岩倉風雅VSポセイドン
人と神を繋ぐもの。
八百万の神のいる国、日本で時たまに生まれる異常者。
彼らが神事を行う度、神が舞い精霊が踊り、人の世が神のいる場に近づく。
それは一千万人に一人と言われる神殺しよりも希少な、国権の最終兵器。
斯様な力を持ちながらさらに陰陽道に精通し、その気になれば駆逐艦を無傷で制圧できる岩倉風雅は、まさに日本国が誇る最高戦力である。
岩倉風雅達は高天原を通った。
その時に、風雅の肉体は日本の神の住まう地に最適化されている。
その際にタカマガハラの神気をほんの一瞬だけ引き出せるよう、アマテラスと契約した。
「お前、死ぬ気か?」
「さっき自分で言ったろ。惚れてるんだよ」
もちろんリスクが無いとはいかない。
悪くすると、風雅は神界に捕らわれ、現世に戻ることができなくなる。
「ま、俺が神事を行ってる間に限定されているから、戻れなくなる可能性は低いけど」
「だが、ゼロではないはずだ。そこまであの女が好きか?」
「ああ、好きだね。どんな絶望的な状況でも真っすぐ立つ女の子だ。今も諦めずに抗っている。
惚れない理由がどこにある」
「……成る程、手ごわいな」
ポセイドンはニヤリと笑うと、トライデントを高々と掲げる。
「古今より惚れた相手のために戦う人間は強い。ゆえに全身全霊で叩き潰す」
高天原と化した黄金に輝く異界を塗り替えるように嵐がまた巻き戻ろうとした。
「狭量なる神に祈らず
もっと荒涼なる空に飛び出す
嵐吹く険しい山も美しい
君を救う為に行こうto heaven」
風雅はフレーズを口にすると、またも荒巻く海の景色は黄金の雲である高天原の空に代わる。
「このトライデントを持ったポセイドンと神聖比べを? 正気か?」
トライデントはゼウスの神雷と同じくポセイドンの神権を象徴する武具。
その本質はポセイドンの権能、海、嵐、大地、剛力を補助し強化する増幅装置。
これを持つがゆえ、ポセイドンの権能はゼウスのものともまた互角。
「そして、私に拮抗するまでの力を放つために貴様は……。ぐ!!」
返答がわりに、風雅は四獣を配置することにより自身を麒麟と同格に見立て、四獣以上の存在へと自身を格上げする。
その莫大な霊力、神力を右足に込め、思いっきり鳩尾を蹴り抜いた。
ポセイドンは数回黄金の雲の上をバウンドするように跳ね、踏みとどまる。
知っている。この黄金の世界は借り物、あくまで上っ面を取り繕った壁紙にすぎない。
それを維持するために、急速に自分は人ではなくなっている。
だが、それでも構わない。
せめてこの曲だけは歌い切り、ポセイドンを止める。
「狂った神への反逆に僕らの口角も吊り上がる。
明暗の測りは落っこちた、狂気に満ちた僕らは」
ポセイドンはトライデントの切っ先から濁流を放つ。
喰らえば圧死はま逃れぬ水量が次々と繰り出され、その度に高天原が軋むような音を立てる。
それでも構わない。
赤羽陽美香を救うため、必ずこの男を止めてみせる。
風雅はあえてぎりぎりの動きでなぞるように水流をさけていく。
ポセイドンは風雅が防ぐなり、力を使うなりするち予想していた。
あくまで牽制目的の一撃だった。
それを逆手にとるように最小限の挙動で躱し近づきつつのかかと落とし。
三叉矛で受け止め、雲を吹き飛ばす衝撃が二人の間をはじけ飛ぶ。
「静なる感情もどっかいった。動なる未来への恐れはゼロ
どっちも不完全で不必要な心情
きみのために走って来たよ、まっさらな恋情で君に問う」
ポセイドンの足元から水流が飛び出すが、風雅の傍らから飛び出した玄武が水流の軌跡を変える。
