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母と妻と女の狭間で・・・   作者: 透明ゆき
4/7

留学・青春・出会い編 P60-P79

 そう、寧子は怖いもの知らずで、行動力の塊のような子。

私も、行動力には自信があったけど、それ以上。


 まずは、お昼にカフェに行って見たけど、いなかった。

次に、晴美の教室に行ってみたけど、いなかったから、

クラスメイトに晴美の事を聞いてみると、

今日は来てないって。


「もしかしたら、移動が決まったから、

もう来ないのかな?」


私が、そう言うと、


「そか!じゃ、晴美のH' ファミリーに行ってみよう!」


 当然のように、寧子は言った。

さすがの寧子も、授業はしっかり受けて、放課後、

晴美のH' ファミリーに行ってみた。


 って言っても、じつは誰も晴美のH'ファミリーの場所を

知らなくて、先生に事情を話して、家の場所を

教えてもらった。


「やっぱり、晴美ちゃんは最初から違ったもんね」


 寧子は、少し残念そうに、つぶやいた。

晴美は、みんなをまとめてくれたけど、自分のことは

あまり話そうとせず、何を聞いても、


「うふふ」


って、鮮やかな黄色い向日葵のような素敵な笑顔で、

返すだけだった。


 晴美のH' ファミリーのところへ行ってみると、

なんと、レンタカーに荷物が満載で、今にも


出発!


 って感じになっていた。


 その時、ほとんどパッキングを終えた晴美が出てきて、

私達と目が合った。


 まず、晴美がその二重で大きく、少し薄いブラウンの瞳を

キラっと光らせながら、私達を見つめた。

 

 私と寧子もびっくりして、


「え、もう出るの?

お別れ言わないの?」


 って、青白い稲妻のような、悲鳴に近い叫び声で、

晴美に向かって叫ぶと、


「なんでここがわかったの?」


 って、晴美がその瞳に、とても透明な涙をいっぱいに

貯めて、私たちに質問した。


 私達は、


「だって、晴美ちゃんが移動するらしいって聞いて、

事情を詳しく聞きたいから、先生にH'ファミリーの場所を、

無理やり聞いて来たの」


 寧子が、つぶらな瞳から大粒の涙をこぼしながら、

答えていた。


P61


「お別れが辛くなるから、黙って行こうと

思ったのに・・・」


 いったん出始めた晴美の涙は、透明で純粋な

泉から溢れ出る、美しい湧き水のように、

止まらなくなっていた。


「なんでだよう、せっかく仲良くなったのに・・・」


 寧子が、激しい嗚咽で、言葉にならない熱い

気持ちを、やっとの思いで絞りだすと、


「いろいろありすぎて、勉強できなくなっちゃって、

ここにはいられなくなったの」


 と、晴美は晴美自身にしか、わからない気持ちを、

独り言のように、つぶやいた。


 そう言ったあと晴美は、極大日の流星群のように、

あとからあとから、止めどなく涙を流した。

 

 私は、2人のやり取りを見ながら、妙に冷静に、

あることを考えていた。


〈やっぱりあさひのことが理由なのかな?〉


 2人の激しい泣き顔を見ても、不思議と

涙は出なかったし、残念だと思ってたけど、

そこまでの寂しさは、感じなかった。


〈晴美はいなくなるのか・・・〉


 それは、私にとって、明るい材料で、

心の中は、どこまでも雲ひとつない、

クリアーな青空が広がっていた。


 2人は、10分くらい泣いていただろうか、

それでも、なんとか落ち着いて、少し冷静に

話し始めた。


「もう、行っちゃうんだよね」


 寧子が言うと、晴美が、


「ごめんね、でもまた帰って来るかもしれないし・・・」


と、あとは口ごもった。


 そこへ、H'ファミリーのお父さんが、


「晴美、準備出来たよ!」


 って、声を掛けた。

それを聞いて晴美は、


「ありがとう、そろそろ行くね」


 そう言って、車の方に行きかけた。

車に乗り込む寸前、晴美が振り返り、


「あのさ?」


と、質問してきた。


P62


「Ashはこの事知らないよね?」


 と、聞いてきた。


私は、


〈あ!やっぱり!〉


 確信した。

 

