【番外編】クラシス王女の初恋(終)
遅くなりました。ようやく番外編解決です。
「……借りる者という魔物がいます。」
アレックスたちと合流する少し前。万全の状態でシャーロットを送り出す為、強化魔法をかけながらノアは説明する。
「ボロワー?」
「はい。死んで魂が無くなった身体を借りる性質を持つ魔物です。僕も直接目にしたのは初めてでした。」
肉体を持たないボロワーは魂を失った肉体に憑依して生命活動を行うとされている。知能が低く、憑依した肉体の本来の力を出せる訳ではない為に危険度は低い。
「通常、ボロワーが憑依するのは人間や動物……要は魔物以外の死体です。魔物は死んだ時点で肉体が消滅してしまいますから。」
「ならあの魔族は……」
「恐らくですが、死んで消滅する前に肉体を借りたのではないでしょうか。極めて稀なケースだと思いますが。」
所詮借り物の身体だ。肉体自体はソレそのものでも、言動が異なるのですぐにバレて討伐される。借りる肉体自体が弱いことも理由のひとつだろう。故に脅威はないとされていた。
「魔族という強力な身体を得たことであの個体は異常な強さを得てしまった……ということか。ならあの魔狼は?」
「ボロワーのもうひとつの性質として、魂の分割というものがあります。」
元が肉体を持たない魔物だからか、命とも言える魂についてかなり自由が効くらしい。自身の魂を分割することで、一度に多数の肉体を借りることができるのだ。
「勿論デメリットもあるようです。以前読んだ国立魔物研究所の書物には、魂を分割し過ぎたボロワーは自我が消滅する……とありました。」
「つまりあの魔族……いや、ボロワーは魂を分割して魔族と魔狼それぞれに魂を宿していたという訳か。魂を分割し過ぎると消滅するから大多数で襲ってこなかったんだな。」
「魂の入れ替えが得意な魔物なので、僕の魔法を突破したのも納得です。」
『《森林再生》』を耐えたのも、魔族の肉体から抜け出したからだ。あの魔法は魂で対象を選別して攻撃するが、攻撃そのものは肉体に対して放たれる。故に空っぽとなった魔族の肉体は攻撃対象から外れて無事だったのだ。
ノアは魔法を掛け終えると魔族の方へ目を向ける。
「あの個体は相当逃げるのが得意なようです。仮にあの魔族の肉体を殺したとしても、また別の肉体を求めて逃げ出すでしょうね。」
「《大渦の檻》!」
ノアからの作戦を伝えられたウォルターはすぐさま周囲一帯を覆う半円球状の結界を生成する。
――最悪のパターンは、ボロワーに逃げられることです。だからまず僕たちが行わなければならないのは……
「逃げ道は塞いだぞ、ノア!」
「はい、ありがとうございます!……シャーロットさん!」
「ああ!」
ボロワーが一瞬怯んだ隙を突いて距離を詰めたシャーロットは、大きく振り上げた脚を敵の脳天目掛けて振り下ろす。
「《雷墜》!」
雷の魔力を纏った踵落としが魔族に炸裂した。目に見えぬほどの速さの一撃は、倒れ込んだ魔族を地面にめり込ませ、周囲に衝撃波が発生する。
まともに喰らえば死は免れない。
だが死体であるソレは、立ち上がった。
頭が潰れようと、骨が砕けようと、ただ機械的に。
ただひたすらに醜いモノ。
生きることに執着し、踠く憐れな傀儡に過ぎない。
「まだあの肉体に縋るのか。」
「ウォルターさん……」
「いや、良い。分かっている。」
最早人の形すら保てなくなったソレを見つめたウォルターは、剣先に水の魔力を集中させる。
「出来ることなら、生前の貴殿と手合わせ願いたかった。」
魔力は水へ、水は龍へと姿を変える。
それはウォルターの剣であり、盾でもある。
適性があろうと習得には長い年月を要するとされる秘技。
「《水神刃光》」
水の龍は咆哮を上げ、うねりながら獲物目掛けて飛んでいく。
「――さらばだ、名もなき剣士よ。」
その一撃は地面を削り、轟音と共に肉塊を喰らった。透き通った龍は血で赤く染まり、獲物はやがて動きを止める。
「アレックス!」
「わーってるって!《光の鎖》!」
