勇者一行、学生生活を送る(シャーロットの場合)。
シャーロットは音楽が大好き。
勇者一行が高校生になってから3日。各々が黒幕や呪術師の行方を追っていたが、未だに手掛かりは掴めない。
「(陛下にこれ以上心配を掛ける訳にはいかないな。)」
シャーロットは故郷の父を思い出していた。クラシス王国始まって以来の名君と称される国王、マイケル・クラシス。精神と肉体の鍛錬を尊ぶ王国の頂点に立つ彼は、シャーロットにとって父であると同時に武術の師でもある。
『死ぬなよ。』
魔王討伐に行く時に掛けられた言葉はたったこれだけ。だが淡々とした口調の中に子を想う愛情が込められているのは、シャーロット本人が誰よりも理解している。勇者一行が行方不明になって早1週間、顔には出さないだろうがさぞ心配しているに違いない。
「(早く手掛かりを見つけなければ。)」
シャーロットが決意したところで、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
「じゃあ、今日はここまで。ちゃんと復習するのよ〜。」
ほんわかした雰囲気の女性教師が終わりを宣言した瞬間、クラスは一気に騒がしくなる。次は確か移動教室だったか。数学のテキストを机に仕舞ったシャーロットは、次の授業のテキストを探す。するとここ数日で仲良くなった女子生徒たちから声を掛けられた。
「シャーロット様、音楽室まで一緒に行きませんか?」
「是非。……それと、様付けはやめてくれないか?私たちは同じ学舎の同輩だ。他のクラスメイト同様呼び捨てで構わない。」
「そ、そんな!シャーロット様を呼び捨てだなんて畏れ多いです!」
「そ、そうか……。」
シャーロットは残念そうに眉を下げる。アレックスが新たな友人たちと愉快な学校生活を送る一方で、シャーロットはクラスメイトたちとの間に何処か壁を感じていた。
4限目の授業は選択制だった。音楽、芸術、書道の中から選び、分かれて講義を受ける。シャーロットはこの授業を誰よりも楽しみにしていた。
「(音楽に触れられるなんて夢のようだ……!)」
シャーロットは音楽が好きだ。国1番の歌声とまで称された母親を持ち、幼い頃から様々なジャンルの音楽に触れてきた。何故か歌ったり演奏することは国王から直々に禁止されていたが、此処は異世界。しかも授業だ。真面目に受けるなら、歌ったり演奏しなければ駄目だろう……とシャーロットは心の中で言い訳をした。
音楽を聴くのは大丈夫で、何故弾いたり歌ったりするのは駄目なのか。その理由をシャーロットは幼い頃から国王に問いかけてきた。しかしそれについて国王は言葉を濁すばかりだ。だから、シャーロットは父の言いつけを破った。
つまり、訳も分からず禁止されていることにシャーロットは納得していなかったのである。
「それでは、グループを組んで何をやるのか決めて練習を始めてください。」
音楽の授業の内容は演奏だった。歌うのも良し、楽器で演奏するのも良し。吹奏楽部やオーケストラ部、バンド部等の音楽系の部活動も盛んな高校ならではの授業だろう。
「頑張りましょうね、シャーロット様!」
「ああ、そうだな。」
同じグループの女子に笑顔を向けられ、シャーロットも笑顔で返す。シャーロット以外は楽器経験者なので心強い。
「まず曲を決めようと思うんだけど……シャーロット様、日本の曲とか分かりますか?」
グループを仕切ってくれているのは吹奏楽部の女子だ。シャーロットは楽器の心得が無いので、必然的にボーカルになる。まだ日本に来て日の浅い彼女に日本語の歌は難しいのでは……という配慮だった。
「ああ、そのことなんだが、最近の流行りの曲は疎くてな。日本の曲で知っているのは……ああ、1つあったぞ!」
「『君が代』。」
「「「きみがよ。」」」
