明日の十二時過ぎに少しだけ時間を作るから謁見の間に来るようにですって」
「要はこちらは昼休憩を削ってあなたに会うのよって言ってるようなものね。嫌な感じ。私が急に来たから調整できないと言ってるんでしょうね。でもそこは調整してこそじゃない?まあ私の考え方だけど。
でも良いわ。長く話したい相手じゃないから」
「ちょうど良かったですよ。明日の視察はありませんから。明日は休養されたら良いと思っていましたが、謁見に行くのにゆっくり準備できますよ」
「そうね」
マレーナはそう言って明日の謁見用のドレスの準備をした。
「皆さんお帰りなさい。無事で良かったです。何があるかわかりませんからね。
では報告をお願いします。まずはガーナット王国の方から」
マレーナの言葉でガーナット王国の責任者が一歩前に出た。
「私どもは第三側妃のイーリス様に会ってきました。始めは警戒されましたが、ラウラ様がイーリス様のことを心配していたとお伝えしたら、お話してくださりました。
もちろん極秘で捜査中だから誰にも言わないようにとお伝えしました。お二人が邸を出た後にメリッサ様に嫌がらせがあったので、陛下が捜査に入ったとお伝えしてあります。
マレーナ殿下がおっしゃっていた通り、細かい嫌がらせを交代でしていたそうです。始めは何も考えず王妃殿下の指示であることや、色々考えるのが楽しかったからやっていたと。しかし近年王妃殿下が怖くなって、止めたくてしょうがなかったが、それこそ怖いので止められなかったとおっしゃていました。
それから、嫌がらせの始まりとなったと言いますか、嫌がらせと言うには凄惨な事件ですが、メリッサ様が出席されたお茶会で流産した件ですが、そちらでも証言が得られました。こんなことになるとは思っていなかったと。
聞いていたのは一時的に眠ってしまう薬を使って、王妃主催のお茶会で居眠りするなんて!と責める予定だったらしいです。居眠りをする程度の症状だと思っていたら、椅子から倒れるほどだった為、強めに反応したのかと思って、当初の予定通り知らない見ていないで答えたそうですが、医務室に運ばれたメリッサ様が後から流産したと知って驚いたそうです。その後も聞かれても知らないで通すしかなかったと。
けれどそこで全員が共犯になってしまったので、運が悪かったのだろうと思いながら、嫌がらせを続けていたそうです。それに、拒めば自分が妊娠した時に同じことをされるかもというのも考えたと言っていました」
「その話だと、側妃たちが聞いていたのと用意されていた物が違ったということかしら?ハーブティーを用意したのは王妃。流産して二度と子供を産めない体になったと言われていたのに、メリッサ様は子どもをお産みになられた。とても元気な赤ちゃんよ。お医者様も健康に問題ないと言っているの。
お医者さまがおっしゃるには、流産したことやその後続く嫌がらせで、メリッサ様のお心もお体も常に緊張状態だった為、妊娠しなかったのだろうというのよ。自分たちで作って食事をしても、何かを入れられるかもしれないと常にメリッサ様が毒見役をしてらしたそうなの。凄いわね。子どもを守るためにずっと自分を犠牲にしていたのだから。
で、そうなってくると、二度と妊娠できない体になったと診断をした医者を疑いたいんだけど、もうお亡くなりなのよね?
