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人をのむ呪い  作者: あむろ さく
最終幕 『第九番目のキセキ』
43/54

そして、祈る

 







「まずはこれ、引き千切らなくちゃ……そうでしょ? みう」

「ぐっ……く、その顔で言うな、かいぶつがッ!」


 二人の間で夜空が拮抗する。

『かいぶつだらけの綱引き合戦』いまのところは互角だ。

 どちらも何から何まで差し出して、ありったけを出し尽くして、これか。


 差し引きするなら、

 私は剥がれかけていたが、部品としての力と質量が勝り。

 奴は体勢と連携が万全で、部品は厳選しているが少ない。


 入れ物は双方希少な『呪い持ち』で『星渡り』に適正。

 向こうは熟練。こっちはこれからってとこか。


「ギリギリまで削ったとはいえ、押しきれない。もう少し『呪い持ち』の茶番に付き合っていたなら、こうはならなかった……!」

「うん。一気に潰されてたかもね」


 今はつり合いが取れる形で膠着してる。

 なら、あとは……私が慣れるだけだ。

 こっちの方へ必ず傾く。


 完全に。未羽からキミを。剥がしてやれる。

 このまま緩めず、順番に念入りに部品の具合を確かめればいい。

 それで私の願いは叶う。


 あとは全部、私の中で混ぜて一つにする。

 そこからの私の知ってる人の精神を、ちょっとずつ選別して本人に戻せるか試してみる。つぐみは再現して直せるだろう。松木さんは微妙だな自信がない。死んじゃって身体のない人たちは……まあ、適当な人間でも見繕って、入れてみよう。

 その後、本人が嫌がるなら完全に私に混ぜちゃえばいいよね。


 それで、知らない人たちの叶えたかった願いを叶えていって。

 しらみ潰しに部品を組み直したら……

 おお、私はもうHappily(めでたし) ever after(めでたし)なんじゃあないか!


