【幕間】黒の魔女の独白
莉花の中学時代のお話。
子供の頃、親に隠れて御伽話を読むのが好きだった。お姫様を救う、白馬の王子様。物語に出てくるお姫様は皆可愛くて、王子様はキラキラしていて格好良い。
私もあんなお姫様みたいになりたいな。
あんな王子様が目の前に現れないかな。
……なんて、そんな幻想を抱いていた。でもそんな日が訪れることはあり得ない。
物語に出てくる悪い魔女。
姫と王子の幸せを邪魔して退場する悪役。
……それが私なんだから。
「あ、ほらあの子……」
「しっ!聞こえちゃってるって……」
――そんな風に言わないで。
「親がヤバい宗教やってんでしょ、確か。」
「そーそー、うちの親が絶対関わるなって。」
――もう、放っておいて。
私は1人、手にしたノートを強く抱き締めながら廊下を歩いた。
中学最後の年、皆が今後の進路に向けて勉学に励む頃。私は担任の教師に職員室に呼び出されていた。
「なぁ、鈴木。お前、進路希望白紙で出すって何考えてんだ?」
目の前の教師は面倒臭そうに聞いてくる。担任が言うには、まだ進路が決まっていないのは私だけらしい。
「お前の成績ならどこでも行けるだろう?何で白紙なんだ。」
「……親が学校に行く暇があれば、家業を手伝えと。」
「……あー。」
『家業』と聞いて、担任は露骨に顔を顰めた。私の家のことを知らない人は少なくともこの地域には居ない。
私の両親は所謂悪魔信仰者だ。何処から仕入れてきたのか分からない悪魔や黒魔術の本などを蒐集して、日夜他の信者たちと儀式に励んでいる。本人たち曰く自分たちは呪術師の家系なんだと公に主張しているが、そんなモノ現代日本人からすればまず関わろうとはしない人種だろう。
そんな家で育ったものだから、私も幼い頃から趣味の悪い儀式とやらにずっと付き合わされてきた。服だって黒くて薄汚れたものしか着せてもらえず、反抗すれば殴られる。こんな生活から、家から抜け出したくて勉強だけは意地でも頑張ってきたけれど、あの人たちは娘の成績には一切興味が無い。進学させてもらえないんじゃこれまでの努力は無駄だったみたいだ。
――結局、私はあの人たちから逃れられない。
黙りこくった私から担任は目を逸らす。家業の手伝いをすることが私の本意ではないことくらい、この男には分かっているはずだ。でも助け舟は出さない。
「なら就職とでも書いとけ!」
そう言って担任は私が提出した白紙の進路調査票を押し付けた。……別に期待していた訳じゃない。だって私も先生の立場なら同じようにするだろうから。
「……はい。」
私は第一希望に就職と書いて先生に手渡した。
「ハァ……。」
進路希望調査票を提出し、私は教室へ荷物を取りに行くことにした。帰ったら帰ったで今日も儀式とやらをさせられるんだろうな。憂鬱な気持ちで教室に入ろうとすると、扉の向こうから声が聞こえてくる。
「ねぇちょっとぉ、やめなよぉ〜!」
「大丈夫だって!せっかくなんだからもっと可愛くデコっちゃお♡」
「キャハハハ!」
――またか。
中で何が行われているかは分かっている。大方、クラスの女子たちが私の机にいたずら書きでもしているんだろう。小学生の頃からこの手のイジメは一通り受けていたので、今更何とも思わない。拭くのが面倒だなぁ……くらいだろうか。というか、学校の机に落書きするのは器物損壊にあたるんだけど分かってんのかな。
今ここで入ったところで面倒臭くなるのは目に見えている。暫く何処かで時間潰そうかな、と引き返そうとした時だった。
「何してんの?」
「うわっ!?」
突然背後から声を掛けられ、驚いた私は勢いよく扉に頭をぶつける。……やってしまった。
突然扉が大きく音を立てたので、扉の向こうの女子たちが話すのをやめて扉を開ける。バツの悪そうな顔をした女子だったけれど、私の顔を見るとニヤニヤとし出した。
「え、何……ってなんだ、鈴木じゃん。」
「えっと……ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて。」
「丁度良いや、こっち来なよ〜。アタシらの力作だからさぁ!」
「え、いやだいじょ……」
