勇者一行、応援に行く。
すっごく久々に彼が登場(台詞はない)。
ジリジリと日差しが照り付ける。蝉の鳴き声、吹奏楽部の演奏、むさ苦しい男たちの声援。ベンチに座っているだけだというのに、暑い。滝のように流れる汗を拭いながら、勇者一行は目の前で繰り広げられる戦いを眺めていた。
そう……夏の高校野球選手権大会埼玉県予選を。
――続きまして、3番ファースト。田中くん。
アナウンスと同時に、バットを強く握り締めた田中がバッターボックスへと入る。いつも教室で見る姿とはまるで違う、戦場へ赴く戦士のような顔。その姿に、アレックスは思わず息を呑んだ。
「頼んだぜ田中ァ!」
「期待の星ィッ!」
クラスメイトの男子たちがこぞって声を上げる。それを見て、アレックスも大声で田中に声援を送った。
「ぶちかませッ!田中ァァァァッ!」
――カキーン!
その声援に応えるように、田中は勢いよくバットを振った。金属バットが良い音を立てると同時に、打たれたボールは高く遠くへ飛んでいく。
外野手が飛ぶことはなかった。遥か上を真っ直ぐ飛んでいったボールは、誰も手が届かない電光掲示板へと勢いよくぶつかる。
その様子を眺めて会場中が静まり返り……
「「「うぉぉぉぉぉぉぉッ!」」」
すぐに大歓声に包まれた。吹奏楽部によってホームランの曲が流れ、応援席は歓喜する。
「……期待の新人ってのは聞いてたけど、これほどとはなぁ。」
アレックスは、満面の笑みでグラウンドを一周する田中を見て呟いた。
スポーツ推薦で入学したと話は聞いていたし、体育の授業での彼の身体能力は目を見張るものがあった。しかし、田中が野球をやっている姿を見るのは今日が初めてだ。
「野球に関しちゃアイツめちゃくちゃストイックだからな。お前みたいなただの馬鹿じゃないってことだよ。」
「だよなぁ……っておい誰がただの馬鹿だ!?」
隣で観戦していたツトムも表情はいつも通りだが、よく見れば若干口の端が上がっている。友人の活躍を喜んでいるようだった。
田中の大活躍でこの試合は大勝利に終わり、甲子園出場を賭けた決勝へと駒を進めた。さて帰ろうかというところで、ツトムたちは馴染み深い2人を目にする。
「あ。」
「藤間先生、聖先生。」
シャーロットが声を掛けると、荷物を持った2人の若い教師たちが此方を振り返った。
「あら、シャーロットさん。それに山田君たちも。応援に来たのね。」
「はい。先生たちは引率ですか?」
「……あ、ああ。生徒たちが熱中症とかで倒れないようにな。」
「今回は1人も居なくて良かったわ〜。」
そう言う2人の手には大きな救急箱が握られていた。教師というのは大変なようで、他の教師も汗だくになりながら忘れ物やゴミがないか確認している。会場を汚すと学校の評判にも関わるので手を抜けないのだ。
ツトムたちは藤間たちが手を止めてしまっていたことに気が付き、話を切り上げることにした。
「邪魔しちゃってすみません。先生たちも熱中症には気を付けて。俺たちはもう帰るんで、さようなら。」
「ああ、さような……」
ツトムたちが一礼して此処から去ろうとした時だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「……どうかしましたか?藤間先生。」
「あっ。」
藤間に呼び止められ、ツトムは振り返る。だというのに、藤間は何故か呆然としていた。彼は前へと出した手を引っ込めると、そのままじっと自身の手を見つめる。
「藤間先生?」
「あ、いや……何でもない。呼び止めて悪かったな。夏休みを満喫するのは構わんが宿題はきちんとやれよ。」
「気を付けて帰るのよ〜。」
その顔は何か言いたげだったが、結局藤間はそのままツトムたちを帰した。出口へと向かいながら、ツトムは大きく溜息を吐く。
「ハァ……やっぱり覚えてたな。」
ツトムの呟きに、それまで和やかだった勇者一行たちの雰囲気が一変する。
「結構強めの忘却魔法掛けたはずなんだけどねぇ。」
「不可視の魔法が掛けられていた筈のツトムを庇ったんだろう?元々そういう体質なのかもしれないな。」
そう、今回ツトムたちがこの野球場に来たのは田中を応援する為だけではない。先日の騒動に巻き込んでしまった藤間たちに掛けた忘却魔法が機能しているか確かめる為だ。
先日戦ったアリクイ擬きは、アレックスたち曰くヒトクイと呼ばれているらしい。あの時藤間はヒトクイの攻撃からツトムを庇った。お陰でツトムはヒトクイに勝てたわけだが、流石にこれ以上彼らを巻き込むわけにはいかないと忘却魔法を掛けておいたのだ。
だが……