「こっちはだいぶ慣れた。キミに隠し玉がなければ、決まりだ」

「……繋がり合ってるんだ。考えも手の内も透けてるでしょ」

「つまりはそういうことだ。私の言いたいことは」


 じわりじわり。

 向こうにとっては真綿を絞めるように、

 決着を手繰り寄せる。

 もう駆け引きも押引きの妙もない。

 綱引きどころか腕相撲だ。

 単純な力。単純な部品の質量で決まる。


 ダメ押しを考えるまでもなく、もうじき均衡は瓦解する。


 ふと、舞台奥行きにかすかな動きを捉えた。

 その気になれば、観客席はおろか劇場全体を覗けるくらいの余裕はあるが、

 部品の消耗を抑えるために今は舞台上の軽い感知しかしていない。

 深く覗かなくても、場所だけでそれが何か特定できる。


「松木アキ……うぅッ!」

「よそ見してる余裕ある?」


 今ので また結構な夜空を引き込めたが、それはさて置き。

 松木さんが、ゆっくりと息を吐きながら立ち上がってきた。

 その手には……檻の中で見た、おもちゃのナイフが握られている。


 私を刺し、いや刺されたと思い込ませ、憑りついていたかいぶつ達を退散させた。血のり内蔵の、ええとマジックナイフ……私の記憶だとジョークナイフというらしいが。


「……」


 未羽に近付く。

 ゾンビか半端に糸が切れたマリオネットのようにぎくしゃくした動き。

 手にはジョークナイフ。でも、今はそれがいい。


 このまま未羽に襲い掛かればそれでオーケイだ。

 首を絞めたっていいし、顔を殴りつけたっていい。

 松木さんに対してほんの少しでも力を分散させること。

 それだけで、決定的なダメ押しだ。

 天秤を傾かせるのには、十分すぎる。


「アキラ……キミは、本当に最後まで……!」

「……」


 未羽の顔に戦慄が走り、青ざめる。夜空を総動員している今、

 松木さんを遮るものは何もない。


 松木さんはナイフをきつく握り締めた。

 檻の中では上手くいっていたが、もうネタは割れてる。

 偽物のナイフを刺しても、私たち……心を覗ける者に対して、

 まるで意味は無いけど。

 好きにやっちゃって。私はともかく、向こうは相手をするしかない。

 困ったねぇ未羽。


 《今度こそ……俺は……》


 目の前の私を少しだけ見て、そのまま素通りして横切る。

 ちらと心を覗いたが、先読みするまでもない。

 もう松木さんは、抜け殻に近いのだから。


 握っているナイフさえ、偽物だと分かっていない。

 残っているのは《かいぶつ》を殺すことだけだろう。


「あああああアアアァ!」


 未羽が叫んだ。

 返り討ちにすればいいが、恐らく夜空の使い方は限定されるな。

 一撃では殺しきるとしたら、攻撃方法は突きだ。


 先読みされたとしたら、あののろい動きでも避けられる。

 単純に躱せなくするなら腹だが、貫通させても、腹に夜空を生やしたまま、

 ジョークナイフをぶつけにくるだろう。


 《こ、このかき集めた影で、まっすぐ突くしかない!》


 未羽は一歩踏み出して、夜空を突き出した。

 助走の勢いをつけた、ただの単純な一撃。

 そのまままっすぐ向かって行く。狙いは胸だ。


 松木さんは笑っていた。

 迫りくる夜空を前にして、悔いのない晴れやかな顔をしている。


 《今度こそ……守ってやるよ。ひな》


 どん、という衝撃とともに、黒いもやが胸に突き刺さった。

 心臓付近やや上に一撃を喰らい、松木さんは胸を押さえる。

 右、左と後ずさり……倒れないようにしたが、ぶつりと力を失って倒れた。

 遅れて夜空が床をのたうち、未羽へと戻っていく。




 *  *




「え、なんで……?」


 松木さんはうつ伏せのまま動かない。

 そりゃあそうだ。心臓にまともに入った。即死だ。

 未羽へ向かったはいいが、余力は残ってなかったのか。

 結構な死に損だ。寝ていたままでも別に困らなかったのが、また悲しい。


 まあ、未羽から夜空を消耗させ意識や力を分散させた……

 ほんの少し幕の下がりを早めてくれた、と思っておこう。


「あっけないお別れですね。松木さん」

「……キミは出会ってから死ぬ時まで私がおもう、最高の役者だよ」


 松木さんに対する皮肉かそれは?

 微かな苛立ちから、未羽の意図を探ろうとする。

 部品は繋がったままなのに、心が覗けない。いつからだ。

 真っ暗に遮られている。


「……は? え」


 せめぎ合っていた夜空の均衡が破れる。

 大勢を決し、潮が引いていく。

 私の手から込めていた力が抜けて、私の部品が外されていく。


 え、なんだ。


 未羽との対抗が、ボロボロと崩され押し負けていく。

 力が入らない。


 目の前の部品が、積み上げた足場が、瓦解してく。

 動揺を隠さず未羽をみた。

 未羽は笑っていた。

 夢が一つ叶ったような笑顔だ……松木さんのような!


「キミは私と違い、オリジナルを残している。分かっているだろう? ましてやそれは陽菜の身体。棒倒しの山が支えるのを放棄したら、てっぺんの棒はどうなるか――分かっているはずだ」


 私が、絶望しかけている。

 生きる気力を、魂の燃焼を失っていく。

 なぜだ? なぜ。

 たかが人が一人死んだくらいで!


「まだこれからだ! 諦める必要なんて少しもない。別にそれが、生きるすべてじゃないだろッ! ふざけんなッ!」

「してやられるのは癪だが、してやったりするのは、案外楽しいじゃないか。松木アキラもこんな気分だったのかなァ? ああ! それならもっと茶番に付き合ってあげれば良かった」

「茶番……茶番だと?」

 

 初恋の人が死んだからって、誰も彼もが後を追うか?

 それは狭い世界の考え方だ。日野陽菜の生き方とは絶対に違う。

 彼女は自らの世界を広げ、大切なものを選び取っていける人間だ。


 何のために生きている!?

 何故、自分の死をわざわざ選び取れる!?

 松木アキラも、お前も! この舞台にいた人間を私は理解できない!


 松木さんは納得して死に向かった。

 そうすれば私の心が砕けるのを、分かってやがった。

 この結果を、この仕掛けを。

 いつキミは知って、利用できると考えたんだ?

 お互い考えも手の内も筒抜けで……ならその前から?

 いや、解釈のしようがない。

 知ろうとしても、真っ暗だ。

 もはや何も《覗くことはできない》


 く、崩れる。

 ただの部品。群れに戻り、バラバラになる。

 烏合の衆。船頭多くした船。

 嫌だ。畜生。

 この身体も、呪いも、主役も! 残さず私のものだ!


「クソっ……沈む。混ざるのは嫌だ。もう私は、それが、嫌だって知ってしまった!」

「死んだ方がマシだって思うだけだよ。実際に死んだ方がいい訳ない。死ねないけど。最悪で、最低ってわけじゃないよたぶん」


 丁寧に剥がされ、寄り分けられ、夜空を介して取り込まれていく。

 抵抗も出来ない以上乱暴に扱われることもない。

 何も手がない。


 松木アキラは 陽菜を助けてやると言っていた。


 ただ今の状況は陽菜を最悪から解放しただけであって、

 救済には至ってない。未だ陽菜は絶望し、崩れかけている。

 何を松木アキラは目指していたんだ。何をもって助けになる? 納得していたということは、それが叶う見込みがあったはずだ。崩れかけた精神。心。呪いも……すべて不安定のままなのに。


「檻はいま開いた。部品はひとつとなって、ともに行こう?」 

「ア、ア……部品ガ、心ガ……呪イモ……」


 もしかしたら。

 確かめる術はもう無いが……

 すべてを捨て去り、また一つ一つ選び取ることが、出来るとしたら。

 キッカケを逃さず、手に取るものを離さず、最初から始められるとしたら。

 あるのかもしれない。

 彼の、彼女を助けてやるといった言葉が、確かな意味を持つ――

 思い描いた結末が。


「……やっと。ハハハハハハハ! やっと! 消えずに済んだ! 淀み腐った檻を蹴っ飛ばして。私を助け、彼らも助けることができた!」


 よくしっているこえで、

 わらっているだれかがいる。


「託した願い。秘めた想い。どれもどれも、消えていく運命だった! 私が外に出してやったぞ。誰も責めない。なぜなら彼らは私だからだ!」


 よくしっているかおが かみが 

 くろくぬりつぶされて かたちが かわる おかしくなる

 はねが しっぽが きばが たくさんのてが つめが

 ……ひかりをとじる


 かわりになにもない くろい おりが ひろがる

 よぞらが みんな のみこんでいく 

 せかいを はぐるまを まわしていく 




 かちり。かちり。














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