大勢
風雅は神殺しの少女を治療しながら、黒人の兵士と話している。
『俺はロジャー。この娘はシェイミー。フーガ達は一体なぜここに』
『ロータスっていう異能力に目覚める薬を追ってここまで来た。黒幕がここにいるはずなんだが……』
『おそらく俺達を襲った悪魔のせいだろう。皆あいつに操られてしまった』
『くわしく状況を聞いても?』
英語を何となく聞き取りながら、勇美が大和に聞く。
「軍艦って、凄い乗ってる人が多いんだね。初めて知った」
「井上、これは軍艦じゃない。正確には駆逐艦っていうんだ」
細かいことだと思いつつも、大和は勇美の間違いを正す。
「何が違うんだ?」
「大きさだね。大体この規模だと乗員は200名ってとこかな」
ふーんと頷きつつ、勇美は辺りを見渡す。
「……強い悪魔がいるね。先頭の方だ」
「だな、妙な気配だ、一人のようでもあり、たくさんいるようにも感じる」
まるで100万の軍勢が一人に凝縮したような、妙な気配。
『そう、我々の航海中に突然、内乱がはじまったんだ。皆、何かにとりつかれたようだった』
ロジャーはそう言って、倒れ伏す金髪の少女を見る。
『彼女は悪魔と戦おうとして、味方に拳銃で撃たれてしまった。私は彼女を担いでやっと逃げ、ここに立てこもっていた』
そこで、ロジャーは風雅を見つめる。
『君のお蔭で彼女は助かったが、あの悪魔は駆逐艦を乗っ取り、進路を名古屋に変えようとしている。このまま港に突っ込んだら大惨事だ』
『うーん、でも本当にそれだけなのか。何か他に企みがあるんじゃないのか?』
風雅の疑問に、ロジャーはしばし沈黙し、答える。
『……この艦は衛星システムを利用した対ミサイルシステムを導入している。こいつをハッキングするだけであらゆる軍事衛星にリンクすることが可能だ』
勇美は大和を見つめ、どういうことか聞こうとする。
「つまり、この悪魔がその気になれば、あらゆるアメリカ軍の情報が筒抜けってことか」
それは確かに、いっそ沈めてしまえと言うのも分かるほどの重大な損失だ。
『それと、ロータスとどういう関係があるのかな』
『あの薬はここ1月ほどになって中東のゲリラや南米の麻薬組織が使いはじめたという情報は得ていた』
「つまり、ロータスは日本だけじゃなく世界中で出回っているってこと?」
「一月でそこまで出回るってことは、相当な組織力があるってことでもあるな」
勇美と大和はそれぞれ結論を得ながら、悪魔の方に気配を向ける。
あちら側も、退く気配は無さそうだ。
こちらの闘志に呼応するように、悪魔の気配が強まる。
「誘ってやがるな、舐めてやがる」
大和は苛立たし気に舌を鳴らす。それを風雅が手で制する。
「……待って、大勢の悪魔を意のままに操作し、人を強化する悪魔って、俺いやな予感するんだけど」
その問いに対し、大和は苦笑で返す。
「今まで大したことない悪魔がいたか? やるしかねえからやるんだよ」
「HAHAHA! ヒーイズラストサムライ! バトルモンガー!」
風雅はやけくそになって叫ぶ。
「おらいくぞ。アメリカ海軍のお歴々に大和魂見せつけてやれ」
大和と勇美が悪魔の方へと歩を進め、風雅と少女を背負ったロジャーが慌ててついていく。
「さて、こっから真面目に聞いてくれ。あの悪魔の正体に覚えがある。
というか、群体の悪魔っていったら真っ先に浮かぶやつなんだけど」
「レギオンだろ?」
風雅の問いに、大和はもったいぶらずに答える。
勇美が言葉をつなぐ。
「聖書の悪魔だろ。名前位は私も聞いたことがあるよ」
「ああ、二千頭の豚に憑りつき、川でおぼれ死んだ悪霊たちの群れ。
今まで人類が散々祓ってきたが浄化できなかった穢れだ」
大和は忌々し気に呟く。
「大和って魔術はともかく、悪魔や聖書には詳しいよな」
「……親の仇だからな。詳しくもなる」
悪いと呟き風雅は続ける。
「レギオンに憑りつかれた人間は超人的な力を無理やり引き出される。そして奴らが恐ろしいのは、殺す方法が存在しないことだ」
「……そりゃそうだ。史上最高の聖人と対峙して、生き残った悪霊だ」
さらに悪いニュースを伝える。
「その悪霊が神殺しを食らってる。これは本気で危ないよ」
神や悪魔に属する神界に属する怪物が神殺しを狙うのは理由がある。
神や悪魔は、人界で能力を行使するためには、出力を下げなければならないが、神殺しの炎を食らえばその制限もなくなる。
百%の力を、人の世界で行使できるのだ。
現に、彼女の肉体は回復したが、精神は未だに回復しない。
神殺しの炎は気炎ともよばれ、神殺し自身の精神に由来する。
つまり、艦戦を一つ任せられるほどの神殺しの力を奪った大悪魔である。
『俺達は式神を使って中にいる乗員を脱出艦で載せて脱出する』
『待て、風雅、俺もサムライ達の方に連れていけ』
『……あんた常人だろ? それに、その女の子は?』
『だが、もしハッキングされたなら、誰か詳しい人間が残り、ハッキングを中断させねばならない。俺は情報士官でもある、連れていけ』
