聖女、覚醒する。
『聖女』が覚醒します。
「あの、これは一体どういうことですか?」
不安そうに訊ねる聖に、勇者一行は思わず固まってしまった。何故、聖が此処に居るのか。皆が状況を把握しようと頭を働かせていると、答えは後方の方から出た。
「あ、すまん。俺が連れてきたんだった。」
「何やってんだツトムゥゥゥッ!」
犯人はツトムだった。未だ杏といちゃついていた彼は連れてきた聖のことをすっかり忘れていたらしい。流石の杏も呆れた目でツトムを見つめた。
「ツトム、何考えてんの……?」
「そ、そんな目で見ないでくれよ。別に考えなしに連れてきたわけじゃないから。聖先生ならもしかしたらって思って。作戦も色々考えてきた……んだけど。」
「けど?」
「いざ駆けつけたら杏が危ない目に遭ってたから考えてたこと全部ぶっ飛んだよね。」
「あはは……何かごめんね?」
「本当だよ、全く。まあ、杏が無事で今こうして此処に居る。今はそれだけで十分だ。」
「ツ、ツトムったら……」
「おい何2人の世界に入ってんだ戦闘中だぞこのバカップル!」
結局何の為に聖を連れてきたのかは分からずじまいだ。とりあえず聖のことは莉花たちに任せ、アレックスは魔王を見遣る……が、既にそこに姿はない。
「なっ……ハッ!」
一瞬の油断が命取りになる。少し目を離した隙にアレックスの背後へと回った魔王は、持っていた剣で彼を貫こうとする。魔王の鋭い突きをスレスレで躱し、アレックスは冷や汗をかいた。
「(おいおいおいおいッ!?今の突き、全く見えなかったぞ!?)」
持ち前の勘の良さで咄嗟に躱すことに成功したものの、一歩間違えれば確実に心臓を貫かれていただろう。背筋が凍る感覚を覚えつつ、アレックスは再び剣を構える。すると横に居たイザベラが神妙な顔をして発言した。
「……もしかして、なんだけど。」
「どうしたイザベラ。」
今の魔王は魔人が肉体を支配していた時よりも遥かに強い。イザベラはこれまでの戦いを振り返りながらある可能性に思い至っていた。それが事実か確かめるべく、イザベラは後方へ下がった莉花に問いかける。
「ちょっと莉花!アンタの使い魔の魔法、今の魔王人格に掛けちゃってたわよね!?」
「えっ。ああ、うん。魔人がノートゥの精神操作をしたみたいで……あ。」
「やっぱり。」
「……ッ!そういうことか!」
シャーロットもイザベラからの問いで魔王がおかしくなった原因を理解したらしい。何のことだか分からないアレックスたちに、シャーロットが説明した。
「お前たちが駆けつける前、莉花が灰色の四姉妹の困窮を呼び出したんだ。そのノートゥの魔法は魔人の精神を崩壊すべく放たれたんだが、魔人はそれを見越して魔王人格を盾にしたらしい。」
「魔人はその魔法を喰らうと困らされるって言ってたわ。具体的にどういう魔法なのかはよく分からないけれど……あの欠乏の姉妹なんでしょ。碌な魔法じゃないわよ、絶対。」
灰色の四姉妹と聞いてアレックスとノアは嫌な予感がした。ツトムが遭遇したという憂いは対象者を廃人にし、魔人に乗っ取られた莉花が召喚した欠乏は言わずもがな。
――ならば困窮は?
アレックスたちがそっと莉花の方へ目線を遣ると、莉花は申し訳なさそうに告げた。
「ゴメン!ノートゥの魔法喰らうと発狂して自殺か理性が吹き飛んで暴れ出すんだけど……魔王は後者だったみたい!」
「何つー魔法放ってんだ鈴木ィィィッ!?」
流石灰色の四姉妹、と言わんばかりの効果に思わずアレックスは叫ぶ。一応魔王の身体は藤間のものだということを忘れてはいないだろうか。お陰で本気の魔王と対峙する羽目になってしまった。
「少なくとも理性があった時は藤間先生の影響を受けてか本気で殺そうとはしてこなかったけれど……そのリミッターが外れちゃった結果がコレね。」
「彼方が全力なのに対し、此方は相手を殺さないように倒さなければならない。これなら只の魔王退治の方がよっぽど楽だな。」
「魔王退治に只も何もないでしょう。難易度が跳ね上がったのは事実ですが。」
「結局俺たちがやることは変わんねぇさ。」
『勇者』と『魔王』が戦うのは必然なのだから。
アレックスたちは魔王へ向かって駆け出した。
「……という訳なんです。ひ、聖先生?大丈夫ですか?」
アレックスたちが戦っている一方で、莉花たちは魔王が張った結界の中で作戦を練っていた。その前にいきなり連れてこられた聖に状況を説明をしたのだが……
「きっと変な夢を見ているのね、私。コミケの準備頑張りすぎちゃったかしら。」
「せ、先生ーッ!」
魔法のこと。彼方側の世界のこと。空想の世界の話が現実だった。それをいきなり受け入れることは難しい。莉花が魔法初心者の聖にも分かるように説明したのだが、理解することと納得することは別問題だ。混乱する聖を落ち着かせつつ、ツトムは語りかける。
「聖先生、魔法が現実のものだと初めて知って混乱するのは無理もありません。ですが……」
「部室棟での出来事、本当は覚えているんですよね?先生はその目で魔法を見ている。そして、会場内でも先生だけは暗示魔法に掛かっていませんでした。だから唯1人流れに逆らうように此方へ向かってきていた。」
「……ッ。」
ツトムの言葉に、聖はギュッと自分の手を握る。
――分かっている。本当は、分かっているのだ。
聖は此処に来るまでのことを思い返していた。
「きゅ、急に人が増えたわね……?」
「え、ふつーじゃないですか?いつもこんな感じっしょ。」
「ええ……?」
