勇者一行とその仲間たち、因縁を終わらせる。(前編)
長くなり過ぎたので前後編に分けました。
「うっ、うう……こ、こは……」
魔核と分離し、魔王としての力を失った藤間はゆっくりと目を開けた。髪は元の黒に、瞳の色もカラコンの赤に戻っている。見た目だけでなく、その優しげな声色も藤間帝人その人だ。
「藤間先生、良かっ……」
「え、聖先生?」
自分がよく知る藤間の姿を見て緊張の糸が切れたのか、聖は起き上がろうとした藤間の上に倒れ込む。藤間は慌てて聖を抱き止めると彼女の口元に手を当てた。スゥスゥと穏やかな寝息を立てる聖を見て、ただ寝ているだけだと気付いた藤間はそっと胸を撫で下ろす。
「い、息はある……か。それにしても一体何が?」
『目覚めて早々イチャつくたァ随分と余裕だなぁ、オイ。』
「いや別にイチャついてるわけじゃな……」
自分を見下す気配に気付いた藤間がそっと顔を上げると、目の前に居たのはメフィストだった。
「は???」
髪から皮膚、服に至るまで全てが赤の人外だ。初めて見る藤間が固まってしまうのも無理はないだろう。しかしメフィストは何を勘違いしたのか、元々赤い顔をさらに赤く染めてくねり出した。
『なんだよ、オレ様のことジッと見つめて。て、照れんだ……』
「何だこのピエロ擬き!?」
『誰がピエロ擬きだこのすっとこどっこい!』
当然の反応であった。未知の存在に驚きながらも咄嗟に意識のない聖を守るようにしてメフィストを睨み付ける藤間に、赤い悪魔は溜息を吐く。
『ハァ……ったく、呑気なモンだぜ。取り敢えずオメェはとっととこっから離れろ。魔王のオメェなら兎も角、只のセンコーじゃアイツにゃ勝てねぇ。』
「アイツ?」
藤間の目線は、メフィストが指差す先へと向けられる。そこにあったのは、知らない筈なのに何故か知っている――邪悪な存在だった。
『貴様ら゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!よ゙くも゙よ゙くも゙よ゙くも゙ッ゙!』
「復活早々喧しいぞクソジジイ!」
藤間から分離した魔核から発せられるのは、耳障りな老人の声。勇者一行と魔王を此方の世界に転移させ、藤間帝人を魔王化した全ての元凶は、魔王の力に縋るようにその醜い姿をアレックスたちの前に晒す。
それは今までに見たどの魔核よりも赤黒く、魔障を撒き散らしながらドロドロと溶け出していた。その隙間からは無数の目玉と口が顔を覗かせ、不快な鳴き声を上げながら此方を見つめている。
「ったく、目玉ギョロギョロさせやがって気色悪ぃ!」
剣を構え、早速魔核を斬ってしまおうとするアレックスだが、それを制したのはシャーロットだった。
「こら、無闇矢鱈に突っ込むんじゃない。アレは魔王の魔核だぞ。そう簡単に斬れるものか。」
「ンなことはわーってるよ。ノア、イザベラ!強化魔法と遠距離からの攻撃を……ハハ、流石俺の仲間。」
アレックスが言い終える前に彼とシャーロットの身体が温かい光に包まれ、様々な加護が与えられる。2人が後ろを振り返れば、既に攻撃魔法の準備まで終えていたノアとイザベラが勝気な笑みを浮かべていた。
「全く、人使いが荒い勇者サマですねぇ。」
「とか言っちゃって。アルに言われる前から準備済ませてたくせに。」
「それはイザベラさんだって同じでしょう。」
「仕方ないじゃない。私だってあの魔人のおじいちゃん早くぶっ飛ばしたくてしょうがなかったんだもの。」
考えていることは皆同じ。今までは他人の身体を乗っ取られていたせいで全力を出せなかったが、アレはこの場で唯一の全力で潰して良いモノだ。
――やっっっっと勇者一行らしいことができる!
