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【完結済】異世界生活は難しい。〜勇者一行、現代日本に転移する〜  作者: 松竹紅葉
最終章 勇者一行、異世界に別れを告げる。
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アレックスと莉花、デートする。(後編)

お待たせし過ぎました(1ヶ月ぶり)。

 バシリッサ2に乗ってボロボロとなった2人は、そこから1番近いレストランで昼食を取っていた。メニューにあったパスタを口にしながら、2人はこの後の予定を決めていく。


「……取り敢えず、胃に食べ物が入っているうちはアトラクションは避けようね。」

「だな。」


 勿論ジェットコースターには乗らないが、激しめのアトラクションは他にもある。それらを避けるとすると、行き先は限られていた。


「水着持ってきてりゃプールエリア行けたんだけどなぁ。」

「みみ水着!?」

「だってそーだろ?こんな蒸し暑い日のプールってぜってぇ気持ち良いし……って何で鈴木は顔赤くしてんだよ。」


 夏といえば海やプールなのだとアレックスはツトムから教わっていた。この炎天下の中でのデートの為に事前に冷却魔法を施してはいるが、確かに冷たい水の誘惑には抗い難い。しかし、アレックスの言葉を聞いて莉花は複雑な表情を浮かべていた。

 

「……プールは駄目。」

「何で?」



 

「水着……恥ずかしいし。」

「……。」




 彼女の言葉を聞き、アレックスは頭の中で水着を着用した莉花の姿を想像した。イザベラほどではないにせよ、莉花は割とメリハリのある身体付きをしている。身長もあるのでパレオなどが似合うかもしれな……


「……今想像したでしょ。」

「違ッ……イマセン。想像シマシタ。」


 ジト目で見られて、アレックスは素直に認めた。こういう時は正直に白状したほうが良いと魔王討伐の旅の中で嫌というほど()()()()()()。彼の自白を受け、莉花は目を逸らしながらボソッと呟いた。

 

「アレックスのえっち。」

「しし仕方ねぇだろ!あーもう、ほら!プールから離れて!どちらにせよ今日は行かねぇんだから!」

「アレックスが言い出したくせに。ま、そうだね。そしたら次は……」






 そうして2人がやってきたのは、色彩豊かな花が植えられているエリアだった。夏には向日葵が植えられていたそうだが、8月の中旬にもなれば見頃も過ぎている。丁度入替の時期だったからか、他のエリアと比べても人が少なかった。


「ちょっとタイミング悪かったかな。でも静かだから落ち着くかも。」

「そうだな。レストランは混み合ってて長居できなかったし、ここでならゆっくり休憩できる。」


 近くにあったベンチに腰掛けながら、2人は辺りの景色を眺める。


「……こうしてボーッとするのなんて、何年振りだろうなぁ。」


 ポツリと呟いたアレックスの言葉に莉花はぎょっとした。しかし彼の表情は冗談を言っているようには見えず、莉花は彼の言葉の続きを待つ。

 

「そ、そんなに?」

「そりゃあ俺一応勇者だし。覚醒してからずっと修行やら戦い三昧だったよ。昔はその辺の原っぱで寝っ転がったりしてた筈なんだけどなぁ。」


 そう言って目を細めるアレックスはとても穏やかで、莉花は思わず微笑んだ。魔王討伐(討伐はしてないが)が終わった今、勇者になる前の自分を思い出しつつあるのだろう。

 

「久々のボーッとタイムはどうですか?アレックスさん。」


 莉花がインタビュアーのように問い掛ければ、アレックスはキョトンとした顔をしてから満面の笑みを浮かべた。


「最高!」

「それは良かった。」

「結構気持ち良いんだぜ、原っぱで寝っ転がるの。今度鈴木もどうだ?」

「誘われちゃったなら乗るしかないねぇ。」


 つい1年程前まであの忌まわしい屋敷で隠れるように過ごしていた莉花にとって、外は決して触れられない世界だった。ツトムや杏と出会い、メフィストを召喚してからの生活は一変し、今こうして()()を積み重ねている。当然のことながら、原っぱで寝っ転がるなんて経験は全くない。


「(()()……か。)」


 きっと楽しめる。その筈なのに、何故自分の胸が締め付けられるように感じるのだろう。先程から心に巣喰う違和感から目を背けて、莉花はアレックスとの会話を楽しんだ。






 ある程度胃の中のモノを消化した後、2人は再びアトラクションエリアへと戻って様々な乗り物(絶叫系以外)を楽しんだ。時間が過ぎるのはあっという間で、気付けば遊園地は夕日色に染まっている。


