勇者一行、藤間の実家にお邪魔する。(3)
聖騎士(勇者)クライドは存命です。彼方側の世界にある神聖アマルマという地で後進の育成に励んでいます。アレックスたちは神聖アマルマを訪ねた際に稽古を付けてもらいました。
50年程前、ハナは突然異世界へ行ってしまった。しかしそれは偶然で、魔王を崇めるカルト集団が意図せず聖女召喚の手順を再現してしまったからである。
「此処は……?」
「な、何だ貴様は!?」
突然現れた浄化の力を持った少女相手にカルト集団はさぞ困惑しただろう。しかし、彼らが魔王の敵である浄化の力を持つ人間を野放しにする筈がない。当然の如く襲いかかった彼らであったが、偶々竹刀を持っていたハナはあっという間に彼らを返り討ちにした。
「魔王に与する外道め覚悟しウワァァァァァ!?」
「な、何だこれは!?皆死んでる……のか?」
数刻後、カルト集団の目撃情報を得てやってきた王国の警備隊が目にしたのは、既に生き絶えた魔王の信奉者たちと返り血を浴びて佇む少女のみ。危うくカルト集団の一員と勘違いされそうになったものの、その浄化の力と状況、そしてハナの必死の説明により何とか保護されたのだ。
「あの時はびっくりしたわ。年頃の若い娘の何処を見てカルト集団の一員と勘違いしたのかしら。失礼な話よね。」
「当時の警備隊の人はトラウマになってそうですね……。」
ノアは正直な感想を述べる。カルト集団を捕える筈が、それらをたった1人で切り捨てた化け物を保護する羽目になったのだ。当時はハナの正体を確かめる術がなかっただろうから、戦々恐々としながら保護したに違いない。
「保護されてから暫くして勇者が覚醒してね。魔王ユージーンを倒すべく、クライドたちと旅に出たのよ。そして1年後、私とユージーンは遂に対面したの。」
神秘の勇者はアレックスたちと同様4人のパーティーだったと伝わっている。
神秘の勇者 ハンナ・トールマン
博愛の聖騎士 クライド・ブルックス
太陽の踊り子 アニサ
黒鉄の闘士 サイモン
……実際の役職がどうだったかはさておき、この4人が勇者一行であったことは間違いない。
「ああ……今でもあの時のことは鮮明に覚えている。」
ハナの話に頷きながら、元魔王ユージーンは目を閉じて当時を懐かしんだ。
「あの時からハナは異質だった。聖女というからにはさぞ慈愛に溢れた眼差しを向けてくると思っていたんだが……」
「彼女の前では魔王も、人も、石ころでさえも同じ――斬るモノでしかなかった。初めてだったぞ、怒りも憎しみも畏れもない無の感情で私を見た者は。」
「ハナは世界平和なんて興味はなかったんだ。ただ目の前の魔王を、呼吸をするかのように斬る。そんなハナを見て私は……」
先程から飛び出す物騒なワードはさておき、ハナとの出会いはユージーンにとって忘れられないものらしい。頬を赤らめながら語るその姿は、まるで恋する乙女のよう……
「ゾクゾクした。」
「「「「「ドキドキじゃないんかいッ!」」」」」
ではなく、只の変態のようであった。
「うふふ、私もあの時はゾクゾクしましたよ。それまでの敵は斬り応えがなかったけれど、貴方は違った。あんなに心躍る時間は初めてでしたから。」
「自分の血が出ようとハナは楽しそうだったな。剣技だけじゃなく、頬を染めながら無機物を見るような目で此方を見る姿には胸がギュッと締め付けられるようだった……。そのせいで腕1本切り落とされたのが懐かしい。」
「……フッ。」
「と、藤間先生!?藤間先生ーッ!?」
聖に揺さぶられながら、とうとう藤間は穏やかに微笑んで意識を飛ばした。知りたくもなかった祖父の性癖にトドメを刺されたのだろう。思考をやめ、流れる時に身を委ねる……それが今の藤間にできる最善だった。
『おいその辺にしとけ変態夫婦。コイツらドン引きしてんぞ。特に孫。』
「私たちの話は帝人には刺激が強過ぎたか。」
「そうですね。老人の惚気話でその調子って、この子大丈夫かしら。」
『オメェらの惚気は血生臭過ぎンだよ。』
メフィストは呆れながら、アレックスたちに向き直る。これ以上説明させても只の性癖暴露大会になりかねない。ハナたちに代わり、メフィストはその後の話をし始めた。
聖女ハナ・トーマと魔王ユージーンの決闘を制したのはハナだった。聖女として魔王を殺したハナであったが、そこで想定外の出来事が起きる。
『魔王ユージーンは魔族だった。……半分な。』
「半分?」
「ユージーンはね、魔族と人の間に生まれたハーフだったの。」
「だから魔王の命ともいえる魔核を破壊した時、魔族としては死んだが、人間の血が混ざっていたお陰で生き永らえたというわけだ。」
だから魔族としての力は完全に失われている、とユージーンは語った。
「生き残った私に、勇者クライドはある提案をしてきた。」
――今の君はその辺の魔物ですら倒せない。かといって、今更人の世界で生きていくのも大変だろう。
だから……異世界で暮らしてみないか?