「来いよ。」
有無を言わさぬ物言いに、私は大人しく着いていく。辿り着いた私の机には案の定、「死ね」だの「キモい」だの書いてある。可愛くデコったつもりなのかハートマークが辺り一面に散りばめられていた。
「どう?アンタにピッタリっしょ?」
「……。」
「何か言いなよ〜。あ、もしかして感動しすぎて言葉出ないとか?」
――心底どうでも良い。
……というのが答えなのだが、こんなこと言ったら後が面倒臭いので私はどう答えるか決めかねていた。でも雄弁は銀、沈黙は金とも言うしなぁ。
私が何も言わずに下を向いて突っ立っているので、女子たちはとうとう痺れを切らしたらしい。
「なんか言えよ!」
1人の女子が私の髪を無理やり掴んで顔を上げさせる。
「……。」
私は何も言わなかった。
何も言わずに、じっと彼女の目を見つめる。
「……ッ!おい、聞いてんのか!?」
「……。」
髪の毛を引っ張られて痛いが、親の折檻に比べたら可愛いモノだから問題はない。そのまま黙って見つめ続けていると、相手の方が折れたようだった。
「……も、もう良い!行こッ!」
「え、ちょっと!?待ってよ!」
「どうしたのさ急に!?」
私の髪を掴んでいた女子が逃げるように出ていき、他の女子も慌てて着いていく。静かになった教室で、私は1人溜め息を吐いた。
「ハァ、机綺麗にしな……」
「これ使う?」
「えっ!?」
再び背後から声がして私は飛び跳ねた。あ、そういえばさっきも背後から声掛けられたな。振り返ると、そこに居たのはクラスでも一際目立つ男の子だった。
「……や、山田君。」
この国では珍しい金髪碧眼の容姿の彼は、手にバケツと消毒液を持っている。
「雑巾とあと保健室からエタノール借りて来た。その落書き、油性だろ。」
「あ、うん……ってええッ!?」
山田君は返事を待たずにそのまま私の隣を通り過ぎると、雑巾で机を拭き始めた。
「え、いや、良いって!私、自分でやるから!」
「何で?」
「何で!?え、ええっと……私の机、だから?」
「でも落書きしたのは鈴木じゃないだろ。」
「いや、それ言ったら山田君でもないよね……?」
私のツッコミに山田君は暫く黙り込んでしまった。……ちょっと気安く話し過ぎちゃったかな。私が不安を抱えていることなど露知らず、彼は漸く口を開いた。
「確かに。」
「(天然さんかな?)」
しかし彼は手を止めることなく机を拭き続けた。
「でも俺がやりたいからやってるだけだし、別に良いよ。」
「で、でも……」
「鈴木ってさ、いじめられてるんだよな?」
「……。」
突然の問いに私は黙る。……まあ、誰がどう見てもそうだよね。その沈黙を肯定と受け取ったのか、彼は話を続けた。
「その割にはそんなに堪えて無さそうに見える。」
「あはは……どうだろうね。」
「……俺も昔いじめられたことあるから放っておけなかった。」
「へ?」
山田君がいじめられてた?いつの話だろうか。小学校時代の話かな。私が目をぱちくりさせていると、山田君が慌てて説明する。
「あ。卒業した小学校じゃなくて、転校前の学校で。俺、こんな見た目だから浮くだろ?一応生まれも育ちも日本なんだけどな。」
「そ、そうだったんだ。」
「ああいう手のイジメは一通り受けたから、対処法も何となく。さっきもあそこで入ったら鈴木が困るかと思って助けなかった。ごめん。」
「あ、良いよ。大丈夫。」
山田君はまた黙って拭き掃除を始めた。私も拭こう。もう1枚あった雑巾を絞って、彼の反対側から拭いていく。
「俺の場合は、転校して環境がかなり変わっていじめられることはなくなったよ。まあ何より、うざいくらいに構ってくる奴が居たから無理やりクラスの輪に溶け込まされた。」
「……う、うざい?」
彼とは小学校が違うので、彼の小学生時代のことはよく知らない。少なくとも中学ではその容姿と文武両道でクールなところが人気だけど。
「そ、うざかった。家も隣だったせいで毎日顔を合わせるし。」
彼とは今年初めて同じクラスになったから、話したこともあまりない。いつも無表情な印象だったけれど、今話している彼は心なしか表情が緩んでいるような気がした。