〈晴美は、もともと移動するつもりは

無かったけど、あさひとなんかあって、

勉強が手につかなくなったから、

移動を決めたんだ〉


 私は、晴美に同情することはできなかった

けど、晴美の気持は痛いほどよくわかった。


 その晴美の辛い恋心に触れた時初めて、

私の心は涙に震えた。


 と、同時に、降り始めの雨のように、

大粒の涙がひとつ、私の頬を伝った。


 晴美が、その時の私の涙を見た瞬間、

一瞬表情がこわばり、次に、後悔の表情が

水面に落ちた一滴の油のように、じわーっと

広がって行くのを、私は見逃さなかった。


 きっと、その時の、晴美の後悔の表情を

見た時、私の顔は、漆黒の闇の中にあったに

違いない。


 

 2人で、晴美の出発を見送って、寧子が、


「行っちゃったね」


 と、一言。


「うん」


 私も、そう返事して、そのあとは無言で、

学校に引き返した。


P63


 学校に戻ると、ミチ君達が、私達が晴美のホストに

行ったことを、知っていて、慌てて寄ってきた。


「晴美ちゃん、なんだって?」


 ミチ君がのんきに聞いてくるから、


「うん、もう行っちゃった」


 って、私が答えると、


「え!!、どういうこと?」


 と、ミチ君。


そりゃ、いきなり”出発した”なんて言われても、

理解できないよね?


「だから、そういう事」


 寧子が重ねて言うと、


「マジ!もう、出ちゃったの?」


 ミチ君達は、まだ状況が把握できないみたいで、

戸惑っている。


「だから、晴美ちゃんは、移動が決まって、さっき

ネヴァダに向けて出発しちゃって、私達はそれを、

見送ってきたの」


「なんで俺に黙って、行っちゃったんだ!」


 ミチ君が、そう叫んだから、


「ミチ君、晴美ちゃんと付き合ってたの?」


 って、私が言うと、


「コクった。

で、ミチ君は一番大事な友達よ!

って言ってくれた。

俺が一番なんだよ!」


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 本人、かなり熱く語ってたけど、


「アホだ」


 寧子が、


「あんた、バカじゃないの?

一番だろうが、なんだろうが、

友達でしょ?友達!」


 みんながおもわず吹き出した。

それで思わず私は、


「他に好きな人、いたみたいよ?」


 って、言うと寧子が、


〈止めな!〉


 って、目配せした。

その視線の先には、


〈あさひ!〉


 そう、あさひがこっちを見ていた。

私と視線が会うとあさひは、”すっ”と

扉の向こうに消えて行った。


 私は、ドキッとしながらも、

 