逆に海神を思いっきり吹き飛ばした。
その事実に、自身の権能を利用されての一撃にポセイドンの頭に血が上る。
「おのれ! かくなる上は!」
ポセイドンが力を発揮すると、肉体が光り輝き、その大きさは200メートル以上になる。
あまりの大きさに薄い膜のように覆っていた高天原の風景が耐えられず、嵐が引き裂かれた空間の隙間から溢れてくる。
「どうだ、人間の小癪な能力ごとき! 私は海神ポセイドン! この海の正当なる支配者なり!」
風雅は必死に最後のサビを歌い上げる。
力を全て使い切るように、これは最後の足掻きだろうか。
否、違う。全て計算通りだ。
「僕らを導く意志! 人の愛に」
そう歌い上げると、引き裂かれた黄金の世界がポセイドンに集まっていく。
「まさか! 貴様! 自身の生み出した高天原に俺を押し込めるのが目的で」
ポセイドンの叫びを無視し、風雅は最後のフレーズを指さし、放つ。
「陰陽はない! You can see!」
最後に布に覆われた巨大なポセイドンの神体は急速に縮み、人間大の大きさの黄金に包まれながら、オケアノスに沈んでいった。
世界は塗り替わり、凪いだ穏やかな海へと変わる。
「計算通り!」
その言葉の割に汗だくの状態で風雅は笑った。
自分の手のひらをまじまじとみつめる。
風雅の体は、発光していた。
そして、先ほどまでの自身を潰すような圧迫感がなくなっている。
「神に近づいたか。ま、なったらなったでいいか」
その時はその時だ。
「拘束が解けるまで一日弱か。その前に決着をつけないと」
風雅はそう言うと、振り返り大和達の方を見て、驚愕する。
「な、何だいあれ!?」
そこにあったのは、まるで黄金郷を思わせるほどに煌びやかな、先ほどのポセイドンの神体ほどもある巨大な神殿であった。
オリンポス山の頂上。
あらゆる神々が集い、笑い合い、酒を酌み交わす楽園。
その中心に立つ岩づくりの神殿の中は、外の穏やかさとはうってかわって、ピリピリとした空気が纏っていた。
「かわいい我が娘よ。顔を上げるがよい」
重々しい、声だけで押しつぶせそうなほどの重圧が、金髪にウェーブのかかった髪の少女、陽美香を襲っていた。
自身が放った雷撃で学生服が破け扇情的になった肢体を腕で隠し、キッと気丈にその声の主を見やる。
その男は白髪に白髭、布一枚の服に鍛え上げられた大理石のような肉体を持っている。
その男は煌くような輝く青い瞳を持っている。
その男は瞳の中に、雷雲うずまく嵐のような世界を持っていた。
大神ゼウス。神々の王。栄光あるオリンポス十二柱神の筆頭。
世界中にその名を轟かせ、今なお信仰を集める雷の神。
雷神ゼウスは、自身の娘をまじまじと見つめる。
瞳に宿る感情が見えず、陽美香は困惑する。
もっと殺意を剥き出しにして襲ってくると思っていただけに、陽美香にとっては意外だった。
「まさか、緋沙奈にここまで生き写しとはな。髪の毛はともかく、顔立ちは母によく似ている」
言った後、ゼウスは少女に近づき、手を伸ばそうとする。
だが、バチリと何かがゼウスを弾き飛ばす。
それは廃工場でも見せた、青白い結界であった。
「成る程、霊亀か。全く持って、凄まじい魔術師が世にいるものだ。我らの時間を稼げる結界など、神話の時代でもそうは見なかった」
ゼウスは感心して陽美香を見る。
その胸元からゴソゴソと何かが飛び出した。
甲高い声でなくそれは、青白い甲羅とつぶらな瞳をした、ミドリガメ位の大きさの亀だった。
しかし、今なら陽美香にも分かる。
