勇者一行、魔人と相対する。
やっと書けました……
「やっぱり生きてやがったかクソジジイッ!あんときゃよくも鈴木の身体乗っ取ってくれたなぁ!」
「全くです。見た目は蜘蛛ですが生命力はゴキブリ並みのようで!」
咄嗟に名優の腕輪を外して戦闘体勢に入った2人を見て、魔人は蜘蛛の姿だというのにどこか楽しげに見えた。
『ホッホッホ、相変わらず今代の勇者一行は口が悪い。お里が知れますねぇ。』
「……。」
その言葉を聞いたアレックスは青筋を浮かべながら真顔で反論する。
「リーマの村は良い村なんだが?勇者が育った自然豊かで素晴らしい村なんだが?村の奴らも皆良いヤツだしお前に馬鹿にされる謂れはねぇんだが……?」
「アレックス落ち着け!?勇者がして良い顔じゃないぞ!?」
自分のみならず故郷まで貶されるのは許せない。スラスラと言葉を紡ぐアレックスにツトムは少し驚いた。
「こういうキレ方もできたんだなコイツ……。」
「ふふ、あんな安い挑発に乗るアルもどうかと思いますが故郷を馬鹿にされて怒るのも分かります。アルの言う通り本当に良い村なんですよ。ツトムに案内してあげたいくらいです。」
アレックスの故郷を想う心を知ってノアは嬉しそうだ。魔王討伐の旅に出てから故郷へ足を運んだのは一度きり。本来だったら魔王を討伐したらそのまま村へ帰る筈だったのだ。……目の前の魔人のせいでグダグダになってしまったわけだが。
「……。」
「ん、ノアどうした?」
「すみません。やっぱりあの大蜘蛛見てたら僕も腹立ってきました。駆除しましょう、生きた痕跡全て無かったことにするくらい徹底的に。」
「ノア!?」
普段から穏やかなノアだが、故郷を馬鹿にされたのは許せなかったようだ。顔は笑っているが目は笑っていない。
『加えて単純で馬鹿ときた。』
闇の腕を蠢かせ、魔人は楽しげにアレックスたちを貶す。未だに攻撃をせず、ただゆらゆらと動く様をツトムは不気味に思った。アレックスの方はというと、火に油を注がれたように怒り叫ぶ。
「うっせぇ!馬鹿っていう方が馬鹿なんだよヴァァァカ!」
「それは馬鹿のする発言だぞ。」
「これ以上醜態を晒さないでくれます?」
「あれそこ俺に乗る流れじゃねぇの!?」
だが、そのお陰で皆冷静になった。
魔王が覚醒したタイミングで魔人が現れたのは何故か。
「足止めにしちゃあお粗末だな。メガネ先生のところに向かってんのは俺たちだけじゃねぇぞ。」
『ああ、そうですねぇ。確かに聖女や呪術師たちも向かってきているようで。』
「……理解した上で、ということですね。」
つまりこの魔人が自分たちの前に現れた理由は別にあるということだ。アレックスたちが警戒を強めると、魔人は闇の腕を更に増やす。そしてそれを……
会場を移動する一般人に向けて放った。
「「「なっ!?」」」
人ひとり握り潰すことなど容易い魔の手が襲い掛かる。この人混みの中、それも今いる場所から全員を守り切ることなど不可能。咄嗟に魔法を展開しようとするが間に合う筈が無かった。
――彼らだけであれば。
「「「「「《正邪之結界》!」」」」」
魔の手が一般人に触れようかというところで、突如分厚い光の壁が現れた。邪なるモノを拒絶する壁は、触れた闇の手を次々と消滅させていく。
「えっ、この技……!」
杏奪還の時にも助けられた結界だ。その術者をアレックスたちはよく知っている。だが、今までに見た結界とは規模と威力も段違いだ。3人は咄嗟に術者の方を振り返った。
「物怪の類か。此処は我々の聖地、如何なるものであろうと穢すことは許されん。」
声の主は渋い声をした坊主の男だった。それに付き従うように何十人もの屈強な男たちが結界を展開しながら魔人を睨みつけている。
「間に合って良かった!皆さん無事ですね!」
その中からひょっこりと顔を出した声の主は上田だった。彼の存在により、目の前に居る術者たちが寺の関係者だとアレックスたちは漸く理解する。
「「「……。」」」
「……?あの、どうされましたか皆さん。あ、ああ!そうだよな、こんなに沢山の坊主が一堂に会してたらびっくりするか!うちの寺どうにも肉体派が多くて……」
