ツトム、禁じ手を使う。
格好良いツトムは居ません(2度目)。
『ふむ……。』
マンゲルに攻撃させながら魔人は考え込んでいた。先程聖女が展開させた《女神の聖域》。先の戦いで三女のゾルグの魔法が通っていたので今回も通用するかと思っていたのだが……
『(あの結界の効果が変化した訳ではない。となるとマンゲルの魔法の性質の問題か?)』
何せ聖女の魔法は殆ど知られておらず、資料も残っていないのだ。もしかするとあの悪魔が知っているやもしれないが、敵対する者にそう易々と教えることはないだろう。
『皆殺しにした後、聖女の遺体を使えば色々と出来そうですねぇ。』
未知の魔法に胸を躍らせながら、魔人は勇者一行たちの様子を眺めていた。
「……杏に頼れないとなると、俺たちが何とかして鈴木の魂を起こさなきゃいけねぇ訳だけれども。」
杏の張った結界の中で作戦会議は続いていた。これだけの人数を覆う結界なので魔力の消耗が激しい。あまり時間がなかった。
「言っておくが、魂を目覚めさせるにはただ声をかけるだけでは駄目だぞ。それこそ魂を揺さぶる……本能に訴えかける程度の言葉でないとな。」
先程のメフィストの説明に補足する形で魔王が告げる。『死』と密接に関わる魂については悪魔よりも詳しいようだ。
「本能に訴えかける……っすか。結構難しそうっすけど……あ。」
「お、何だ室町!良い案思いついたか!」
魔王の話を聞いた室町が何か閃いたようで、アレックスは目を輝かせる。
「アレックス君にしかできないことっす。」
「お、俺にしかできない……?」
室町はこくりと頷くと口を開いた。
「もう1回鈴木さんに告は……」
「却下ァァァァッ!」
「俺こんな状況で告白したくなかったって言ったよな!?もう1回やるにしてももっとこうさ……雰囲気作りとかあんだろ!色々と!」
「乙女か!そんなこと言ってる余裕なんかないっすよ!現状1番効果ありそうなのそれくらいじゃないっすか!」
「仮に告白するにしても今の鈴木の身体乗っ取ってんのクソジジイだぞ!?鈴木の魂があるのは分かってっけど、精神がクソジジイの鈴木に告白なんかしたかねぇッ!」
「……落ち着け勇者。抵抗理由は兎も角、あまり効果は見込めないだろうから別の案を考えた方が良い。」
「「え。」」
アレックスの抵抗に加勢したのは意外にも魔王であった。
「な、何でっすか!?良い案だと思ったのに!」
「どう足掻いても2度目の告白になるからな。新鮮さがない。キュンキュンしないだろう。」
「そ、それはそうっすけど……え?キュ、キュン?」
ご尤もな意見に室町は上手く言い返せない。というか気のせいだろうか。今魔王がキュンキュンとか言い出したような気がす……
「あと魔王的に2度目の告白はプロポーズであってほしい。」
「魔王的に!?」
やっぱり気のせいじゃなかった。放つ魔障から魔王であるのは明らかなのに、言動が色々とおかしい。室町が目を白黒させているとアレックスが彼の肩にそっと手を置いた。
「室町、魔王はこういう奴だ。慣れろ。」
「何ていうか、魔王って何なんすか……?」
混乱のあまり哲学じみたことを言い出した室町を落ち着かせる。しかし他に良い案が浮かばない。皆が頭を悩ませる中、おずおずと手を挙げた人物が居た。
「……あのさ、提案があるんだけど。」
皆の目線が彼に集中する。
金髪碧眼の青年、ツトムは重々しく口を開いた。
『さて、そろそろ聖女の魔力も限界ですかねぇ。』
聖女の結界はマンゲルの炎で覆われている為、中の様子は窺えない。だが、あれほどの大技を長時間維持するなどまず不可能だろう。魔人は勝利を確信した……
筈だった。
「《女神の大盾》!」
『!?』