「沢山遊んだ筈なのにまだ遊び足りねぇや。」

「そうだね。こんなに楽しいなんて思わなかった。」

「俺も。」


 あまり遅くまで莉花を連れていると大悪魔と魔王(保護者たち)に殺されかねない。きっと次のアトラクションで最後になるだろう。そして、最後に乗るものをアレックスは既に決めていた。



 

「なぁ、鈴木。観覧車乗らね?」




「こ、これが観覧車……!漫画で見たヤツ!」

「漫画かよ。」

 

 目をキラキラと輝かせて興奮する莉花を見てアレックスは笑う。ゴンドラに乗り込み、地上から上空へと変わっていく景色を眺めながら、2人は今日1日を振り返った。


「本当に今日は楽しかった。デート、誘ってくれてありがとう。」

「礼を言われるようなことじゃねぇって。俺の方こそ、デート付き合ってくれてありがとな。」


 あれがこうだった、これがああだった……そんな話で盛り上がるが、その内段々と口数が減っていく。


「「……。」」


 ゴンドラが昇るにつれ夕日が差し込み、ゴンドラの中は橙色と影で二分された。丁度アレックス側が眩しいくらいに輝く一方で、向かい側の莉花には影が差す。


 2人とも分かっていた。今こうして向かい合っているのは、ただ雑談をする為ではないことに。そしてどちらがこの沈黙を破って本題に入るのかを、お互いに見極めようとしていた。


 心臓がドクリと脈打つ。今日1日ずっと感じていた()()がすぐ背後まで迫っている。()()から必死に目を背けようとしている莉花を知ってか知らずか、口を開いたのはアレックスだった。


「鈴木。」

「……ッ。」


 声は震えて言葉にならなかった。それでも、莉花がビクリと体を震わせたことをアレックスは見逃さない。


「俺……」


――ああ、やめて。言わないで。


 その言葉を聞いてしまえば、楽しい時間は終わりを迎えてしまうから。ずっと目を背けてきた現実と向き合わなければならないから。


――お願い、やめ……




「俺、元の世界に帰ろうと思う。」




「あ……」


 ゴンドラに差す光と影は、丁度今の2人を表すかのようだった。





 

 初めて自分に好意を向けてくれたのは、異世界の――文字通り住む世界の異なる人だった。呪術師(シャーマン)という黒魔術を得意とする嫌われ者とは正反対の、皆から愛され慕われる勇者という希望。本来であれば決して交わることのなかった存在と出会い、そして気付けば莉花は心惹かれていた。


 莉花の初恋は間違いなくツトムだ。暗闇から救い出してくれた彼は眩しくて、嫌がらせにも確固たる意思で向き合うその強さに莉花は惚れた。だが、ツトムは既に杏と両想いであったし、相手の杏もまた自身を救ってくれた恩人で大好きな親友だ。だから莉花の中にあった淡い恋心は想いを告げることなく終わりを告げた。


 失恋は思いの外引き摺らなかった。そもそもツトムと杏が揃っているところを初めて見た時には心の底から敵わないと思ったし、何より人生を変えるきっかけとなった恩人たちの幸せな姿を見るのが莉花にとっての幸せとなっていたことが大きかったのだと思う。失恋を自覚してから暫くはちょっぴり切なさこそあったが、ツトムへの好意はいつしか大切な思い出として昇華されていた。


 だが、まさかその後に自分と敵対するようなアレックス(存在)に心惹かれるとは思わなかった。明るくて気さくな彼は、見るからに自分とは違う世界の住人だったから。高校入学と同時にギャルデビューした莉花は所謂()()()の振る舞いを完全に習得していたが、所詮は作り物だ。杏や田中のような天然の明るさには敵わない。そして彼らと同様の気質をアレックスは持っていたのだ。


 幸い自分が呪術師(シャーマン)であることは知られていなかったので、それからの莉花はアレックスの友人として振る舞いつつ彼らの動向を探った。想定外だったのは、アレックスが莉花が思っていたよりもずっと年相応の普通の青年だったことだろうか。敵対する存在だと分かっているのに、彼と話す度に毒気を抜かれる。編入初日にクラスに馴染むような人気者に、莉花は内心でたじたじしていた。