そのロジャーの瞳には覚悟があった。
風雅はその言葉に何も返せない。
「風雅、お前なら脱出艦に乗員を全員詰めるなんて朝飯前だろ」
「けど、十分はかかるぞ」
「その時間以内に片づける」
大和のその瞳には、悪魔への恨みはない。ただ、これは出来ることだからやるというだけの普通の意識。
大悪魔と対峙するのに、萎縮でも虚勢でもない、ありのままの自分の強さを見せる大和に、風雅は自分の父、日本最強の神殺しを連想する。
「……わかった。ただ一定数時間を稼いだら逃げてくれ。いいな」
「……それは」
「了解。言いつけておく」
大和の代わりに勇美が答え、風雅は安堵の笑みを浮かべる。
「勇美ちゃんがそういうなら安心した。そのバカ頼むわ」
風雅は手を振り、ギターをかき鳴らす。
世界が異界になることを感じながら、レギオン討伐組は大和と勇美とロジャー、三人で歩き出した。
管制室に、その悪魔はいた。
金髪に血色の悪い肌をした、Tシャツ姿の男が、かたかたとパソコンを入力している。
大和は一呼吸で近づくと、男に向かって黒い刀で斬り付けた。
だが、何も切れなかった。男は素手で止めていた。
防いだのは先ほどの男ではなかった。アジア系の大型の男だ。
『アンダーソン軍曹。何している!』
アンダーソンという男は、しかし動じた様子もない。
ただ大和の攻撃を防いだと思うと、また口から霧のような人型がでて、金髪の男に戻っていく。
さらにガチャリという音がして、大和は後ろを向くより前に刀を振り回した。
女性兵士が銃を構えていたが、大和の生み出した衝撃に吹き飛ばされ気を失う。体からまた霧のような肉体が出てきて、金髪の男に戻る。
そして男は何か端末を抜き取り向き直った。それは、先ほどの神殺しの少女の姿をしていた。
「ここでの、目的は、既に、達成した。退いてもいいが、どうするかな」
文節で区切りながら、男は次々に姿を変える。白人黒人東洋人中東系ヒスパニック系。男性女性若者老人子ども、そして、シェイミーという神殺しの少女に最後に姿を戻した。
唖然としてロジャーは勇美を見つめる。勇美は紫の炎でロジャーを守った。
「初めして、私はレギオンです。極めて大勢いますので」
流暢な日本語で、悪魔はふむと頷く。
「まさか日本にまで私の分体が、出回っているとは、全くもって、兵器というもの、伝達速度は素晴らしい」
悪魔はまた多彩に姿を変えた後、気に入ったのかシェイミーの体で落ち着く。
「成る程、てめえの体の一部を薬に変え、相手の精神に入り込むことで、そいつらを自身の分身体として落とし込みながら、成長していたわけか」
「そう、すでに、この薬を飲んだ者も、僕達に憑りつかれたものも、私達になった」
言って、レギオンは綺麗な笑みを浮かべる。借り物の少女の表情で。
「お前に僕達は殺せない。もし殺したなら」
「……どうなるってんだ。まあ、想像はつくが」
「精神を破壊され、吸収された乗員は戻らない」
大和の問いに、悪魔は哄笑で答える。
ニヤニヤと少女の顔で下衆な笑いをする。
「ああ、何だったら試してみるかな。増えるだろうね、精神を抜かれ呆然とする人々が」
「駆逐艦の人数と、日本に何人かと」
「中東と南米の武装組織に何軒か」
「そう多くない」
大和と勇美の出した数に、レギオンは訂正する。
「たった142万4396人程度だ」
その言葉に勇美は思わず一歩さがる。
「そうか」
大和は困ったように頭をかき、問を重ねる。
「何でそんなにたくさんになりたがる? 一人じゃ寂しくて狂っちまいそうか?」
大和は茶化しながら聞くと、レギオンは答える。
「それが僕達だ。常に膨張し結集し拡散し集合する。繰り返し繰り返し繰り返し」
ガチャガチャと彼の変化がだんだん早回しになる。
こいつは人の振りをし、人の言葉を叫ぶが、何てことはない。
ただのプログラムだ。
人類と集約することで悪意を増大させていくウイルスに過ぎない。
「きみも一つになる。皆みんな一つになる。そうすることで感染する。そうすることで完成する」
「だから、一つに」
レギオンの体、といってもシェイミーのだが、まるでキスするほどまでに近づき。
「最後に聞きたいことがある。お前は、ルシファーの一派か」
悪魔は基本的に欺くことはあるが、嘘はつかない。
「そうだ」
瞬間大和は意図的にその爆発的な怒りを右手に込めた。
そして、居合で悪魔の首を落とすため、斬り抜いた。
だが、振り抜かれることはなかった。
井上勇美が、釧灘大和の右腕を掴んでいる。
「何の真似だ、井上」
「いや、あんただとみんなを殺してしまうだろう」
井上勇美はぐるりと肩を回す。
「ここは私がいく。特訓の成果、見せてやるよ」
そう言って、紫炎の乙女はその名の由来となった炎を身にまとう。
「さて、よろしくお願いします」
拳を一つ打合せ、中学生の少女は大悪霊に向き直った。
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