勇者一行、学生生活を送る(イザベラの場合)。
当時30センチ定規を剣に見立てた小学生は私だけではないはず。
「イザベラさーん!お待たせしました!」
「私も今来たばかりよ、杏。」
勇者一行が高校に編入してから早1ヶ月。校門の前で合流した杏とイザベラは、共に帰路につく。敵からの襲撃は未だないものの、魔王がこの世界に居る以上油断はできない。その為、杏が帰る時はツトムや勇者一行と共に帰るようにしていた。
「いつも私の護衛してくれてありがとう。でも、イザベラさんだってアレックスたちみたいに部活動しても良いんだよ?」
歩きながら、杏は申し訳なさそうに眉を下げた。何だかんだで、勇者一行はイザベラを除いて課外活動に参加している。
アレックスは運動部全般の助っ人に、
シャーロットは日本文化研究会に、
ノアはオカルト研究会に。
それぞれ都合を付けて杏の護衛をしてくれている。しかし、イザベラだけは帰宅部のまま杏の護衛をやっていた。杏自身もチアリーディング部に所属しているので、活動日は練習が終わるまで待っていてくれるのだ。
「良いのよ、私は特にやりたいことはないし。強いて言えば、貴方の護衛をしたいってくらいかしら?」
「イザベラさん……。」
「貴方は命の恩人だもの。絶対に守ってみせるわ。」
そう言ってイザベラはニコリと笑った。初めて会った時はお色気魔女としての印象が強かったイザベラだが、共に過ごしているうちにそれが表面的な部分でしかないことに杏は気が付いていた。
「イザベラさんって、真面目だよね。」
「あら、そうかしら。」
「何というか普段のお色気全開って感じも、何だか演じてる……みたいな。」
「……ふふ、さてどうかしらねぇ?」
杏の問いにイザベラは妖艶な笑みで返すと、前を向く。そしてほんの少し間を置いてから話し出した。
「……姉にね、せっかくスタイル抜群なんだからもっと大胆にいけ〜って言われたのよ。」
「だ、大胆に……。」
そう言われて、杏は思わずイザベラの胸を直視する。確かにイザベラのプロポーションは凄い。シャツが閉まりきらないほどの豊満な胸は、編入初日に大多数の男を保健室送りにしている実績がある。イザベラの姉が言っていることは正しかったのだろう。
「凄いアドバイスするね、そのお姉さん。ていうか、イザベラさん妹だったんだ。何か意外。」
勇者一行の最年長はノアとイザベラだ。基本的にアレックス以外は皆しっかり者で面倒見が良いのもあるが、イザベラは特に勇者一行のお姉さんポジションというイメージが強い。
「誰かに甘えたりするタイプでもなかったしね。昔は結構冷めた子だったのよ、私。」
「そ、想像がつかない……。」
「ふふ。そう言ってもらえるのなら、今の私はちゃんとやれてるのね。」
杏の位置からイザベラの顔は見えない。ただ、その声色は何処かホッとしているような、切なさそうな……そんな印象を受けたのだった。
「そういえば、今日もエリザベス様の所へ行くの?」
もうそろそろ自宅が見える距離まで来たタイミングで、イザベラが尋ねる。
聖女の力が覚醒して以来、杏はエリザベスから魔法を教わっている。とは言っても聖女の魔法はエリザベスであっても専門外のようで、内容は魔法の基礎知識や魔力の制御などだ。
「うん。両親からも自衛手段として習ったほうが良いって。」
「ご両親が魔法に理解のある人で良かったわねぇ。」
イザベラが聞いた話では、杏の家は魔法使いの家系ではないらしい。昔とある事件に巻き込まれた際に魔法の存在を知ったそうだが、今では当たり前のモノとして受け入れている。
「(杏もそうだけど、ご家族も器が広いというか何というか……。)」
イザベラは魔核竜事件後、杏の身に起こった事態を説明する為、佐藤家に赴いた時を思い出す。聖女などと聞かされて勿論驚きはしていたものの、山田家の人々なら安心して杏を任せられると笑顔で言い切っていた。あの家庭で育ったから、杏はあんなに真っ直ぐな性格になったのだろう。
「一度家に荷物を置いてから行くよ。イザベラさんは先に……へッ!?」
「どうしたの杏……えッ!?」
自宅がある通りの角を曲がった瞬間、杏とイザベラは目を見開いた。
身長は小学校低学年くらいだろうか。黄色の学生帽子を被ってランドセルを背負い、手には30センチ定規を握っている。その姿は、本来であれば微笑ましいと感じられただろう。
だが、ソレは小学生ではない。
▶︎イザベラたちの前に 小鬼小学生が現れた!