 彼を勇者としてでなく一個人として見るきっかけとなったのは、杏の家での勉強会の時だ。


「鈴木、お前すげーな。」


 国語の現代文で悩んでいたアレックスにアドバイスをすると、彼は目を輝かせながら莉花を褒めた。

 

「えっ。どしたの、突然。」


 あまり褒められ慣れていない莉花は動揺したが、何とかそれを顔に出さないよう誤魔化す。そんな彼女にアレックスは笑顔で答えた。

 

「俺や田中みたいな馬鹿にも分かるように説明できるって、中々できないことだと思ったからさ。」


 きっと彼は思ったことをそのまま口にしただけだ。だというのに、その言葉を聞いて莉花は固まってしまった。


「ありがとな、鈴木。」

「え。あー、うん。どう……いたし、まして?」


 ここまでどストレートに褒められるとむず痒い。莉花はアレックスの真っ直ぐな瞳から逃げるように目を逸らした。


「(何でこんなに心があったかくなるんだろ。)」


 アレックスの言葉には不純物が混ざっていない。彼の言葉はいつだってその人の心に直接響く。今代の勇者がとことんお人好しなことを、莉花は身を以て実感していた。監視していた筈が、この時間を純粋に楽しんでいる自分が居る。気付いた時にはもう遅かった。


「(君が勇者じゃなければ良いのに。)」

 

思わず心の内でそう溢してしまうくらいには。


 だから、そんなアレックスから告白されるなんてあの時は思いもしなかった。余程切羽詰まっていたのだろう。少女漫画で見たようなスマートなモノとは全くかけ離れた不恰好な告白だった。だが……だからこそだろうか。飾り気のない言葉が、余裕のない表情が、マメだらけの手が――アレックスの全てが莉花に対して想いを叫んでいたように思えたのだ。その純粋な想いが嬉しくて、愛しくて、莉花はアレックスに心を開いた。



 

「俺、元の世界に帰ろうと思う。」



 

……いつかこうなると分かっていたとしても。


 彼らは自分たちの意思でこの世界に来たわけではない。自分の召喚魔法に巻き込んでしまっただけだ。


アレックスは帰らなければならない。

アレックスを帰さなければならない。


 だというのに、莉花はいつからかその現実から目を背けるようになっていた。


「向こうでも、魔王が居なくなったのは分かると思うんだ。だけど、俺らも音沙汰無しってなったら相討ちになったとか勘違いされてそうだし。シャーロット(次期女王様)が死んだってなったらクラシス王国は大混乱だし、あの王様がどうなってんのか……いや、考えたくもねぇな。あ、間違いなく師匠はヤベェ。」

「……。」


 何故そんなあっけらかんとして話しているのだろう。今帰ったら、もう2度と会えないというのに。莉花は何も言えなかった。アレックスにとって、自分とのお別れは大したことではないと暗に言われているように感じられたのだ。


「旅の中で色んな人に世話になったからさ、きちんと礼を言いたいんだよ。」


 そう言って照れ臭そうに語るアレックスは、彼を照らす夕日よりも眩しかった。自身に差す影がどんどん色濃くなるのを感じながら、莉花は静かに拳を握り締める。


「(ちゃんと……送り出さなきゃ。)」


 自分は今、どんな表情をしているのだろうか。何か言わなきゃいけないのに口を開いたら酷いことを言ってしまいそうで、莉花は自分の中のドス黒い感情が溢れそうなのを必死に堪える。


「あっちに戻ったら鈴木の話も沢山するぜ!ミアあたりなんかはキャーキャー言って揶揄ってきそ……」

「……や」

「え?」


 それまで口を開く様子を見せなかった莉花が、何かを伝えようとしている。それまで何となく明後日の方向を向いていたアレックスはそこで漸く莉花の表情に気が付き、目を見開いた。



 

「……や、だ。ヒグッ、帰ら……な、で。」

「す、鈴木?」


 


 目の前の少女は、まるで駄々を捏ねる子供のように泣きじゃくっていたのだから。





 

――ああ、最低だ。


 絶対に言ってはいけないことを言ってしまった。彼の故郷に帰りたいという想いを踏み躙る言葉だ。困惑の表情を浮かべるアレックスを見ていられなくて、莉花は思わず目線を下げる。


