第55話 人質
廃墟の遊園地―――トゥインクルユニバースランド敷地外。
リリアーヌたちを閉じ込めることに成功した歩花たちは話し合いの合間、互いの顔を見合わせる。
「ほんまに上手く行くんかいな……?」
「ええ。僕の魔力ほぼすべてと引きかえにはなりますが……」
「よし、わかった。信じるで、辰弥君のこと」
心配そうな勇治郎の隣でリンドウは優しく笑む。
夜はまだ深く、日が出るまでには時間がある。
確実性は確かに重要ではあるが、敵の残るメンバーがいつ頃帰ってくるのか知れないなら、この機会を逃すわけには行かない。
潰す手段があるのなら、今この場で潰すべきだというのが全員の意見だった。
(陽人はこちらの戦力の要―――五人目がいつ襲って来てもいいように、今日はもう力を使わせるわけにはいかない)
右手で大蟻の大槌を握り直し、
施設のある方角に顔を向けて右肩に得物を乗せた。
「ああん、もう! 何なのよこれは!」
アジトを囲んでいる結界と、忽然と消えてしまった食糧、見張りたちに苛立った声を上げるリリアーヌ。
この状況にストレスを感じているのは無論彼女だけではなかった。
ピリピリとした空気が、他のカシュパル、ヴィート、パンジーたち三人の間にも漂っている。
「一体どうなってんのよ! ねえ!」
「うるせえなあ、ピーピー喚いてんじゃねえよビッチ!
そりゃこっちが聞きてえんだよ、クソッ……!」
仲間割れを始めたリリアーヌとヴィートのわめき声さえ神経に障るらしいカシュパルが青筋を立てて怒鳴ろうとしたが、
視界に不意に入り込んできた人影に、喉から出かかった衝動が殺がれた。
「仲間割れか。随分と見苦しいことだな」
涼しげな声に、四人は居心地の悪い面持ちで声の主に視線を集めると、羽を広げ四人の前に降りてきた双子のヴァンパイアハンターたち。
カシュパルは「おーおー」と里央、美央の二人組に抑揚ない不機嫌の入り混ざった声を上げ
「てめえら、よく覚えてるぜ。俺のデザートの時間邪魔しやがった二人だろ」
「覚えていてくれているとは光栄だな」
「てめえらか? このバリア」
「そんなことはどうでもいい。こちらの質問に応えろ」
その科白を吐いたとき既に、里央と美央の視線はカシュパルの方を向いていなかった。
二人が見つめていたのは、ピンクの髪の女―――リリアーヌ。リリアーヌは里央に唇の端を吊り上げ、「なぁに?ボウヤ」とどこか冷たいながらも、美しい笑みを浮かべ小首を傾げた。
「お前がリリアーヌだな」
「ええ、そうよ。どこで私の名前を知ったのかしらね?」
「過去に日本に滞在していたという、貴様の母親の名を言え」
リリアーヌが持ちかけようとした他愛のない話の振りに付き合うことなく、質問し返す里央。
「……? ママの名前? なぁんで?」
単純で純粋な彼女の疑問符さえも黙殺し、容赦ない目で里央と美央は彼女を見据えていた。
『ママが過去に日本に住んでた頃はね?
ママを拒絶して酷いことを言った、この国に住んでいたヴァンパイアを、ハーレムを使って魔女の世界にある迷いの森の真ん中に置き去りにしちゃったんだって。
そのヴァンパイア。せっかく、奥さんが殺された傷心を癒してあげようとママが声かけてあげたのに、失礼な男よね?』
リーフェルトが集めた情報の中。リリアーヌの口から出てきたこの情報も、無論歩花の口から双子たちの耳に入っていた。
確証はないが、ひょっとしたらそのヴァンパイアの妻を殺したのも、リリアーヌが母と慕う者の手によるものでは―――というリーフェルトの科白もだ。
里央と美央の脳裏に、昔見た、血を吸われ殺された母の無残な姿が蘇る。……そして、行方不明となったヴァンパイアの父。
悪夢の日を境に奪われた、平凡ながら幸せだった日々。
それでも優しい父を信じ、今まで戦ってきた彼らにとって、リーフェルトが得た情報は大きな犯人への手掛かりだった。
しかし反面、それが母を殺した犯人だと信じたくない気持ちの方が心の大半を占めていた。
もしリリアーヌの言った情報が確かならば、父は里央たちの疑いの目を恐れて帰ってこないのではなく、里央たちのもとに帰ることができない状況下にあった。ということになる。
突如妻も、妻の身体に宿っていた新しい命も奪い、生き残った家族にも会えないどころか、薄暗く知らない場所で孤独にさまよい続けていたなど、子の立場として信じたくはない。
そして父がその被害者のヴァンパイアだったなら、今彼がどうしているか―――否。それ以前にまだ生きているかどうかすら、既に知れたようなものである。
「……その女は、今どこにいるの?