同じグループの女子たちは思わず復唱してしまった。
「ああ、ホームステイ先の青年から教わったんだ。この国では学校の式典で国歌を歌うのだろう?留学したからには此方の文化をきちんと学びたいと思って覚えてきた!」
シャーロットは満面の笑みで語る。出会ってまだ数日だが、彼女がとても真面目で誠実な性格であることは皆理解していた。だから、これが冗談ではないことも分かる。分かるのだが……
「で、ですがシャーロット様!幾ら何でも君が代は短過ぎませんか!?」
流石に他のグループが今時の曲を演奏する中、君が代はやりたくない。何とか理由を付けて別の曲にしてもらおうと、オーケストラ部の女子が主張した。
「確かに……。」
「そうですよ、シャーロット様!別のきょ……」
「だが、それでもやりたいんだ!」
「「「(その謎の熱意は何!?)」」」
……結局『君が代』になった。
「……という訳で、1週間後に歌を披露することになった。」
「「「……。」」」
その日の夜。夕飯を食べながらシャーロットが報告すると、アレックスたちは顔を青ざめた。
「どうした?顔色が悪いぞ。」
「おま、へ?何考えてんの?人ころ……ブフ!まみふんふぁ!」
怪訝そうな顔をしたシャーロットに対し何か言おうとしたアレックスであったが、すぐ隣に居たノアに無理矢理口を閉じられる。ノアは誤魔化すように笑うと話を続けた。
「あ、あはは!……シャーロットさん、貴方陛下から音楽は禁止されてましたよね?何故音楽を選択してるんですか!?」
「私は禁止されたことに納得していない。」
「子供ですか貴方は!」
思わずノアが突っ込む。普段の彼女なら絶対にこんな我儘は言わない。どう説得しようかと悩んでいると、話を聞いていたツトムが口を開いた。
「別に良いんじゃないか。何で音楽が禁止なのか分からないけど、別に宗教上の理由とかって訳じゃないんだろ?せっかくこっちの世界に来たんだし、たまには良いと思うけど。」
「ほら、ツトムもこう言ってくれているぞ!」
「何言ってくれてんだツトムゥゥゥ!」
「?」
ツトムがシャーロットの味方をしたことで、アレックスは項垂れる。もう、止められそうにない。
「ハァ……。ダーリン、ノア。もう好きにやらせましょ?陛下には適当に言って誤魔化すしかないわよ。」
歌う気満々のシャーロットを見て、イザベラは大きく溜息を吐く。そしてシャーロットをジッと見つめると、彼女に忠告したのだった。
「……私たち、止めたからね?後で後悔しても知らないから。」
1週間後、再び音楽の時間がやってきた。それぞれのグループが楽しげな曲や流行の曲を披露する中、遂にシャーロットたちの番がやってくる。
「それじゃあ次は……小野田さんのグループね。お願いします。」
「……はい。」
教師に呼ばれ、シャーロットたちのグループが席を立つ。練習は部屋を分けて行っていた為、何をやるか皆は知らない。楽器経験者3名と話題の留学生のグループ。教室に居る全員が彼女たちの演奏に期待していた。
吹奏楽部の小野田がトロンボーンを、
オーケストラ部の戸川がバイオリンを、
バンド部の諸橋がベースをそれぞれ構える。
この瞬間、それまでの教室の和やかな雰囲気が一瞬で張り詰めた。
「「「(何でそんな死にそうな顔してんの?)」」」
機械的に、何の感情もなく楽器を構えるその姿は、これから処刑台に登ろうとする死刑囚のようだった。周りがドン引きする中、小野田の合図で前奏が始まる。
厳かなメロディーが流れ始め、その曲が何であるかは皆すぐに理解した。日本人ならば誰もが歌えるあの曲。
『君が代』。
「「「(何でその曲チョイスした!?)」」」
この瞬間、教室中の心は1つとなったに違いない。そして前奏が終わる直前に、シャーロットは大きく息を吸い込んで歌い始め……
「き」
パリーンッ!