 自分はいつからこんなに強欲な人間になってしまったのだろう。世界を救った勇者を一個人が――それも忌み嫌われる呪術師(シャーマン)が縛り付けて良いわけがない。それなのに、そんな当たり前のことは理解している筈なのに、莉花の想いはとめどなく溢れていく。


「えっと、鈴木。一旦落ち着……」

「好き」

「あ、うん。とりあえず分かっ……え今何て」




「好き。好きなの。アレックスのこと……ッ!」




 ああ、もうグチャグチャだ。しかし、もう今更だろうと莉花は思うがままに叫んだ。


「気付……たらッ君が居るのが当たり前、で、ドキドキして、ホッとして、あったかくて……目が、離せなくなってて……」


「君に好きって言われ……時ッ、嬉しかっだの。真っ直ぐな君の想いが、私を救ってくれた……ッ!」


「なの、に……ッ!」


 そう言って莉花は対面するアレックスの胸倉を掴むと大声で叫んだ。


「女の子に告白しといて、デートだけして即帰るわけ!?」

「えっ、いやそんなつも」

「そりゃあ勇者サマは女の子なんて選び放題だろうから私は所詮現地妻みたいなもんでしょうけどもッ!」

「現……ッ!?おま何言っ」

「私呪術師(シャーマン)だから!こうなったら呪ってでもここに縛り付けてやるゥゥゥ!」


 別れを悲しんでいた乙女は何処へ行ったのか。嘆きは怒りへ、そして憎しみへと変わり、今の莉花は誰がどう見ても別れ話を切り出した恋人を問い詰める鬼であった。

 

「鈴木!ゴンドラ揺れてるから!ゴンドラァァァァ!」

「好きって言ったなら責任取れェェェェェッ!」


 莉花がアレックスをぐわんぐわんと揺らすので、その振動はゴンドラまで伝わっている。ちょっとギシギシとかいう不穏な音が聞こえたが気の所為だろうか。いや、気の所為であってくれ。脳味噌が恐ろしい速さでシェイクされ、アレックスの意識が飛びそうになった時だった。


「あ、あのぉ……」


 急に第三者の声が聞こえた為、アレックスたちは正気になって声の方へ振り返る。




「次の方が乗るので、降りていただいても……?」




 2人の激しい問答(?)は時間を忘れさせるものだった。いつの間にかゴンドラは一周回り終え、開いていた扉の先には自分たちの痴話喧嘩を見てドン引きした様子の人々が居る。


「「……ハイ。」」


 途端に冷静になった2人は、そそくさとゴンドラから飛び降りたのであった。






「「……。」」


 外はすっかり暗くなり、遊園地はライトアップされてまた異なった雰囲気を演出している。カップルたちがイチャイチャするのもこういうタイミングだったな……と持っていた漫画のワンシーンを思い返していた莉花は、未だにアレックスに話しかけられずにいた。


「(私、自分のことしか考えてない。最悪最低陰湿呪術師(シャーマン)じゃん……)」


 少し冷えてきたからだろうか。頭が冷えると同時に莉花は自己嫌悪に陥る。観覧車を降りて以降、アレックスの顔は見れていない。しかし、そろそろ遊園地の出口に辿り着く。


「(もうお別れなら、ここでこっぴどく振ってもらった方がお互いの為だよね。)」


 あんなに酷いことを言ったのに、未だにアレックスに嫌われたくないと駄々を捏ねる自分が居る。本当に自分勝手だ。だから、莉花は自分から嫌われようと思った。これ以上、汚い自分を見て欲しくない。失望されたくない。


「ねぇアレッ……!?」

 

 勇気を出してアレックスの方を向けば、彼は既に此方を見つめていた。


「やっとこっち向いてくれたな、鈴木。」

「え……」

 

 彼は少しホッとしたような笑みを浮かべている。怒っていなさそうな様子を見て、莉花は固まってしまった。そんな莉花の反応が面白かったのか、アレックスは悪戯っぽく笑う。

 

「なぁ、もう少しだけ時間くれないか?」


莉花はただ頷くしかなかった。




「夜になっても明るいって変な感じ。」

「そう、なんだ。」


 2人は昼間に訪れた花園エリアへと戻ってきていた。元々は静かなエリアだったが、夜になってライトアップされたことで先程よりも人が多いように感じられる。昼間にも座ったベンチに腰掛けながら、アレックスは静かに話し出した。