〈あさひは晴美が移動するのを知ってた

のかなか?〉


 そんな事を考えていた。


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 晴美がいなくなって、

私は不思議な気持ちを抱えていた。


 もちろん、みんなと同じように、

女性として、お手本にしたいような晴美が

いなくなったことは、とても残念。


 でも、それと同時に、晴美があさひの事を、

好きだったとわかった今、晴美がいなくなることは、

私にとって、とても嬉しいこと。


 私だって、あさひの事がすっごく好きだったけど、

晴美と私で三角関係になったら、99%勝てる気がしない。


〈それは、悔しいけど、認めざる負えない事実〉


 そう思うから、心の奥底の、漆黒の闇の中では、

晴美がいなくなって、真夏の暑い日に、

炭酸ソーダを飲んだような、

清々しい爽快感が広がっていた。


 そんな自分の感情に浸っていたら、

自然と顔が緩んでいたみたいで、

ふいに寧子が、


「よかったね」


そう言った。


 私は、その寧子の言葉に驚きいて、


「え?何が?」


慌てて、悲しそうな顔を繕って、寧子に返した。


「いいよ別に、無理しなくて」


寧子はそー言い、くすっと笑った。


〈寧子、こわ!〉


 寧子は、私よりひとつ下で、高校出たての18歳の

はずなのに、さっき”くすっ”と笑ったその顔は、

まるで、恋愛に百戦錬磨の猛者のようだった。



 そんな大事件があっても、2~3日で落ち着いて、

また普通の日常が戻ってきた。


〈人間なんて、結局自分が大事で、何があっても、

自分さえ良ければ、それでいいんだよね〉


 なんて、哲学チックな事を思って、

アンニュイな気分に浸っていると、


「紗季!大変!Ashが寮出てアパートに移ったって!」


寧子が大声で、叫びながら、教室に駆け込んできた!


P66


「え?なんで、寮出たの?

なんでそれ、わかったの?」


 私は、七色の水が湧き出る、泉のように、

七色の疑問が、心の底から、とめどなく湧き

上がってきた。


「えっと、まずね・・・」


 寧子は、私がそのニュースを聞いた時の

私の反応が、予想通りだったみたいで、

なんだか笑いをこらえきれないって感じで、

ために溜めてから、寧子は話しだした。


「まず、今はサマータイムでしょ?」


「うん」


 いつもなら、そんなに溜められたら、大きな声を

出してしまうところだったけど、今回は”あさひ”

に関わることだから、頭の中が真っ白で、とにかく

息をするのも忘れて、ただ”うん”とだけ返事をして、

寧子の次の言葉を待った。


「今のカフェは、サマースクールの生徒のためだけに、

開いてるのよ」


「うんうん、それで?」


 私もさすがに、しびれが切れてきて、


〈そんなの、誰だって知ってるって!〉


 思わず心の中で、つっこみを入れた。


「って事は、カフェでは、昼間しか食事できないでしょ?」


 「そんなの知ってるよ!」


 寧子の言い方が、あまりに回りくどいから、

思わず、声に出してつっこんだ。



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「だから、みんな夜は外食に出るんじゃん」


 我慢できず、私が説明を始めた。


「誰だって、そんなの知ってるでしょ?

