4 揺れる心
俺は、たぶんあいつの心を傷つけてしまったんだ。俺、早乙女翔平は・・・。
あいつ、鬼瓦権三は俺の1年後輩で、凄腕の外科医だった。
いや、凄腕どころか「神の右手」とまで言われた男で、数々の難手術を100%の成功率でこなし、後輩ではあっても俺は彼を尊敬し、その背中を追いかけるような気持ちですらいたんだ。
鬼瓦は、その名前や見かけとはウラハラに優しいやつで、ひたすらに患者のために尽くすようないいやつだった。
見かけはあれだけど、彼は格闘家ではないし、ましてや武者修行の武士などでもない。
彼が振るうのは刀ではなく、奇跡のメスなのだ。
ときどき子どもに怖がられたりすることもあったが。
今年の2月14日、そんな彼から顔を真っ赤にしてチョコレートを差し出されたとき、俺は・・・俺は、どう対応していいか困ってしまったのだ。
鬼瓦は本気の目をしていた。
それは、間違いなく恋する乙女の目だった・・・。
ま・・・待って・・・・。
いや・・・どうすれば・・・?
ダイバーシティについては、理解しているつもりでいた。
し・・・しかし・・・・
俺は思わず
「ごめん・・・。」と言ってしまった。
その日のうちに、鬼瓦は病院から姿を消した。
俺は、この心優しい後輩のことをすこぶる心配したんだが、その後、市内の動物病院で働いているという噂を聞いて、少し胸を撫で下ろした。
ごめんな。鬼瓦・・・。
お前が本気だってわかったから、なおのこと・・・。
だって、俺は・・・、男と体をくっつけることができないんだ。
小学校の頃から、プロレスごっこもできなかったし、相撲もラグビーもできなかった。高校の柔道の授業は全部欠席した。テニスをやってるのは、相手と接触しなくていいスポーツだからなんだ。
鬼瓦!
俺はお前のことが好きだし——いや、友人としてだぞ?——、後輩といえど医者として尊敬もしてるし、術式の先生とまで思ってるんだ!
それは信じてくれ! ただ・・・・。
いや・・・、「友だち」という言葉がどれほど残酷な言葉か・・・。俺は知っている。
ただ・・・・。
自分のせいだと思った俺は、せめてもの罪滅ぼしにあいつの抜けた穴を埋めようと、必死で働いてきた。
だから、体の不調も疲れのせいだと思ってたんだ。
MRI の画像を見ながら、俺は眉が険しく寄っていくのを自覚していた。
俺ならかろうじてできるだろう。この手術——。しかし・・・。
患者は、俺なんだ・・・。
麻酔のかかった状態で手術ができるほど、俺は超人ではない。
俺以外にできるとしたら・・・。
院長があいつに電話をしてくれて、あいつが泣きそうな顔で俺の病室に飛び込んできた時・・・俺は嬉しかった。
これで助かる——ということよりも、鬼瓦がそんなふうに飛び込んできてくれたことが——。
再びこいつの顔を見ることができたことが——。
しかし・・・・
そのピンクの髪は?(・。・;)
それでも俺たちは、久しぶりに並んでMRI の画像を眺めた。昔みたいだ。
「膵臓に食い込むようにしてあるが、まだ浸潤はしていないと診た。どう思う?」
「あたしもそう思うわ。あたしならできる。この手術。」
なんで、女言葉?
「大丈夫! きれいに取ってみせるわ。翔平センパイ♡」
鬼瓦・・・。おまえ・・・どうしちゃったんだ?
あの時のショックで・・・?
「わ・・・悪かったな。あん時は・・・その・・・動揺しちゃって・・・」
「いいの。あたし、こんな見かけだし。センパイに不釣り合いだって、自分でわかってるわ。」
い・・・いや・・・。そういうことじゃなくてだな・・・。
「だから、多くは望まないわ。手術が成功したら・・・」
鬼瓦はちょっと恥ずかしそうにしながら俯いた。
「成功するけど・・・。そしたら、あたしのこと萌美って呼んでね。鬼瓦・も・え・み——よ♡」
・・・・・・・・
「う・・・うん・・・。」
「わあ! 嬉しい♡」
鬼瓦はキラキラした目で俺をまっすぐ見つめた。
その瞳は、まごうことなく、恋する乙女のそれだった。
顔の下半分を見なければ・・・・。
俺は今、手術室に患者として横たわっている。
患者になるって、こういう気持ちなんだな・・・。
これはある意味、いい経験かもしれない。医者として——。
手術着に着替えた鬼瓦が、両手を上に向けて入ってきた。
マスクしてると、その目、結構かわいかったりするんだな。
あ、いやいや・・・。俺、何考えてる?
「それでは、オペ始めます。麻酔準備。」
プロとしての冷静な声。
さすが鬼瓦。
「始めますわ、センパイ♡」
なんでそこ、女言葉?
俺の顔に透明なマスクが当てられる。
「あたし失敗しないので。安心して眠っててね、ダーリン♡」
ダ・・・ダ・・・ダーリン?
俺の頭に霞がかかり始める。
・・・ダーリン・・・?
いや・・・
・・・俺・・・・・
このまま目覚めない方がいいんじゃあ・・・?
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
HAPPY E〜〜ND!
完結です。
おしまいです。
(HAPPY)END です。 (誰にとって?)
続編があるとしたら、間違いなくラブコメだと思います。
だって、鬼瓦先生は失敗しないので・・・。