マレーナは下唇を右手の人差し指でなぞりながら聞いた。
「はい。事件の半年後に馬車の事故で亡くなっています」
「それって怪しくない?典医よね?診察したのは?」
「はい。高齢の典医の後を継いだばかりの息子さんです。街で開業医をしていたのですが、父親の引退に合わせ新しく典医として王城に常駐するようになって一年程でした。まだお若いのにと驚いた記憶があります。その後次が見つかるまではと父親に典医に戻ってもらって、結局陛下が新しい典医を決められたのは二年後でした。
王城勤めの者も見てもらえますが、一番は王家の方を診察する方なので信頼できる方にと、何人もの候補がいて決めるのに時間がかかったんですよ」
「そう。その亡くなられた方って本当に事故死なのかしら?」
「お疑いですか?そうですねえ。長期休暇が欲しいと申請されて、5日の日程で王都の近くにあるトスタン侯爵領の温泉に行かれる途中の山道で、車輪が石に乗り上げてそれに驚いた馬が暴れ馬車が横転し、乗っていた典医が首の骨を折って即死だったと報告されています。
御者は直ぐに馬車から降りて馬を宥めていたそうで無事です。馬もしばらくして落ち着きを取り戻したので、倒れた馬車から典医を助け出そうとしたら既に、という感じですね」
「馬車が横転する程馬って暴れるかしら?」
「まあ時にはあるでしょうが、気になられるでしょうか?」
「そうね。馬車は貸し馬車だったの?それとも典医の家の馬車なの?」
「貸し馬車です。典医の家に馬車はありましたが、先代が使われるかもしれないから貸し馬車を使ったようです。その先代も5年前に亡くなりました」
「ご結婚はされていたの?」
「はい。娘さんが一人おられました」
「それなのに一人で温泉旅行?」
「家族には典医に就任してから慣れずに忙しかったから、一人で寛ぎたいと言っていたと報告書には書かれていました」
「その後残されたご家族はどうやって生活をしているのかしら?母子家庭で。奥様は何か仕事をなさっているのかしら?」
「そうですね。その後については調べていませんので明日どうしているのか調べてみます」
「お願いね。第一側妃の方のところに行かれた班はいつ頃帰って来られそう?」
「遅くとも明後日の午後には」
「帰って来たら夕方の報告まで休むように言ってね。かなり厳しい行程で行っているから」
「かしこまりました」
それに頷くとマレーナはインデスタ―王国の捜査班を見た。
「そちらはどうだったの?」
マレーナがインデスタ―王国側の責任者に問いかける。
「手分けして探しましたが、王都の薬屋ではドューザを表で売っている店はありませんでした。その他の毒物についても同じですね。毒佛などの悪いものを見かけませんでした。それで私が入った一軒の薬屋で、欲しい薬があるがどこにもないと言うと、王都に店主が良いと思ったもののみ色々売っている店があると紹介してもらったので行ってきました。
本当に色々売っていて、家具や置物、日持ちのする食べ物にいつ着るのかわからない服もあるような店でした。そこで薬らしきものを探したのですが、ドューザはありませんでした。代わりにスズランの毒水というのが売っていたので、こんな物を買う人がいるのか?と聞いたら、たまに売れると言うので、変わった人がいるものだねと話してみると、気さくな店主で色々話してくれたんですよ。
スズランの毒水はドブネズミ対策に使う人がいるらしいです。まあ名目上は、かもしれませんが。それで退治できるのか?など話していると、そう言えば少し前にドューザの花粉が欲しいと訪ねて来た人がいるというのです。それでそんな危険な物を扱っているのか?と聞いたら、自分は扱わないが、王都を出たところに、王都に来た観光客向けに市が何軒も出ているそうなんですが、そこで売っているのを見たことがあると伝えたそうです」
「そういった市は確かにあったわね。王都に入る前にたくさんお店が並んでいたのを見たわ」
