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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第1章 悪魔フルフル
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極東最新神話

 何度も素振りした。何度も型稽古を続けた。

 一緒に走った。一緒に鍛えた。一緒に戦った。

 一緒に世界に抗ってきた。


 神と、大人と、理不尽に。


 お互いに負けぬように。

 少年は少女のやさしさを。少女は少年の強さを。

 どちらも、自分にそれがあればいいと。


 思いながら生きてきた。





 回し受けという空手の技がある。相手の突きを横あいから前腕部で受け、衝撃を殺す受け技である。

 そして空手の受け技は全て攻撃へと間断なく繋がる。

 10メートルほどもある大悪魔の腕を170センチ程度の少女が確かに受け止めていた。そのまま逆手で正拳突きを放つ。


 当然届くはずもないその一撃が、まるで見えない何かに吹き飛ばされるように悪魔の胸を打った。


「あはははははははははっははっははははっはは」


 悪魔は市内全域に届きそうな笑い声をあげもう一撃、今度は口からの電撃の玉を放つ。

 凶悪な、ガスタンクほどの大きさもある一撃が悪魔の口から放たれようとして。

 少女は引き絞られた矢のように飛んだ。そして、悪魔の顎に一撃を放つ。


 大悪魔の顎は思いっきり蹴りあげられ、電撃の大玉は上空に吹き飛び、雷雲を吹き飛ばし一瞬星空が戻った。

 雨はそれでも衰えることなく降り続いている。

 大和も飛び込みながら、大上段に一撃を悪魔の脳天に与えようとする。


 だが、稲光がしたと思えば、横あいに大きく吹き飛ばされた。

 数百メートルほど空中散歩をし、学ランの上半身が焼け落ち、それでも空中で体制を立て直し着地した。


(落雷か)


 バチバチと自身が形作った黒刀に紫電が纏う。

 大悪魔は先ほどの一撃を今度は地面に向けた。


 これを許せば、後方数キロに渡って街は破壊されるだろう。

 大和は黒刀を背中に思いっきり振りかぶった。

 背中で黒い炎と紫の電流が相乗するように弾けあった。


「うおら!!」


 斬撃が音速を超えて悪魔に襲い掛かる。衝撃に通行人から悲鳴が上がり、人々は逃げまどった。

 悪魔は攻撃をやめ、大玉が防御壁へと変化し、黒い斬撃を受け切った。

 その防護壁に対し飛び上がった少女が拳で打ち込む。


「チェスト!!」


 防御壁がガラスめいて割れ、衝撃が悪魔を吹き飛ばした。


「あはははははははは楽しいなあおい」

「楽しくないよ帰れ!」


 勇美がにべもなく言い放つ。


「何故だ? 楽しくないのか? ディバインキルズ」

「あ!?」

「強大な力を振るえて楽しくないのか?