この子は自分のそばにずっといて、私を守ってくれていたと。
「風雅くん……」
心優しい少年を思い、霊亀にすがりつき涙を流す。
その姿をただじっと見つめるゼウス。
そこに荒だたしい足音で何者かがやってきた。
「ヘラ」
ゼウスが呟く。
陽美香が顔を上げると、向かってきていたのは黒髪の白人女性。
こぼれんばかりの豊かな胸と肢体。あまりにも美麗な顔を殺気立たせた表情で相殺している乙女。
神妃ヘラ。
その姿は神々しいのにも関わらず、まるで自らを塗りつぶすほどの激しい憎悪に歪んでいる。
陽美香は思わず霊亀を強く抱きしめ肩をすくめる。
ヘラは凄まじい勢いで結界を殴りつけた、
地響きが起こり、神々や動物達の悲鳴が木霊する。
陽美香は驚きつつも、ひるまずに声を荒げる。
「ちょっと! さっきから何よ! この女は誰!」
「私の妻ヘラだ」
「あんたおくさんいる癖にお母さんと私をこしらえたの!?」
ゼウスは無表情で頷くのみ。
「ヒサナ! ヒサナ! ヒーサーナァー!!」
呪詛とともにヘラの体が真っ黒な瘴気に覆われる。
その形相は口が耳まで裂け、目はルビーのように赤く輝き、さらに激しく結界を殴りつける。
霊亀は懸命に結界を強化する。
だが、時間の問題だろう。
「何よ! あんたの旦那が悪いんでしょ! そっちに言いなさいよ!」
陽美香の言葉にヘラはゼウスの方を向く。
ヘラは渾身の力でゼウスの左頬を殴りつけた。
凄まじい速さで神殿の外まで吹き飛ばされるゼウス。
「ゼウスもにくい! ヒサナもにくい! 貴様は! もっと! にくいのだ!」
ヘラの射殺すような瞳が陽美香を睨む。
ゼウスは多くの人間の女と交わり、子どもをなした。
その後に正妻のヘラが嫉妬し、女性を騙して殺したり、子どもに害をなしたりするエピソードがギリシャ神話には多い。
ギリシャ神話最強の英雄ヘラクレスですら、ヘラの所業により非業の運命をたどる。
伝承通りの嫁ぶりに、陽美香はそれでも怯まない。
「ふざけんじゃないわよ! 結界割れるなら割ってみなさいよ! 全部の骨へし折ってやるわ!」
「ヒサナ! やはり貴様はヒサナの娘だ! あのあばずれめ!」
「だあれがアバスレよ! あんたの旦那がお母さんを無理やり襲ったんでしょうが! あんたの旦那を殴りなさいよ!」
「があああああああああああああああああ!!」
ヘラは叫ぶと、ゼウスが飛んで行った方へ走っていった。
その方向から悲鳴や破壊音が響いて来るのをため息をついて、体育座りをする。
「……何なのよもう」
「いや、大したものだ。あの状態のヘラ様を口で追い払うとは」
結界の近くで立っていたのは、ヘルメスだった。
気配を感じることができず、陽美香は苛立たし気に見る。
「ギリシャ神話にでてくる神なんてクズばっかじゃない。伝承って当てになるものね」
「ああ、まああんま反論できないね」
「女子中学生の腹を思いっきり蹴りつけるヤツもいるし」
「それは悪かった。いや、相当強かったからついね」
ヘルメスは悪びれていない顔で言いつつ、少女に呟く。
「あの子たち、おそらくその札を作った少年と、勇美ちゃんに大和くん。三人がこちらに向かっているよ」
そういうと、陽美香の顔がサッと青くなる。
「おや、意外だな。てっきり喜ぶかと」
「うるさい!」
陽美香は頭を膝の内にうずめる。
「やだ、イサミン、風雅くん……死なないで。来ちゃだめ」
少女の様子に、ヘルメスはお手上げというようなポーズをし、その場から掻き消えた。
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