もし知らないのなら、貴方の入っている組織の集会場所だけでも答えて」
しかし今度はリリアーヌが美央の質問を黙殺し、
里央を見つめて「思い出したわ」と長い横髪を艶っぽく掻き上げた。
「君。どこかで見たことがあると思ったら、銀座デートの日にリオンと話していた子よね。
その情報、あのコから聞いたのね」
「……」
「ふうん。貴方も可愛いわね? イイドレイになってくれそ……♪ ね……私と一晩遊ばない?」
「……痴情に溺れた“ただの豚”が、聞かれたことに答えられないとは何事だ?」
涼しげながら軽蔑しきった眼差しで誘惑を跳ね除けられただけではなく、この上なく屈辱的な暴言が返ってきたことで、
自分の美貌に絶対の自信を持っていたリリアーヌの滑らかな額に、びきりとくっきりとした青筋が浮かび上がった。
「言い過ぎだ。欲しい情報が手に入らなくなるぞ、星野尾」
次いで現れたのは、大槌を掲げた辰弥の姿をした歩花だ。
歩花は星野尾兄妹の隣で進ませていた足を止めると、四人のヴァンパイアたちの顔を順に見る。
「―――よくも、好きに悪さしてくれたものだな」
「そりゃどーも」
「リオンの名誉のために言っておくが、彼は僕たちの協力者ではなかった。
結局は、結果そうなってしまったわけだが……彼は貴様らがヴァンパイア王族に目を付けられる前に、正しい道を示して罪を軽くしようとしていた。
……リリアーヌ。貴方への好意も、決して偽りではなかったんだが……」
「……フン」
そう。だからこそリリアーヌもアジトにリーフェルトを招いた。
くわえて、あの純朴さ。臆病で、流されやすい性格。操れる、利用できる。彼ならば容易く。
そう侮っていた。
リリアーヌは肩を竦めて、冷めた口調で赤いルージュの乗った唇を割る。
「別にあんなコドモに裏切られたって、痛くも痒くもないわよ。
ただ、貴族のコっぽかったし。あの子を支配して、もっと好みの貴族のオトコの妾にでもなって、死ぬほど贅沢したかっただけ。
言うなればキープよ。ただの」
「……残念だ」
そう相槌を打った歩花の、その時の声は、普段話している時の調子とは微妙に異なる。
どこか暗くて、低い。憤りの混ざった色がそこにあった。
リリアーヌは、恋人である自分とはまだしていないことをリーフェルトに体験させた女。
恋愛感情ではないにしろ、恋人が敵と見なせないほどに情を寄せた彼女に、激しい嫉妬を覚えたこともある。
しかし一番歩花にとって許し難かったのは、彼女がリーフェルトにした口付けや抱擁に、彼を想う気持ちなど微塵も込められていなかったのだということ。
少しでもリーフェルトに対する愛情が垣間見えたなら、歩花の心情も多少は違ったのだろう。
だが。純粋な恋人が、愛無き汚い欲で汚れきった指で触れられ、抱きしめられ、嘘で腐りきった唇と舌であの唇と最奥をかき回したのだと想像しただけで、腸が煮えくり返る思いだった。
(リーフェルトを、一体何だと思っている……?)
恋人の気持ちも、好意も、決意も。すべて踏みにじったリリアーヌを、歩花は許せなかった。
「……星野尾。聞きたいことがあるなら、早く聞き出してしまえ。―――私の」
そこで言葉を止めた歩花の大槌が、彼女の魔力にあてられるなり、途端に禍々しい空気が周囲を覆い始める。
思わず息を詰めたカシュパルたち四人と、里央、美央の二人。
人間が触れなければ感じられぬ、妖怪・大蟻の、世への恨みの大合唱が、彼らの耳から脳へ駆け抜けていく。
「感情の抑えがきく、今のうちに―――」
眼鏡の奥に潜む歩花の中の、激しく暗い炎。
しかし―――それはすぐに頭の中に入って来た施設外からの意識干渉の声によって、あっけなくかき消された。
<歩花―――おい。歩花!!>
元相棒、陽人の意識が歩花の中に入り、何やら騒いでいる。
そして次の言葉に、歩花は彼の言葉に耳を疑った。
翌日―――朝。木塚家。
学校を休んで部屋にこもっていた小夜の耳に、何者かがノックする音が入ってくる。
彼女はベッドの中で蹲りながらも、目は開いていた。だが返事をする気にはならず、沈み切った気分でそれを無視する。
が―――
「あら。寝てんの。呑気ね、こんな事態に」
……みやびの声だ。彼女は自分の幼馴染の家に泊まっていたはずなのに、何故ここにいるのだろう。
そんなことをぼんやり考えていた小夜の頭に、
彼女はにこやかな声を維持したまま、ベッドの中にいる彼女に、不自然なほどあっさりした調子で言い放った。
「市辺真優って、あんたの友達よね?」
「……?」
予期せず中学からの親友の名前が、共通の友でもないみやびの口から出てきたことを不審に思い、
ベッドから思わず顔を出す小夜。
みやびは小夜と目が合うなり、に、と唇の端を吊り上げ、冷たく笑った。
「昨日、さらわれたわよ。―――ヴァンパイアどもに」