「……俺さ、自信がなかったんだ。」

「え?」

「鈴木は俺のことどう思ってるんだろーって。」


 莉花が驚いてアレックスの顔を見ると、彼の顔がほんのり赤くなっていることに気が付いた。そして普段あまり見せない不安そうな表情を浮かべたアレックスは、ベンチに置いていた莉花の手をそっと握る。


「……俺、生半可な覚悟で告白したわけじゃねぇよ。」


 アレックスの手は少し汗ばんでいて、心なしか微かに震えていた。


「確かに告白は勢い任せだったし、自覚したのはメフィストに指摘されたからだった。今日も恋愛事に疎いせいで何が正解かも分かんないままデートしちまってたと思う。」


「挙げ句の果てにお前に色々と()()()()()()()()し……情けねぇったらありゃしねぇ。」


 目を伏せて申し訳なさそうに呟く青年は、普段の様子からは考えられないほど弱々しい。莉花はアレックスの言葉の続きを促す為に重ねられていた彼の手を取ると、両手で優しく包み込む。

 

「……どういうこと?」


 ()()、とは何のことか。莉花の言葉に一瞬ビクリとしたアレックスだったが、彼の手を取る莉花の真剣な眼差しを見て口を開く。


「さっきも言ったけど、俺は元の世界に帰るよ。あっちにはまだやり残したことがあるから。」

「……。」

「そんでやることやり切ったら……()()()()()。」

「戻る……って」


 言葉の真意が読み取れずに困惑する莉花を見つめるその目は、彼女に告白した時と同じ透き通った翠色であった。



 

「俺は……鈴木と、()()()()()生きていきたい。」

 



 それまで園内に流れていた音がプツンと途絶えたような気がした。耳を駆け抜けるのは心地よい風の音のみ。周りの喧騒は遠のき、アレックスの言葉が脳内で繰り返される。


「え、それ……ちょ、ちょっと待って……え?」

「お前とこの世界で生きたい。」

「あ、うん。聞こえた。聞こえたんだけど……ッ!」

「あれ、上手く伝わんなかったか!?なら何て言えば分かむぐぅ!?」

「とりあえず黙って!脳の処理が追いつかないッ!」


 莉花は慌ててアレックスの口を両手で塞ぐと、混乱する頭で何とか彼の言った言葉の意味を理解しようとした。


「この世界に戻ってくるの?」

「ああ。」

「えっと、どうやって?世界を超えるのって普通できないんだけど。」

「俺はメフィストと取引して魂握られてっから、向こうへ帰ってもアイツとの繋がりでこっちに引っ張って来れるらしい。」

「そうなの!?」


 初耳である。確かにあの赤い悪魔はあれでも何千年も生きている大悪魔なので、そういう裏技があることを知っていてもおかしくはない。おかしくはないのだが……


「(メフィストめ、知ってて黙ってたな。)」


 脳内でピエロ擬きにヘッドロックを掛けながら、莉花はそこで出た新たな疑問をアレックスへ投げかけた。


「……って仮にそれでこっちの世界に来れても、そんなことしたら2度と元の世界に帰れなくなるよ!?分かってんの!?」


 アレックスたちが此方側の世界に飛ばされたのはイレギュラー中のイレギュラーだ。本来世界というのはそう簡単と飛び越えられるモノではない。

 

「分かってるよ。だから一旦帰るんだ、ちゃんとお別れをする為に。流石に悪魔と取引したとは言えねぇから、色々と誤魔化すつもりだけど。」

「そ、そんなあっさりと決めて良いわけ!?」

「一応悩んだぜ、1日。」

「即決じゃん。」


 そんな一生モノの覚悟を1日で決めないでほしい。そもそも此方の世界へ戻ってくる理由を彼は何と言った?