 たかだか脆弱な人間におびえて組み伏せられるより、神のごとき力を振るって戦う方が楽しいだろう?」


 勇美は少し黙った。

 確かに認める。自分は脆弱な女の子で、同い年の男の子にただ守られて、力の強い男に怯えるのは辛くて、逃げたかった時もある。

 死のうとした時もある。けれど。

 それでも、やはり今までの人生は楽しかった。


「あいにく、格好いい頼りになるボーイフレンドがいるんでね。こんなことして戦わなくても楽しいのさ」


 後方に百メートルほど吹き飛ばされた少年には聞かれぬように言った。

 悪魔はその答えに満足したようだった。


「いいね! 取り戻してみろ! 平和な日々を!」

 そういって腕を叩きつけようとするが、流星のように飛び込んできた黒い炎に阻まれる。


「話の途中だったか?」


 少年が少女を見つめ、少女は苦笑した。


「いや、とっとと倒そう」

「ああ」


 大悪魔に少年少女が並び立つ。その大悪魔の体が急に爆発した。


「んだよ、今いいところなのに」


 戦闘機が東の空を飛んでいた。

 確かに、実体化した低級悪魔であれば、通常のミサイルでも決め手になっただろう。

 だが、ここにいるのは二十六の軍団を率いる地獄の大伯爵。

 蚊に刺された程度の威力でしかない。そして、神殺し二人との切迫した戦いの中にあっては虫でも邪魔にはなる。


 悪魔は蛇の尾から電撃を放つ。その電撃は先ほど倒した分身体へと変化し、夥しいほどの群れで戦闘機へ向かった。

 総数およそ百。

 勇美は大和に叫ぶ。


「行け、釧灘!」


 勇美は膝を軽く曲げ、手を組んで突き出す。

 少女は、少年の瞳を見据えて言った。


「死ぬなよ」

「そっちこそ」


 大和は勇美の手に飛び乗り、勇美は大和を思いっきり吹き飛ばした。



 戦闘機のパイロットは、悪魔の群れに対し、離脱しようとした。

 だが、無理だった。

 どう考えても数が違う。それでも何とか数体は回避したが、瞬く間に包囲された。


 これまでかと脱出装置を使おうとした所、悪魔が数体消し飛んだ。

 高度数百メートルを、上半身裸の少年が、悪魔に飛び移りながら、日本刀でもって切り裂いていく。

 いや、少年が刀を振るう度、化け物が吹き飛んで霧消していくのだ。

 少年は戦闘機に手を振り、落下していく、悪魔達を切り裂きながら、時折飛び移り軌道を修正しながら落ちていった。




 井上勇美が、日本で最も才能のある神殺しとよばれる所以は、彼女が操る紫の炎の持つその防御性能にある。

 神や大悪魔というのは、その能力の射程距離こそが脅威である。

 このフルフルもその気になれば数百キロ先の街を自身の分身体による絨毯爆撃で蹂躙できるだろう。


 北欧神話の魔術神であれば地球全域をその必中の槍の射程範囲に収め、ギリシャ神話の雷神であれば地球全体を雷雲で覆うことができる。

 神との戦いにあって、最低限度の防御力がなければ、戦いにすらならない。

 ゆえに神殺しの能力評価においては、射程距離や攻撃力よりも防御力の方が重要度が高い。


 地獄の大伯爵は、その強さを間近に見ていた。

 地面が抉れ、車が吹き飛び、ビルが原型を留めなくなってなお、井上勇美とその足元直径一メートルには傷一つついていない。

 全て、受け、払い、突きによって、打撃も雷撃も弾かれる。

 そして、今彼女に稲妻が落ちた。


「痺れるね」


 だがビクともしない。

 身に纏う紫炎は一欠けらも揺るぎない。

 彼女の息が吐かれ、その瞳は細められる。


「そろそろ、終わるか」


 悪魔は手を翳した。市内全域を覆った雷雲がフルフルの右手に一斉に集まってくる。


「抜かせ少女!! 我が権能のすべてを見よ!!」


 雷雲が圧縮され、高密度の白熱が指先から零れ四本の白い線となる。


雷鳴神(トルニトス)四条誓文(ジュラメント)!!」


 自身の名を感ずる、かつての神が持つ権能の一撃。


「狙い通りだよ!!」


 それを待っていた。自身の防御を薄くし、攻撃に移すその一瞬を。


「師曰く、空手とは自身の真上への打撃を想定した唯一の格闘技である!」


 勇美は自身の頭上に向け、思いっきり拳を振り上げた。


 それは、船上格闘技である空手が生み出した、自身の頭上から襲い掛かる敵を、その重力の勢いを利用し相手を撃墜するカウンター。


 上天捩じり砕き。


 一撃が悪魔の鳩尾に叩き込まれ、その巨体が宙に浮いた。

 解き放たれた衝撃が一帯のビルの窓ガラスを吹き飛ばした。


「この程度で!! 俺が!!」


 フルフルはこの程度では消滅しない。重々承知。だが、勇美は笑った。

 衝撃で空中を半回転し、天を見上げた大悪魔は視界に捉えた。自身の体めがけ一直線に飛来してくる黒い炎を纏った流星を。


「やれ! 大和!!」



 釧灘大和が日本最弱の神殺しと呼ばれる所以はその防御力の低さにある。

 日本にいる神殺しであれば、大悪魔の落雷であっても、それで吹き飛ぶことなどありえない。

 井上のように、直撃しても耐えられるのが普通である。


 では、釧灘大和は総合的に弱いかと言われればそれは違う。

 釧灘大和はその防御力の分、攻撃力に特化した性能を持っているというだけのこと。

 それは、少年自身の攻撃性によるものか、捨て身の戦法によるものかは置いておき、


 その一撃は、確かに井上勇美よりも、大悪魔に届く。


「俺は!」

 

 釧灘大和は決意する。自分に、井上勇美に、目の前の神に宣誓するように。


「井上勇美を! 傷つけようとする連中を!」


 それは悪魔への、信奉者への、神への、宣誓だった。


「すべて! 地獄に送り返してやる!」


 釧灘大和の戦う意志は全て、井上勇美のために。

 フルフルは、かつて神と呼ばれた悪魔はニヤリと笑う。


「てめえで何を守れるか! 見せて見やがれ!」


 フルフルは“雷鳴神の四条誓文”で以て、釧灘大和の一撃を迎え撃とうとする。


 だが、大和は、その一撃を大悪魔の肉体でなく、横のビルに放ち、

 悪魔が突いてきた腕から、外側に方向転換そのまま腕を踏み首元へ飛び込み、一撃を、放った。



 大雨は止み、人々は星空を見た。

 それは神話の戦いの終結だった。


 フルフルがおこした一斉の電力集中により引き起こされた電磁波により、あらゆる情報機器が沈黙したため、この戦いがニュースになることはないだろう。

 だが、起こった事実を、力ある存在は確かに見た。

 確かに今、あの少年少女は神を殺した。



 電気が少しずつ復旧する中、大和と勇美は手をこつんと合わせた。

 そのまま、二人ははにかみ合うが、勇美が大和の銃創を見て表情を険しくする。


「あんた、怪我してるじゃない。大丈夫?」


 その言葉に、大和は初めて会った日を思い出し、笑った。


「大丈夫だよ。勇美ちゃん」


 大和は笑って、昔、小学校低学年のころの呼び方でよんだ。


「……ん」


 少女の顔に赤みが差す。少年も自分で言って恥ずかしくなった。

 そして二人は道の脇に移動し、肩を預け合って休んだ。

 パトカーのサイレンが、遠くに聞こえる。


 心臓の鼓動が、近くに聞こえた。

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