外食しない人は、寮のキッチンでTVディナーで

レンチンしてんじゃん」


 そこまで私が言い終わると、”ほら!”って

言いながら、勝ち誇ったように、寧子が私の

言葉をさえぎった。


「じゃーん、じつは、キッチンが付いているのは、

女子寮だけでした!」


「え!、じゃあ男子寮には、キッチンないの?」


 私も、それを初めて聞いて、ほんとに驚いた。


「そー、男子寮にはキッチンが無いんでした~」


 この話が始まってから、寧子は本当に楽しそうで、

まるで、小さな男の子が、初めてカブトムシを

捕まえた時みたいな顔で、笑った。


「じゃあ、Ashも夕飯は外食だよね?」


 私は、当然それしかないと思って聞いたら、

寧子からは、意外な答えが返ってきた。


「それが、Ashは車持ってないんだって!」


「え、それじゃあ、ご飯食べに行けないじゃん!」


 今、私たちが住んでる街は、大きな川が

地面を侵食して出来た丘陵に出来た街で、

街全体が、けっこう急な、斜面になってる。


 しかも寮から一番近いダウンタウンのdinerは

1キロくらいで近いけど、陽気なおじさんがやってる、

個人のお店だから、午後6時には閉まっちゃう。


 じゃあ、なんか食べ物買おうかって思っても、

近場のShopはみんな個人経営だから、

閉まる時間は、似たり寄ったり。


 街には24時間のコンビニが2軒あるけど、

どっちも寮からの距離は、6キロ。


 歩いて行ったら、片道1時間以上掛かる。


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 そうすると、一番近くて、食事ができるお店は、

となり町にある”TacoTime”に行かないとダメで、

とは言っても、寮は隣町との境にあるから、

その距離2キロ。


 それでも歩いて、片道30分位かかる。

ま、夜11時まで開いてるから、夕食には十分だけど。


 って、わけで、うちらが住んでる街では、

車が必需品。


 サマーバケーション中じゃなければ、

カフェも遅くまでやってて、学生は

ミールチケットがあるから、食事に困ること

もない。


 学生がほとんど帰省する夏休みは、

カフェもお昼しか開いて無くて、車が

なければ、夕飯は確実に食べられない。


「そー、やっとわかった?

Ashが寮を出た理由」


 寧子がドヤ顔しながら、私を指差した。

その顔を見ながら私は、


〈なるほどなー、そりゃ、寮出るわ〉


 寧子の指差しは、全然気にならずに、

妙に納得してた。


「え?、じゃ一人で出たの?」

 

 私はすぐに次の疑問が湧いた。

そしたら寧子は、またしても、ドヤ顔しながら、


「ちが~う!」


 って、だけ一言。

それを聞いて、私は背中にクリスタルの氷柱を

突っ込まれたように、ひやっとした。


〈まさか、晴美と・・・〉


 私の心配を察したように、寧子はにやって

笑いながら、


「ルームメイトは、インドネシア人!」


 寧子はとても、私より年下とは思えないくらい、

人の心を持て遊ぶのが、うまいと実感した。


「は~、なんだ他の国の留学生か」


 私は心底ホッとして、思わずその場に

座り込みそうになった。


「喜ぶのはまだ早い!」


 寧子はそのまま、言葉を続けた。


「その人は女子!」


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 私は、足の力が抜けて、思わず近くの

机に手をついた。


 そんな私の様子を見て、気持ちが

抑えきれなくなったのか、寧子が、

火山が大爆発して、真っ赤な溶岩を

吹き出す様に、大笑いを始めた。


 私は、本当に悲しくなって、大粒の涙が

とめどなく流れてきた。


 そんな私を見ても寧子は、大笑いを止める

こと無く、ひたすら、笑い続けた。


 さすがに私も、頭に来て、


「いい加減にしなさいよ!

私が悲しんでるのが、そんなに楽しいの!」


 キレ気味に寧子に向かって叫んだのに、

寧子は、まったく気にならに様子で、

笑い続けた挙句、


「うそ!、嘘だよ。

ルームメイトは男。

男の人だよ」


 そう言って、また笑い始めた。


 私は寧子の言葉を聞いて、今度はまさに

足の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。


「なんだよ、もう!

いい加減にしてよ~」


 さすがに、さっきまでの緊張感が一気に解けて、

寧子と一緒に笑い始めた。


 あまりの衝撃に、5分位笑い続けて、

最後はお腹が痛くなった。

 

 それでも、あさひが他の女の子と一緒に

住むよりは、心が痛むことはないよね。


 寧子が、


「よかったね~、女じゃなくて」


 って、言ったから、

私は、おもいっきり、寧子の肩にパンチして、


「ひどいよ、もう!、

日本へ帰ろうと思ったじゃないか!」


と、泣きながら、笑いながら、寧子に言った。


〈これで、私よりひとつ下の18歳。

これからこの娘は、どんな人生を歩くんだろう〉


 思わず心配になるくらい、寧子は大人びていた。


P70


 それから、3週間位は何事もなく、当たり前の

日常が繰り返された。


 相変わらずTOEFLのテストは受けるものの、

どっかの大学に、入れるほどの点数が

取れるわけでもなく、なんとなく毎日を、

ダラダラ過ごす毎日が続いていた。


 寧子が、


「あ~あ、なにもないね~」


 そう、とにかくアクティブな寧子にとって、

何もなく平凡なことほど、嫌いなものは無かった。


「そ?、平凡で良いんじゃん?