「……ねぇアレックス。本当に分かってる?大切な人と、もう2度と会えなくなるんだよ?戻りたいって思っても戻れないんだよ?」


 ついさっきまで帰るなと叫んだのは何処のどいつだと思いながらも莉花は尋ねた。アレックスとこれからも一緒に居られるのは嬉しい。だが、それは彼に自分の大切な故郷を捨てさせるということだ。


「何だよ鈴木。帰るなって言ったくせに、帰ってほしいみてぇなこと言うなぁ。」

「わ、私はアレックスのことを考えて……ッ!」

「わーってるって。心配してくれてありがとな。」


 そう言うとアレックスはベンチから立ち上がり、莉花の真正面へと移動した。そして片膝をつくと、莉花の両手をそっと握る。


「さっき、俺自信がないって言ったろ?」

「……うん。」

「鈴木が俺と同じ気持ちでいてくれるのか、不安だったんだ。だから……ズルい言い方しちまった。お前を不安にさせた。」


――俺、元の世界に帰ろうと思う。


 あの言葉は、アレックスの不安の表れだったのだ。莉花がどう反応するのか分からなくてあのような言い方になってしまったのだと彼は語る。


「ま、まさかあんな情熱的な告白されるとは思ってなかったけど……」

「忘レテクダサイ。」


 胸ぐら掴んでの逆ギレ告白なんて黒歴史確定だ。思わず顔を覆いたくなる莉花だったが、両手を塞がれている為それは叶わない。顔を真っ赤にして聞くことしかできなかった。


「俺、鈴木が思うような聖人じゃねぇ。偶々勇者に選ばれた情けねぇフツーのバカだけど……絶対にお前を幸せにするって()()()()。だから……」


 


「だから、俺と一緒に生きてくれませんか。」




 アレックスの瞳は揺れていた。まだ確信が持てないのだろう。今考えると、自分の方こそ彼を不安にさせていたのだと思う。莉花は大きく深呼吸すると、自身の手を握るアレックスの両手にそっと自らの額を当てた。


「……アレックス、これプロポーズみたいに聞こえるんだけど。」

「プロポーズのつもり、だ。」

「そっかあー……。」


 勘違いではなかったようだ。莉花は念押しで確認する。


「私、呪術師(シャーマン)だよ?」

「うん。」

「めっちゃ嫉妬深いし、性格悪いよ?呪っちゃうかもよ?」

「それって呪いたくなっちゃうくらい俺のこと好きってことだろ?」

「……マジかぁ。」


 色んな意味で心配になるが、今アレックスは()()()()()。彼は本気なのだ。ならば、此方も本気で応えねばなるまい。莉花は腹を括った。


「私ね、地獄みたいな日々が終わってからずっと、勉強も、魔法も、青春も、それから友情も……いつだって全力でやってきた。」

「ああ。」

「恋愛は……ちょっと保留にしてたんだけどね。でも、君のこと好きになっちゃったからにはもう……全力でいくしかないよね。」

「お、おう……?」


 何故だろう、とアレックスは疑問に思った。今自分はプロポーズをして甘い雰囲気になっていた筈である。だというのに、何故今自分は冷や汗をかいているのだろうか。まるで命のやり取りをするかのような緊張感がアレックスを襲っていた。


「さっきアレックスは()()()()()私を幸せにするって言ってくれたけど……私、幸せは自分の手で掴み取りたいタイプなんだ。」


 莉花はずっと顔を上げない。だからどんな思いでこの言葉を発しているのかアレックスには見当がつかなかった。雲行きが怪しくなっていることを感じながら、アレックスは莉花を見守る。


「だから、アレックスが必死になって私を幸せにしなくたって大丈夫。」

「えっと……それはつまり……?」


 アレックスの問いに、莉花はそっと顔を上げた。栗色の髪から覗く黒の瞳は、確固たる意志を持ってアレックスを見つめている。

 

「アレックスに幸せにして貰わなくても私、自分で勝手に幸せになる。一方的に与えられる幸せなんてそんなモノ私は要らない。幸せは()()()()()()()()()()()。」


 莉花はアレックスの顔に勢いよく近付くと、そのまま唇を重ねた。1秒にも満たない触れる程度のキス。それでも、その瞬間は時間が止まったように感じられる。


「……?……ッ!?」


 突然のことで、アレックスの頭はショートしてしまった。言葉を発することもできずにアタフタする彼を、莉花は悪戯っぽい笑みを浮かべて宣言する。




「つまりは私もアレックスを全力で幸せにしたいってことだよ。」




 ()()()()()()と笑う莉花の言葉に、アレックスは「ヒェ……」と小さく悲鳴を上げるしかないのであった。




アレックスも莉花もお互いの好意に自信が持てなかっただけで、両思いだと確信が持てればグイグイいくタイプです。作中に登場するCPの中で1番出会いが遅かったにも関わらずトップスピードで駆け抜けて行きました。

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