「覚えてはいたようですが、あれが現実だったのかは自信がないようですね。あの人からすれば魔法は空想のものでしょうし。」
「ま、流石にどストレートに聞くのは躊躇われたんだろ。暫くはすっとぼけておこーぜ。聖センセイの方は覚えてはいねぇみてぇだし。」
運が良いことに聖にはちゃんと魔法が効いていたらしい。これでは確信のしようがないだろう。
「とりあえず確認はできた。鈴木ン家でも行って作戦立てっぞ。」
「……つーわけだ。」
「やっぱりそっかぁ。藤間先生の時でも覚えてるんだね。」
場所は変わって鈴木邸。野球場でのアレックスたちの話を聞いても莉花はあまり驚かなかった。
「ていうかあの時、聖先生のこと呪術師だと勘違いしてたんだっけ?きっかけになった怪しい本、結局何だったの?」
「実は……」
莉花の問いに杏が口を開く。聖が持っていた『魔王と黒魔術』という1冊の本。これをシャーロットが見たのをきっかけに彼女を疑うことになったのだが……
「あれ、資料なんだって。……同人誌の。」
「同人誌。」
「聖先生、学生時代は魔王と人間の異種間ラブコメの同人誌を書かせたら右に出るものは居ないとまで言われた同人作家だったらしくて……。」
その名も、『聖⭐︎ヤマト』。卒業と共に引退はしたものの、今は漫研でその実力を遺憾なく発揮しているらしい。あの本は生徒の1人が魔王と黒魔女のCPモノを描くというので用意したものだったのだ。
「ん?じゃあ藤間先生に言ってた意味深な話は何だったんだ?」
「それがね……」
杏が聖の経歴について知ることができたのは、手芸部の友人の一言がきっかけだった。チアリーディング部の活動の帰りにたまたま会った彼女が忙しそうにしていたので、声を掛けて手伝ったのだ。その時杏が運んだソレが……
「夏のコミケで藤間先生に着てもらう衣装のことだったの。」
「コミケ!?」
漫研の活動の1つがコミケへの参加で、売り子として参加する藤間と聖用の衣装を手芸部が作ったらしい。学校の部活動として参加する為、生徒は制服での参加が絶対。その代わりに先生たちがコスプレすることになったとか。
「ということはつまり、あの時の会話は……」
――実は……その、完成したんです。アレが。
※コミケの衣装が完成しました。
――聖先生!何故学校で伝える必要があるんです!?誰かに見つかって仕舞えば貴方も私もタダでは済まない……ッ!
※学校でコスプレしてるところなんて見られたら精神的に死ぬ。
――もう遅いのよ、藤間先生。既に準備は整ってしまっているの。貴方はもう逃げられないわ……。
※手芸部の子たちが衣装を持って張り切っているので無理です。逃しません。
「「「「「紛らわしいわッ!」」」」」
「うん、私もそう思う。」
話を聞く限り、先生たちはあまり乗り気ではないようだ。だからこそ、あんな反応になってしまったのだろう。
「しっかしコスプレねぇ。どんな衣装着るんだろうな?」
「……。」
「ん、どうした?杏。」
アレックスがふと呟いた言葉に、杏は黙り込む。ツトムが杏の顔を覗き込むと、彼女は複雑そうな顔をしていた。
「あ、うん。2人とも漫研で出したキャラクターの衣装を着るらしいんだけど。聖先生が聖女で、藤間先生がその……」
「魔王の衣装、らしい。」
「「「「「……。」」」」」
その言葉に、皆が固まった。確かに先程も魔王の資料がどうこう言っていたので、魔王のコスプレをするのは何らおかしくはない。だが……
「よりによってアンタがそれ着んのかよ、藤間先生
。」
『……して、如何いたしますか?魔王様。』
「正体に勘づかれるのは時間の問題だった。それに気付かれたところで今の奴らには何も出来まい。」
旧校舎の多目的ホールに、2人の男の声が響く。1つは嗄れた老人の声、もう1つは青年の声だ。だというのに、今この場に居るのは1人。
「それよりも貴様……」
「いつまで私の身体に寄生する気だ?」
男の言う通りだった。
――2人の男の声は、1つの身体から出ていたのだ。
すると不機嫌そうだった男の顔は、口の端をこれでもかというくらい上げて気味の悪い笑みを浮かべる。
『ほほほ、申し訳ありませぬ。彼方の魔王の呪いで肉体の生成ができなくなってしまいまして……。』
「早く代わりの肉体を用意しろ。貴様とこの身体を共有など反吐が出る。」
『承知いたしました。』
その声を最後に辺りは静寂に包まれた。本来の身体の持ち主である男は溜息を吐くと、少しずり落ちてしまったメガネを上に上げる。
「……もう少しだ。あともう少しでこの肉体は完全に私のモノになる。精々残り僅かな人間生活を楽しむと良い。」
「藤間帝人。」
結構露骨に描写してたので、読者の方々にはバレバレだったかな?