「いや、上田さん。そうじゃなくて……」
黙り込んだ3人に上田は慌ててフォローを入れる。だが彼らが気にしているのはそこではない。ツトムは堪え切れなくなりとうとう突っ込んだ。
「何ですかその格好!?」
そう、アレックスたちは彼らが寺関係者とは思えなかった。誰ひとり僧侶の格好をしておらず、側から見れば色とりどりのチェックのシャツにジーンズ、額にバンダナを巻いたマッチョ集団でしかない。醸し出す雰囲気は最早軍隊のソレだ。
「何って……オタクの正装だけど。」
「いつの時代ですか!?」
まさか令和になって絶滅したとされた古のオタクたちを目にすることになろうとは。あまりオタクに馴染みのないツトムでも分かる。それはない。そもそもその服装をしているのは軍人かと思うような鍛え方をしている男たちだ。その衣装は幾ら何でもない。
「大蜘蛛め!我々の聖地に乱入するなど万死に値するぞ!」
「この日の為に我々は辛く厳しい修行に耐えてきたッ!これで怪我人が出て開催中止になったら如何してくれる!」
口々に文句を言うオタクマッチョ集団は間違いなく煩悩剥き出しであった。アレックスたちが呆れていると、リーダー格と思しき男が彼らに近付いてくる。
「勇者とその仲間たちよ、後は我々に任せると良い。」
男は他の坊主と一線を画す気迫を備えていた。只者ならざる気配にアレックスたちは思わず背筋が伸びる。もし格好が古の装いでなければ、目線を合わせられなかったかもしれない。……いや、この格好であっても別の意味で目線を合わせづらいが。
「し、しかし……」
何とか言葉を口にしたのはノアだった。確かにあの結界は強力だが、あれをずっと維持するには限界がある。それにあの魔人があの攻撃だけで満足するとは思えなかった。しかしノアの心配を他所に、男は笑ってみせた。
「心配御無用。我々はこのコミケが始まりし時より結界の要を任されている。例え魔王であろうと会場の参加者には指1本触れることは敵うまい。何より……ノア殿、此処には貴殿のお陰で急成長を遂げた倅も居る。」
「え、倅……?」
ノアは改めて男をじっと見つめる。服装と声のインパクトが強すぎて気が付かなかったが、キリッとした眉と目力の強さは上田と瓜二つだ。
「あっ、もしかして……上田君のお父様ですか!?」
「如何にも。我ら一門は貴方がたに感謝しているのだ。さすれば此処で恩を返すのが道理というもの。」
そう言って上田の父は天井に不気味に張り付く大蜘蛛を見据えて叫んだ。
「此処は我々が引き受けた!行け、勇者たちよ!」
「……!有難うございます!」
ノアたちは一礼すると、そのままシャーロットたちのもとへと駆け出した。その背が見えなくなるまで見送った上田は、父に声をかける。
「親父、あの大蜘蛛……」
「分かっている、アレは遠隔操作されているだけだな。」
正確には、あの大蜘蛛の眼の代わりとなっている魔核の破片を通じて操っているのだろう。恐らく本体は別の所で高みの見物を決め込んでいる。
「言わなくて良かったのか?」
「ふん、彼らは魔王討伐に選ばれた精鋭たちだ。気付いてないはずが無いだろう。」
「それもそうか。」
父の言葉を受け、上田は魔王のもとへ向かう3人の背中を思い浮かべた。
「(そうだ。これまで数々の困難を乗り越えてきたノア先輩たちが、こんなことを見落とすわけないもんな!)」
「なあ、魔人を上田サンたちに任せて良かったのか!?アイツ黒幕だろ!?」
「「……。」」
まさか勇者が気付いてなかったなど、上田は知る由もなかった。
「杏〜ッ!」
シャーロットたちが居る地点まであと少し……といったところで自分を呼ぶ声がする。杏が振り返ると、そこには莉花と少女の姿をした魔王が居た。
「莉花!魔王ちゃん!」
「良かった!藤間先生のとこ行く前に合流できて!」
「うん。莉花たちは魔人には遭遇しなかったんだね。」
藤間が覚醒しかけていることにいち早く気付いた杏は、シャーロットたちが合図を送るより前に藤間のもとへと向かっていた。その最中、会場の至る所で禍々しい気配を察知したのだ。