突如聖女の結界が解かれ、マンゲルの目前に聖なる力を宿した盾が現れる。結界がもたないと踏んで面積を減らしつつ、より強固な防御へ変えたということだろうか。だがそれでは隙だらけだ。魔人はすぐさまマンゲルに指示を出した。
『マンゲルッ!防御の薄い所を狙って殺……』
「殺す?」
『ヒッ……!』
耳元で声がしたかと思えば、両肩に手を置かれた。生者とは思えぬほど冷え切った手は、魔人からみるみるうちに体温を奪っていく。生命の危機を感じながら、魔王は辛うじて動いた目を後ろへ向けた。
「貴様如きが私の生死を握ると言うか。笑わせる。」
そこに居たのは血を思わせるような赤い瞳の男。
本来の姿となった魔王が、何の表情もなく魔人を見下していた。
『いつの間に……!』
「莉花の身体、返してもらうぞ。」
『クソ!マンゲルッ、まずは魔王か……ら?』
身動きが取れなくなった魔人はマンゲルに呼びかける。しかし、その目線の先にあったのは……
驚いた顔で固まったままのマンゲルにくっついて笑う子供の姿だった。
『おねーちゃん、もっとあそぼー!』
『……は?』
藁帽子を被った子供が楽しそうにマンゲルへと触れると白い煙のようなものが出てくる。それに合わせてマンゲルの身体は徐々に灰色から白へと変わっていった。
――凍っている。
『これは一体……?』
「雪ん子を見るのは初めてですか?雪国では結構有名な精霊なのですが。」
そう言って魔人の前に姿を現したのはノアだ。彼は雪ん子の頭を優しく撫でると語り出す。
「一時的ですが使い魔さんを拘束させていただきました。確かに彼女の能力は強力です。ですが……」
「使い手がよろしくない。あなたが隙だらけだったお陰で簡単にできましたよ。」
そう言ってノアはニコリと笑う。その言葉に魔人は青筋を立てた。
『貴様……ッ!だ、だが!莉花の命を握っているのは私だッ!攻撃するならすれば良い!この身体が死のうが私には関係ない!代わりは幾らでもいる!』
魔人は叫ぶ。所詮莉花も使い魔も使い捨てだ。自分の障害になる者たちをこの場で始末したかったが致し方あるまい。
魔王の力を奪う上での最大の障害。
――呪術師・鈴木莉花だけでも殺す。
魔人は魔法で短剣を作り出し、そのまま莉花の喉元に突き刺そうとした。だが……
「だろうな。だからこそ、お前に手を下すのは私ではない。」
『……は?』
「《狼の咆哮》!」
『ッ!?』
刹那、魔人の身体が硬直する。ビリビリと身体が痺れるのを感じた魔人は咄嗟に回復魔法を掛けようとするが、既に目の前には人型の獣が迫っていた。
「その身体には傷ひとつ付けさせないッ!」
獣人形態となった室町は、一瞬の隙を突いて魔人の手から短剣を取り上げる。
『ぐっ、雑種が!』
「自分で身体いじくり回した奴にはどうこう言われたかないっすね!」
室町は笑いながら短剣を噛み砕いた。
「今っすよ……山田君!」
「ああ、いくぞ魔人……いや、鈴木!」
ツトムは室町の呼び声に応えると、1冊の可愛らしいノートを取り出した。
『……?』
魔人の頭に疑問符が浮かぶ。あのノートは一体何なのか。あれから魔力は感じないので、おそらく魔法道具の類ではない。ならばアレは一体……。魔人は身を固くして身構える。
ツトムはノートの1ページ目を捲ると、大きく息を吸い込んで腹の底から声を出した。
「5月8日ァァァァッ!自分を変える為ッ!今日から『ギャル化計画』を始めることにしたァッ!」
『……は?』
「まずは言葉遣いッ!クラスの中心に居る子はキラキラしてて明るい子ばかりッ!だからまずは口調から真似てみたァッ!」
『え……ぐッ!?』
――ドクン。
突然ノートの朗読を始めたツトムに混乱していると、心臓が一際大きく脈打った。
『(今のは……まさか)』
――莉花の魂が目覚めようとしている?