「はい。王都には店を出せないけれど側で店を出したいという店主向けに開放してあります。観光客向けもありますし、王都の住人向けにも色々ありますね。店の種類は本当に色々あるので、全部見て回ると一日かかるかもしれません」
そう言ったのはガーナット王国の責任者だ。マレーナはインデスタ―王国側を見る。
「では私たちは明日観光客に成りすましてそちらを見てきます。買った人間が分かればいいんですが」
「ではそれぞれ明日の予定が決まったわね。十分気を付けて捜査をお願いします。明日の朝再度確認しますので集合してください。では解散」
マレーナの言葉でそれぞれが出て行く。残ったのは外務大臣だけだ。
「きな臭い話になって来たわ。想像以上のことが起こっていた可能性があるわね」
「左様でございますね。ガーナット王国の王妃は人を動かす力があるのてしょうな。しかし、それが良い使い方とは限らない。そんなところかもしれませんね」
「怖いことね。人としての良心が少しでも欠落すれば、そこからどんどん剥がれ落ちて行くのね。そのうち境も曖昧になるのでしょうね。良いことと悪いことの。私も気をつけなくちゃ」
「マレーナ様なら大丈夫かと」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、こればっかりはわからないわ。人だもの」
そう言ってマレーナは部屋を後にした。
捜査班が動き始めた日、別の極秘捜査班も動き始めていた。
フランカとラウラである。マレーナに会った翌日、二人で市場まで買い物に行き、体に良さそうな果物を選んだ。 オレンジと桃、それから杏を買うと二人は籠に入れてもらう。
そして城への帰り道。
「ねえ。やっぱりヘルディナ様もメリッサ様に嫌がらせしてたわよね?」
「何を急に言うの?ラウラのお母様なんて、メリッサ様と1番親しくしておきながらしてたんたから、ヘルディナ様がしてないことはないわよ」
「そうなんだけど、ヘルディナ様ってあまり目立たない方だったじゃない?お子様もサンデルお兄様だけでしょ?」
「何が言いたいのよ」
「初めから嫌がらせに参加する必要はあったのかなって。私たちのお母様は同じ娘を持つ身として悔しくてしたんでしょうし、シーラ様は嫉妬の塊。ヘルディナ様はしたふりだけでも良かっただろうなって」
「まあ。したかしてないかなんて実際はわからないものね。捜査が入るほどのことをすればわかるけど、些細なことならしたと言って報告だけして実際にしなくてもわからないわね」
「それなのに今になって晩餐会にも出られないほど体調が悪いだなんて、シーラ様に何かさせられているのかしら?
シーラ様って、側妃のことを道具みたいに思っていると思うの」
「道具?」
フランカはラウラに問いかけた。
「そう。物語とかだと、王妃は側妃よりもちろん位は上だけど、国王の寵を奪い合う敵同士でしょ?実際に王妃より愛された側妃も過去にはいただろうし。でもそういった敵対関係じゃなくて、上手くお母様たちを支配してメリッサ様に嫌がらせをさせるよう持っていったでしょ?
もちろんそれに乗ってやる母たちが悪いんだけど、上手く自分の思い通りに動く道具のようにできたのは何でだろうって」
「それはシーラ様の命令じゃない?シーラ様のご実家は公爵家だもの。何にしても逆らえないでしょ?」
「でも、それをお父様に報告していれば逆に寵をもらえたかもしれないじゃない」
「確かにそうね。最初の時にこんなの聞いてなかったって言えば良かったのかも」
「だから不思議なの」
「そこら辺も調べてみると良いかもしれないわ。私たちが頑張っている姿を見たらお父様も見直してくれるかもしれないし」
「そうね。一緒に頑張ってみよう!」
「もちろん。合同捜査だもの」
そんな話をしているうちに馬車は城へと到着していた。
「ヘルディナ様の調子はどうかしら?先日の晩餐会にも来られなかったし気になってお見舞いに来たの」
第二側妃ヘルディナの邸に到着したフランカとラウラは応対に出てきた侍女に問いかけた。
「体調が優れず臥せっておられます」