それが、一番だよ」


 私は寧子にそう言ったものの、私自身、

退屈なのは嫌いだから、私の心の中で、

中途半端に火が付いたあとの燃えカスから、

ブスブスと黒い煙を吐き出していることに、

耐えられなくなっていた。


 それなら、必死に勉強して、TOEFLで点数を

とって大学に入学するか、晴美のように、

どこかに移動すればいいんだけど、

ここに来て半年近く経つと、そんなに必死に

勉強するような情熱は、とっくに無くなっていた。


 なにしろここは、本当に田舎。

日本じゃ考えられないくらいの田舎だから、

すべてがのんびり。


 ゆったり時間が過ぎる中、日本のような受験地獄を、

戦うような凄まじい情熱は、出るはずもない。


 それに、移動するにしたって、ホストには

1年間のホームステイ費用を前払いで払っていたから、

無理に移動しようなんて、考えられなかった。


 そうこうしているうちに、私達の夏は

終わろうとしていた。

 

P71


「大変、たーい、へーん!」


〈また寧子だ〉


 最近寧子は、あまりのつまらなさから、

ほんとうに大したこと事ない、たとえば、


「ミチ君が、テスト落第した」とか、

(それはいつもで、珍しい事じゃない)


「ホストのおかあさんが、外泊した!」とか、

(べつにシングルなんだから、いいじゃない?)


 そんな事を、大げさに言うことに、凝っていた。

そんな感じだから、私は寧子に、


「どうせ大したことじゃないんでしょ?

今度はなに?」


 日本から送ってもらった漫画から目を外さずに、

寧子に答えた。


 そしたら、いつまでたっても、寧子は何も

言わなかった。


 私は、


「な・あ・に?」


 そう言うと、仕方なしに、漫画から目を離し、

寧子を見た。


 そしたら、寧子はニヤニヤしながら、私を見ていた。

私はとっさに、


〈あ、あの顔は見たことがある!〉


そう思った。

 

 そう、あれは、あさひが寮を出て、

アパートに移った時に見た顔だ!


「なに、もしかして、また、Ash絡み?」


そう私が言うと寧子は、


「お、成長したね~」


と、私を冷やかした。


 その言葉を聞いた途端、いきなり私の心は、

春の嵐のようにピンクのハートが乱れ飛んだ。


P72


「で、なによ?」


 私の、今までの素っ気ない素振りとは

正反対の食いつきように寧子は、私が投げる

ように置いた漫画を、手にとり、


「さ~て、何でしょうね~?」


 そう言いながら、今度は私の真似をして、

手にとった漫画を読み始めた。


 一瞬、私は息をするのも忘れて、

漫画を読んでいる寧子に注目して

いたけど、またしても、寧子が延々話を

引き延ばすのかと思って、大きな声を

出そうとしたした瞬間、

その雰囲気を察知したのか、

いきなり寧子が早口で、


「Ash のルームメイトが出てった!」


 って、言い放った!

私はそれを聞いた瞬間、思わず、


「うわ!マジ!」


 で、気分は、地面から吹き上げる

天然の噴水のように、一気に頂点へ。


〈よし!今がチャンス!

行くしかない!〉


 そう思った!