ウォルターの呼び掛けに合わせて、アレックスは手にした剣を水龍の中に居る魔族の肉体に向かって投げつけた。剣は肉を貫くことなく肉体を縛る鎖へと変化する。
かつて神父から教わった、死者の身体がアンデッド化しないように掛ける魔法だ。アレックスは魂が再び戻ることがないように死体に封印を施すと、その直前に魔族の肉体から抜け出したモノに目を向ける。
「残念だったな。もう借りられねぇぞ、ボロワー。」
ボロワーの真の姿は、なんとも形容し難いモノだった。灰色がかった靄とでも言うべきか。肉体がないので、目や口などは一切存在しない。側から見れば生物には見えないだろう。
『……ッ!』
ボロワーは形を変えながら必死に他の肉体を探そうとするが、ウォルターの結界の中に借りられる死体は残っていない。そのことにようやく気がついたのか、ボロワーは身体のどこからか悍ましい声を発した。
『ユ゙ル゙サナ゙イ゙ユ゙ル゙サナ゙イ゙ユ゙ル゙サナ゙イ゙ユ゙ル゙サナ゙イ゙ユ゙ル゙サナ゙イ゙ユ゙ル゙サ……』
「それはこちらの台詞です。」
『イ゙ッ!?』
我を忘れたボロワーは気が付かなかった。
いつの間にか、自身を覆う何かに囚われていたことを。
「《断罪の箱》」
光の魔力を帯びた正方形の結界に閉じ込められ、ボロワーは必死に抵抗するが逃げ場など無かった。
箱は徐々に小さくなっていき、ボロワーも圧縮されていく。
『グギ……ギギ……ッ!』
「魂を禁術で縛る死霊術も大概ですが、他者の肉体を蹂躙し、冒涜する貴方も不愉快極まりない。」
ノアが掌をボロワーに向けると箱は白く輝きだした。
邪なるモノを封じ、消し去る裁きの箱。
浄化の光はますます強まり、中は白で埋め尽くされていく。灰色は侵蝕され、居場所を失っていく。
「ダメですよ。借りたらちゃんと返さなきゃ。」
ノアが掌を握り締めると同時に、箱は目を覆うほどの眩しい光を放って消滅した。否、正確には目に見えない程の大きさまで圧縮された。
自身を消滅せしめんとする光の箱は、肉体を持たぬボロワーそのものを否定する。
潰れる。
壊れる。
侵される。
肉体を持たぬモノには縁のない未知の感覚に、ボロワーは困惑した。この魔物に感情などない。あるとすれば『生きたい』という生存欲求くらいだ。
しかしそんな欲求すら、この魔法の前では塵と化す。
――借りる者は消滅した。
「かっ……」
「勝ったァァァァァァァァッ!」
ボロワーの消滅を確認して、最初に勝鬨を上げたのはアレックスだった。まるで幼子のように飛び跳ねて喜ぶ彼の姿を見て、他の面々も漸く自分たちが勝利したのだと実感する。
「……落ち着きがない。」
「いつものことですよ、ウォルターさん。いつまで経ってもお子様なんです。」
「バカが余計バカに見えるな。」
「聞こえてっぞテメェら!」
怒るアレックスを笑う3人に憤慨していると、ふと先程封印した魔族の肉体が目に入った。
「あれ、コイツの身体……」
魔族の身体は消えかけていた。光の鎖も共に消滅しかけており、アレックスは目を見開く。
「え、ちょっ!?俺の封印失敗してたぁ!?」
「落ち着け。」
「痛え!」
頭を抱えて叫び出すアレックスの頭に拳骨を喰らわせたウォルターは、少し悲しげに呟いた。
「これで良いんだよ。魔族は魔物の一種。本来なら死体が残っている方がおかしいんだ。」
「肉体がなければ《光の鎖》の効果も失われますからね。」
「……そうか。」
死体そのものは、アレックスたちと戦うまで殆ど無傷だった。一体この魔族は何者だったのか。何故死んでしまったのか。それを知る術をアレックスたちは持ち合わせていない。
――天敵ではあるが、せめて安らかに眠ってほしい。
名も知らぬ魔族に、アレックスたちは彼の肉体が消滅するまで祈りを捧げたのだった。
家に帰るまでが冒険、などと言ったのは誰だろうか。無事ボロワーを倒したアレックスたちであったが、道中には魔物が多く苦戦を強いられていた。
「おいノア!?お前の精霊魔法で魔物一掃したんじゃねぇの!?つーか俺今剣持ってない!素手!素手だから!こっちくんじゃねぇクソ魔物ォォォォォ!」