「まあ!大変ね。体に良い果物を持ってきたの。是非お見舞いさせてほしいわ」
「生憎どなたともお会いになられません」
「あら。他に誰か来たの?」
「いえ、誰も来られていませんが体調が優れないのでお会いになられないのです」
「私たちがお見舞いに来たって伝えてくれる?」
「その必要はございません。どなたにもお会いになられませんから」
いくら何でも侍女が王女に対しての発言としては相応しいとは思えない。フランカは侍女を見た。フランカだって王女である。侍女に負けるわけにはいかない。
「ねえ。あなた私たちが王女だってわかっているの?言葉に気を付けなさい。それともヘルディナ様の侍女ってあなたみたいな無礼な人ばかりなのかしら?」
そう言うと不愉快そうに侍女は黙り込んだ。何なのだこの表情は。失礼にもほどがある。ラウラも応戦した。
「あなたじゃ話にならないわ。だって主の確認も取りに行かないんだもの。私たちがお見舞いに来たと伝えるだけよ?そんなこともできないなんてねえ。ここでは侍女はそんなに偉いのかしら?」
「確認を取るまでもなくお会いになられません。全権を私が任されております」
それでも侍女は言う。
「はあ。わかってないようね。それでも聞きに行くのがあなたの仕事でしょ?私たちがお見舞いに来たというのに知らせもしなかったなんてことになったら恥をかくのはあなたよ」
「そうよ。王女が言っているのよ?ヘルディナ様にお会いしたいと」
「何とおっしゃられてもお会いすることはありません」
「おかしいわね?ヘルディナ様って晩餐会の時も私たちの話を聞いてくれる方なのにそんなに言われるほど会いたくないのかしら?確認して来てよ」
「ですから、どなたにも、」
「もう良いわ。あなたは行動に移す気がないんでしょ?だったら勝手に探すわ。後からお父様やヘルディナ様に怒られたら謝れば良いもの。行くわよラウラ」
「本当に役立たずの侍女ね」
ラウラがそう言うと勝手に邸の二階への階段へと二人は向かった。
「お待ちください!」
そう言って侍女がフランカの腕を掴んだ。
「無礼よ。王族の人間の腕を勝手に掴むなんて。どんな侍女教育を受けて来たの?あなた以外にも周りに使用人はいるけど誰も止めようとしないじゃない。あなただけ勝手に動いているんじゃなくって?」
それでもフランカの腕を掴み続ける侍女の腕をラウラが掴んで離した。
「何なの?王女の腕をこんなに強く掴んで。お見舞いに来ただけじゃない。ヘルディナ様のお顔を見たら帰るわ」
「そうよ。王族の腕を掴むだなんて。ヘルディナ様にこんな侍女は雇わない方が良いって助言しないと」
そう言って二人は階段を上がり始めた。侍女は今度は止めることはしなかった。顔は嫌そうだったが。
「ここかしら?」
明らかに作りの違う扉の前で二人は止まった。二人の後ろをついてきている侍女の方を見ると明らかに嫌そうだったので、フランカは迷うことなく扉をノックした。
「ヘルディナ様。フランカとラウラです。お見舞いに来たのですが入ってもよろしいでしょうか?」
するとしばらく待つと扉が開いた。中に侍女がいたようだ。二人は侍女の招きで中に入った。それに先程の侍女も付いてくる。
ヘルディナは体は起こしていたがベッドの上で夜着姿だった。顔色も少し悪く、顔にも覇気がない。
「ヘルディナ様。先日の晩餐会の時に体調がよろしくないとのことで来られなかったので心配していましたの。体調はいかがですか?」
フランカが問いかける。
「ありがとう。あまりよくはないわ。風邪かしらね」
「まあ。それは大変ですわ。風邪なら是非こちらを召し上がってください。今朝私たちで買ってきた果物ですの。風邪にはオレンジなどの柑橘類が良いと言うでしょう?」
そう言ってラウラが中にいた侍女に果物を渡しオレンジを食べやすい大きさにして持って来るように伝えている。
「私たち、お母様がいなくなったでしょ?王族の女性が減るばかりで寂しいから、ヘルディナ様にはお元気でいて欲しいのです」