それは、空高く吹き上がった噴水の水が

落ちてくるときに、七色の虹を描くように、

私の心を、キラキラとカラフルな気持ちにさせた。


 でも、いきなり一緒に住みたい!と、

寧子には言えなかったから、


 嬉しさの余り、寧子をハグしたい気持ちを

ぐっとこらえて、できるだけ冷静さを装って、

寧子に、理由を聞いた。


「なんで、ルームメイトは出て行ったの?」


 聞いてみた。

そしたら寧子は、


「Ashのルームメイトは、もともと、

サマースクールに来ただけで、始めから

次のセメスターには、自分の大学に帰る

予定だったんだって」


p73


「へ~、そうだったんだ。

それで、寮は食事がなかったから、

Ashと一緒に、寮を出たんだね」


 私がそう言うと、寧子はまた、にやっと、

中年のおじさんのような笑いを見せた。


「いま、何考えてるか、当てようか?」


 寧子は、中年のおじさんの笑顔のまま、

私に聞いてきた。


「いいよ、どうせ当たってるから」


 その時には、どうせ隠したって寧子には

バレてると思っていたから、素直に、


「一緒に住もうかと、思ったんだよ」


 と言った。

寧子は、少し不満そうに、


「なんで自分から言っちゃうの~」


と、少しほっぺをふくらませながら、

楽しみを奪われた子供のように、

不満を言った。


 でも顔はすぐに、いやらしいおじさんの

笑い顔に戻って、


「けどね、残念。

次のルームメイトは決まってるんでした」


と、私の反応を確かめるように言った。


 私は、あからさまにがっかりして、


「なんだ、そうなんだ」


そう短く答えると、 寧子は、そこで

初めて少女の顔に戻って、満足そうに、

クスクス笑い出した。


「やられた!」


 またしても私は、寧子の手のひらの上で、

かる~く、転がされていたわけだ。


 私は、呆れ顔で寧子に言った。


「どうしてあんたってそうなの?」


 するっと、心から出た言葉。


「だって、紗季って、ほんと、面白いから」


〈そりゃ、私をからかう時のあんたの顔を

みてれば、良く分かるよ〉


 ま、からかわれてもしょうが無い。

今回はそれだけの、大ニュースには違いない。


 すぐに私は、次のルームメイトが気になった。


「それで、今度のルームメイトは、どんな人?

まさか女じゃないよね?」


 前回の事があるから、今度は先に

聞いておこうと思った。


P74


 そしたら、寧子は、


「今度は日本人の男。

ヤマさんて知ってる?

 ほら、京都から来た人。

立命館を休学してきてるって男の人」


 そう言った。

そこで、私は気がついた。


 ヤマさんって人は商社に就職希望で、

就職するにあたって、英語は必須だったから、

そのために、大学を1年間休学して、

去年から英語の勉強に来てる人だった。


「もしかして、今までの情報はみんな

ヤマさんから?」


私が言うと、寧子は、


「あれ?バレた?

そう、ヤマさんのホストとうちのママが

仲良しで、ちょくちょく一緒に食事してんだ」


 私は初めて、私といつも一緒に行動

しているのに、なんで寧子だけ、いろんな

情報に詳しいのか、いつも、不思議に思って

いたけど、これで、謎が解けた瞬間だった。


「なんだ~、そっか~」


 私はなんだか、目の前にあった氷山が、

急に砕け散って、鮮やかな朝焼けが

目に飛び込んできたような、

満ち足りた気分になった。


「で、ヤマさんは、いつ引っ越すの」


 私が聞くと、


「今度の週末みたいよ?」


 さすが、寧子、そのへんの情報は

抜かりがない。


 寧子は続けて、


「もちろん、手伝いに行くでしょ?」


 って、言うから、


「当たり前でしょ!」


 私が答えると、寧子は、


「私ってえらい?」


と聞いてきた。


 私は、悔しかったけど、


「偉いよ!」

 

 そう言った私の顔は、自然と笑顔だった。


P75


 今日は土曜日、ヤマさんの引越しの日。

私は、朝からウキウキ。


 目を閉じるだけで、モーツァルトが、

聞こえて来そうなくらい、心が弾んでいた。


 理由はもちろん、やっとあさひと

知り合いになれるはずだから。


 この日が来るのを、

どれだけ待ち望んでたことか!