「あれは森を害する意思のあるモノにのみ有効な魔法なんです!今戦ってるような植物系の魔物は対象外なんですよ!」
敵の攻撃を躱しながらノアは反論する。植物系の魔物の多くは、植物が魔障を取り込んで魔物化したモノだ。元が植物なので森と共生しているケースが多く、森に害をなすことは少ない。そういうわけで、アレックスたちは人喰い花と戦っているのである。
「くそ、キリがないッ!」
蹴り技で人喰い花を倒したシャーロットは、周囲を見渡す。ただでさえボロワーとの戦いで疲弊しているというのに、これでは村に着く前に息絶えかねない。
「ハァ、ハァ……!姫様後ろ!」
「!?」
シャーロットも疲労で集中力が切れかけていた。隙を突かれた彼女へ人喰い花の攻撃が襲い掛かる。ウォルターも駆け寄ろうとするが、他の人喰い花に阻まれて近寄ることができない。
「(くそ、間に合わな……ッ!)」
シャーロットに猛毒の蔓が打つかる……筈だった。
「シャーロット!その剣寄越せぇッ!」
敵の隙間を縫ってシャーロットの元へと辿り着いたアレックスが、彼女の腰に差した剣を引き抜いて蔓を叩き切った。
「た、助かった……。感謝する。」
「ったくお前、何の為に剣ぶら下げてんだよ。玩具剣、意外に斬れんじゃねぇか。お前使わねぇんなら暫く借りるぞ。」
「ああ、構わな……」
そこまで言い掛けたところで、シャーロットは何かが胸につっかえた気がした。別に剣を貸すのは構わない。自分は素手で戦うスタイルだから本当なら邪魔なくらい……
「(あれ、そういえば何故私は剣を提げていたんだ?)」
シャーロットの目線はアレックスが持つ剣へと移っていく。桜色の宝玉が輝くカタナは何故だかいつも以上に輝いて見えた。否、輝いていた。
「(それも当然か。次代の勇者がこうして勇者の剣を手にしたんだ。輝くのも当ぜ……)」
「ん?」
――ピシャァァァァァァァァ!
シャーロットが声を上げるより先に、天から黄金の光がアレックスに向けて放たれた。
「ぎゃあああああ!?」
神々しい光はアレックスのみならずその周囲まで巻き込んでいく。
――皆の意識はそこで途絶えた。
視界が真っ白になり何も見えないというのに、不思議と不安はない。まるで抱擁されているかのような心地に、シャーロットは安堵した。
そして何処からか優しい女性の声が聞こえてくる。
――シャーロット・クラシス。
初めて聞く声だというのに、懐かしいと感じた。
――たった今、アレックスは勇者として覚醒しました。
優しく、それでいて気高い声。
――それは同時に魔王が覚醒するということでもあります。
「(!?)」
『魔王』。その言葉で夢心地だったシャーロットの意識は一気に引き戻される。
「(この声は一体……?)」
尋ねようにも声が出ない。そもそも、此処に彼女の身体はなかった。いつの間にか意識だけの状態でふわふわと浮いていたのだ。
自分が死んではいないこと、そしてこの状況が決して悪いものではないことは分かる。だが、直前までシャーロットたちは交戦中であった。自分の身体は今どうなっているのだろうか。困惑する彼女に、謎の声は語り掛ける。
――勇者の仲間として、アレックスを支え、導き、魔王を討ちなさい。
「(まさか、貴女は……)」
もし声が出るのなら、シャーロットは今頃叫んでいたことだろう。先程自分たちに降り注いだ黄金の光、あれは勇者覚醒の光だ。そして勇者を、世界の救世主を選ぶことができるのは……
「(創造の女神!?)」
世界を創ったとされる神の存在に、シャーロットは恐れ慄いた。自分は今、とんでもない場面に遭遇しているのではないだろうか。この空間に肉体はない筈なのに、冷や汗をかく感覚が止まらなかった。
――世界を救ってください。頼みましたよ。
女神の言葉はそこで途切れ、同時に白の空間は崩れていく。意識が遠のく中、シャーロットはヒトのような何かに微笑まれたような気がした。
「(女神……様……?)」
それを最後に、シャーロットの視界は再び真っ白に染まったのだった。
「……め様、姫様ッ!」
「ッ!」
