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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第10章 オリンポス十二柱神
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ヘファイストスとアフロディテ

 ヘファイストスは鍛冶の神である。

 ヘラが独力で生んだこの神は醜い姿をして生まれた。

 風貌の醜さゆえオリンポス山から追放された彼はそれでも諦めなかった。

 神々のなかで一番器用な彼は多くの馬具、武具、神々が住む宮殿を作り上げた。

 そのヘファイストスへの人々の信仰と五千年に渡る研鑽が編み出したものが、叩けば望み通りの物が作成できる黄金の大槌である。


 勇美(いさみ)と分断された大和(やまと)は、無尽蔵の黄金に苦しめられていた。

 刀を振るい斬撃を飛ばすが、それを上回る物量で黄金が迫ってくる。

 ある時は鎖、ある時は椅子、ある時は剣の形をとって輝かしい物質が襲ってくる。

 

 何かカラクリがあるはず。


 少なくとも無尽蔵に黄金を生み出す能力ではないことは確かだ。

 もしそうであれば強すぎる。

 何かカラクリが、何か。

 

 考えながらも、ヘファイストスから繰り出される黄金の攻撃を避け、あるいは迎撃していく。

 勇美は大丈夫だろうか。

 そんな感情が(よぎ)りつつも、ひらりと宙返りし、黄金の鎖を躱す。

 一足飛びに斬撃をヘファイストスに浴びせるが、鍛冶神は大槌で地面を叩き黄金の椅子を作製し防ぐ。

 金の残骸が宙を舞い、幻想的な光景を生み出す。

 


 一方、井上勇美もまた黄金の屋敷の中で、アフロディテと戦っていた。

 正確にはアフロディテの放つ無数の幻影を。

 

 その幻影は、彼女の良く知る少年の姿をしていた。

 黒髪黒目に厚い体をした、日本刀を持つ少年を。

 気炎を纏わぬため、これが本物の釧灘大和ではないとすぐに理解できる。

 だが、何にせよ数が多い。

 

「レギオンの劣化だな。何体来ても大したことはない」

 勇美の台詞に反応し、鈴のようにきれいな声が響く。

「うふふ、貴方はここにずっといるの……。ずっと私達と遊びましょう」

 その声は黄金の部屋に響くばかりで、勇美には位置を把握することができない。

 いや、霊能者の感知能力が妨害されているのを感じる。

 平常な状態であれば、大和の力もアフロディテの位置も感じ取ることができるはずだ。


 この妨害を成しているのはヘファイストスの作成物か、アフロディテの権能か。

 とにかく、ここにいても仕方がない。

 勇美は大和の幻影を凄まじい跳躍で飛び越え、黄金の壁を思いっきり叩く。

 その一撃は壁に大穴を開ける。

 

「うそ!?」

 勇美が驚きの声を上げる。

 直径五メートルほどの大穴がみるみると塞がり修復された。

「この黄金! 無尽蔵か!?」

「さあ、どうかしら? うふふ」

 

 アフロディテの艶やかな声が黄金の部屋に響き渡る。

 このままでは物量で負けてしまう。

 その時、たくさんの大和の幻影が姿を変える。

 勇美は構わず右足で思いっきり蹴りこみ。

 ピタリと寸止めした。


 そこにいたのは、6歳程の少女。

 良く知っている。

 6年経った今でも覚えている。

「お姉ちゃんのせいで、お母さんは」

 妹だ。

 瞬間、勇美の顔は蒼白になり、体がガクガクと震えだす。


 

 アフロディテは愛と情欲を司る神である。

 この女神の持つ権能の真髄は精神の支配にある。

 敵が最も情欲がかきたてられる幻影を生み出し精神を揺さぶる。

 そうして無防備になった心からさらに深層へと侵入していく。

 最も心を揺さぶる幻影を見せ、その隙にヘファイストスの鎖で拘束する。

 彼女は嗜虐的な笑みを浮かべ舌なめずりし、黄金の鎖をしならせた。


 しかしアフロディテの目論見は、幻影を手刀で両断する勇美によって崩れ去る。

 

「へ?」


 女神の口を思わずついて出た言葉に、井上勇美が反応する。

 ギラりと昆虫のような無機質な目でアフロディテを見やる。

(あ、マズい)



 心をよそに置いていく。

 そう大和は表現した。

 それは一年程前のこと。


 古武道水地(みずち)流道場の演武室。

 そこにいるのは勇美と大和、そして大和の師匠の水上(みながみ)だ。

 大和の目の前には水を含んだ畳が三枚、重なった状態で横一文字に切断されていた。

 それを成した少年は平然と瞑想をする。

 