そんな勇者一行の心の声が聞こえてきた気がして、一足先に安全な場所に避難したツトムたちは顔を見合わせて笑う。此方が加勢せずとも、魔人は消し炭にできそうだ。
「魔人のことはアレックスたちに任せるとして……藤間先生は聖先生のことちゃんと守ってね。」
「あ、ああ?」
メフィストの指示に従ってツトムたちと合流した藤間は未だ状況を完全に理解していないのか、頭に疑問符を浮かべたまま莉花の言葉に頷く。そして暫く黙り込んだ後、藤間はツトムたちに1つ尋ねた。
「……この状況は俺が招いたのか?」
「「「……。」」」
藤間の言葉にツトムたちは息を呑んだ。藤間の人格は、魔王人格が出ていた間は意識がなかった筈だ。生徒たちの反応を見て、藤間は再び尋ねる。
「意識が遠のいた後のことは覚えていないんだが、身体は何となく覚えているみたいなんだ。俺は……お前たちに剣を振るった。違うか?」
「それは……」
「はい。かなり派手に暴れてました。」
「ツトム!?」
杏が言葉を濁そうとした横から、ツトムは正直に答えた。杏が詰め寄るのを抑えてツトムは続ける。
「藤間先生は魔法が効きづらい体質みたいだし、誤魔化したって無駄だろ。いずれにせよきちんと説明しなきゃいけなかった。」
真実を伝えるのは酷だ。生徒を傷つけたと知れば、思い詰めてしまうかもしれない。けれど、藤間は自分が……自分の中のナニカがこの惨状を招いたのだと気が付いている。
「先生、俺から説明します。先生のこと、魔人のこと、それから……」
ツトムの視線は魔人と相対するアレックスたちに向けられる。聖のお陰ですっかり全快した彼らは意気揚々と武器を構えていた。
藤間にも知ってほしい。貴方の生徒たちは、自分たちでは想像もできないような冒険を繰り広げてきた存在で、この窮地を救う希望なのだと。
「俺たちの世界にやってきた勇者たちのこ……」
「ヒャッハーッ!魔人め、血祭りに上げてやるぜ!」
「その薄気味悪い球体、粉々に打ち砕いてやろう!」
「命乞いをするなら今のうちですよ?……まあ、殺しますけど。」
「どんな悲鳴を上げてくれるのか楽しみだわぁ♡」
「……。」
「勇者?」
「すみません蛮族の間違いだったようです。」
そうだった。勇者一行と名乗るには少々……いやかなり癖の強い連中だったことを思い出し、ツトムは溜息を吐く。
「強いのは強いので、放っておいても大丈夫です。」
「ちょ、ちょっと言動がアレだけど!今は興奮してるだけでちゃんと勇者やってるんです!本当です!」
「そ、そうか。」
隣に居た杏がフォローするが、説得力がまるでない。折角アレックスたちの格好良さを伝えたかったのに、とツトムは内心愚痴りつつ、藤間の身に何が起こったのかを説明し始めたのだった。
『《忍び寄る゙魔の゙手》ェェェェェッ゙!』
戦いの火蓋を切ったのは魔人だった。魔核から次々と漆黒の腕を生み出し、勇者一行へと襲い掛かる。
「魔王の魔核の力で魔法が強化されているようです!皆さん気を付けて!」
「言われなくても分かってるっつーの!」
「イザベラ、ノア!援護を頼む!」
闇の腕が襲い掛かると同時に、アレックスとシャーロットは左右から駆け出した。幾多もの手が2人を捕らえようと迫るが、聖によって体力は全快――どころか絶好調の2人の敵ではない。魔人の猛攻の隙間を縫い、着実に前へと進んでいく。
「《光の波動》!」
「《幻炎の悪戯》!」
そしてそれを支えるのは後方の2人だ。ノアの光系統魔法によって闇の腕の動きが鈍り、イザベラの炎系統魔法によって勇者一行の幻影が生み出された。やっとの思いで動かした腕がアレックスたちを捕らえたかと思えば、何も掴めずに空振りする。
追い詰められている魔人に取り繕う暇などなく、無数の目を見開きながら耳障りな鳴き声を上げた。
『小癪な゙!全部だ!全部薙ぎ払え゙ぇぇぇぇッ゙!』
「何だ何だ!?おててが多過ぎて迷子になってんぜッ!」
アレックスは向かいくる闇を剣ひとつで一斉に薙ぎ払う。勇者の力が込められたその斬撃は、黄金の光を放ちながら周囲の腕も巻き込んで次々と消滅していった。