 思えば、初めて会ったその日、

清々しく新緑が目に眩しい季節に、

初めて学校に着いて、キラキラと煌く

未来を信じて、見るもの、聞くものすべてが

希望に満ちていた、その時に、ただひとつ、

最悪の印象だったあさひ。


 あの時は、まさかこんな気持になるなんて、

考えもしなかった。


 でも、もしかしたら、あの時すでに、

あさひの事が、好きだったのかもしれない。


 あの時は、最悪の印象だったけど、

思えばあの時からずっと、頭からあさひが

離れない。


 それでも、晴美が来なければ、

私の小さな気持ちに気が付かず、ずっと

気になってるのは、あさひが嫌いなせい

だと、思い込んでいたと思う。


 でも、晴美が来て、心の中に白いさざ波が

立ったせいで、本当の自分の気持ちに

気がついた。


 そういう意味では、晴美にはとても

感謝できる。


 晴美がいなくなった今は、素直に

そう思える。


 

 10時頃に、寧子とヤマさんが私を迎えに

来てくれた。


 寧子は相変わらず元気いっぱいに、


「おはよー!」


 と言って、車の助手席から、勢い良く

飛び出してきた。


「はじめまして、山際やまぎわです」


〈山際だから、ヤマさんか。

ひねりもなんにもないなー〉


 そう思いながら、ヤマさんを見ると、

背は普通。


 顔は、四角くて、足は短くガニ股。

ガタイもいい。

 

なんとなく、こち亀の両さんって雰囲気の人。


「はじめまして、紗季です」


 私も自己紹介すると、さっそくヤマさんが、


「後ろ乗って」


 そう言うと、車のドアを開けてくれた。


〈意外と紳士じゃない?〉


 そう思った瞬間、ニヤニヤしている寧子と

目が合った。

 

P76


 私が、後ろの座席の乗り込むと、

続いて寧子も、隣に乗ってきた。


 寧子は、


「どう?ヤマさん?