「クライドったら、ユージーンを私に押し付けたんですよ。とっても楽しそうに斬り合ってたし、相性良いんじゃない?って。」
「この世界で魔法が持つ影響力はほぼないからな。魔素が薄いから魔障も殆ど発生しない。元魔王を隔離するにはうってつけだったというわけだ。」
2人は当時を思い出してクライドに文句を言っているがその表情は柔らかい。かつて殺し合った2人は50年の時を経て夫婦として過ごしている。ひょっとしたら勇者クライドはこうなることを見越していたのかもしれない。
「元の世界のことはずっと気になっていましたからね。その後すぐにユージーンとこの世界に帰ってきたんですよ。貴方たちの話と食い違うのは、私の仲間たちが話を誤魔化したからってことかしら。」
『……まぁ、半分正解ってところだな。』
メフィストは宙に浮きながら呟いた。その中途半端な返事に、莉花はジト目で彼を見つめる。
「ねぇ、メフィスト。さっきから妙にお婆ちゃんたちの話に詳しくない?前から思ってたけどいくら何千年も生きてるからってそこまで勇者について詳細に知ってるとか……」
「勇者のストーカーなの?」
『オメェそんなこと言うな泣くぞ!?』
娘のように大切に思っている莉花からの口撃にメフィストは涙目だ。ジリジリとメフィストに迫る莉花から目を背けつつ、メフィストはそのまま話を続けた。
『話戻すぞー。ハナの言う通り、戻ったクライドたちは魔王とハナは相討ちになって死んだと当時のクラシス王国国王に報告したんだが……』
――あのハンナ・トールマンが死んだのか!?あの死神が!?
「いや何で聖女が死神呼ばわりされてんだよ。」
『誰よりも先頭に立って敵斬りまくってたからな。辺りを鮮血で染め上げて笑ってる奴を誰が聖女なんて呼ぶんだよ。』
本来の勇者であるクライドが攻撃より防御や支援を得意としていたこともあり、当時の勇者一行で1番有名だったのは攻撃の要であるハナだった(悪名だが)。
だから勇者クライドは国王に進言したのだ。
――この戦いで最も活躍したのは間違いなくハナだ。勇者の名は、自分ではなくハナにこそ相応しい。
……あと後世のためにもアレを聖女扱いしちゃいけない気がする。
『……っつーわけで聖女ハナは勇者ハンナとして、勇者クライドは聖騎士クライドとして後世に伝わったんだよ。』
「……絶対最後の方が本音だったよなソレ。」
「「「「それな。」」」」
神秘の勇者の物語の真相を聞いて思わず溢したアレックスの一言に、勇者一行は同意した。もし事実通りに伝わっていたのだとしたら、世界を救済するという聖女の世間一般のイメージが崩壊しかねない。
「今代の聖女がまともで良かったと心の底から思ったわ。」
「当時の国王……お祖父様、だよな。」
「シャ、シャーロットさん落ち込まないで!貴方のお祖父様は真実を隠すことで聖女のイメージを守ったんですから!」
それぞれ思う所はあるが真相を聞くと納得できるところもある。だが、先程から言われたい放題のハナはこの話を聞いてどう思うのだろうか。勇者一行が恐る恐る彼女の方を向くと、意外にも彼女は笑っていた。
「まあそんなところでしょうねぇ。自分でもあまり聖女らしくない自覚はあったもの。仲間たちからも、慈愛の心を持てって耳にタコができるくらい言われたわ。」
「……でしょうね。」
「私が魔王討伐に参加したのは、強い人と戦いたいたかっただけですよ。それにクライドがそうした方が良いと判断したのなら、きっとそれが正解なのでしょう。」
クライドのことを信頼しているのだろう。ハナはそれ以上言うことはなかった。