目が覚めると、そこは先程戦闘をしていた森の中だった。少し異なるのは、交戦中だった人喰い花の姿が見当たらないこと。そして……
「……ウォルター、近い。」
「へ?」
此方を心配そうに見つめるウォルターの顔が至近距離にあることだ。シャーロットの指摘を受け、ウォルターは光の速さで後ずさるとそのまま地面に刺さる勢いで土下座をした。
「も、ももももももも申し訳ございません!辺りが光った後、姫様が微動だにもしなかったので思わず……!」
「(……やはり意識だけが飛ばされていたのか。)」
取り敢えず地面にめり込みそうなウォルターの動きを止め、シャーロットは周囲を見渡す。
「あ、あの光は魔物を祓う効果もあったようです。辺り一帯……いえ、恐らく森全域の魔物を祓ったのではないかと。」
ウォルターの言葉通り、辺りに魔物の気配は一切ない。それどころか神聖な力が周囲を満たしている。
「残りの2人は?」
「姫様と同様です。姫様が目覚めたことですし、すぐ目を覚ますのではないでしょうか。」
確かにアレックスたちは此方から見て背を向けているが、動く気配がない。恐らくシャーロットのように精神世界で女神と対面しているのではないだろうか。
「姫様、一体何があったのですか?」
「そうだな。2人が目覚めるまで時間が掛かるだろうから説明しておこう。」
先程の会話から察するに、ウォルターは女神に呼ばれなかったようだ。状況を理解していない彼に、あの光は勇者覚醒の光であったこと、創造の女神から神託を受けたことを説明する。
「……という訳だ。恐らく2人も女神と話している。」
「そう、ですか。」
話を聞いたウォルターはどこか悔しげな表情を浮かべていた。……ひょっとして、自分も勇者一行の一員に加わりたかったのだろうか。そう思ったシャーロットはウォルターに慌てて声を掛ける。
「ウォ、ウォルター!お前の剣の才は国の……いや、世界の宝だと思うが、お前にはお前の役割がある!それが分かっていたから女神様はお前に役目を授けなかったんだ。お前に実力がないという訳ではないと思うぞ!」
「……!ええ、有難うございます。」
「?」
シャーロットのフォローにウォルターは目を見開くと、苦笑いしながら礼を言った。
「(そういうことじゃないんだがなぁ……)」
別にウォルターは勇者一行として華々しく活躍したかった訳ではない。
――愛しい貴女を側でお守り出来ないことが、この上なく悔しいのです……などと言ったら、貴女はどんな反応をなさるのでしょうか。
そんな女々しい感情を胸の内に秘め、ウォルターは勘違いして慌てる主を見守ったのだった。
アレックスたちが目覚めるまでにそう時間は掛からなかった。
「……はっ!」
「うおっ!?」
急に現実に引き戻されたからか、2人共不思議そうに周囲を見渡している。
「アレックスはともかく、ノアも女神に呼ばれたんだな。」
「えっ、もしかしてシャーロットさんもですか?」
「ああ。このちびすけを導くように、とのことだ。」
そう言って、シャーロットは未だ心ここに在らずなアレックスの頭を軽くはたく。
「痛えわッ!」
「この程度で痛がる勇者か……。女神も見る目がない。」
「女神に謝れ。あと俺に謝れ。」
シャーロットに突っ込んだことで、アレックスも漸く何時もの調子を取り戻したようだ。彼はじっとシャーロットたちを見つめたあと、1度大きく深呼吸してから叫んだ。
「つうかお前ら何でそんな平然としてんだ!?今俺たち歴史的瞬間に立ち会ってんだよな!?俺覚醒してんだよな!?光ったもんな!?俺正直今の状況理解しきれてねぇんだけど、お前らは何で勇者とかその仲間とか女神とか当たり前みたいに受け入れてんの!?」
ハァ、ハァと息を荒げるアレックスを見て、3人は何となく申し訳ない気持ちになった。アレックスの反応は正しい。いきなり「貴方は勇者です。魔王を倒してください」と言われたらそうもなろう。だが、勇者の剣の反応から3人はアレックスが勇者だと気付いていた。
だから3人はこう言わざるを得ない。
「「「……ごめん、前から知ってた。」」」
▶︎アレックス は 驚きすぎて顎を外した!