「あの魔力の感じからして魔人なのは間違いないと思う。ただ……」
「本体は居ない、でしょ?」
莉花の言葉に杏は目を見開いた。それはまさに自分が言おうとしていたことで、自分の勘は間違っていなかったのだと少しホッとする。
「そうなの!莉花の身体を乗っ取った時と一緒。会場のあちこちで魔人の気配がするけど、どれも弱いの。多分本体は何処かに潜んでて、魔物を遠隔操作してるんだと思う。」
「その通りだ聖女ちゃん。だが魔人の目的がいまいち読めん。あの程度の魔物であれば簡単に倒せるだろうから足止めにもならん。」
杏の予想を肯定したのは魔王ちゃんだ。彼女(彼?)は眉間に皺を寄せたまま呟いた。
「……嫌な予感がする。早く藤間帝人のもとへ向かうぞ。」
敵の目的が何であれ、藤間帝人を元の人間に戻せば此方のものだ。言い知れぬ不安を抱えたまま彼女たちは藤間のもとへと向かうのだった。
一方でシャーロットたちは魔王を拘束して皆の到着を待っていた。自分たちを殺せないと分かったからか、魔王は抵抗をやめて大人しくしている。その為彼は今《菟葵の縛り》のみ掛けられた状態だ。
「ねぇ、魔王さん。1つ聞きたいんだけど。」
「……何だ。」
イザベラが問いかけると、魔王は心底不機嫌そうな顔をした。いや、自分を拘束する相手に笑顔で接する方がおかしいか。イザベラは1人納得する。
「今会場中で魔人が暴れてるみたいだけど、これは貴方の指示?」
「違う。」
魔王が即答したのでイザベラは思わずシャーロットと顔を見合わせた。魔王が嘘をついているようには見えないが、そうなると魔人は何故あのような行動を取るのだろうか。
「そもそもお前と魔人はどういった関係なんだ。一応お前の部下のようだが。」
「どうだかな。私を魔王にする気はあるようだがアレに忠誠心があるとは思えん。」
「随分とあっさり言うのねぇ。……ひょっとして魔人と仲悪いの?」
「……。」
イザベラの問いかけに、魔王はプイと顔を背ける。
その沈黙は肯定と同義だった。
「だったらとっとと手を切っちゃえば良いのに。」
「そんな簡単なものか。王という立場は感情だけで行動して良いものではないんだぞ。胸糞悪い狸ジジイ相手だろうと笑みを浮かべなければならないこともある。」
「アンタが言うと説得力があるわね……。」
後半に関しては言葉に力が入っていた。王族として振る舞う時は隙一つ見せない彼女も、内心では色々と思うところがあるのだろう。シャーロットに少し同情していると、先程から黙り込んでいた魔王が口を開いた。
「いや、別にそういうのはないぞ。私は何度も奴を殺そうとした。」
「「(殺そうとしたんかい!)」」
確かにこの魔王は軍勢を率いているわけではないから、そういうことは気にしなくても良いかもしれない。まさか殺したいほど嫌っていたとは思わなかったが。
「だが結果はこのザマだ。結局のところ私が奴をどう思おうと私という人格を生み出したのが奴であることに変わりはない。これに関しては元の人格云々ではなくそう仕込まれているんだろう。」
「魔法の基本ね。予め理を決めておかないと暴走して手に負えなくなるもの。」
召喚魔法や使役魔法といった自分以外のモノを利用する魔法は予め理を決めておかないと術者が命を落とす事態になりかねない。ましてそれが魔王相手であれば死すら生温いかもしれない。
「もしあの魔人を倒したいというのなら協力してやっても良い。私の目的を果たすには奴が邪魔なんでな。」
「目的?」
魔王からの突然の提案にシャーロットは驚いた。そういえば魔人はともかく目の前に居る魔王の目的は何なのだろう。
「ああ、そうだ。私の目『的は』
「ッ!?」
「イザ……ッ!」
2人は咄嗟に回避の姿勢を取る。
至近距離の為避け切ることはできずとも、致命傷は避けられる……筈だった。
たかが一瞬、されど一瞬。
勝敗がつくのはいつだってその一瞬だ。
『私が魔王になることですよ。』
――白と黒の世界で、2輪の華が赤く染まった。
嫌な予感ほどよく当たりますよね。