心が限界を迎えた藤間は結局夕方まで目覚めず、他のメンバーは藤間の実家を後にした。一応ハナたちから聞いた話を簡潔に纏めて残しておいたので、ちゃんと伝わる筈だ。
「……ふと思ったんだけど。」
「どうした杏?」
帰り道で呟いた杏にツトムが尋ねる。色々衝撃的だった話も時間が経てば冷静に受け止められるものだ。藤間の祖父母の正体を知ったことで、杏はかつての出来事の謎が解けた気がしていた。
「部室棟でツトムがオオヒトクイと戦ったじゃない?あの魔物、すっごく強かったから正直ツトムじゃ勝てないと思ってたの。」
「……あ、うん。」
あんまりにも正直過ぎる言葉に、ツトムは返答に詰まる。確かに杏の言う通り、あの魔物は強かった。アレックスたちに後から聞いた話だが、オオヒトクイは村や町1つ壊滅させる程危険な魔物として有名らしい。科学優位の世界とはいえ、ツトム1人で勝てたのは本当に奇跡だったそうだ。
「それでもツトムは勝ったでしょ?今思うとね、あの魔物の強さの気配が途中から弱くなってた気がするの。」
「そうなの?」
「そう。で、その原因は何かなぁってずっと疑問に思ってたんだけど、今回藤間先生のお婆さんの正体知って気付いたんだよね。オオヒトクイが弱体化したのって……」
「藤間先生の血を取り込んだからじゃないかな。」
「!」
「藤間先生から魔王の気配が全くしなかったのは人格が違ったってこともあるけど、浄化の力が同じくらい強かったのも原因だと思うんだ。魔王の力と浄化の力が相殺されてたのかも。」
『ふーん、察しが良いじゃねぇか。正解だぜ、杏。』
その言葉を肯定したのはメフィストだった。杏の真上にぷかぷかと浮かんだ赤い悪魔は、うんうんと頷きながら語る。
『藤間が魔王の器ってのは分かってたからな。オオヒトクイが藤間の血を舐めた時は流石のオレ様もヤベェって思ったんだよ。魔王の血なんて本来だったらバフでしかねぇからな。だがあの化け物はどういうワケかデバフ喰らってんじゃねぇか。それでオレ様はオカシイって思ったワケ。』
『オメェらと手を組んだ後、オレ様は藤間のルーツを追うことにした。ま、調査……というかハナん家に入るのに手こずっちまって最後の戦いにゃ出遅れちまったが。』
「……あ。」
その瞬間アレックスの脳裏に蘇ったのは魔王との最終決戦中に現れたメフィストの言葉だ。
――おま、お前ッ!今まで何処ほっつき歩いていやがったんだ!こっちは大変だったんだぞ!
――んー、ちっとばかし野暮用があってなぁ。
「あの時言ってた野暮用ってそれかよ!?」
そういえばあの時のメフィストは事情を説明しようとしていた気がする。状況が状況なので聞く暇はなかったと思うが、戦いが終わった後にでも教えてくれれば良かったのに……とアレックスは内心毒付いた。
『ま、知ったところでやることは変わんねぇんだからこれで良いだろ。取り敢えずツトム、オメェは藤間に感謝しろよ〜。』
「そ、そうだな……。」
そもそもあの時藤間が庇ってくれていなければ、あの場に居た全員が喰われていた可能性さえある。ツトムはあの戦いが自分の力だけで勝てたとは思っていない。メフィストの言う通り、改めてきちんと礼を言おうとツトムは心に決める。
そして同時にこうも思った。
祖父は元魔王、祖母は《心眼》持ちの元聖女。
そして、その2人に幼少の頃から鍛えられた藤間帝人。
言ってしまえば、彼はずっとラスボスとそのラスボスを倒した死神相手に修行を重ねてきたのだ。
「そりゃ強くもなるよな……。」
ツトムは自分の担任が善人であったことに深く感謝したのだった。
ハナも人並みの情緒は持ち合わせています。それはそれとして斬るだけなのです。これでもかなり丸くなりました。