『貴様一体何を……』
「まじ卍ィィィッ!」
『いや何だそれは!?』
「如何なる場面でも使える超便利ワードォォォォォッ!」
『だから一体……ぐはっ!』
――ドクン、ドクン。
先程より一層強く、速く、心臓が脈打つ。強固な封印を施したにも関わらず、中から元の魂が出ようと足掻いている。魂の抵抗に魔人は思わず蹲った。
『き、貴様ッ!何だそれはッ、うぐッ……じゅ、呪具か!?』
「呪具じゃない。」
『だったらそれは……?』
苦しむ魔人に対し、ツトムはノートを握りしめながら言い放った。
「黒歴史だ。」
『何て?』
「偶々鈴木の部屋に入った時に見つけたんだ。アイツ真面目だからな。高校デビューする為に必死にギャルの勉強をしていたんだろう。このノートには、鈴木がギャルになるまでの過程が詰まっている。」
「だから、このノートを見た時思ったんだ。」
「これは使える……ってな。」
『それが味方に対する所業か!?』
勇者一行の仲間とは思えない言動に魔人は驚愕する。しかし魔人のツッコミにも動じず、ツトムは堂々としていた。
「ふん、好きに言えば良い。俺は弱いからな、確実に勝利する為には手段は選ばない。」
『貴様人の心がないのかッ!』
言動だけ見れば確かにツトムが完全に敵のソレである。彼自身人としてどうなんだとは思ってはいるのだが、緊急事態なのでそうも言ってはいられない。ツトムは開き直って魔人……否、その中に居る莉花に向かって叫んだ。
「……まあそういう訳だ。良いのか鈴木!?さっさとその身体奪い返さないと、このノートの内容を大声で叫ぶぞ!『まじ卍』の恥ずかしエピソード暴露されても良いのかァ!」
『この人でなし!……く、くそ!やめろ、抵抗す……ぐ、ぐぁぁぁぁぁっ!』
魔人が叫び声を上げると同時に、莉花の額に魔核の欠片が現れる。皮膚にめり込み、根を張るように一体となった赤の破片を見て、魔王は声を上げた。
「今だ!この魔核を破壊すれば此奴の支配下から解放される!」
『ぐっ……やめろぉ……ッ!』
『あっこの野郎!額隠すんじゃねぇ!』
魔人は必死に額を隠そうとするが、メフィストが生み出した影の手によって引き剥がされる。
影の手によって無理矢理前を向かされた魔人の目に入ったのは、勇者の剣ではなくただの竹刀を構えて迫る黒髪の青年の姿。
「漸く弱点晒したな、クソジジイ!」
『しまっ……』
魔人が構えるより速く、一瞬で距離を詰めたアレックスは竹刀に光の魔力を込める。
「《心閃》」
その突きは鋭く、そして音が無かった。
決して莉花の身体を傷つけることなく、魔核の欠片のみに狙いを定めてヒビを入れる。
『き、貴様ぁぁぁ……!覚えてぉ……』
魔人の声が小さくなるのに合わせて魔核のヒビが広がり、やがてパリンと音を立てた。砕け散った破片は砂のようになって消えていく。
完全に魔人の支配から解放された莉花は、意識を失ったまま前へと倒れ込んだ。
「ッ!鈴木!」
アレックスは慌てて莉花を抱き止めると、そっと彼女の様子を伺う。
「……。」
「鈴木。おいしっかりしろ、目を覚ま……ん?」
冷静になったアレックスはそっと莉花の顔の前に手を翳した。
「……ハァ、驚かせんなよなぁ。」
強固な封印に抗った反動からか、莉花は眠っていた。スゥスゥと寝息を立てる彼女を見て、アレックスはホッと一息をつく。
疲れ切っているが、大切な人を救うことができた。問題は山積みだが、とりあえず今はこれだけを伝えたい。アレックスは優しい笑みを浮かべて呟いた。
「おかえり、鈴木。」
次回かその次くらいで3章は終わります。




