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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
60/142

第30話 School Festival

 南実先高等学校文化祭当日。



「ガーシェル君。交代時間だから、もう上がっていいよー」

「あ―――うん。お願いします」



 クラスメートの女子の、「お疲れー」という声を聴きながら、

 二年A組の出し物であるサスペンス映画の受付の仕事を終えたリーフェルトは席を立ちあがる。


 自分のシフトはすべて終え、あとは客として文化祭を楽しむだけだ。



 自分のスマホの受信画面をチェックすれば、

 “学校校門前で待っています”という、一言だけのメール。



 更に高揚した気分に急かされ、早足で一階へ降りていく。

 待ち合わせ場所で紫がかった髪を見つけて、歩花の名を呼び、駆け寄った。




「わざわざ着替えてきたの?」

「……やっぱり、ちゃんとデートしたいなと思って。

 急いで家に帰って着替えて来たから、メイクとかできなかったけど……」




 南実先高校の女子の制服。


 ばつが悪そうな歩花だったが、自分のために頑張ってくれた女子の制服姿の恋人がただ嬉しくて、

 少し乱れた髪を撫でて直してやる。



「行こっか」

「……うん」



 声をかければ、赤い顔で自分にはにかむ歩花。



 駄目だ。可愛すぎる。


 いつもクールな彼女が見せたその表情がたまらなくて、頬を緩ませる。



(―――今年はシフトが合って、本当に良かった……!)



 歩花と肩を並べながら、心の中で喜びに叫んだリーフェルトだった。











 陽人と小夜たち二年D組生徒たちの催し物は、『V系喫茶』。


 生徒が皆ヴィジュアル系バンドの格好をしているという一風変わったもので、

 今日だけ皆、男子も女子も派手なメイクに派手なウィッグをつけている。



「いらっしゃいま―――あ、ガーシェル君だ」

「……えっと」

「ああ、私私。木塚です」

「……!? す、すごい格好だね……」



 青い髪にパンダのような目元、黒い口紅の厚化粧。


 普段の小動物のような可愛らしい面影はどこにもなかった。



「えっと……二名様でいいのかな? 彼女連れ?」

「あ―――うん」

「オッケー。二名様入りまーす。奥へどうぞ」



 案内された教室の中は、黒一色にドクロやら十字架やらで装飾され、なんともいえない雰囲気を醸し出している。



「……彼女のご両親が見たらさぞ驚くだろうな」

「そうだね」



 ただし口調や仕草は変わらない、いつもの小夜だ。


 可愛い朗らかな声と見た目のギャップが凄すぎて、

 ついつい歩花と一緒に彼女を目で追ってしまう。



「……リーフェルト、リーフェルト。あそこ―――」

「ん……?」

「あれ。陽人」



 メニューを読んでいると、歩花がひそひそと自分の背後に指をさす。


 振り返れば少し遠いテーブル席で、緑と赤の頭に長いスカートのようなものを履いた男子生徒が他の客の相手をしている。



「えっ……本当に??」

「間違いない。歩き方とか仕草とか―――」



 言われてよくよく見てみても、いまいちリーフェルトはピンとこない。


 目を凝らし首を捻るリーフェルトの向かいの席で歩花はスマホを取り出し、何やら操作すると、

 「陽人ー」と、彼に呼びかけた。



 彼がこちらを振りむくなり、

 歩花の手元のカメラアプリの電子音が鳴り響いた。




「……おい。やめろ」




(! 本当だ、陽人君だ……)