 勇美はパチパチと拍手をする。

 水で湿らせた畳はとてつもなく斬りにくい。

 達人でも集中力を要する技である。

 それを三枚同時に行うには並々ならぬ精神力と技量がなければならないと、素人である勇美にも分かった。

 演武の後に、どうしたらそんなに集中できるのかと聞いた。

 大和の答えが、「心をよそに置いていく」だった。


「心は時に、脆くなることがある。それは躊躇だったり、容赦だったり、邪心だったり、雑念だったり、いろいろだ。

 そういう時は、心を置いていくんだ。忘れるんじゃない。

 心を滾らせて力を何倍にも引き出すために、無駄な心は置いていくんだ」


 少年はたどたどしいながらも、少女に諭すように言った。

 この後悔は、無駄なことだ。

 この懺悔は、無駄なことだ。


 あの日、母を失いかけた原因である自分は、兄妹たちと笑いあうことはもうできない。

 けれど、死ぬわけにはいかない。

 

 

 アフロディテは美の女神であるが、戦闘のできない神ではない。

 事実オリンポスの神々と巨人族の戦争では、彼女自身も巨人を相手どり戦っている。

 それでも軍神であるアテナより強いということはない。


 勇美が虚空に向かって正拳突きを行う。

 パリンと、ガラスのように空間が割れた。

 如何様な原理か、幻影をトリックミラーのように操っていたのか。

 勇美は気にも留めず、隠れていたアフロディテの喉元に平拳を打ち込む。

 

 あまりの苦痛にのたうちまわる美の女神を勇美は馬乗りになり抑えつける。

 瞬間、大和の気配を感じる。

 知覚を阻害していたのはヘファイストスではなく、アフロディテの方だったようだ。

 勇美は紫炎を纏い美の女神の首を締め上げながら、古流空手の呼吸法である息吹で心拍を整える。


 

 そして、大和とヘファイストスの戦いも、決着の時が近づいていた。

 黄金の形成を見切り、大和は最小限の動きで躱していく。

「あんたは、決まった製作品しか作れないんだろう?

 おそらく、過去にあなた自身で作ったとされる伝承を持つもののみ。

 パターン化されたものしか作れないし、出したものを自在に操れる訳ではない。

 ヘファイストス。あんたは戦う神じゃない。あくまで造る側の神だ」

 鍛冶神に音もなく近づいた大和は、柄の部分で鳩尾を痛打する。


 黄金神殿の壁が、爆音を開け穴をあける。

 釧灘大和はヘファイストスを、井上勇美がアフロディテをそれぞれ抱えて飛び出した。


 鍛冶の神と愛の女神、その合作たる幻影宮殿を何とか打破した大和と勇美は海の方を向く。

 風雅が朱雀に跨りこちらに向かってくる。

 大和はそれを安心したように見やり、ヘファイストスとアフロディテに目線を送る。

 大和が顕現させた黒い刀を、勇美は手を添えて優しく制す。

釧灘(くしなだ)。め」

「……そう言われても、こいつらまた襲ってきたら」

「私達はオリンポス十二柱神を殺しにきたんじゃない。陽美香(ひみか)を救けに来たの。違う? 

 例え、こいつらが何度向かってくるとしても、簡単に殺していいわけじゃないわ」

「またこいつら襲ってくるぞ。それでもいいのか?」

「でも殺すのはもっとダメ。相手には生命があるんだから」

 大和は勇美の瞳を見る。

 瞳の中の意志は揺らぐ気配はない。

 大和は目を伏せた。

 

 彼女のそういう甘さが、嫌いではなかったから。


「……ヘファイストスの出した拘束椅子を持ってこよう。そうすれば、少なくともすぐには追ってこない」

 大和は宮殿の残骸を見ながら、拘束椅子を探す。

「拘束紐も持っていこう。役に立つかも」

 風雅の提案に、大和も頷く。

 

 そうやって装備を整えていくと、アフロディテのうめき声がする。

 しばらく辺りを見回していたが、自分の状況を見て観念したようだ。

「うふふ、お優しいので。それとも私のカラダがお望み?」

「魅力的な提案だが、もっと欲しいものがある」

 大和は美の女神をのぞき込む。

「お前さんたちの残りの神、ゼウス、ヘラ、アレス、アテナ、アポロン、アルテミス、ヘルメス、テメデル、ヘスティアの能力を教えてもらおう」

 アフロディテはその問いに、場違いなほど蠱惑(こわく)的にほほ笑む。


「日本の子どもも私達に詳しいのね。でも、まだ一息つくのは早いんじゃないかしら」

 その言葉の後、勇美は焦った声を上げる。

「四つ気配が近づいてくる! アレスとアテナと、もう二体!」

「……戦闘向けじゃない私達と違って、今度の四人は強いわよ」

「三対四か、ちとキツイな」

 風雅はぼやきながらもギターを構える。

 大和は、地を軋ませながらやってくる戦車の気配を感じていた。

 アレス。

 だが、その前に大きな問題が文字通り降って来た。

「神殿の中に入れ!」

 大和はヘファイストスを、勇美はアフロディテをかつて神妃を拘束した玉座ごと持ち上げ、神殿に再度入る。


 その次には、まるで豪雨のような勢いの矢の雨が、大和達の潜む神殿に降り注いだ。   



 

 

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