「前の学校でいじめられてたから、俺かなり人間不信になっててさ。そいつにも結構酷いこと言っちゃったんだよ。」
「喧嘩しちゃったの?」
「……まあ、喧嘩かな。その後色々あって仲直りはしたよ。そいつのお陰でそれなりの小学校生活送れたと思う。だからこそ思うんだ。」
「?」
机はいつの間にか綺麗になっていた。彼は雑巾を手に取ると、真っ直ぐ私の目を見つめる。
――こんなに綺麗で真っ直ぐな瞳、初めて見た。
「鈴木は昔の俺と似てるから分かる。お前、いじめられてもそんなに辛くなくなってるだろ。」
「……ッ!」
「それってさ、結構ヤバい状況だと思うんだよ。上手く言葉にできないけど心が死んじゃう……っていうかさ。」
そう言って彼は少し目を逸らした。らしくないことを言っている、と思っていたからかもしれない。
「その、さっき言った奴の受け売りなんだけどさ。本当にヤバいと思ったら声に出せよ。」
「……。」
「今までは声にしても無駄だったかもしれない。でも声を出さなきゃ、本当なら助けられる奴も気付けないよ。」
「でも、期待してもう傷付きたくな……」
「俺は助ける。」
「!」
「あとクラスは違うけど、杏も。あ、杏っていうのはえっと……」
「……ふ、ふふっ。」
何と説明しようかと唸っている彼を見て、私は思わず笑ってしまった。
別に信用した訳じゃない。
期待する訳じゃない。
――だけど
あんなに私を見てくれた人は彼が初めてで、その時はただ嬉しかったんだ。
それからもイジメは続いていた。けれど、これまでと違うのは山田君がさりげなくフォローしてくれていることだ。表立って介入するとイジメが激化するだけだから、と本当にさりげなく。親に言ったところでどうにもならないし、担任も見て見ぬ振りをするこのイジメを根本から無くすのは難しいから。
状況は変わらなくても、気に掛けてくれる人がいる。そう思うと少し気が楽になってきて、それほどお話しする訳じゃないけれど山田君と会うのが楽しみになっていた。
……今思うと私は浮かれていたのかもしれない。その頃には心に少し余裕ができて、いじめっ子たちへの対応もかなり適当になっていた。それが癪に触ったんだろう。
ある日、私はいつものいじめっ子たちに呼び出された。面倒臭いし無視しようかな、とも思ったけれど、無視して帰ったら明日の机はもっと悲惨なことになっているだろう。私は仕方なく放課後の体育館裏に向かった。
「何待たせてんの?」
リーダー格の女子は不機嫌そうに言葉を吐き捨てた。
「アンタの為にわざわざ時間作ってやってんですけど。」
「ええっと、どうも……?」
いや知らんがな……とは言えないので、私は適当に言葉を濁す。そんな反応にますます苛立ったのか、彼女はとうとう堪忍袋の尾が切れたらしい。いつものように私の髪の毛を引っ張ると、唾が掛かりそうなくらいまで顔を近付けて叫んだ。
「ッ!いい加減にしろよブスッ!何でもかんでも私気にしてませんって態度が気にくわねぇんだよ!」
「……。」
いつもならこの場も適当にやり過ごしていただろう。ただ、この日は何となく言い返してみたくなった。私は以前のようにじっと彼女の目を見つめて言い放つ。
「……何で貴方たちのやることいちいち気にしなきゃいけないの?」
「は?」
「心底どうでも良い。家でやられる折檻に比べたら可愛いもんだし。流石に命の危険に晒されるレベルだったら考えるけど。」
突然言い返されて驚いたのか、いじめっ子たちはポカンと口を開けていた。けれど、何を言われたのか理解したようで彼女たちはだんだんと顔を赤くしていった。
「テメェ!」
「ッ!」
頭に血が上った女子生徒はより強く私の髪を引っ張る。プチプチと何本かの毛が抜けた。私が痛そうな顔をすると、彼女は何かを思い出したのか口の端を上げる。
「……ああ、そうかぁ!アンタ最近山田と仲良いから調子乗ってるんだ。」
「……ッ!」
「気付いてないとでも思ったぁ?ま、アイツはそーゆーヤツだよねぇ。アタシらが文句つけづらいような立ち回りしてさぁ。あ、ひょっとして惚れちゃってたとか?中身はともかく、見た目だけなら白馬の王子様って感じだもんねぇ!」
――惚れた?私が、山田君に?
