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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第5章 龍
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温泉

 温泉旅館に来て温泉に入らないというのはありえない話だろう。

 日本海を一望できる露天風呂に大和(やまと)風雅(ふうが)は腰を下げる。


「はあ、いいお湯だな」

「ああ、まあ悪魔の気配さえなけりゃあなあ」


 大和はそれでも、警戒を緩めてはなさそうだ。


「……まだ見られてんの?」

「いや、見られてるかはわからねえ。だが悪魔の目的が分からねえ。ただ災害を起こしたいだけか、それともみくちゃん様が目的なのか?

 分からないことだらけだが、ただこれで終わりですとはならないだろう」

「ま、それはそうだね。何か目的があって、あんな御大層な呪いをかけたんだろうし」

「ちなみに、あのままみくちゃん様が操られてたらどうなってたんだ」


 風雅はうーんと唸る。


「もしあのままだったら加賀地方、っていうか日本海側が水没して異界化してただろうね」

「そんなにか?」


 図らずも一地方を救っていたらしい。


「神を呪うって、それ位のものさ。各地方にはそれぞれ大なり小なり神はいるものだけど、みくちゃんほど力を持った水神って、本人は謙遜してたけどそうはいないよ」

「てことは、悪魔の目的は日本を異界化すること?」

「んー? そんな単純かな? 僕としてはどんな悪魔がやったのかが興味あるな」


 その言葉に、大和が反応する。


「? ソロモン七十二柱クラスでもダメか」

「その中でもバアルとかアスタロトとか各地方の元神クラスの化け物じゃないと神格なんて呪えないよ」


 バアルもアスタロトも元は各神話圏の主神であったとされる。確かに、フルフルやガープとは一線を画すだろう。


「まあ七十二柱もピンキリってところか」


 自分達が倒してきたのは、まだまだきりの部分という所だろう。


「といっても君らが殺したやつだって京都の陰陽師総出でかかっても倒せないけどね」

「え? そうなのか」


 どうも戦力認識に差があるのかもしれないなと風雅は言葉に出さず考えた。


「そりゃそうだよ。悪魔といわれてるやつらが一度実体化すれば、現代兵器っていうか人の身ではまず対処できない。

 言っとくけど俺自身魔術師界隈では相当腕立つからね」


 そういうものか、興元の防人であるキルケも神殺しの戦いに巻き込まれると絶対死ぬとか言ってた気がする。


「まあだから、君らがいて良かったよ。親父に援軍に来てもらうと多分みくちゃん殺されちゃうし」

「何か、あんまり話通じないタイプなのか」

「まあそうだね、かなりおっかないから」


 風雅はげんなりした表情で言う。


「でも、本当に強いし、尊敬できる人だよ。今度会ってみるといい」


 そう言って目を細める風雅には、父親への尊敬の念が垣間見えた。


「ああ、そうしよう」


 そこにずんぐりとした男が近寄ってくる。


「おう、仲良くやってるか?」


 どう声をかけてきたのは雄大さんだった。

 その大理石の彫刻を思わせる姿を見て、風雅はポツリという。


「……うちの親父よりムキムキな人初めてみた」

「ああ、まあ、え? 同じタイプなの」

「いや、釧灘くんも思ったけど、神殺しって基本フィジカルエリートだよね。防人の人もだけど」


 そう言って雄大や大和の二の腕に目線を移す。


「そう言う風雅も結構鍛えてるな」


 女の子のような顔と声をしているが、その肉体はなかなかに鍛えられている。

 ちなみにこの会話は女子でいう、「え、胸おっきい」「そっちこそ結構あんじゃん」的な会話に相当する。


「これでもカポエラを齧ってるからね。まあ俺のは本当に手慰み程度だけど」

「魔術師って結構インテリっぽいイメージなんだが」

「色々と前準備がいるけど、毎日禊や瞑想何かして少しずつ体を異なるものにするのが魔術師、一気に異なる者になり、気炎をあげることで踏みとどまったのが霊能者だからね」


 そう、神殺しは全て、炎を上げる。

 それは釧灘大和にとっては、幼き日のあの記憶からだ。まだ五歳だったあの頃。

 あの日、世界が瞬く間に切り替わった、あの日のことを、なるべく思い出さないようにはしているが。

 そしてしばし、記憶に埋没しそうになった所で、勇美と水分神の声がする。


「ちょっと姫、変なとこ触んないでよ」

「ふむ、やわっこいのお。やはり本物は違うわ」


 瞬間、冷めたように気温が下がる。


釧灘(くしなだ)くん落ち着け。子どものやることだ」

「千数百歳だろ」

「多分外見年齢にひっぱられるんだよ。アマテラスもそういう所ある」


 アマテラスは妙齢の女性の形でしか現れたことがないが、違う形態もあるのだろうか?