「……という訳で、私たちは勇者を、お前を探す為に旅をしていたんだ。」
「……。」
教会に併設された施設にある一室で、シャーロットたちは神妙な面持ちで席に着いていた。
村に戻ってから、シャーロットとウォルターはアレックスに改めて事情を説明した。てっきり自分たちの正体を知った上で参戦したのかと思いきや、アレックスは全く気付いていなかったらしい。一国の王女が目の前に居ると分かったからか、固まったまま動かなくなってしまった。
「アル?ちょっと大丈夫ですか?ついてこれてます?」
「本当にこいつが勇者で大丈夫なんだろうか……。」
アレックスの隣で座るノアが彼の前で手を振るが微動だにしない。ウォルターは思わず不安を口にしてしまった。そんな様子を見たシャーロットは何度目か分からない溜息をつく。
「いきなりで動揺するのは仕方があるまい。考える時間は必要だろう。すぐに国王陛下のもとへ連れて行く気はないから安心しろ。」
彼女は目線を合わせようとしないアレックスを正面から見つめると口を開いた。
「魔王討伐は命懸けだ。言われたから戦います、では話にならん。勇者であろうと、私からすればお前はただの一国民だ。死体を無闇矢鱈に増やす真似はしたくない。だから……」
「勇者として魔王を討伐するかは、お前に任せる。」
「「「ッ!?」」」
「ひ、姫様!?」
その場に居た全員が目を見開いてシャーロットを見遣る。その言葉に驚いたウォルターが声を上げるが、シャーロットは片手で制止した。
「勇者にならない、という選択肢もあるということだ。お前が今まで通り平穏に暮らせるよう、クラシス王国王女シャーロット・クラシスの名にかけて誓おう。」
シャーロットは席を立つと、扉へ向かって歩き出す。そして部屋を出る直前に、アレックスたちに告げた。
「あと3日はこの村に滞在するつもりだ。魔王が覚醒した以上あまり時間がない。その間に答えをくれないだろうか。」
そう言い残して、シャーロットは部屋を後にする。
「姫様、お待ちください!姫様!?」
「「……。」」
慌ててシャーロットの後を追い掛けるウォルターを背に部屋に残された2人は、今後の人生を左右する運命の岐路に立たされていた。
出立の日はあっという間にやってきた。大勢の村民たちが朝早くから揃ってシャーロットたちを見送りに来ている。彼らからすればシャーロットたちは凶悪な魔物たちを退治してくれた恩人なのだから当然だ。
「姫様、やはりあの2人は……」
「ああ、居ないな。」
ウォルターの言葉に、シャーロットは淡々と答えた。見送る人々の中に、アレックスとノアは見えない。あれから3日間、彼らはシャーロットたちを避けていた。碌に話もできぬまま別れることになりそうだとシャーロットは少し寂しくなる。
「(選ばれたとはいえ、今まで村で平穏に暮らしていた子供だ。当然の反応だな。)」
自分も子供である、ということは棚に上げてシャーロットは納得していた。アレックスはあの調子であるし、ノアが旅に同行するのはアレックスが勇者になることを承諾した場合だ。
――僕は……大切な家族を、勇者にさせたくない。
ノアの言葉がシャーロットの脳裏を過ぎる。勇者を探し出し、共に魔王を討つことを目標に突き進んできた彼女にとって、それは思ってもみなかったことだった。
帝国時代、クラシス王家は大罪を犯した。世界中を混乱に陥れ、数多もの命を奪った。今クラシス王家が存続しているのは、魔王ガダルドの息子……当時の皇太子が勇者一行側につき、共に戦ったからだ。
だが、だからといってクラシス王家の罪が消えた訳ではない。この身体に魔王の血が流れているのは覆しようのない事実だ。だからシャーロットは魔王討伐が己の責務であると考えている。
「(だが、平穏に暮らしていた彼らにとってこの使命はあまりにも重い。)」
幼い頃から使命を果たす為に鍛錬を積んでいた自分とは違うのだ。シャーロットには、彼らに生き方を強制することができなかった。
皆から感謝の言葉を受け取り、最後に2人の前に出てきたのは神父だった。
「神父様。」
「お二方、この度は本当に有難うございました。」
「いえ、此方こそ数日間有難うございました。」