その瞬間、突如として音楽室に備え付けられた窓ガラスが一斉に割れた。割れたガラス片は粉々となって崩れ落ち、砂のようになっている。
「きゃあああ!」
「何だ突然!?」
「え、何?ボールでも直撃したの!?」
緊急事態に生徒たちは混乱し、中には慌てて教室を飛び出す者も居た。その隙にシャーロットは周囲を確認しつつ、魔物の気配がないか魔力の探知を行う。
「(魔物の仕業ではないのか?)」
しかし、それらしき気配を探知することはできなかった。イザベラやノア程では無いにせよ、シャーロットも魔力探知は得意な方だ。そもそも、あの旧校舎がイレギュラーであっただけで、この世界に魔物が出ることはまず無い。
「(……まさか黒幕からの脅しなのか?)」
シャーロットは割れた窓の向こうの景色を眺めていた。
「……ということがあったんだ。皆も気を付けてくれ。」
シャーロットからの報告に、ツトムと杏は驚愕した。まさか敵が日中堂々と襲ってくるとは思っていなかったのだ。
「そんな……!敵は手段を選ばないってこと!?」
「俺の見立てが甘かった。もっと警戒しなきゃいけなかったのに!」
「「「……。」」」
そんな彼らの様子をアレックスたちは何ともいえない顔で見つめると、コソコソと話し出した。
「(ねぇ、もう正直に言った方が良いんじゃない?)」
「(いやでも……国王様に殺されますよ!?)」
「(今言わねぇと被害が広がる一方だろーが!)」
……そう、勇者一行(シャーロットを除く)は知っている。それは魔物の仕業でも黒幕の仕業でもない。
「一体誰の仕業なのか……。」
「「「(お前だよ!)」」」
他でもない、シャーロットの『死の歌声』によるものだと。
シャーロットが壊滅的な音痴であることを知るのは、クラシス王国のごく一部の者だけだ。その中に、シャーロットは含まれていない。
何故シャーロット自身が知らないのか。それは、クラシス王国現国王、マイケル・クラシスが緘口令を敷いているからだ。
物心着く前に亡くなったシャーロットの母は、かつて国1番の歌声を持つと称される人物だった。特にその声量は凄まじく、魔法道具を使わずともその歌声を国中に響かせたという。
シャーロットもその才能を受け継いでいた。
声量だけは。
母親と異なり、シャーロットに音楽そのものの才能は無かった……というより、音楽の神にこれ以上無いほどそっぽを向かれていた。
楽器に触れようとすれば楽器が自ずと壊れ、歌う前の発声練習だけで城内の頑丈な壁にヒビが入る。何とかして歌まで漕ぎ着けたとしても、待ち構えているのは音痴を超えた音痴による即死技である。あまりの壊滅っぷりに呪いではないかと国中から神官を集めて解呪を試みたほどだ。しかし、最早兵器とすら言えるその音痴っぷりを矯正するのは不可能だった。故に苦肉の策として音楽を禁止したのだ。
何故アレックスたちが知っているのかというと、旅立ちの前に国王から直々に伝えられたからだ。
『シャーロットには言うなよ。』
アレックスたちはこの時の国王の顔を忘れることはない。ただでさえ強面だというのに、感情が全くこもっていないその眼はまさしく恐怖そのもの。今でもたまに夢に出てくる位だ。
「「「(……やっぱり言えないよなぁ。)」」」
真剣に議論する3人を他所に、アレックスたちは何と言って誤魔化そうかと頭を捻ったのだった。
後日。アレックスたちがいくら授業といえども国王直々に禁止された音楽をやるのは良くないと説得し、シャーロットは渋々音楽の授業は欠席することになる。
そして同じグループだった小野田、戸川、諸橋の3名はそのことに安堵すると共に、天然なシャーロットとの心の距離が縮まったのだった。
小野田たちは何気にシャーロットの死の歌声から生き延びた猛者です。