「「……いやどんな小鬼!?」」
小鬼が出てきたことはもうこの際突っ込まないでおこう。何故、小学生の格好をしているのか。旧校舎のロッカーミミックといい、此方の世界の影響を受けているのだろうか。
イザベラたちが固まっていると、近くの電柱の影から男の子の泣き声が聞こえてきた。
「うぅ……僕のランドセルゥ〜。」
「「(現地調達だった!)」」
どうやら通りすがりの男子小学生を襲って装備一式奪い取ったらしい。杏は慌てて男の子に駆け寄ると、回復魔法を唱えた。
「《女神の祝福》!」
杏が祈りを捧げると、少年の膝にあった擦り傷はみるみるうちに消えていく。
「どう、痛くない?」
「……お、お姉ちゃん魔女なの!?」
「えっ。……あー、うん。そんなところかな。」
「すげー!」
屈託のない笑顔を向けられ、杏は何とも言えない表情でそれを肯定した。何か、否定するのが申し訳ない。というか、魔女じゃなくて聖女だし……など言えるわけがない。それはただの頭のおかしいヤツだ。
「と、とりあえずあの小鬼から君のランドセルと定規取り返すから待っててね!」
「うん!」
杏の言うことを素直に聞いた少年は、そのまま後ろに下がる。その様子を確認した後、杏はイザベラのサポートに入る。
「イザベラさん、どうやって倒しますか。」
見た目だけ見ればそこまで強そうには見えないが、そうやって人間を油断させる魔物も多いのだとエリザベスから教わっている。杏にとって実戦は初めてだ。勝手に判断して行動しないほうが良い。
「そうねぇ、とりあえず……《雷の裁き》!」
「ギャアアアアッ!」
小鬼の頭上に発生した小さな雷雲から、力強い光が放たれる。小鬼は大きな悲鳴を上げると真っ黒に焦げた塊と化し、やがて塵となって消えた。
……ランドセルごと。
「「ランドセルゥゥゥ!?」」
「あ。」
▶︎イザベラたちは 小鬼小学生を 倒した!
▶︎しかし、 ランドセルは 失われてしまった……。
その後何とかランドセルを復元することに成功し、事なきを得たイザベラと杏なのであった。
「……ほう、以前よりも回復魔法が上達している。全知の魔女にでも教わったんでしょうなぁ。」
イザベラたちが交戦した地点から遥か遠く。人が近寄らない雑木林の中で、老人は水晶に映る光景を眺めながら呟いた。
魔核竜との戦いの中で覚醒した聖女は、着実に自身の力をコントロールする術を身に付けつつある。老人は水晶に映る杏を忌々しげに見つめると、1人愚痴をこぼす。
「全く……こんなまどろっこしい真似をせずとも殺せば済む話でしょうに。私の主人はどうにも甘いのがいけない。」
魔王を手中に収められなかった今、最も警戒すべきなのは聖女・佐藤杏だ。だというのに、主人は様子を見ろと言って手出しをしないよう釘を刺してきた。
「勇者一行と居れば小鬼如きにやられるはずはないでしょうにねぇ。」
だから今回小鬼を放ったのは、一種の実験だ。現時点での佐藤杏の実力さえ分かればそれで良い。
「さてさて、私の目的が果たされるのはいつになることやら。」
老人は感情の読めない笑顔を浮かべ、自身の隠れ家へと帰って行った。
旧校舎のロッカーミミックも、ロッカーを気に入って擬態するようになりました。郷に入っては郷に従えスタイルです。