 眉をひそめている男子生徒の声は明らかに笹永陽人本人のもので、リーフェルトは衝撃を受ける。


 流石元相棒といったところか。



 しかし歩花は非難めいた彼の反応など気にしていないように、

 引き続きなにかスマホを操作している。




 暫くしてから、注文を取りにリーフェルトたちのテーブルにやってきた陽人。

 小夜と同じような派手なメイクをした彼に紅茶、珈琲とケーキを二つ頼んだ後、

 歩花はしれっとした表情のまま、




「さっきの画像、君のお母さんに送ったら『ワロタ』って返信が来たぞ」

「はあ……ッ!?!?」

「とりあえず待ち受けに設定したらしい」

「おい。え? 嘘だろ……??」

「ほら」




 歩花に見せられたメール画面に目を通し、

 「マジかよ……」と陽人は愕然とした顔になった。




「やめてくれよ……」

「丁度昼休み時だから、今頃お母さんの職場は大盛り上がりだな」

「想像したくねえよ! 何やってんだお前本当―――」




 するとそこで他の生徒に呼ばれ、

 陽人はなんともすっきりしない顔で仕事に戻っていく。




「君もいるか? 陽人の写真」

「うん。送って」

「真優来るかな……来ないなら彼女にも送っておこう」




 じわじわ歩花の手により広がっていく陽人のV系画像。


 リーフェルトは笑いを噛み殺し、

 自分のスマホに送られてきた友人の画像を慣れた手つきで保存した。













 リーフェルトのクラスの映画を鑑賞し、

 歩花のクラスのお化け屋敷に入り、買ったものを食べながら、感想など言い合って盛り上がる。



「凝ってたね、お化け屋敷」

「君もなかなか良い演技だったじゃないか」

「そうかな」

「ちょっとリアルでハラハラしてしまった。殺される場面とか」

「あの場面はね。沢山NG出して大変だったよ」

「そういえば随分長い科白だったな」

「うん。だから緊張しっぱなし」



 リーフェルトは苦笑しつつ熱いたこ焼きに息を吹きかける。



「歩花はどんなお化け役やったの?」

「裏方仕事だな。壁から手を出したりとか、服の裾を引っ張ったりとか。

 その代わりドッキリのアイディアはほとんど私が出したよ」



 得意げに歩花は笑って、自分の分のたこ焼きを口に放り込んだ。



「あ……リーフェルト。あとでチョコバナナのお店寄っていい?」

「うん、いいけど。よく食べるね」

「今日の日のために一週間間食を我慢したからな」



 成る程、と相槌を打つ。

 どおりで今日の彼女は、一段と物を美味しそうに食べる。



 一年生がやっているチョコバナナの店に行くため二年の階から下りていけば、

 見知った顔と出会いリーフェルトは声を上げた。



「一徹君!」



 去年の文化祭で出会い、インキュバス戦でも自分たちと共に戦った友人、田井村一徹は、

 リーフェルトを見るなり「おー」と反応する。


 彼の傍には星野尾兄妹の姿もあった。


 そういえば星野尾兄妹の叔母と田井村の兄は婚約関係だったなと、三人を見て改めて思い出す。



「来てくれたんだね」

「おう」

「わしもおるぞい」

「! ……えーと。あ、メロンさん……?」



 田井村の背中のリュックの中から聞こえた男性老人の声に一瞬戸惑うが、

 頭の中からなんとか記憶を掘り起こすことに成功する。


 田井村は「おい。しゃべんな」と猫又のメロンを咎め、リーフェルトと再び向き直る。



 その横で歩花は美央の身体を抱きしめたりして、体重が順調に増えているかどうかを確かめ、

 双子たちと他愛ない近況を話し合う。



「近いうちに俺んち遊びに来いや。兄貴も歓迎するしよ」

「本当? じゃあ行かせてもらおうかな」

「笹永だっけ。そいつとかも呼んで、里央さんと集まって男子会やろーぜ」

「あはは。いいね! じゃあランフランク君も呼ぼうかな」



 男子だけで集まるというのも、なかなか面白そうだ。


 ガートルードの性別は実のところ固定されてはいないのだが、では女子として見なせるかといえば絶対に無理だ。

 彼は少なくとも自分の中では、れっきとした『男』である。



「帰ったらメールで暇な日教えろ。な!」

「わかった。……あ、笹永君のクラスD組だから。多分まだ彼仕事してると思うし、今行けば会えると思うよ」

「お? マジか。そういやお前のクラス何やってんの?」

「映画。僕はもうシフトないけど、良かったら観てって」

「おうっ」



 別れ際、リーフェルトは一度だけ星野尾兄妹に会釈し、歩花と共に三人とは別方向へ歩きだす。



 彼らから信用を勝ち取るのは、下手なご機嫌取りよりも今後の行動だ。


 恩着せがましいのも関係を悪化させるだけだろうということで、

 自分の家族が城兵たちに彼らの父親を探させていることは、まだ言わないでおく。




「男子会か。……人間二人にヴァンパイア二人、夢魔一人というメンツはなかなか愉快だな」

「……本当だ」




 隣で話を聞いていたらしい歩花の科白に、初めて意識したその混沌としたメンバーに、ついリーフェルトも笑ってしまう。




(『争わずに生きられたら』―――か……)




