海上へ
風雅が放った式神猫を追って車を発進させると、数十分程して海に出た。
「あれ、地図おかしくない?」
勇美が風雅が持っている地図を見ると、式神を指すらしい札を丸めた物は、海上を走っていく。
埠頭で車を止め、めいめい外に出る。
「うーん、しゃあない。こっからは朱雀でいいか」
風雅が式神を出すと、勇美が手で制す。
「陽美香と雄兄はここで待ってて」
「えー! ここまで来て置いてくの!?」
「ああ、まあ海上では足手まといか」
陽美香は文句ありげだったが、雄大は理解を示した。
「じゃあいくけど、あ、陽美香ちゃん。これ」
風雅は札を一つ渡した。
「何か困ったことがあればこれを口につけて息を吹くんだ、そうすればきっと助けてくれる」
陽美香はそれを受け取り、残念そうに頷いた。
「イサミン、風雅くん、怪我しないでね」
「大丈夫大丈夫、俺も勇美ちゃんも大和も超強いから」
大和は自分の名前が上げられないことを疑問に思うも、何も言わず朱雀に乗り込んだ。
火の鳥は飛び立ち、ぐんぐんと速度を上げる。
手を振る陽美香と雄大に軽く手を上げ、三人は海に向かった。
数分後。
式神の猫が海上にぽつねんと立っていた。
「ごくろうさん」
にゃあと甲高く泣いて、式神が消える。
「さて、あれは……」
目の前を進んでいるのは、ラジオのニュースでも流れていたアメリカ海軍駆逐艦、サンズカリフォルニア。
重厚かつ最大の国家権力の象徴でもある艦が、風雅達の前方を航行していた。
「……引き返すか?」
大和は冷静に言った。
正直言って、一介の中学生の手に余る案件だ。
「でも放っておくわけにも」
勇美が戸惑ったように言う。
確かに、あの艦の中に、魔薬ロータスを精製し売りさばいた黒幕がいることになる。
「けど、ここで行ったら外交問題でしょ? それにもし国が関わってたら、それこそ俺らじゃ手におえない」
そう言って、風雅は懐から札を出す。
「もしもし親父、応答してくれ……」
「……なあ、風雅、あの中に神殺しがいる。それと……何だ? 弱い悪魔の気配が複数ある」
勇美がそう話すと、風雅は眉を寄せる。
「それならなおのこと、その神殺しに任せた方がいい。俺らが行くと雄大さんたちにも迷惑が……」
「その人凄い弱ってる」
風雅が困ったように大和を見る。
大和としてもここで行くのは「非」よりだ。
「井上、ここは危険だよ。銃で武装した相手なら俺らお陀仏だ」
大和は身も知らぬ神殺しよりも井上勇美を優先した。
だが、勇美はそれでも二人に頼み込む。
「分かってる。でも今にも死にそうだ。もし悪魔に食われたりしたら。頼む」
朱雀の上で、実直に土下座の体勢で頭を下げる勇美に、二人も困った顔をする。
そこで、大和が軍艦を見る。
「おい、照準、こっちに合わせて来てないか?」
「? いや、認識阻害の札を使ってるはずなんだけど」
だが、明らかに機関銃砲台が狙っているのを見て、風雅は朱雀に命じ高度を上昇する。
けたたましい発砲音が朱雀を襲う。
「障壁展開!」
風雅から展開された青白い防壁が、銃弾を防いでいく。
そのまま、射程範囲外に逃げ、風雅は怒り心頭といった様子だ。
「あったまきた! 殺す気か!」
「実際殺す気だったろう」
「とにかく勇美ちゃんには悪いけど、こうなったら無理だ。見捨てるしかないよ」
風雅の言に、大和は納得する。
勇美はそれでも食い下がる。
「……誰にも見捨てられなかったから、私は今、ここにいる。救える命なら、助けたい」
そう言って、勇美は再度頼み込む。
「頼む」
悩む二人。
勇美は一歩も退かない。
そこで、父親との通信が帰って来た。
「親父! 今ロータスを追ってるんだけど……」
道長は信じられないことを言う。
「サンズカリフォルニアか?」
何故自分達の情報を把握しているのか。疑問に思いつつも、道長は続ける。
「サンズカリフォルニアだが、アメリカ海軍の指令を突っ切って異様な行動をしている。今アメリカ外交官と日本の防衛省から泡食って俺に依頼が来た」
「依頼……」
「サンズカリフォルニアは悪魔の手に落ちた可能性が高い。風雅、お前に指令を出す。サンズカリフォルニアを」
「了解! 勇美ちゃん! 上からオーケー出た! 救けに行くよ!」
「ありがとう! 風雅!」
風雅の声に、勇美は嬉し気な声を上げる。
「日本政府からもアメリカ政府からも許可がでたから構いはしない沈めろ」
「アーアー聞こえない聞こえない」
道長の声を無視し、風雅はギターを取り出す。
「風雅今、お前の親父さんとんでもないこと言ってなかったか?」
「え? 無視無視」
大和の疑問を風雅は黙殺し、駆逐艦に向かい合う。
エレクトリックギターを取り出し、艦の方に向け、かき鳴らした。
電源などないはずなのに、不思議と音が、半径一キロの範囲に渡って響く。
「カモンベイビー、本日はお集まりいただいてありがとうございます!