「山田も罪な男だねぇ。アイツそーやって何人の女の子勘違いさせてんだか。」
彼女はわざとらしく顔を歪めて私に言い放つ。
「アイツ、彼女居るよ。」
「えっ……。」
――彼女、居たんだ……。
その言葉に、何故か私の胸はズキッとした。いや、あんな良い人だ。居てもおかしくはない。実際モテてるし。正直あまり驚かなかった。
それなのに……何で私の胸はこんなに苦しいんだろう。
「ああ、隣のクラスの佐藤さんね。美人だよねぇ、明るいしクラスの人気者だし、アンタとは大違い。」
「そーそー、山田と並んでるとマジでお似合いだよねぇ!」
佐藤さん、その名前には覚えがあった。同じクラスになったことはないけれど、クラスの男子が噂をしていたのを小耳に挟んだことはある。目がくりくりとしてて可愛らしい少女だった。
「つまり、アンタの恋が実る訳ないってこと!かわいそ、告る前に撃沈しちゃったねぇ〜?ま、山田じゃなくてもアンタと恋愛できるようなバカ居ないと思うけどぉ!」
「「キャハハハ……!」」
私は何も言えずに拳を強く握り締めた。何でだろ、今まで何言われても気にならなかった筈なのに、瞳から何かが溢れてくる。
「え、嘘。泣いてるよコイツ!」
「うっわ、キモっ!」
「あ、そうだ!私イイこと思いついちゃった♡」
取り巻きの1人が鞄の中から何かを取り出す。夕陽を受けてソレはキラリと光る。
「次の恋愛は上手くいくようにさぁ、私たちがプロデュースしてあげんよ!」
そう言って彼女は手にしたソレ――ハサミを動かす。
「良いねぇ!折角だから可愛くしてやろうよ!」
「ちょっ……やめ……ッ!」
「何、うっさいんだけど。」
そう言ってリーダー格の女子は取り巻きからハサミを受け取ると、取り巻きたちに私を押さえつけさせる。
「そーだなー、髪めっちゃ傷んでるしぃ……バサっといっちゃおっか!」
「黒髪だし、日本人形みたいにパッツンにしちゃおーよ!」
「良いじゃん、かわいい〜♡」
――結局、こうなるのか。
掴まれた髪がハサミの音と共にパサっと落ちる。どうせ髪が切られようと誰も文句を言わないから。だから彼女たちは私をどう扱っても良いと思ってる。
別にどうでも良い。気にしなければ、辛くならない。心を無にすれば、何も感じなくなる。
そう、何も感じなけれ……
『それってさ、結構ヤバい状況だと思うんだよ。上手く言葉にできないけど心が死んじゃう……っていうかさ。』
「あっ……」
その時、私の脳裏に彼の言葉が蘇った。
『本当にヤバいと思ったら声に出せよ。』
『今までは声にしても無駄だったかもしれない。でも声を出さなきゃ、本当なら助けられる奴も気付けないよ。』
信じて、良いんだろうか。
誰かに頼って、良いんだろうか。
こんな私を……助けてくれる人は居るんだろうか。
『俺は助ける。』
「ッ。……けて。」
「は?何言っ……」
「助けて……ッ!誰か……ッ!」
私は、思いっきり叫んだ。泣いてたから、上手く声を出せなかったけど。すっごく情けない姿だったと思う。鼻水まで出てたし。彼女たちの言う通り、キモい顔してたかもしれない。
――それでも、彼の言葉に縋りたかった。
「……なんだ。ちゃんと声、出せんじゃん。」
「あ……。」
目の前でポタ、ポタ……と赤い雫が落ちていく。ハサミは私の髪ではなく、目の前の彼の手を切っていた。
「ごめん、遅くなった。」
この国では珍しい金髪は夕陽を受けてキラキラと輝いている。申し訳なさそうな顔で此方を見つめる瞳は綺麗な碧で、初めて話した日と同じく真っ直ぐ私を映していた。
「や、山田君……ハッ、手から血が……!」
咄嗟に庇ったからか、彼はハサミを思い切り掴んでしまっていた。
「あ……いや……わた、し……」
リーダー格の女子はハサミを手放して数歩後ずさる。まさか怪我させることになるとは思っていなかったんだろう。先程までの強気な表情は見る影もなく、口を震わせて怯えていた。
「おい。」
「ヒッ!」
山田君は女子たちの方を向くと、初めて聞くような低い声を出した。
「知ってるか。人の髪無断で切るのは暴行罪だ。」
「へっ?」