 悶々としながらも、大和は姦しい少女の声を聞いていた。



「おー、こりゃたまらんのお」


 備え付けのマッサージ機を占領する少女、何故かおばあちゃん達からお菓子の貢ぎ物まで貰っている。

 その姿を見ながら、風雅は手帳に何か書き込んでいる。

 あれでどうやって歌詞のインスピレーションを得ているのか疑問に思う。

 だが、それは置いておいて、大和は勇美に近づく。


「井上、ちょっと聞きたいんだが」


 井上勇美のカラスの濡れ場色の髪と紅潮した顔に少し鼓動を速めながらも、大和は平静を装って勇美に尋ねる。


「妹いるのか? 俺は見たことないが」

「あー、まあ、気になるよな」


 数年来の付き合いになるが、一度も彼女の兄妹をみたことなどない。


「私に、妹と呼ぶ権利もないが……。事情があって離れて住んでるんだ」

「……そうか、すまない。また話せたらでいい」


 大和は少し逡巡し、勇美は瞳を合わせる。


「聞かないの?」

「不躾だった。すまない」

「なあ、あんたは私のこと何でも知りたがるけど、何で?」


 その問いに、大和自身も不思議なほど滑らかに答えた。


「何でも知りたいんだ。君が悲しむこと全部。それで俺にできるなら力になりたいとも思う。

 けど、君にだって知られたくないこと位あるよな。だからすまない」


 その答えに勇美はしばしあーとかうーとか言うが、終いには目を瞑る。


「……また、言えるようになったら言うよ。今日の所はそれで勘弁してくれ」


 そう言ってそっぽを向いた彼女に、大和はしばし見据え、踵を返す。


「……そう言うところ、ずるいんだよなあ……」


 少女の耳は赤く染まっていた。



 宿屋の夕食はブリの刺身に山菜の天ぷらなど豪勢なメニューだった。


「いやあ、やっぱ地の物があると旅行に来たって感じがするねえ」


 風雅は別の部屋を取ったのだが、どうせなら一緒に食事でもと大和が誘った。


「あ、ウーロン茶ください」


 雄大も今日はビールを飲んでいないようだ。固形燃料で暖められた鍋を食べながら尋ねる。


「で、その神楽ってやつはいつできる」

「うーん、大方できてるから明日の昼には歌えますよ。まあ、あとちょっとディテールに凝りたい所で」


 どういう仕組みかはさっぱり分からないが、専門家の言うことだから素直にしたがおう。


「まあいい、とりあえず、飯を食べてからだな」

「うむうまいうまい。神楽も楽しみにしておるぞ」


 龍神は快活な笑顔であった。

 そして三人はちらりと井上勇美と釧灘(くしなだ)大和(やまと)を見る。

 二人も食べているのだが、どこか態度が昼間と違う気がする。

 少しぎくしゃくしているというか、だが、悪意があるわけではない。


「何かあったのかのう」

「ああ、みくちゃんが井上さんのおっぱい揉むからですよ」

「む、それで嫉妬か。ひょっとして番いじゃったのか」


 そのみくちゃんの発現に思わず二人して咽る。


「み、みくちゃんさん、番いってのはちょっと」

「じゃが、恋仲ではあるのじゃろう?」


 みくちゃんの追撃に勇美がぐぬと口ごもる。


「そういうわけでもないというか」

「みくちゃんさん、二人には二人のペースがあるんですよ」


 雄大がフォローとも言えぬフォローをする。

 大和は紅潮した顔を抑え、勇美が口をパクパクさせる。


「うむ、じゃが結納を上げるのであれば我に任せい、夫婦円満の願いもこのあたりでは承っておったゆえ」

「へえ、結構手広くやってるんすね」

「ま、わし結構権能あるしな。無論この地を離れるとそうでもないが」

「「お前らうるせー!!」」


 大和と勇美が見事に声を重ねた。



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