「ありがとう。フランカ様、ラウラ様。こんなに気を使っていただいて」
「そんな。当たり前よ。サンデルお義兄様にもよくしていただいているし」
そこにカットされた果物が運ばれて来た。それをサイドテーブルに置いてもらい、ヘルディナに声をかけた。
「少しは召し上がってくださいね。本当にサンデルお義兄様には感謝しているのです。去年もユリアナに勝手に付いて行って帰って来た時も、サンデルお義兄様が自分の友人や知り合いで良い相手がいたらお父様に進言してくださるっておっしゃってくれたし」
フランカがそう言った時だった。ヘルディナの体が震え始めて顔を覆い俯いてしまった。
「どうされたんですか?大丈夫ですか?」
フランカの問いにヘルディナが声を上げた。
「みんな出て行って!」
その声は悲愴で、そして何かに怯えているようだった。歯の根が合わずガタガタと鳴っている。
「王女様方。もうよろしいでしょう。ヘルディナ様は体調が優れないと言ったはずです。お帰りください」
玄関で対峙した侍女がそう言ってきた。それではいそうですかと帰っては何の為に来たのかわからない。
「あなたこそ出て行きなさい。ヘルディナ様は皆に出て行けとおっしゃたのよ」
「私は侍女です。付き添います」
「それこそ傲慢だわ。侍女でも主の言うことに従うのが当たり前よ」
「私、お母様がこんな状態になっていたのをよく見たわ。宥め方を知っているから私は残るわ」
そうラウラが言うのに侍女は不満そうに見てくる。その間もヘルディナの体は震え己の腕で体を抱きしめ始めた。
「とにかくお帰りください。ヘルディナ様が嫌がっています」
「あなたがまず出て行きなさい!王女の命令が聞けないの?私がヘルディナ様をお慰めして宥めます」
「いいえ、お二人が帰るまで私は出ません」
「何なの?ねえそこのあなた。出て行ってくれる?」
フランカが先に中にいた侍女に言ってみた。侍女はもう一人を気にしながらもさっと出て行った。
「はい。これが当たり前。全権を侍女が持っているなんてそもそもおかしいのよ。あなた侍女長じゃないでしょ?その服だと。侍女長のバッジが付いていないもの。侍女長を呼んできなさいよ。あなたでは話にならないって言ったはずよね?」
「侍女長はお休みをいただいております。ですから私が全権を、」
「もう良いわ。下がりなさい。ちゃんとした肩書もないような使用人の命令を聞く必要はないわ。王女の命令に従えないなんて勉強し直して来なさいな」
「お父様に今回の件は報告します。あなた名前は?」
ラウラが侍女を睨みつけ聞くと侍女は扉へ向かった。
「失礼します」
そして名乗りさえせずに出て行った。
「何なのあれ。失礼にも程があるわ」
「ヘルディナ様。少し失礼しますね」
ラウラがベッドに乗り上げヘルディナの背中を撫でた。
「ゆっくり呼吸をしてください」
そう言いながら背中を撫でる。しばらくするとヘルディナが落ち着いてきて震えも止まり、青白い顔を向けてきた。
「私にも娘がいたらこんな感じだったのかしら」
そう小さくつぶやくのが聞こえた。
「これからは私たちが娘の様に見に来ますから、体調が優れない時は遣いを出してください。さあ、果物を召し上がってください」
フランカがオレンジをフォークに刺して差し出すとヘルディナが受け取り口に入れた。
「美味しいわ。二人とも何か聞きに来たんじゃないの?私のところに揃って来るなんて初めてでしょ?」
その声は弱々しい。本当に体調が悪いのだろうが、それだけだろうか?と二人は心配になった。
「ヘルディナ様。失礼ですがあの侍女は何故あんなに偉そうなんですか?」
そこでヘルディナが溜息をついた。
「あれは侍女といっても私の侍女じゃないのよ」
「え?どういう意味ですか?」
「シーラ様から侍女を貸すって言われて断れなかったのよ。数か月前からここにいさせているの。だから私の本当の侍女ではないのよ」
「シーラ様がですか?なるほど。そういうことですね。あの侍女はヘルディナ様の見張りってことですね」