藤間が魔王として覚醒した頃、そんなことも知らない聖たちはブースで彼の帰りを待っていた。会場内は暗示魔法で決戦の場から離れた人々が押し寄せ、いつも以上にごった返している。
「先生、感覚鈍っちゃったんじゃない?」
「ねー。」
「(いや、明らかに可笑しいわよ。何で皆気が付かないの?)」
仮に人が多いことに目を瞑ったとしても、その動きが不自然なのだ。まるで何か目の見えないものに誘導されるように彼らは動いている。
それだけではない。
「コミケ開催を阻む愚か者共に神の裁きを!」
「さぁ皆の衆!此処で会場内を覆う邪気を祓いましょうぞ!」
「我々の力を今こそ示すのだ!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
「……。」
疲れが溜まってきたのだろうか。会場のあちこちで怪しげな集団が光を放ったり色々振り回したりしているように見える。しかもそんな異常事態に何故か周りは気付いていない。
「(ああ、分かった!これは夢ね!全く私何でこんな夢を見……)」
紛れもなくこれは現実なのだが、脳が理解を拒んだ為に聖はこれを夢だと断定した。折角の夢なのだから、この状態を楽しんだ方が良いのかもしれない。そう思った時だった。
「……ッ!?」
それまでこの会場中で行われていた戦いは突如として終わった。それまで会場中で暴れていた魔物たちが消え、空気も心なしか良くなった気がする。
だが――
「(何……これ……?)」
何が起こったのか分からない。
会場の外で、何かが生まれた。
何となく、聖はそう感じた。
全身を押さえつけられるような威圧感。
首に刃を当てられているような緊張感。
そして、己の全てを嘲笑うかのような絶望感。
その何かからは離れている筈なのに、逃れる手段はないのだと本能が告げていた。
「(そうだ、さっき戦っていた人たちなら何か知って……ってあれ?)」
聖が辺りを見渡すと、先程まで戦闘を行っていた謎の集団はいつの間にか消えていた。代わりにいたのは笑顔を絶やさず会場内の人々を誘導する心優しいスタッフたちである。
「あれあれあれれ?」
「先生どうしたんですか?」
「ね、ねえ!さっきまで謎の集団が魔物たちと戦ってたわよね!?」
「どうしちゃったんですか先生!?」
思わず生徒たちに確認してしまうが、現状を正しく認識しているのは聖のみ。彼女たちからは何を勘違いされたのか、憐れむような目で見つめられる。
「えっと、ごっ、ごめんね?先生、ちょっと疲れちゃったみたい。」
「先生、休みましょう!幻覚見始めるなんてヤバいですよ!」
「すみません、先生に無理させちゃって……。」
「後は私たちがやるんで先生は休憩してきてください!なんなら藤間先生と一緒に休めば良いじゃないですかぁ〜♡」
「な、何言って……あ。」
生徒はただ単に揶揄うつもりで言ったのだろうが、その一言で聖はあることを思い出した。
「(そういえば藤間先生、会場の外に向かったんじゃ……!)」
先程から連絡がつかないことといい、また彼の身に何か起こっているのではないか。外に居る何かと関係があるのではないか。あの日の血塗れになった藤間の姿を思い出し、聖は戦慄した。
「先生?やっぱり体調悪いんじゃ……」
「そうね。ごめんなさい、少し休んでくるわ。何かあったらすぐ連絡してね。」
「あ、はい……?」
勘違いならそれで良い。
だがそうではなかったら。
「行かなきゃ……!」
体調不良かと案じてくれていた生徒たちには申し訳ないと思いつつ、聖は人混みに抗うように会場の外へと向かったのだ。
「……今、藤間先生は魔王たちによって精神の深い所に封印された状態です。ですが藤間先生と仲が良い聖先生の言葉なら藤間先生の魂を呼び起こせるかもしれないんです。」
「悔しいですけど俺はこの中じゃ1番非力で、魔力が尽きた今何もできることはありません。」
「それでも……俺はアレックスたちに死んでほしくないし、藤間先生に人を殺させたくない!」
「ッ!」
そう言ってツトムは姿勢を正すと、勢いよく頭を下げた。
「お願いします!もう聖先生に賭けるしかないんです!どうか俺たちに協力していただけませんか!」
「……。」
その姿を見て、聖は頭の中のモヤが急激に晴れて行くのを感じた。自分は何をウジウジしていたのだろう、と。
――私は何故此処にきた?
それは生徒に頭を下げさせる為でも、こうして守られる為でもない。
――私がすべきことは……
「そうね、そうよね。藤間先生だけじゃない。皆を救うのが私の役目。」
「……先生?」
聖はツトムに頭を上げさせると、そのままアレックスたちが戦闘をしている結界の外へと歩みを進める。
「せ、先生!?今はまだ……ッ!」
「大丈夫よ、佐藤さん。もう覚悟は決まったわ。」
その後ろ姿を見て、杏はふと思った。
何となく、既視感があったのだ。
魔王ちゃんとアレックス、そして杏。魔王と勇者、聖女は呼応するように覚醒している。
ならば此方の世界の魔王である藤間先生が覚醒したというのなら……
此方の世界の聖女が覚醒してもおかしくはない。
「魔王を止めるのは聖女の役目だもの。」
黄金の光に包まれた聖は、結界の外へと飛び出した。
聖先生の名前は聖女だから、という安直な理由で決めました。まんま過ぎてバレバレだったと思います。
因みに藤間先生も
藤間帝人→とうまていと→とう『魔帝』と→魔帝
という感じで名前に魔王(魔帝だけど)要素が書かれていたり。