優しいでしょ?」


 こそこそ声で、そう囁いた。


 私は、意外と紳士だとは思ったけど、

お世辞にも、容姿端麗とは言いがたい

ヤマさんに、地球最後の男だったとしても、

恋愛感情は持たないだろうと思ったから、

素直に、


「そうね、いい人だけどね」


 とだけ答えた。

寧子は、


「私もそう思う。

いい人だけど、それだけだね」


 と、うふっと笑いながら、答えた。

そしたら、もともと元気いっぱいで、

声が大きい寧子だから、それがヤマさんに

聞こえたらしく、


 やまさんが、


「俺かて、おまえなんか選ばへんよ!」


 と、言い返してきた。

とっさに、私は悪いと思って、


「いや、そういう意味じゃないんです・・・」


 と、恐縮して、小声になりながら、ヤマさんに

謝った。


 そしたらヤマさんは、


「紗季ちゃん、ええんよ。

こいつ、いつもこんなやさかい」


 そう、当たり前の日常会話だといいながら

笑った。


 寧子は、


「ね、こういう人なの。

気にしなくていいから」


 悪びれるでもなく、そう答えた。

やっぱり、関西の人なんだな。

そう思っていると、ヤマさんが、


「関西って言ったって、大坂やないから

べつにオチ考えんでもええんよ」


 それを聞いて私は思わず、吹き出した。

それを見てヤマさんが不思議そうに、

ミラー越しに私を見ててたから、寧子が、


「ヤマさん、余計なとこ見てないで、

前向いて運転してな!」


 と、ヤマさんに注意した。


P77


 私は、相変わらず寧子は強いな、

と思った。

 私は、


「ヤマさんいくつですか?」


 質問したあとで、唐突過ぎたことに

気が付いて、慌てて説明しようと思った

次の瞬間、


「24!」


 ヤマさんは、即答だった。

私は、見た目の印象よりも、ずいぶん

若かったんで、思わず、


「え!」


 と、小さく叫ぶと、ヤマさんが、


「そやろ、みんなに言われる」


 と笑った。

寧子が、


「いくつに見えた?」


 って、聞くから、正直に、


「三十代の前半かなー」


 と、答えると、ヤマさんが、


「そら、あまりに失礼やろー」


 って、大笑いした。

私は、ヤマさんてほんとにいい人なんだな、

と思って、すごく安心した。


 もしも、ヤマさんが感じ悪い人だったら、

ヤマさんのアパートに遊びに行け無いから。


 ヤマさんは、ずっとホストにいて、

先月で1年間の休学をが終わったんだけど、

あと半年、休学を延ばして旅行してから

帰る予定にしたんだって。


 その時にホストだと、ふらりと旅行に

行ったりしづらいから、アパート探してた

んだそう。


 そこにちょうど、Ashのルームメートが

帰ったから、うまくはまったわけ。


 そうこうしているうちに、アパート前を

通ると、いきなりあさひが手を降ってた。


「あ!」


 私は、突然の出来事に、おもわず

声に出して、驚いた。


 ヤマさんが、


「あ、あれAshね。

俺のルームメート」


 もちろん私は知ってたけど、


「そうなんだ、話したこと無いな」


 って、答えた。


 それって嘘じゃなくて、ほんとに

何度か見かけただけで、実際に

話した事はなかったから。


P78


 そのやり取りを聞いていた寧子は、


「ニター」


 まるで、ホラー漫画に出てくるような、

かなり恐い笑い顔をしながら、

肘打ちして来た。


 ま、そうなるだろうな、それぐらい

わかるよ。


 その、あさひの笑顔が、自分に

向いていると思うと、まるで、これから

引っ越すのが私みたいな感覚にいきなり、

あさひとの未来が開けてくるかのよう

だった。


 ヤマさんが、


「あいつね、無愛想だけど、

ほんとはいいやつなんだよ。

仲良くしてやってな」


そう言った。


 そんな事は、知ってるよ! 

私は、心の中でそう叫んだ。


〈へー、そうなんだ。よく知らない

んですけど・・・〉

 

 そう言ったら、ヤマさんが、


「俺が、アパート探してるって、ミキちゃん

に言ったら、Ashを紹介しくれて、買い物に

一緒に行くようになったん」


 へー、ミキちゃんのおかげか。感謝だね。

それから、いったんヤマさんのホストに、

荷物を取りに行って、アパートに戻ってきた。

いよいよ、あさひのアパートにご対面。

中に荷物を運び入れた。


 中で待っていたのはもちろん、


P79


「こんにちは、Ashです」


 そう、ついにあさひと面と向かって、

ご対面。


「こんにちは、紗季です」


 ほんとに、緊張した!

これは、夢にまで見た場面で、もう、

初対面から気になってたあさひが、

目の前にいる。


 それだけで私の心は、朝もやの中、

朝日に煌めく夏の海のようだった。


 私が、


「初めてここ、Lewistonに来た時、

見かけたんですよ」


 初めての出会いのあの瞬間の

最悪な気分を、少しでも、わかって

もらおうと、少し嫌味っぽく、

言葉に出してみた。


「あ、そうなんだ。

気が付かなかった」


 あさひはそれだけ答えると、

ヤマさんの荷物を、運びに車の方へ

歩いて行った。


 ちょっと!それだけ!

私は、ほとんど、スルーって感じで

流されたことに、また、無性に

腹が立った。


 あん時と変わんないじゃん!

マジで?あさひって奴は、本当に

嫌なやつなんだ!

なんで、こんな奴が好きなんだろう?


 おもわず、寧子を捕まえて、

今の話をしたら、


「でも、好きなんでしょ?」


 そりゃ、好きなんだけど、自分だって

理由なんかわかんないよ。


 私が戸惑っていると、寧子が、


「仕方ないね、それが恋だもん」


 また、おとな寧子が、顔をのぞかせた。


 そう、しょうがない。

いまさら、戻れないもん。


 そう思って、また、引越しの手伝いを

始めた。

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