 それは、かつて陽人が口にした言葉。


 偏見も妬みも憎しみもなく、皆が平和に手を取り合えたらいい。



 みんなで楽しく笑って、騒いで、お菓子を食べて。

 力なんて手段を使わず、そうやって誰もが生きられたらいいけれど。



 本当に人同士とは難しいものだと、リーフェルトは暫し考えた。




「……?」




 そんな時だった。


 学校玄関前で何か言い争うような声が聞こえて、リーフェルトと歩花は足を止めてそちらに目を向ける。



「……あれ」

「ランフランク……?」



 ガートルードと私服を来た男女。

 三人と何やら揉めているのは―――間違いなく、あのミリーとシュガーの白黒コンビ。


 リーフェルトたちは顔を見合わせ、とりあえず彼らの近くに寄っていく。



「ていうかさー、女子の格好とかキモイんですけど。

 ちゃんとした女の子じゃないならもー裸で歩けばぁ?」

「なっ……! にを―――」

「おい」

「いい加減にしろよテメエ」

「なんか気に障ることでも言ったかよ。どっちでもねぇならもう服なんざいらねえだろ」



 ガートルードと男子がからかうシュガーから女子を庇うが、

 ミリーが鼻で笑い飛ばしてしまう。


 隙を見てシュガーは不意に女子のミニスカートに手を伸ばし、なんと大きくそれを捲り上げた。



「うっわ、ピンク! なーに色気づいてんの? オカマのくせして、きっしょ!」

「……―――!!」



「……女形の夢魔か……?」



 スカートを抑えて俯いている彼女は、

 おそらく歩花の言うように、固定した性別を持たないサキュバスだろう。

 屈辱からか、耳まで真っ赤にして、細い肩を震わせている。


 思わず見ているこちらが眉を寄せてしまうほどに、特にシュガーの行動は酷いものだった。



 リーフェルトは一歩前に出ようとした歩花を制し自分が前に出ると、

 「すみません」と彼らに穏やかに話しかける。


 女性姿の歩花を、ミリーやシュガーたち二人に接触させるわけにはいかない。




「他のお客様の邪魔になるので、中へどうぞ」




 あくまでにこやかに、柔らかな口調で。



 すると第三者の登場に毒気を抜かれたのか、

 ミリーたちはあっさりその場から離れて校内に足を運ぶ。




「我が校の文化祭、存分に楽しんでいってください」




 そう言って彼らの背中を見送った後。



「……大丈夫かい?」

「悪ぃ―――」



 リーフェルトがこっそりガートルードに声をかければ、

 ばつが悪そうな返事が返ってきた。



 インキュバス二人が去った後も、

 涙を目に溜め、一生懸命泣きださないようにと堪えている女形の夢魔。


 そんな彼女の背中を歩花がそっと擦ってやれば、

 ぽろぽろと大きな瞳から大粒の涙を零しはじめ、すぐに真っ赤な顔で泣き出した。




「よし。みんなでチョコバナナ食べよう。な?