深々とお辞儀をする神父に、シャーロットたちも慌てて頭を下げる。互いに顔を見合わせて笑った後、ウォルターが神父に問いかける。
「神父様、あの2人は……」
「申し訳ありません。朝から2人揃って姿が見えないのです。アルはともかくノアまで何も言わずに居なくなるのは初めてでして……。」
「「えっ。」」
「ええ、何処へ行ったのか皆目見当もつかないのです。」
見送りに顔すら出さないなんて、と神父は何度も何度も頭を下げた。
「そ、そうですか。2人は私たちの命の恩人ですから、改めて礼をと思ったのですが……。そういうことなら致し方ありませんね。あの2人に限って敵にやられるなんてことはないでしょう。彼らによろしくお伝えください。」
「はい。」
シャーロットは神父に言伝を頼むと、改めて村人たち全員を眺める。滞在したのはほんの数日間だが、とても居心地の良い村だった。此処を去るのは名残惜しいが、今後のことを考えるとのんびりしている暇はない。
「気を付けてなー!」
「ちゃんとご飯食べるのよー!」
「ありがとう〜!」
「『きんだんのあい』きたいしてるね〜!」
「「ちょっと待て最後。」」
村人たちの見送りの言葉を受けながら、シャーロットたちは歩み出す。
……そして村の入り口を出ようとした時だった。
「ちょーっと待ったァァァァ!」
「「!?」」
村中に響き渡る大きな声。
姿を見ずとも分かるその声の主に気付き、シャーロットたちは振り返る。そこに居たのは2人の少年たちだった。
1人は黒髪の小柄な少年。強い意思を宿した瞳を輝かせ、堂々とした表情をしている。
もう1人は麻色の髪の美少年。恥ずかしそうに頬を赤らめており、恐らく黒髪の少年に無理矢理付き合わされたのだろう。
アレックスとノア。見知った顔が現れて、シャーロットたちはホッとした。少しの間とはいえ共に戦った仲間であることに違いはない。最後に別れの挨拶が出来て良かった……と考えた時だった。
「テメェら何勝手に帰ろうとしてんだヴァァァァカ!」
突然の暴言に、シャーロットたちは目を見開く。自分たちは何と言われた?え、ヴァカ?バカ、ばか……
馬鹿?
シャーロットもウォルターも、幼い頃から人の上に立つ者として感情を表に出さないよう躾けられてきた。感情任せに振る舞えば臣民の心は離れていく。当然のことだ。だが……
「「あ゙?」」
此方に全く非が無いのに喧嘩を売られた場合は別である。まして此処はクラシス王国、肉体言語上等の王族と近衛兵が大人しくしているはずもなく。突き刺さる殺気を向けられて、アレックスは震え上がる。
「……ななな何勝手に帰ろうとしてやがるんですかぁお馬鹿様ァァァァ!?」
「アル、言い直せてないですよ。あととてつもなくダサい。」
縮こまるアレックスを呆れた表情で見つめたノアは、シャーロットたちの方へ向き直ると頭を下げた。
「本当にすみません。アルについては後できちんと言い聞かせますので。」
「ヒィッ!」
刹那、アレックスが悲鳴と共に大きく跳ねる。シャーロットたちの時以上にガクガクと震える彼を見て、2人は認識を改めた。
「「(そんなにノアって怖いんだ……)」」
まあそんなことは良い。それより気になるのは彼らが現れた理由だ。ただ別れを言いにきたわけではないのはシャーロットたちにも分かる。シャーロットはアレックスの前に歩み出て未だ怯える彼を見下ろした。
「私は今日発つと伝えたはずだが?」
「うぐっ。」
「そもそも私たちを避けていたのはお前の方だが?」
「ぐはぁっ!」
「それと馬鹿はお前の方だが?」
「グァァァァァ……っておい誰がバカだ!?」
「お前だ。」
「お前だろ。」
「アルですね。」
「畳みかけんなよ!?」
アレックスのツッコミなど気にも留めず、シャーロットはアレックスに説明を求めた。
「で、結局何なんだ。私たちは早く城へ戻って魔王討伐の準備を始めなくてはいけないんだ。別れの挨拶をしたいならさっさとしてくれ。」
「う……」
勇者無しで戦う以上、相当念入りに準備する必要がある。1秒たりとも無駄にできない。あーだのうーだの呻く勇者擬きに時間を割く余裕はないのだ。
シャーロットが無視して帰ろうとしたことに気づいたのか、アレックスの代わりに声を上げたのはノアだった。
