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【完結済】異世界生活は難しい。〜勇者一行、現代日本に転移する〜  作者: 松竹紅葉
第4章 勇者一行、決戦へ。
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もう1人の魔王、現る。

戦闘シーン入った途端に筆が遅くなる……

「佐藤さーん、こっちお願い!」

「はい、今行きます!」


 ツトムたちが休憩している一方で、杏は救護担当として体調不良者を相手に奮闘していた。杏が新たに運ばれてきた人のもとへ向かうと、呼び出した美園が此方を向く。


「汗はなし。手が冷たいし、皮膚の弾力性がないね。脱水症状起こしてるみたい。佐藤さん、いけそう?」

「はい、任せてください。《女神の雫》!」


 杏が魔法を詠唱すると、透き通った雫が生まれて患者の身体に滴り落ちる。雫は身体に触れた瞬間光り輝くと、小さな光の粒子となって身体全体へと降りかかった。


「……うん。体温下がってるし、汗もかくようになった。これなら大丈夫だね。流石聖女様!」

「せ、聖女呼びはやめてくださいよぉ……。」


 美園に褒められて杏は恥ずかしそうにする。ツトムの母・エリザベスによって急遽コミケのスタッフとして動員された杏は、救護担当として走り回っていた。


「エリさんに聞いた時は半信半疑だったけど、マジで聖女なんだね。お陰でめちゃくちゃ助かってるよ。」

「この部署いつも忙しいから、優秀な人材が来てくれて本当に良かったよ。ありがとう。」

「ど、どうも……。」


 周りのスタッフも口々に杏を褒め称えるので、杏は顔が真っ赤だ。聖女の力に目覚めた時はどうなることかと思ったが、こうやって人の役に立てるのは嬉しい。杏はこの仕事にやりがいを感じていた。


 しかしスタッフの1人が発したある言葉で杏は本来の目的を思い出す。


「佐藤さんのお陰で何とかなってるけど、それにしたって今年は運ばれてくる人が多いなぁ。」

「ッ!」


 これだけ暑い日に大勢の人が集まっているので、体調不良者が出るのは仕方がないことではある。しかしある程度対策を打っているにも関わらず、体調を崩す人が多いのは異常だった。


「(……やっぱり気のせいじゃなかった。)」


 先程から運ばれてくる人の内、何人かは熱中症ではない症状を訴えていた。そういった人は体力を回復させれば大丈夫なのだが、彼らにはある共通点が見られたのだ。


――魔障。


 ごく少量ではあるが彼らから魔障が確認された。これだけ大人数が集まり、且つ魔法が飛び交う場所だ。魔障が発生するのは想定内で、その為会場の至る所に魔障を浄化するスタッフが待機している。彼らが浄化を怠るとは考えにくいので、見落とした魔障の発生源があるはずなのだ。


そしてもう1つ。

彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「佐藤さん、もしかして……」

「はい、間違いないです。」


 事情を知る美園も同じ考えに至ったのか、深刻そうな顔で杏を見遣る。杏は目を伏せて彼女が続けようとした言葉を肯定した。



 

「藤間先生の中の魔王が目覚めようとしている……!」






「……せい。藤間先生!」

「ッ!?あ、すみません。1冊ですね、500円頂戴します。」


 隣に座る聖に名を呼ばれ、藤間は自分が売り子をやっている最中だったことを思い出した。慌てて会計を済ました藤間は、客が去るのを見届けると机にドカンと額をぶつける。


「と、藤間先生!?」

「申し訳ありません……ッ!生徒たちの晴れ舞台だというのに、上の空で売り子をやるなど言語道断ッ!」

「き、気にしないでください!そもそもコミケ初参加でいきなり売り子をやらせたこちらに非があるんですから。」


 ただでさえ慣れない環境で大変だというのに、藤間は今手芸部の手によって作られた魔王の衣装に身を包んでいる。全身黒で統一された衣装は薄地の布で作られてはいるものの、何枚も重ね着をしているので暑そうだ。改めて藤間の顔を覗き込んだ聖はその様子を見てギョッとした。


「ちょっと藤間先生!顔が真っ青ですよ!?」

「え。」


 聖の指摘通り、藤間は見るからに体調が悪そうだった。彼女は足元に置いていたクーラーボックスからペットボトルを取り出すと藤間に手渡す。

 

「今は少し落ち着いてますし、売り子は私1人でもやれますから休んできてください!」

「ですが……」

「良いから!ごめんなさい、もっと早く気付くべきでした。」


 聖が申し訳なさそうにするので、藤間はペットボトルを受け取るとゆっくり立ち上がった。


「……ではお言葉に甘えて、少し風に当たってきます。」

「もし体調が良くならないようでしたら救護室へ行ってくださいね。あそこのスタッフさんたちは皆優秀ですから。」




 会場の外へ出た藤間は風に当たりながら近くの壁に寄り掛かった。


「(……まただ。)」


 聖は会場の熱気にやられたと勘違いしていたようだが、実際のところは違う。


――この症状は、()()()()だ。


 今年の春頃から時々意識が遠のくことがあった。そうなるとその後暫くの記憶が無い。最初は2日酔いか何かだと思っていたが、ここ最近は頻度が跳ね上がっていて病院にも行ったが結局原因は分からずじまいだ。


だが、頻度が上がったきっかけについては理解していた。


「(やはりあれは現実に起きたことだった……!)」


 思い起こされるのは旧校舎で化け物に襲われた時の出来事だ。あの時確かに藤間は死にかけた。傷口が熱くなったと思ったらだんだんと冷えていくあの感覚を夢で片付けるのは難しい。


 藤間はオカルト的なものを信じるタイプではないが、自分が目にしたものはそれが何であれ納得はする。あの日の出来事を聖は覚えていなかったので確信が持てなかったが、その後から急激に記憶を失う回数が増えたことと決して無関係とは思えない。


