君の所に戻ってきたよ
井上勇美の右頬に、ガーゼと氷嚢が当てられていた。
「玉体があああああああああああ!!」
町内に、釧灘大和の叫びがこだまする。
玉体とは高貴な人の体のこと。
転じて、玉のように美しい体のことを指す言葉である。
「大騒ぎすんな、大した傷じゃない」
171センチの長身に、すらりと伸びた手足を持つ美少女は、自身の顔に特に頓着はないようだ。
みれば、半袖の制服からのぞく腕からは青傷が目立っている。
「いや、でも、でもおおおお!!」
大和は駄々っ子のように声を上げる。
「何を焦ってんのよ。鍛錬するなんざ、こういうこともあるだろ。あと家の前で騒ぐな」
勇美は何てことないという風に騒いでいる釧灘大和をたしなめる。
京都での仕事を終え、叔父夫婦と井上雄大に連絡を取った。
叔父夫婦からは心配したといった内容のメール。
井上雄大からは今勇美の方も終わったから学校まで送るとのメールが来た。
そして家まで行ったら出てきた勇美がこの怪我である。
勇美は本当に怪我など気にしていないように、逆に大和の方に、疑問の目を向ける。
「あんた、ちょっと明るくなった?」
「いや、俺のことはどうでも! 斎藤香澄ー!」
黒い刀を具現化させながら、大和は下手人であろう女性を探す。
「どうしましたか、騒がしい」
「あんた勇美をこんな目に……って、え?」
大和がひいたような声を上げる。
彼女の腕にはギブスが巻かれていた。
雄大に腕を引かれ、それでも足取りはしっかりと歩く。
釧灘大和の怒りも急速に萎む。
「いや、強くなりましたね、井上勇美」
そう言ってなごやかに笑う。そして、斎藤は雄大を見る。
「相変わらず過保護ですね、雄大」
「この位させろ」
バツの悪そうに言う雄大に疑問を覚える。そういえば以前もこの女性は雄大を呼び捨てにしていたか。
「……お二人は知り合いなんですか?」
刀をしまい、話題をそらすように選ばれたその言葉に、雄大は頭を掻く。
「ああ、まあ何ていうか」
言い淀む雄大に、斎藤香澄が補足する。
「私と雄大はコンビを組んでいたんですよ。私が神殺し、雄大は防人でした。といっても10年も前ですが」
防人とは、神殺しを守る使命を持った、日本政府所属のエージェントである。
雄大は現在井上勇美と釧灘大和を6年間守っているが、それ以前の雄大は知らない。
「10年前のあの事件が起こって以来、疎遠になっていましたがね」
「香澄。いいのか」
雄大の困ったような指摘に、香澄は問題なさげに答える。
「別に構わないでしょう。神殺しはただ守るだけでは大成しませんから」
そう言って、香澄は大和達を見つめる。
「簡単に言うと。日本の神殺しは10年前に凄まじい戦いを行いました。
生き残ったのは当時その場に8名いた神殺しの内、私、道長氏位のものでした。
後は死亡か行方不明となっています」
大和と勇美は息を飲む。そんな戦いがあったことは知らなかった。
「何か残ってないのか? 新聞記事とか」
「残念ですが、当時の日本政府とアマテラスによって隠ぺいされています。
まあそれはいいのです。過去は過去です」
香澄はじっと二人の少年少女を見つめる。
「貴方達がルシファーを倒そうとするなら、それは10年前に匹敵した戦いになるでしょう。
それまでに勇美さんは教えたことを、大和くんも道長氏から教わったことを身に着け、力を上げてください」
「押忍!!」
勇美が体を曲げ、発声する。
大和は新事実を頭に入れるように、後頭部を揉みこむ。
「わかりました」
「直に、東京への召集命令が出されるでしょう、またそのときに」
そう言ってビシっと頭を下げると、彼女は来た時と同じスーツ姿で帰っていく。
「あれ、貴方の防人の……ホルンさんは?」
「……ああ、彼なら適当に女をひっかけていると思います。そういう生き物ですのでお気になさらず」
香澄は特に何とも思っていないのか、平然としつつ、端末を操る。
「それでは雄大、二人を頼みますよ」
「言われねえでも」
香澄と雄大、二人の間に生きる確かな信頼関係に、大和と勇美は顔を見合わせる。
人に歴史あり、そんな言葉が大和には浮かんだ。
「ああ。それと」
斎藤香澄は思い出したように勇美を見る。
「赤羽陽美香のことを、よろしくお願いします」
「? 何で陽美香のこと、知ってるんですか?」
勇美は疑問に思う。何故自分の親友の名前が出てきたのか。
「おや、大和くんは覚えてなかったのですか。まあ、それならいいです。お気になさらず」
今度こそ斎藤香澄は帰っていった。
大和と勇美は首を傾げ、その後ろ姿を見送った。
車で送るという雄大の言葉に甘え、二人で乗り込む。
「お前ら徹夜だろ? 休んでもいいんだぞ。特に大和はハードだったらしいな」
雄大は一応といった体で聞くが、二人は首を振った。
「俺はあんまり、疲れてはないんで大丈夫です。新幹線でも寝ましたし」
「学生の本分は勉強でしょ」
雄大は二人の中学生の言い分に感心する。
「お前ら偉いなあ」
車載ラジオでは、アメリカから東京へ寄港する戦艦のニュースが流れている。
沖縄米軍基地から、太平洋沖を経由し、横須賀海軍基地へ入港するらしい。
反戦団体が抗議するというニュースを流し聞きながら、雄大はハンドルを切る。
「ふうん、何か物騒だね」
「ま、愛知には関係ないだろ。それじゃあ、弁当でも買ってくか」
名古屋では中学校に給食がない、生徒は弁当か、食券での昼食を買う。
弁当屋で弁当を買い込み、大和達は昼食時の学校に入っていった。
「玉体があああああああああああ!!」
校内に、赤羽陽美香の叫びがこだまする。
玉体とは高貴な人の体のこと。
転じて、玉のように美しい体のことを指す言葉である。
「リアクション一緒じゃん」
勇美に胸元をこずかれ、大和はすいませんと声を上げた。
陽美香が泣きそうになりながら勇美に近づく。
「な、何でそんな怪我を……暴漢、強姦魔、変態?」
「大げさだね、空手の稽古でなっただけだ」
勇美はよしよしと陽美香を撫でる。
「つうか発想がこええ」
「ああ、腕もこんな青あざ拵えて」
そう言ってじっと勇美の腕をみる。
ペロっ。
舐めた。
「あひゃあん! 何すんだてめえばっちい!」
妙に色っぽい声をあげ、勇美は陽美香の頭をはたく。
「あいた! 舐めれば治るかなって」
「「「「はっ」」」」
「おい、何でその手があった的な反応済んだ変態女ども!!」
女子達の反応に大和が怒り、陽美香が怒り返す。
「お!上等よやったるわい! この彼氏面地雷小僧が!」
「赤羽! てめえは潰す!」
そう叫び合い取っ組み合いのけんかをする大和と陽美香の大声は、先生が入ってくるまで続いた。