「まっ、待ってください!もう少し、もう少しだけ!アルの話を聞いてはもらえませんか?」
「ノア、お前も分かっているだろう。勇者を探す私たちの旅は終わった。私は姫様の意思を尊重する。失礼を承知で言わせてもらうが、もうお前たちに用はない。」
これは責任から逃れたと気負って欲しくないというシャーロットの思いを知っているからこその発言だ。普段であれば咎めるシャーロットであるが、ウォルターの真意に気付いたのか口を噤む。その様子を見たノアは、1度目を閉じた後アレックスを睨みつけた。
「……アル、さっさと言ってください。こんな恥ずかしい真似してるんですから今更でしょう。」
「ちょ、でも折角ならもっと格好良いシチュエー……」
「アル。」
「……わーったよ。」
言葉の圧で殴られたアレックスはとうとう覚悟を決めた。大きく息を吸い込み、吐く。それを数回繰り返すと、シャーロットとウォルターを真っ直ぐ見つめて叫んだ。
「俺の名はアレックス!!!」
「生まれも育ちも此処リーマの村ァァァァ!」
「特技は剣術!あと技名を付けることォ!」
「そんでもって俺は今日から……」
「この世界を救う勇者になるッ!」
「「……!?」」
アレックスの叫びに、誰もが言葉を失った。村人たちは訳が分からないようで、無言のまま顔を見合わせている。シャーロットとウォルターも面食らってポカンと口を開けたままだ。
「な、なんか言ってくんねぇかなぁッ!?」
誰も何も言わないので、アレックスは恥ずかしくなってきたらしい。顔を真っ赤にして全身で訴えかけてきている。隣に居たノアはそんなアレックスを見て必死に笑いを堪えていた。
シャーロットは必死に頭を落ち着かせて口を開く。
「アレックス、お前……」
「自分の技名を本気で格好良いと思っていたのか?」
「姫様そこですか!?」
「あ、いやちが……っ、いや違わないけれども!そうではなくて、お前は一体何を考えているんだ!?」
勇者だと名乗ってしまえば周りが放っておくことなどあり得ない。だからこそ、シャーロットたちはアレックスが勇者であることを伏せていたのだ。その気遣いを無に帰すような真似をする理由が、シャーロットたちには見当もつかなかった。
「だーかーらー!俺は勇者なんだろ!?だったらやってやるって言ってんだよ!魔王ぶっ飛ばして世界を平和にすりゃあ良いんだろ!?」
「そ、それはそうだが!お前簡単に言ってるがそれがどれだけ大変なことか分かっているのか!?大体この3日間そんな素振り微塵も見せなかったじゃないか!」
「う、うっせぇ!とにかく俺は勇者になる!これで文句ねぇだろ!?」
「理由を言え理由を!魔王討伐は命懸けなんだぞ!?突然言われても困るんだが!?」
「いや勇者探しにきたのお前らだよね!?」
売り言葉に買い言葉。人目があることを忘れて言い争う2人を眺めながら、ウォルターはノアに問いかけた。
「どういう心境の変化だ?あの時はあまり乗り気ではなさそうだったが。」
「ふふ、そう見えましたか?」
「……?まあ、そうだな。」
可笑しそうにするノアを見て、ウォルターは怪訝な顔をする。一体何が可笑しいというのだろうか。
「アルはですね、魔王討伐が嫌だとかそういうのは無いんです。そもそもそんな男なら僕たちを助ける為に単身で乗り込んだりはしません。」
そう言ってノアは優しげな目でアレックスの方を見遣る。義弟の成長を喜ぶような、少し寂しく思うような……そんな印象をウォルターは受けた。
「ただ彼はずっと勇者に憧れていましたから。憧れていたからこそ、その重責を理解しているんです。歴代勇者のような特異な力も出自もない、ただの村人である自分が勇者として世界を救うことができるのか。アルはそれが不安だったんですよ。」
「ならば何故覚悟が決まった?」
「それは……」
そこまで言うと、ノアは何かに気が付いたようで口に人差し指を当てた。
「やっぱり秘密です。」
「は?」
「ほら、こういうのは本人の口から直接聞くべきでしょう?ここで僕が言っちゃうのはアルが可哀想かなって……」
「そこまで言っておいて?」
「あはは、本人あそこに居るんですから直接聞きましょう。シャーロットさんと2人がかりなら口を割りますよ。」