 お腹が膨らんだら元気になるから。な?」




 歩花の肩に凭れている夢魔は見るからに自分たちより年下だ。


 なんと大人げないことをするのだろうと、改めてリーフェルトと歩花はミリーたちに怒りを覚える。




「お姉さんが二本くらい奢ってあげるから」

「……ありがとうございます。

 でもミイは、働いてるから……気持ちだけ受け取ります」

「……そうか。君はたくましいな。彼らよりもずーっと上だ」




 “働いている”ということは、まだ十五、十六か。

 夢魔として既に成人しているとはいえ、若い女子があんなセクハラを公衆の前でされたら泣きたくもなるだろう。



 ガートルードと一緒に彼女を庇っていた私服の男子がそこで屈み、彼女の泣き顔を覗き込むと、



「じゃあ今日は兄ちゃんの奢りだ。

 いっつも仕事頑張ってるミイのご褒美な?」

「……いいの?」

「うん。兄ちゃんもいっぱい稼いでるの知ってるだろ?」

「……うん」



 ミイはこくんと頷いて、

 自分の兄らしき男子に小さくお礼を言った。






「優しいお兄さんとお姉さん、ありがとうございます」

「迷惑かけました。すみません。ありがとうございました」



 みんなでチョコバナナを食べた後、

 兄妹揃って丁寧に頭を下げられ、リーフェルトと歩花は手を振って彼らの元を後にする。


 彼らはガートルードが夢魔の世界にいた頃の親友と、その妹だという。

 折角人間界まで遊びに来てくれたのに、日本が嫌な思い出にならなければいいが。




「ひどいね。あんな若い子でも自分の世界のために頑張ってるのに」

「本当にな」




 ミリーやシュガーのような者たちがああやって幅をきかせて歩いている世界なんて、

 そりゃあ誰だって嫌にもなるだろう。




 同じ種族同士でも、こうして争いは起こってしまう。


 それを考えれば別種族同士でいがみ合ってしまうのも仕方のないことだと、リーフェルトは少し寂しくなった。





「……そういえば君は彼女を守る時、私のことも守ってくれたな」

「……?」

「私が二人の前に出ようとしたら、止めて君が代わりに出てくれただろう?」

「え……あ、ああ」

「その……すごく、助かった。助かったし、嬉しかったよ。……ありがとう」





 肩を並べて廊下を歩くだけの数分の沈黙の後。

 不意にそんなお礼をもじもじと言われて、リーフェルトの胸は途端に跳ね上がる。



「別に、大したこと―――」



 “大したことはしていないよ”と言おうとした瞬間。


 ぐらりとした足元の感覚に、違和感を覚えて立ち止まる。



 最初は気のせいかと思ったが、そうではないとすぐに気づかされる。




「! 地震―――?」




 しかも少し大きい。


 日本が地震大国だということを知らず、この国にやって来たばかりの頃は随分と慌てたものだったが、

 最近ではようやく慣れてきたリーフェルト。


 念のため頭を守れるところはないかと辺りを見渡そうとした時、

 たまたま歩花の傍にあった大きな看板がぐらりと揺れたのを見るなり、彼は考えるよりも早く、咄嗟に恋人の身体に飛びついた。




「リーフェルト……!?」




 幸い段ボール製だったので、頭に当たっても痛みはまったくなかったが。

 つい焦ったあまり、勢い余って彼女に尻餅を付かせてしまう。


 ……心配しすぎたか。

 これで自分が彼女を怪我させたりしてはいないだろうか。




 地震が止まった後、

 「ごめん」と言って彼女を自分の胸元から離そうとしたリーフェルトだったが、




「大丈夫か? 痛くなかったか……!?」

「うん。段ボールだったし―――」

「ここか? ここ痛かった? 保健室行く? リーフェルト……」




 歩花は廊下の床で尻餅を付きながら、

 ぐいいっとリーフェルトの頭を抱きしめた。



 リーフェルトの後頭部をいたわるように撫でつつ、泣きそうな声で彼女は自分を心配するが。




「……あ、歩花……」

「? やっぱり痛い?」

「……大丈夫、だけど―――」




 “胸が顔に当たっている”。

 そう教えようとしたが、居心地の良さのあまり唇が動かなかった。




 ……やっぱり、彼女は柔らかい。

 同時に、歩花の匂いが一番好きだ。



 ヴァンパイアとしても、男としても。二つの意味でとても美味しそうで、涎を誘う。




 看板が当たった場所を撫でられていると、

 やがて「なんだあれ、かわってほしいんだけど」という誰かの科白が耳に届いた。


 とはいえ本気で心配してくれている歩花が可哀想なので、すぐに身体を起こしたが―――。



 顔を上げれば、彼女の肩越しに先程出会ったミリーやシュガーたちと目が合い、

 長居は無用と悟って、リーフェルトは歩花に手を伸べ立ち上がらせる。




「保健室は?」

「平気」

「怪我がないなら、それでいいんだけど。少しでも頭に痛みが残るようなら、ちゃんと言ってね?」

「うん。ありがとう」

「私こそ、ありがとう。でも、ごめん―――」




 人目を気にせず、この場で歩花に噛みつきたい衝動を必死に抑えながらも、

 手を繋いだまま、引き続きリーフェルトは恋人との文化祭をめいいっぱい楽しんだ。
















次は新章。

そろそろストックなくなってきたので、不定期更新になります。

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