フランカが頷きながら言う。それをヘルディナが悲しそうな顔で見た。
「そう。二人は知っているのね。私たち側妃がメリッサ様にしていたことを」
「はい。母から聞きました。始めは楽しかったけど途中から嫌になったと。でもシーラ様が怖くて止められないって。ヘルディナ様もですか?」
「ええ」
「でも私たちのお母様なら娘を持つ者同士いがみ合うのはわかるのですが、ヘルディナ様はそういった感じがありませんでしたよね?」
「私はしたくなくてもしなければここで生きて行けなかったの。それに、メリッサ様への嫌がらせは今もなくなっていないの」
「え!でもメリッサ様はもう離婚されて国を離れましたよ?」
「ええ。そうね。でも断れなかったのよ。もうどうしたらいいかわからないの」
そう言って涙ながらにヘルディナが話し始めた内容にに二人は驚愕した。そしてこのままではいけないと強く感じ、ヘルディナを守らなければならいと思った。
「ヘルディナ様。見張りがいるから出られないのでしょう?私たちと一緒にカフェに行くことにして明日出かけませんか?気晴らしをした方が良いと私たちが言ったのを断れなかったことにすればいいのです」
「そうです。それである方に今した話をして欲しいのです。悪いようにはしません。今のままでは危険です。時間は今夜遣いをやりますから一緒に明日出かけましょう」
「私もう止めたいのよ。本当に。メリッサ様にもしものことがあったらと思うと怖くていられないの」
「大丈夫ですよ。私たちが一緒に戦いますから」
フランカが言うとヘルディナが二人の手を握った。
「とんでもないことになってるわね」
ヘルディナの邸を出た後二人はメリッサの邸跡にできた庭園のベンチに座って話していた。誰が敵で味方かわからないからだ。自分たちの邸にも入り込んでいるかもしれない。もしくは、信頼していた使用人が買収されている可能性も否定できない。それで二人はこんな場所で話しているのだ。
「マレーナ様にお伝えしないと。会って欲しいって」
「でも私たちにも見張りが付いているかもしれないわ。ヘルディナ様をどうやってお連れしたらいいか」
「私たちだけなら簡単なんだけど。三人で城から城下に行って個室のカフェに入れば良いだけなんだけど、そこにどうやってマレーナ様を呼ぶかよね」
「この前の個室に先に来てもらう?」
「マレーナ様の護衛はどうするのよ。お一人で待たせるわけにはいかないわよ」
「母の実家にも見張りが付いてそう」
ラウラが困ったと言う顔で言っている。
「それにしても何故こんなことをするのかしらね。私たちも酷い王女だったけど、そんな言葉では収まらないわ」
「そうだ!私の学生時代の友人の家がレストランのオーナーをしているのよ。確かそこは全て個室のレストランなのよ。他人の目を気にせずゆっくり過ごせるようにって。そこの二階を全部貸し切りにしてもらって、先にマレーナ様に入っていてもらいましょう。一階は通常営業していてもらえば入ったとしてもどの席までかはわかり辛いし、護衛だってつけられるわ。それに私まだ、一回も行ったことないもの。私が行きそうな場所として予想は付かないと思うの」
ラウラが名案だと言ってきたのにフランカも同意した。
「じゃあ、これからは別行動ね。ラウラはその店を貸し切りにする手筈をこっそりして。私は逆に堂々とマレーナ様に連絡を取るわ。美味しいお店があるから招待したいから開いている日を教えて欲しいってね。もちろんそう言ってくると言って街に行って、実際はその店を教えるわ。時間はマレーナ様のご都合もあるだろうからそちらを優先しましょう。
さあ、こうしちゃいられないわ。急いで急いで。それでいて落ち着いて確実に。私たちの未来もかかっているのよ」
「そうね。一心同体。裏切りはなしよ。お互いの為にこれから行動する」
「もちろんよ。この国の為にできることをこの国の王女である私たちがしなくて誰がするの?当たり前じゃない」
二人は見つめ合うと笑い合い、それぞれの行くべき場所に向かった。