そう言って悪戯っぽく笑うノアに、ウォルターは思わず溜息を吐いた。アレックスは問題児だが、ノアはノアで曲者だ。この2人と旅に出て自分の主は大丈夫だろうかと彼は心配になる。……いや、シャーロットも負けず劣らずなので案外上手くいくかもしれないが。
「確かにアルは歴代勇者のように特別優れたものはありません。先頭で皆を引っ張るようなカリスマ性はハッキリ言ってないです。」
「ですが彼の場合、いつだって隣で一緒に頑張ってくれるんですよ。」
「だからこそ特別ではない他の人々にも何かができる、立ち向かえるという希望をくれる。」
「アルはちゃんと勇者をやれると思いますよ。だから……大丈夫です。」
「ノア……」
それは推測ではなく確信だった。ノアの言葉に、ウォルターも納得する。
――ひょっとしたら、歴代勇者とは全く異なるアレックスならば、彼らにもできなかったような偉業を成し遂げるやもしれない。
そう思って再びアレックスを見遣るウォルターであったが……
「ちょ、苦しッ……シャーロット、ギブ!ギブゥゥゥ!」
「とっとと吐けぇぇぇぇ!」
「……本当に大丈夫なのか?」
「た、多分?」
主に羽交締めされて顔を真っ青にした勇者を見ているとやっぱり不安になったのだった。
「……という訳で、何だかんだでアルとノアが仲間に加わって魔王討伐の旅が始まったということだ。」
「ふぅーん……ん?」
シャーロットが一通り話し終えて満足そうにケーキを頬張ったところで、イザベラは大事なことを忘れていることに気がついた。
「で、結局アルのどこに惚れたのよ?」
「……あ。」
「今の話ってただの勇者一行結成秘話じゃない!惚れたきっかけを私は聞いてたんだけど。」
「き、きっかけ……」
「良いから答えなさい脳筋姫!」
イザベラに催促され、シャーロットは頭を悩ませる。
「……私の締め技を喰らってもオチなかった胆力?」
「それ恋じゃないわよね絶対。」
「なら私はあいつのどこに惚れたというんだ!?」
「私に聞かないでよ!?大体今の話の中でアルに惚れる要素あんまりないじゃない。何でこの話をしたのよ。」
「し、仕方がないだろう!」
シャーロットは頬を赤く染めて叫んだ。気を落ち着かせる為に紅茶を一口嗜むと、いじけるようにつぶやく。
「いつの間にか好きになってたんだ。それがいつだったのか分からないから最初から話した。」
「シャーロット……」
「そういえばアンタ年頃の女の子だったわねぇ。」
「はっ倒すぞ痴魔女。」
シャーロットの暴言を意にも介さず、イザベラはケラケラと笑って見せる。
「ま、恋ってそんなものよね。きっかけがなきゃ恋じゃないなんてルールはないもの。」
「そうか。」
「そーそー。とりあえず今日は甘いもの沢山食べてこれからに備えましょ!どっかのお馬鹿さんのせいで魔王を討伐しそびれちゃったし、問題は山積みなんだから。」
そうだ。真の黒幕が分かった以上、そいつを倒さなければ世界を救うことなどできやしない。この一連の騒動を解決せずに元の世界に帰るなど絶対にあり得ないことだ。
「それもそうだな。……イザベラ。」
「ん、なぁに?」
「……ありがとう。それと、また誘ってくれ。」
シャーロットは小さく、されどはっきりと聞こえる声で礼を言った。イザベラは一瞬目を見開いた後、眉を下げてクスクスと笑う。
「ホント、素直なんだかそうじゃないんだか。」
ちょっとは可愛いところもある妹分を眺めながら、イザベラはケーキを口に含んだ。
シャーロットの初恋……ではなく、勇者結成秘話になってしまいました。今回の話はシャーロット視点が中心なので、アレックスが覚悟を決めるまでの3日間についてはカットしてます。別の機会で描写できれば……。
シャーロットがアレックスに対して抱いていたのは紛れもなく恋心でした。ただ旅の中で大切な仲間という気持ちの方が強かったこと、世界平和の為に恋愛にうつつを抜かす暇などないと考えていたことから関係は全く進展しなかったようです。アレックスからの脈も全くない訳ではなかったので、イザベラが言った通り積極的に攻めれば2人がくっつくルートがあったかもしれません。