それでは俺のオリジナルソング聞いてください。陰陽!」
風雅がその歌声を響かせる度、世界は異界へと近づいていく。
「音量を上げて腕を出す
さらに声量上げて遠く
風吹く中漕ぎ出すは正へ
君が織りなす平凡は邪へ」
風雅のポケットから札が三枚一人で浮かび上がり放たれる。
青龍、白虎、玄武、いずれも高位の式神だ。
普段は出力を落とし、異能として扱われるそれが、本来の霊能の値まで力が上がり、存分な力を振るう。
一時的に神殺しの身体能力を持った大和と勇美は見た、虚ろな、まるでゾンビのような様子でこちらに攻撃行動をとる兵士を。
だが、ここにいるは日本最強の陰陽師と四方を守る聖獣四体。
水の力を持つ玄武が浪を掻き立てると濁流を起こし、甲板の兵隊を押し流す。
固まった船を、青龍が木々を纏わせ、兵士達を拘束していく。
白虎が、館内に侵入し、乗組員と銃撃戦を繰り広げる。
だが、五行で言う金の力を持つ白虎には銃撃は余りに効果が薄く、瞬く間に制圧する。
「狂った星の間隔に僕らの感覚もハイになる。
星辰の時が至り、正気を失った僕らは」
誠に恐ろしいのはただ歌っただけでそのような被害を出す、風雅のバカげた異能の力。
そのまま、朱雀とともに甲板から艦内に侵入。
「聖なる観念もどっかいった、悪なる決まった概念はゼロ。
どっちも不可思議で不完全なロジック!
かなり臆面なく吐き捨てる、まっさらで曖昧なロック」
朱雀は炎を上げ、館内を熱気で満たす。
急激に酸素を奪いつくし、廊下にいる人間を窒息して失神させる。
「僕らを導く意志、人の夢に」
白虎、青龍、朱雀、玄武が風雅の周りを囲みポーズをつける。
「陰陽はない! You can't see!」
風雅が最後の歌唱を決めると、彼はギターを弾くのを止め、一息ついた。
「……アンタ、相当に無敵だね」
勇美は呆然といった様子で風雅を見やる。たった一人で世界最強の軍隊が誇る戦艦を一つ制圧してしまった。
「センキュー!」
風雅が指をさすと、大和はジッと転がった兵士たちを見る。
その口内から、先ほどの雄大に倒された男と同様の、霧のような人型のナニかが出て行った。
「追うか」
「いや、こっちに弱ってる神殺しがいる」
大和はすぐに自身が言った言葉を撤回する。
「そっち優先だな」
打ち出された方針に風雅は頷く。
「オッケー! 急ごう!」
走りながら勇美は気配を探る。
悪魔の気配がする度、紫炎を巻き上げ攻撃する。
倒れ伏す兵士達を放っておき、大和達は駆ける。
「ここか」
居住区の一室の前で、勇美は立つ。
多くの兵士達が倒れる扉は、鍵がかかっていた。
『おい、味方だ! 日本の神殺しと異能者が助けに来たぞ』
聞き取りやすい英語で話す風雅に大和と勇美は驚く。
ガタガタと、おそらくバリケードを作っていたのだろうか、動かす音が聞こえ、ガチャリと鍵の開く音がする。
黒人の男性兵士が、銃を突きつけながら扉を開ける。
三人は手を上げ敵意はないと示す。
『お前ら何者だ? まだティーンじゃないか。本当に神殺しなのか?』
『正真正銘日本が誇る神殺し二人と魔術師だ。あんたらに必要な援軍じゃないか?』
会話を風雅に任せ、大和は室内を見回す。
部屋にいたのは銃を突きつけている男を含め、二人。
腹部から出血している金髪碧眼の、おそらく十代後半から二十代前半のシスター服の女性。
状態を確認しながら、風雅と黒人男性のやり取りを見守る。
「アイムフーガイワクラ! ジャパニーズオンミョウジ、ユーノウ?」
風雅はそう英語で話しながら、男性を落ち着かせようとする。
『ああ、俺はこの娘のボディガードを兼ねている。噂には聞いている。日本最強の魔術師だと』
『俺も有名になったもんだな。その人の治療をさせてくれるか?』
『ああ、頼む。シェイミ―。大丈夫か?』
風雅は札を懐からだし、女性に近づける。
優しい緑色の光が女性を包み、傷を塞いでいく。
女性は安堵の表情を浮かべると、そのまま眠りについた。
「風雅、お前できないことあるのか?」
「アイムオールマイティ!」
大和の問いに風雅は笑って軽口を言い、さらに彼らに向かって調子よく話す。
「ヘイ! ヒーイズジャパニーズラストサムライ! アンドシーイズニンジャガール!」
その言葉に驚く男性兵士。
「「おいおい適当言うな!」」
緊迫した空気が落ち、和やかなムードとなった。
だが、二人の神殺しは把握していた。駆逐艦内部に漂っていた悪魔の気配が収束し、一つになるのを。
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