「シャーロット、露払いはしてやったぞ!」
「感謝する!」
魔人がアレックスに気を取られているうちに、シャーロットは疾風の如く駆けて距離を詰める。シャーロットの存在を思い出した魔人が慌てて新たな闇の腕を生み出すが、そんなものは意にも介さず彼女はあっという間に魔人の前へと躍り出た。
「ハハッ。その姿、よく似合っているじゃないか。お前の性格の悪さが良く出ている。」
最早魔核としての形すら保てていない醜悪な姿は、いつ崩壊してもおかしくない。これまでの鬱憤を晴らすかの如くシャーロットは魔人を煽った。
『混ざり゙モ゙ノ゙が!私の゙前から゙消え゙失せろ゙ぉぉぉッ゙!』
魔人は魔障を振り撒きながら叫んだ。怨嗟の声を垂れ流すだけの存在を目にし、シャーロットの中で小さな哀れみという感情が生まれる。魔王の器でなかったが為に半端者にしかなれなかった男の末路に何も思わないわけではない。自分の祖先だって、一歩間違えればこうなっていたのだろうから。
――だが、同情はしない。
「消えるのは貴様だ。先祖の不始末、その責任を此処で取らせてもらおう。」
そう言うとシャーロットは《風神の装い》を発動させた。風の加護を受けたこの姿は、辺り一帯の風すら従える。あまりの豪風に闇の腕の制御が覚束ず、魔人を守るものは何も無い。
シャーロットは拳に風を集中させた。
より速く、より多く、より鋭く。
大小様々な風がシャーロットの拳を覆うように発生し、やがてそれは槍のような形状へと変化する。
「光栄に思うと良い。この技を披露するのはお前が初めてだ。」
アレックスとウォルターの奥義――《水神刃光》から着想を得て、密かに訓練を続けていた技だ。シャーロットは纏った風は轟音と共に地を削りながら魔人へと向かう。
「《風牙》!」
風の槍は魔核の中心を確実に貫いた。それだけに留まらず、魔核の中で追いかけるように次々と発生した風が暴れ回り、砕け散った魔核の破片は一気に風化する。
――一欠片であっても残してたまるか。
魔核の欠片を使えば並の魔物の危険度も一気に上がる。此方側の世界に来てからの戦いで、周囲に被害を出さないように細心の注意を払うようになった。
魔法が主流でないこの世界に災いの種を残すわけにはいかない。最後の駄目押しで全魔力を注ぎ込み、シャーロットは叫ぶ。
「砕け散れぇぇぇぇッ!」
欠片という欠片がピシピシと音を立て、砂のように消えてゆく。それは同時に魔王の魔核と完全に同化した魔人の魂の崩壊を意味していた。魔人は咄嗟に自ら欠片を割り、その場から逃げようとする。
「あっ!クソジジイめ逃すか!」
『(何故だ!?何故こうなった!?)』
魔人の脳内は疑問で埋め尽くされる。多少の計画のズレならば問題はなかった。魔人自身、計画通りに進むとは微塵も思っていなかったし、臨機応変に対応できる力が自分にはあると思っていたからだ。
『(魔王と呪術師が手を組んだからか!?それとも聖女が覚醒したからか!?いや……そもそも藤間に問題があっ)』
『さぁ、何でだと思う?』
『ッ!?』
今更過ぎる反省をしながら逃げている中で、まるで自身の思考を読んだように愉しげな声がした。辛うじて残っていた目が捉えたのは、真紅の人外の姿だ。悪魔は何でもないように魔人を捕らえると意気揚々と話し掛ける。
『まー、そもそも魔王の身体を乗っ取ろうって時点で無謀なんだけどな?折角だからオメェの来世の為にアドバイスしてやんよ。』
そう言ってメフィストは砕け散った魔核の破片に向かってニンマリと笑いかけた。
『オメェの敗因は……』
『黙れ゙黙れ゙黙れ゙黙れ゙黙れ゙ぇぇぇぇッ゙!』
『うおっと。』
急に手元が火傷するレベルで熱くなり、メフィストは思わず欠片を手放してしまう。一体どこにそんな力を残していたのか。驚くメフィストを他所に、魔人は壊れたように笑った。
『ああ、もう終わりだ何もかも!このまま砂になって消えるくらいなら……』
『全てを゙道連れ゙に゙破滅してや゙る゙ッ゙!』
魔人ヤケクソモードです。