「あとお前らが前に鈴木の机に落書きしてたろ。あれは器物損壊罪。あれ、学校の備品だからな。」
「……。」
私からは山田君の表情が見えなかったけれど、その声はとても冷め切っていた。
「鈴木も周りも何にも言わなかったから、お前ら好き勝手やってたんだろ?訴えられなきゃどうにでもなるって思ってたんだろ?所詮ちょっとした嫌がらせだから。」
「わ、わた……わたしたちは……!」
「ああ、でも残念だったな。」
そう言って山田君は血だらけになったハサミを彼女たちの前に落とす。
「お前らのせいで俺は手を怪我した。悪いけど、保健室行って報告させてもらうから。……これまでのことも含めて全部な。」
「あ、いや待っ……!私たち、わざとやった訳じゃ……!」
「ハサミ人に向けてる時点でわざともクソもねぇだろ。……ほら鈴木、立てるか?」
「え、あ……うん。」
山田君は怪我してない方の手を私に差し出した。私が手を伸ばすと、そのまま力強く引っ張って立たせてくれた。彼はジャージの上を脱ぐとそのまま私の頭に被せる。
「髪、隠すと良いよ。……汗臭かったらごめん。」
「……。」
そのまま彼は、私の手を引っ張って保健室へ連れて行ってくれた。
その手は男の子らしく力強くて、それでいて優しくて。
その背中は誰よりも大きく見えた。
バクバクと音を立てる心臓を押さえながら、私は漸く気が付く。何で、今まで気が付かなかったんだろう。
彼女たちが言った通りだ。私は……
「(山田君が、好きなんだ。)」
顔が赤くなっているのを悟られないように、私は頭のジャージで顔を隠した。
「ツトム!怪我したんだって!?大丈夫!?痛い!?」
「……杏、五月蝿い。」
「佐藤さん、ここ保健室だから。」
「すすすみません!」
保健室で手当てをしてもらったあと、暫くして勢いよく現れたのは佐藤さんだった。ああ、きっと彼氏が怪我したって聞いて慌ててやってきたんだろう。
「もう、無茶しすぎ。怪我したって聞いて心臓飛び出るかと思ったんだから……。」
「こんなことでいちいち驚いてたら心臓幾つあっても足りないんじゃない?」
「誰のせいだと……!」
「(仲良いんだなぁ……。)」
楽しそうに話す2人を私はぼーっと眺めていた。佐藤さんは近くで見てもやっぱり美人で、表情をコロコロと変えて話す姿はとても可愛らしい。そして山田君はそんな彼女の姿を優しげな表情で見つめていた。
「(杏……ああ、そうか。彼女が……。)」
山田君のその表情には見覚えがあった。
『うざいくらいに構ってくる奴が居たから無理やりクラスの輪に溶け込まされた。』
彼にうざいくらいに構ったお隣さん。その人のことを話す時と同じ表情を彼はしていた。彼女が心配そうに顔を近づけると、山田君は顔を真っ赤にして目を背けていた。
「(山田君、佐藤さんのこと本当に好きなんだ。)」
一応佐藤さんは私の恋敵……になるんだろうけど、悔しいとかそう言う感情は湧かなかった。彼女には敵わないし、何より……
――御伽話に出てくるお姫様と王子様みたい。
そう、思ってしまった。まるでパズルのピースがかっちりハマったみたいに2人はお似合いで、素敵だなと思ったのだ。
「あ、そーだ。」
「!?」
暫く彼らの様子を眺めていると、佐藤さんは私の方へ駆け寄ってきた。
「えっと……お話しするの、初めてだよね。私、佐藤杏。よろしくね。」
「あ、はい。す、鈴木……です。」
「うん。鈴木莉花さん、だよね!ツトム……ああ山田から話は聞いてるから!」
「えっ?」
なんと彼女は私のことを知っていた。私が驚いていると、山田君が説明してくれた。
「鈴木のこと、杏に相談してたんだよ。ほら、女子のアレコレとか俺よく分からないし。」
「ツトムに任せてたら状況悪化しそうだったしねぇ。で、案の定こんなことになってたけど。」
「……ゴメン。」
佐藤さんから睨まれて山田君はたじたじだった。どうやら彼女の尻に敷かれるタイプらしい。
「……ごめんなさい、2人を巻き込んで。」
「な、何で鈴木さんが謝るの?ツトムの怪我のことなら悪いのはあの子たちだし、そもそも私ほぼ何もしてない!」