「ッ!?」


 刹那、再び大きな闇が藤間の意識を乗っ取ろうとした。自分であり自分でない何かが、背筋が凍るほどの恐ろしい何かが、意識の底で自分が落ちてくるのを待っている。

 

「俺は……()は……」


 意識が遠のく中で最後に思い浮かんだのは、この日の為に頑張ってきた漫研の生徒たち。


そして――


「(聖……先、せ……)」


想いを寄せる女性の笑顔は、意識と共に真っ黒に塗り潰された。




 


 その姿を遠巻きに見ていたのは監視役を担っていたイザベラとシャーロットである。頭を押さえたままその場にへたり込んだ藤間を見て近づこうとした2人であるが、彼が纏う空気が一変したことでその足を止めた。


「……シャーロット。」

「ああ、アルとノアを呼ぼう。恐らく私たちだけでは歯が立たない。」

「できるだけ早くきて欲しいわよねぇ。私たちか弱い乙女だし……」


 予め用意していた魔道具で信号を送ると、2人は藤間……()()()()に鋭い視線を送る。初めて魔王と対峙した時と同じ圧倒的な威圧感を前にして、シャーロットたちは自身の身体が小さく震えているのが分かった。


だが――

 

「ハッ、どの口が言うんだか。」


 名優の腕輪を外し、完全武装した姿となったシャーロットはそんな弱気な自分たちを笑い飛ばす。


「散々魔物を血祭りに上げてきた女がか弱いわけあるか!」


 同様に魔女の姿へと変わったイザベラも、召喚した杖を片手に不敵に笑う。


「あら、ひどい。脳筋姫よりは幾分か貧弱よぉ。でもそうねぇ……確かに、魔王にむざむざ負けるような鍛え方はしてないかも。」


 アレックスたちだけでなく、会場に結界を張る結界班にも信号を送った。優秀な彼らならばすぐに周囲の一般人を巻き込まないような強固な結界を張ることができる。


 彼女たちの予想通り、それから数秒も経たないうちにいつの間にか自分たちを覆う高度な結界が展開された。シャーロットがチラリと結界の外を見れば、暗示をかけられたのか一般人は次々とその場を立ち去っていく。


 気が付けばとてもイベントをやっている会場とは思えない程、辺りは静まり返っていた。


 


「……。」


 目の前の魔王は何も言わない。彼はふらふらと立ち上がると、未だ顔を下げたまま己の手を見遣る。何度か己の手を握ると彼は漸く顔を上げた。




 その日の藤間は漫研の生徒たちにゴリ押しされ、カラコンを着けていた。


しかし、漫画に登場する魔王と同じ赤だった瞳は冷たい黄金へと色を変え、その瞳孔は刃のように鋭い。


髪は根元から急激に色が抜け落ち、生気の感じられない白と成り果てる。


そして、今まで微動だにしなかった口が僅かに震えた。




「《死界》」




感情が一切感じられない声が、世界から色を奪う。


「「ッ!?」」


藤間を中心に白と黒が周囲を侵食し出した。

風は止み、音は消える。

そこに存在していたありとあらゆるモノが否定される。


 風によって運ばれてきた木の葉が境界線に触れた瞬間塵と化したことで、シャーロットたちはその魔法の恐ろしさを理解した。


「シャーロット、コレ絶対に触れちゃダメよ!」

「ああ、分かっている!」

 

 シャーロットたちは咄嗟に藤間から距離を取ると、その境界線に向けて魔法を放つ。


「《雷撃波》!」

「《土流壁》!」


 魔法によって生み出された雷と土壁が、轟音と共に魔王の魔法と衝突する。もし結界が貼られていなければ、自分たちの魔法だけでも会場が吹き飛びかねなかっただろう。しかし、それ程の威力で放たなければあの魔法は止まらない。


 2人の魔法により《死界》はなんとか止まったものの、既に侵食された範囲の色は戻る様子を見せなかった。


「挨拶もなしに攻撃とか、シャーロットじゃないんだからやめてほしいものねぇ。」


 魔王は未だ語らない。ただ虚ろな黄金の瞳を向けただけで、自分たちを見定めているようで不気味だ。イザベラは独り言ちた。

 

「一言余計だ一言。それにしても……」


 そんなイザベラに突っ込みつつ、シャーロットは目の前の魔王を観察する。髪や瞳の色こそ違えど肉体そのものが大きく変化したわけではない。彼を知る者であれば、その姿を見ても藤間だと分かる筈だ。


「(だが……)」


 きっと藤間帝人という人間をよく知る人物ほど、この魔王と藤間は結びつけられないだろうとシャーロットは確信した。


それ程までに目の前の人物が纏う雰囲気が異なるのだ。


「藤間先生の魂は無事だろうか。」


 魔王……魔王ちゃんが語っていた通りならば、藤間の魂は主導権を奪われて眠っている状態だ。然程肉体に変化は出ていないが、更に覚醒が進めば()()()()()()


 その肉体が完全に変質すれば、藤間本来の魂は消えてしまう可能性が高い。


「今ならまだ藤間先生の魂を呼び起こせるかもしれ……」


 

 

「ああ、成程。」




希望を砕かれる、とその瞬間シャーロットたちは悟った。


「貴様らはあの男を案じていたのか。」


 肉体も、声も、同一の筈なのに何故与える印象はこうも変わってしまうのだろうか。


「だが無駄なこと。奴はもう居ない。2度とこの世に奴の魂が現れることはない。」


己の胸に手を当てながら男は笑う。


「至極当然のことだ。」






()が、()こそが藤間帝人なのだから。」


その笑みはまるで毒のようだった。

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