「俺も勝手に手ェ出しただけだから鈴木が気にすることじゃない。」
そう言って気にするなと言ってくれる2人を見て、勇気を出して声を上げて良かったと思えた。そして思わず、
「……本当にお似合いだなぁ。」
「「えっ?」」
口にしてしまったようだ。慌てて訂正しようと私は慌てて口を開く。
「あ、いやごめんなさい!お2人とも優しくて、お似合いカップルだなぁなんて思ってたら思わず……!ごめんなさいごめんなさい!」
私が混乱しているのを見かねたのか、佐藤さんは顔を真っ赤にしながら止めに入った。
「えっ、ちょっ待って!鈴木さん、何か誤解してない!?」
「……えっ?」
私が動くのを止めると、佐藤さんも深呼吸をして身体を落ち着かせる。
「「私(俺)たち付き合ってないよ(ぞ)?」」
「んなバカな。」
……あんなにイチャイチャしてて?私が信じていない目をしていることに気が付いたのか、佐藤さんたちは弁明する。
「私たち、ただの幼馴染だから!ほら、家も隣だから半分家族みたいな!?」
「そそそう、そうだ。うん、家族。家族……みたいな……」
いやそれ家族って恋人以上では?というか山田君に関しては佐藤さんが言ってることそのまま繰り返してるだけだし。しかも自分で言いながらダメージ受けてる……。
「……プッ、クク……アハハハハ!」
目の前で繰り広げられる漫才に、私は思わず吹き出してしまった。こんなに大きな声で笑ったのは初めてでお腹が痛い。そんな様子を見た2人も、顔を見合わせると笑い出した。
――誰かと一緒に笑うって、こんなに楽しいんだ。
私はその日、初めて笑いすぎで筋肉痛になった。
漸く笑いがおさまって落ち着いた頃。佐藤さんが私の顔を見て口を開いた。
「……あのさ、鈴木さん。もし良かったらなんだけ私にヘアアレンジさせてくれない?」
「えっ?」
「その髪さ、折角だからきちんと整えたくて。」
彼女に言われて、そういえば自分の髪がいじめっ子たちに切られて短くなっていたことを思い出す。保健室の先生がある程度切り揃えてくれたけれど、それは応急処置だ。そもそも親に髪の毛は儀式に重要だからと碌に切らせてもらえてなかったから、個人的にはこれでも十分なんだけど。
「でも……」
「あんなことがあったから、会ったばかりのヤツに髪触らせたくないのは分かる!私も同じ立場だったら断る!けど、こんなダイヤの原石を放っておくなんて……」
佐藤さんは私の顔をビシッと指差して叫んだ。
「私のオンナの本能が許せないと叫んでるッ!」
「いや何だそれ……。」
熱く語る佐藤さんに山田君は呆れている。だが、彼は私の方へ向き直ると頭を下げた。
「えっと……コイツ言ってることめちゃくちゃだけど、もし鈴木が良ければ杏に任せてもらえないか?絶対に後悔させないから。俺が保証する。もし失敗したら杏も同じ髪型にするから。」
「うん、する!」
鼻息を荒くてして同意した佐藤さんは本気のようだ。
「……それなら、お願いします。」
私は彼女にヘアアレンジをお願いすることにした。
「……どう、かな?」
「わぁ……!」
それまでの私は長くて傷んだ黒髪を後ろで束ねていただけだ。前髪も、目を隠せと親に言われていたからずっと伸ばしっぱなし。ピンも持っていなかったから、留めることもできずに無理やり横に流していた。
けれど鏡に映った私は別人のようだった。
日本人形のようになっていた髪は適度に散らされて軽めに仕上がっている。前髪はバッサリと切って眉が隠れるくらいの長さで顔が良く見えた。自分の姿を見るのが嫌で、鏡にきちんと向き合ったことがない私は驚いた。
――私、こんな顔だったんだ。
「折角だからピン使ってオシャレにしよっか。」
そう言って彼女は鞄の中から赤のカラーピンを取り出す。
「鈴木さん、綺麗な黒髪だから赤がめっちゃ映えると思うんだよね!」
そう言って彼女は私の左側の前髪をピンでバッテンにして留める。
「あとは……」
そう言うと彼女は私を立たせて背中を思い切り叩く。
「わっ!?」
「姿勢!これが1番大事!」
そう言われて私はビシッと立った。……あれ、私の目線、こんなに高かったっけ?
「やっぱりね。鈴木さん、身長高いから勿体無いなぁって思ってたの!こうして見るとモデルさんみたい!」
そう言って彼女は太陽のような笑みを浮かべた。
「前を向こう、鈴木さん。心も、目線も。」
「今日、鈴木さんが勇気を出して声を上げてくれたからツトムが助けに来れた。」
「今もそう。鈴木さんが私とツトムを信じてくれたから、一緒に笑うことができた。」
「鈴木さんは変われる。だから、折角なら大胆に変わっちゃおうよ。家のこととか関係ない。これが自分だって、これが鈴木莉花なんだって、前向いて胸張って歩こうよ。」
「そうやって誰よりも人生謳歌したらさ、いじめっ子たちも見返してやれると思わない?」
佐藤さんは最後に悪戯っぽく笑っていた気がするけれど、私は何故か視界がぼやけていたせいでよく見えなかった。
「……。」
私は手にしたカラーピンを手にしながら、昔のことを思い出していた。
「どうした、莉花。」
「魔王。」
いつの間にか私の背後には魔王が居たらしい。彼は私の傍へ寄ると、私が手にしているピンを見つめた。
「それはいつも持ち歩いているやつか。」
「うん、そう。御守り。下向きそうな時はこれに元気貰うの。」
『俺は助ける。』
あの日の彼の行動が、私に勇気をくれた。
『前を向こう、鈴木さん。心も、目線も。』
あの日の彼女の言葉が、私を変えてくれた。
――今の私があるのは、2人のおかげ。
「あっちの魔王は今どうしてる?」
「……眠っているようだ。宿主が起きているからだろうな。」
「そっか。そういえば何であの時寝てたんだろ。」
莉花が部室棟へ駆けつけた時、彼は既に気を失っていた。怪我は杏が治していたはずだけど。どちらにせよ、今は杏が目覚めるのを待つしかない。……ちょっと気合い入れすぎたせいで全く目が覚める気配ないけど。
1度様子でも見に行こう。そう思った時だった。
「ッ!?」
身体にピリッと電流が走った感覚がする。それに気付いた魔王が心配そうに此方を見つめた。
「どうした?」
「侵入者。結界が破られた。」
かつて両親が信者たちと儀式をやっていた古い洋館。でもそれは去年までの話で、今は誰も住まない幽霊屋敷となっている。誰も近寄りたがらないからアジトとして使っていたのだが、思ったより早く来たようだ。
「ふふ、流石だな。」
「笑ってる場合?下手したらこっちが殺されかねないよ。」
私が呆れて言うと、魔王は鼻で笑った。
「フン、私が殺されるとでも?」
「……いや、それはないかな。魔王は強いし。」
「だろう?」
「まあ良いけど。じゃ、行こっか。」
私たちは準備を整え、杏が眠る儀式の間へと向かう。
「(あの2人は戦わせない。私と魔王であの男を殺す。)」
――だから
「邪魔しないでよ、アレックス。いや、勇者一行。」
黒の魔女は、杖を片手に呟いた。
あれ、家の件全く解決してなくね?って思った方、ご安心ください。彼女の両親のことは本編で触れていきます。
鈴木家が呪術師の家系なのは本当です。ただ莉花の両親は才能が全くなく、魔道書通りにやっても出来ないからと間違った儀式ばかりを行なっていました。その為、中学時点では莉花は魔法の知識ほぼゼロです。
いじめっ子たちはそれ相応の罰を受けています。特に主犯格の女子生徒はイジメが公になったこと、ツトムに怪我を負わせたことで決まっていた高校の推薦を取り消されたようです。他の女子も悪評が広まって転校する羽目になりました。担任は別の学校に飛ばされてます。




